26.一人、いや二人旅
「月下の国に行くには、丸一日はかかるでしょうね」
森を抜けて、水影の村を通り過ぎたところで、アエスタースは言った。
「箒を使って飛んでいけたら一時間くらいでつけるでしょうけど、箒は乗らないでしょ?」
「まあ乗れるわけないよね!そもそも箒ないし!」
二人で話しながら、側から見たら一人で喋りながら、私たちは月下の国へ向かっていた。
水影の村が魔法であったのはまだ衝撃的だ。私が思っているよりも、魔法というのは色々なことが出来るみたいだ。術者が魔法に長けていれば出来ることは相当あるとアエスタースが教えてくれた。出会った女性やアルファまでもが魔法で作られていたと考えると、賢者というのはかなり魔法が得意なのだろう。
「賢者は魔法、策略、体術、その他にも色々と優れているということは聞いていたけど、まさか魔法があれほどすごいとは思わなかったわ。神人が育てただけあるわね」
「神人も賢者もよくわからないけど、すごい人たちなのはわかったよ。なんか遭遇するのもレアみたいだしラッキーだったかもね。私には関係ない人たちだし」
「え?何言ってるの、関係ありありよ、ありあり」
「え??」
な、何故関係あるんだ??アエスタースから聞いた話じゃ神人は神星界の王様で、賢者はその部下。私の目的は神星界のワールドゲートを開けること……ああ!
「ゲートを開けたら神星界の王様は当然気付くか……そしたら関わることになるね」
なんて言われるんだろう。長年開けられていなかったワールドゲートを開けるんだから、褒められたりして。
「そうね。かなり鍛えておかないと、開いた!って喜んでいる間に殺されちゃうかも。なんならゲートを開けるのすら無理かもしれないわね」
「ん??」
なんか物騒な言葉が聞こえたような。
「き、気のせいかな、今殺されるって聞こえたような……」
いや実際は死なないから殺されることはないだろうけど、敵意は向けられると?何故?
「……そういえばツイル、説明してなかったわね!」
「ええ」
湖の女神様、足りない説明多すぎやしませんかね。
「え、え?えー、と?それはかなり重要な情報ですかね」
「そうね、かなり」
「Oh……」
神と人の違いをまたもや見せられた気がする。大きな力を持つ神にとっては、敵意を持つ人間なんて赤子のようなものなのだろう。
「そもそもワールドゲートの鍵は、賢者が持っているのよ」
「……え!?」
鍵を探すところからのスタートだと思っていたが、まさか場所が既にわかっていたとは。驚きだ。ゲートを開けるための鍵を賢者が持っているなら、接触は避けられないな。
「昔二つのワールドゲートを開けた子たちは、賢者を倒して鍵を手に入れていたの。そしてその鍵を使ってゲートを開いた」
「賢者を倒して……ということは賢者って昔は九人いたってこと!?」
「そうよ。それしか方法がなかったから。世界が分断した時から、神星界の王はずっと今の神人。彼は神星界を独り占めしたいのか、他の世界との交流を絶った。賢者たちはみな神人によって創られ、神人の手足になる。だから神人に逆らうことはないの。神人が鍵を渡すなと命令すれば、賢者たちはそれに従うのみ。だから鍵を奪うには殺すしかなかったのよ」
「そ、そうだったんだ……」
「子たちは全部のゲートを開けようとした。けど二つしか開けることができなかった。この意味がわかるかしら」
賢者を倒して鍵を手に入れるしかなかった先人たち。二つのゲートを開けたということは六回、賢者と戦い、勝利したのだろう。そして残りの一つが開けられなかったのは、勝負をしなかったんじゃない。全部のゲートを開けようとしていたということは。
「三人の賢者には、勝てなかったのか……」
「ええ。今残っている三人の賢者のうち、二人はその時と同じ賢者よ。一人、青の賢者だけは代替わりがあったみたいだけど、強さは変わらないはず」
想像していたよりもワールドゲートを開けるのは難しそうだ。魔法も十分に使えないのに、どうやって賢者に勝てと。
「魔法の練習をしながら進みましょう。仲間がいたら心強いけれど、カナは仲間作り下手そうだし」
「ぐっ、まあ友人という友人はいないけど……」
森にいたし。アエスタースは実体ないし。アルファは魔法だったし。
「ふふ、まだ冒険は始まったらばかりだし、焦ることはないわ。ゆっくり行きましょう!まずは月下の国に行かなくちゃ!」
「そ、そうだね!」
アエスタースに言われて、力無く頷く。頭の中を占めるのは仲間という言葉。旅の同行者なんて考えていなかった。そもそも私が死ぬことはないとしても他の人は違うだろう。相手は魔法が得意な賢者たちで、神人とも戦うかもしれない。生き残る確率の方が低い。着いてきてくれる人なんて、いないだろうな。
ぼんやりと、そう考えた。