【国債の上手い使い方】いま使って「基本的に良いもの」ならば「より良くする」のが正解で、カネが無いから良いものを捨てる…はデフレマインドの悪い例【老人福祉費用負担について】
2024年12月25日にノベルアッププラス・NOTEに遡上した内容です
●年金と老人福祉費用 (健康保険・介護保険制度)の見直しには財政問題だけでなく遺伝学上の検討も必要なんじゃないですか?…という疑問
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皆さんは「大儲けした(除く宝くじ)」という経験はありますか? 宝くじとかのような無税収入を除くと…という条件付きなのですが、もし皆さんがこれから書籍などを書いてボロ儲けした…という時には税金・年金・国民健保 (社保含む)の支払いに気をつけたほうがいいと思います。物凄い額の納付通知が来ますから…(即死
よく芸人さんとかが「税金払えない」という話をしたりするのですが、そのとおりで、「国への支払い分は残しておかないとやばい」という事になりかねません。特に一番デカい負担は国保でした。信じられないくらいの額が来ます。税金よりも国保・年金の方が遥かに負担がデカいのです。反面、ワイのように結核になったとしても「タダの風邪」で終わってしまい(BCG接種してると死なないので気づかない…)「あまり元を取り返せなかった…」という経験を皆さんもするかもしれません。損です。入院しまくる人は限られているのに「なぜ健康な我々が他人の医療費の面倒を見なきゃならないんだ」…は確かに実感です。
ただしこれに関しては、日本の場合は「それでも万が一に備えて社保・国保に高いカネを払っといたほうが絶対よい」と思います。大病した時にすごく助かるのは事実で(限度額適用認定証とか)、世界的にみても良い制度なので可能な限り現行のままが良いと思うのです。
財政の面で可能ならば…ですm(_ _)m
さて、此処で特に話題になるのは「老人福祉」に関する問題です。要するに年金やら老人医療費にやたらと国のカネが使われているのはおかしい?…という意見です。なかなかセンシティブな話です。国は老人に多額の費用を使いすぎていて、負担する若年層がもう耐えられない。なので年金カット・老人福祉カットによって財政負担を減らし、子ども手当に回すべき…という意見です。要するに「高齢者は集団自決したらいいんじゃね?」という話です。ハッキリ言えば老人は「社会の邪魔者」ということです。
しかしこれには倫理上の問題が出てきそうです。これまで日本国を支えるために働いてきた多くの人たちを、使えなくなったから姥捨山に放り込むような事が倫理的に許されるのか? とか、いま若い人たちもいずれは年寄りになる。その時にアンタらの年金や老人福祉がゼロでもいいのか? …とかです。ワイも年金とかを長年に渡って多額納付してきたつもりです(しかし生活はカツカツで貧乏)。ガッツリ取られた挙句、「高瀬には年金やらない」と言われたら「詐偽だろ?」と訴えたくなるほどです。
そこで、これらの長年の相克に対して「安楽死」論が時々出てきます。自発的に死ねばよい…と。しかし安楽死に関しても「社会が無言の圧力を加えてくる」という危険性が指摘されています。「70歳以上の年寄りは安楽死すべき」みたいな雰囲気が社会に蔓延すると、自分から屠殺場に入らなければいけなくなる「ファシズム」社会に成り下がってしまう…という意見です。実はワイはこの意見です。よって安楽死は絶対反対です。新自由主義者は個人主義者。他人や社会からの圧力は基本的には「全体主義思想ゆえのファシズム」と脳髄反応するからです。最後まで自分の事をどうするかは自分で決めたいのです…
とはいえ、そもそも予算がない…では、老人はおろか現役世代まで死に絶えてしまいかねません。そこで他の人はどう考えてるんだろ…とNOTEなど他人の意見を見てみました。だいたいこんな感じかと思われます。
①老人福祉や年金はカットするしかない。これ以上の現役世代負担増は無理
②日本の経済力を強化する政策を早急に実施し、増税余力を増やすべき
③老人福祉や年金をカットすべきではない。このためには増税すべき
…こんな感じかと思われます。
ただ①の問題点は、タダでさえ貧困老人が激増しているのにこれ以上、支給金をカットできるのか?という問題点があります。結局、そういう老人が生活保護を受けることになれば、またぞろ「ナマポ問題」が湧いて右・左の政治アジテーション化になるでしょうし、結局、負担は減りません。
②はその具体的かつ有効な方法論が示されたことがありません。
③は「もうこれ以上の負担は無理でイヤです」が本音でしょう。結局、堂々巡りのままで、長いこと解決策がありません。
ただ雰囲気としては「老人がいままで怠けていたのが悪いのだから、福祉カットしろ!」派が増えているような気がします。確かに70年代にフォークソングを歌い、左翼思想に凝り固まって火炎瓶などを投げつけたアナーキスト崩れのキリギリスたちの老後を、真面目で勤勉で頑張っている働きアリたちが面倒をみる必要はない…と言われればそれまでです。本音では「年寄りが若いうちに老後のカネを作っておかなかったのが悪い」と思っているのでしょうけど、そう言えば特にリベラル勢から「差別主義者」とか「ナチスのようだ!」と言われかねないので黙っている(けど鬱憤は貯まる…)なのかもしれまれせん。
ワイの意見は「カネがないとはミジメだなぁ…(TдT)」とやるせない気持ちというだけです。老人が悪いのではなく、カネがないのが悪いのよ…と(TдT)
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ワイは「国家をカネで考える」派です。よってこの老人福祉に関してもカネだけで考えてみました。しかしカネで解決する前に一つだけ重要な事に気づきました。
ヒトはなぜ老いるのか?どうして老人は邪魔者扱いされるようになったのか?
…です。そもそも「老化」のメカニズムを知らなければ老人福祉や予算配分の問題も語れないのです。老後がなければ、年金や老人福祉予算の問題も出てこないからです。そしてこれは突き詰めれば遺伝学・生物学の領域であり、「生物は遺伝子の延長された表現型 (R.ドーキンス)」なので、この分野での知見を反映した上で、カネの配慮を考えてみたいと思います。
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●老化と死のメカニズム 〜進化上「有利」だったため、死が付与された。
ワイが医学部出ていないために、いくつかの資料を見た上での雑感として書かせていただきます。まず最新の知見によれば、殆どの生物は「老後がない」そうです。肉食動物のように年をとって体力が落ちて狩猟できなくなり、そのまま息絶えるとか、象のように加齢個体はほぼ突然、心臓発作などで死ぬor病気を患ってダラダラ死んでいきます。よってほぼ全ての生物には年金の受給の心配がありません。
しかしホモ・サピエンスは違います。まず我々は卵生ではなく胎生です。これは我々の祖先が太古の昔、免疫系を攻撃する致命的なウイルスに苦しんでいた時、これを逆に取り込むことで卵生から哺乳類へと進化した結果とされ、このため「異物 (半分はオスの遺伝子持ってる)」である胎児を母体が攻撃しないことで成立可能になりました。
しかし細胞の劣化 (生体内でのコピーミス)は避けがたく、このため、ある程度以上加齢した場合、精子・卵子が劣化してしまうことで新生児 (遺伝子の継承者)に障害 (コピーミスの結果)が出てくるリスクがあるのだそうです。羊水は腐らなくても精子・卵子は劣化するようなのです。年を取ってからの出産には余計にリスクがあるという厳しい現実ですね…。
これに対し我々は「閉経」によって強制的に子孫を作れなくし、遺伝子のコピーミス個体の生成を抑止するという進化を遂げたようです。ということはこの段階で我々はオスもメスも「存在価値がなくなった」という事です。そして子孫を作れなくなった個体は資源を消費するだけの存在となる事と、そもそももし閉経がなかったら「劣化コピーが生まれまくり、遺伝子のレベルで安定した継承が出来ない」ことと相まって「一定期間生きたら死ぬ」という進化圧が強まったようです。
つまり年老いたら皆かならず死ぬ…という進化の方が、無限大に長生きする生命種よりも「進化の勝ち組」になれたということです。そう考えると、我々も本来、女性の閉経時ごろを基準に早々に男も女も死んだほうが遺伝子的にはよい、ということだったのかもしれません。
ワイのようなおっさんがダラダラ生きてしまって申し訳ありません、と謝るしかないですね、これは…しかし現実には人間は違います(ほっ…
老後が長いのです。この理由ですが、年を取ったオンナ(おばあちゃん)が孫の育児の支援に回ることで、より確実に自分たちの遺伝子の継承を担保するという進化をたどるようになりました。おばあちゃんはもう自分が子供を産めなくても出産育児+人生経験があり、これが娘 (や息子)の育児をサポートするという役割を担うことで、新生児の保育と安全を守るガーディアンの役割を担うようになったということです。
実際、人間以外にシャチが似たような進化を遂げています。シャチは群れを作るのですが、リーダーはメスで多くはおばあちゃんに当たる個体です。一方、息子の方は30歳くらいまで母親にエサをワケてもらうほどのニートぶりです。おばあちゃんが孫の養育を受け持つことで娘や息子が狩りなどに従事できるようになるということです。
老人は孫を守り、娘や息子の負担を減らす協力者…この関係があって「老後」は成立していたということです。ワイのようなおっさんも、子の世代・孫の世代をサポート出来なければ感謝もされないでしょうし、存在意義もないということなのでしょう…。
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こう見ると本来、我々の社会は「老人は子や孫のサポートをするのが人生最後の仕事」という進化を遂げたことがわかります。ところが現代は核家族化が進み、老人が子育て世代と切り離されてしまいました。また老人に取って代わる程度の知識が情報端末などを通じて共有できることから「おばあちゃんの知恵」がおばあちゃん以外からも取得できるようになりました。これでは老人の存在意義がありません。このため老人が「邪魔者」扱いされるようになった…というのがここ半世紀くらいの日本での流れかと思われます。
本来は「家」で老人から孫までをカバーし合うことを前提とし、ここに年金や老人福祉予算を加給する…というのが前提であり、たとえるなら年金や老人医療福祉制度の発足時はサザエさん家の磯野さん宅をモデルとしていたのかもしれません。
フネさん(おばあちゃん)→さざえさん世代→タラちゃん(孫)が同居し、家族でタラちゃんの保育を担いつつ一族で資産を共有する…という構造です。この構造の場合、波平さんが退職した後で年金を給付するにしても、サザエさん世代 (カツオさん含む)が労働して資産を増やす+年金で済むので「波平さんの年金は少額でもOK」と考えていたのかもしれません。
しかし現実には嫁・姑の不仲 (人間関係)や住宅取得の難しさ・仕事の確保などから三世代同居も難しく、またシングルマザー(シングルファーザー)と言った孤立化も目立ちます。冷静に考えればシングル家庭ほど祖父・祖母の協力が必要なのですが、この連携もうまく行っていません。
そのため子育て支援と年金・老人医療負担の両方で政府の負担増と増税or金欠という事態を招く一因にもなっているのです。家族・血族の分裂と孤立が、「老人家庭」「子育て世帯」双方の保有資産の実質的な減額につながっていることが貧困の理由の一つだろうと思われます。
ワイ思いますに、こうした展開を考えることなしにいきなり福祉のカットとか言ってもあまり意味がないのではないかと思うようになりました。また「老人は事実上切り捨て」となった場合、いまの働く世代が「自分が切り捨てられると判っているに、なんで年金や介護料金負担しなきゃいけないの?」と、ますます年金や国保の支払いを渋るようになってしまうと思うのです(年金は賦課方式)。
自分には恩恵のない制度に、カネ払う物好きはいないのです。
むしろ安定して年金・老人福祉介護が永続して受けられるシステムを考えなければ「誰かの世代が一方的に損をする」不平等なシステムに成り下がる危険性があります。今までの負担者が損するだけです。よって福祉や年金をなくせば良いとか、いっそ公的保険制度全廃しよう…みたいな事をいうのは余りに拙劣で暴論だと言わざるを得ません。
みんながいま使って「基本的に良いもの」ならば「より良くする」のが正解で、カネが無いから良いものを捨てる…はデフレマインドの悪い例ということです。
このため今後の政策課題の一つとして、日本の社会が「老人と孫世代のカップリング」というのを意識・教育する必要があるかと思われます。老人が特にシングル家庭や貧困家庭の支援に回れないか? 社会として老人を活用し、たとえ血のつながりがなくても子や孫世代をサポートするシステムを構築し、ここに労働対価が発生することで年金不足を補えるような仕組みが必要だと思うようになりました。老人の最後の活躍の場を、後継世代の保育・養育に回すという社会的試みです(全員がやらなくてもいいけど…)。
年寄りが邪魔者扱いされない社会への移行により、子育て支援負担と老人への費用負担の双方を減らせ、子や孫世代の生活の安定にも寄与できるようにする…というベクトルが必要と思われます。実際、いまでも母子家庭だったりした子が祖母・祖父に育てられたという例は結構あると思います(オリックスに移籍した九里亜蓮とか)。なのでいまでも本質的には「老人は存在自体が邪魔なわけではない」のです。
これらを踏まえた上で「老人福祉予算の確保」を考えるべきと思います。
まずは増税ですが、これ以上の負担増に皆が耐えられるのかは微妙です。次に経済成長ですが、「いまのままでは望み薄」です。ワイは新自由主義者ですが、左派のニューケインジアンの考え方が正しいと思っています。要するに経済成長には金利の正常化が必要であり、債務抑圧のために低金利政策を採用している日本においてはインフレ成長は発生しないのは必然…ということです。
ただし今からインフレ成長戦略を採用すると、物価高や住宅ローン負担の増加、物価上昇に伴う地価価格の上昇などといった「かなり厳しい負担増」を強いられる事になるでしょう。それも次々と…です。なので単純に「インフレ成長すればいいや」の問題でもなく、目下のところ爆増する政策も出てきていないので、まずは「保留」とした方が良いと思います。うまくいけばよいとは思いますが…
結局、老人福祉に回す年金と社会保険のカネが少ないということが問題なんだろうと思います。年金に関してはGPIFがかなりの規模で利益出しているにも関わらず…は、資産内容を精査するにしても、こちらは「少し先行きが明るい」と思われます。2つほど安心材料があり、一つはGPIFがすでに運用資産200兆円、運用益総額100兆円になり、今後ますます膨れ上がる一方であることを考えれば「若者世代はきっちりと年金を払っておけば、自分が老後になった時には沢山の年金がもらえるだろう」ということです。
GPIF 2024年度第2四半期運用状況 (速報)の説明動画
https://www.youtube.com/watch?v=kpMnGMA5HWU
もう一つはワイらのようなおっさん世代・ワイら以上のじいさん世代はいずれ必ず死ぬ、ということです。若年層人口が少ないことが問題になっていますが、ヒトは前述のように必ず老いて死にます。よって今後30-40年後をピークに老齢人口は減少に転じるのです。そうなればGPIFの莫大な利益による余剰金で、いまの若者世代はかなり報われた老後が送れるのではないでしょうか? 現在のノルウェーのように、です。
この点を強調した後で、老人含めた医療費の負担に関して思うのですが「国保・社保もGPIFのように独自資産を持てばよいのでは?」…です。要は、現在徴収している社保・国保の一部を資産とし、当面は資金不足でしょうから国債の一部を流用する「公的医療介護制度特別会計」のような枠組みをつくって、この資産をベースラインとして国内外の投資や不動産などに長期運用することで公的保険制度の独自財源の確保を目指してみるのはどうでしょ?
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●特別国債を上手に使う 〜東日本大震災復興特別会計を範とする
この枠組み自体は大成功を収めたと言われている東日本大震災復興特別会計とほぼ同じ枠組みを考えています。健康保険料として毎年徴収される国保・社保料の一部をリザーブ。この後で医療財源名目の特別国債を発行。この後で現金+国債費用をベースとした特別会計を設置し、この後は資産運用にまわして独自財源の確保を狙うというものです。
東日本大震災復興特別会計
https://www.mof.go.jp/policy/budget/topics/special_account/fy2023/2023-kakuron-13.pdf
東日本大震災復興特別会計は国債を上手に使った好例と言われています。実際、大震災の復興費用をこれでまかない、しかも2035年には全額償還できるとされています(でもどうせ政府がこのカネを別の所に使いまわすんでしょうけど…涙)。つまり「将来世代にツケを残さない」という意味で大成功だったというわけです。特別会計なので「組み込み資産」として国内外の投資に使われるでしょう。一部は現金…これは我々の収める保険料があるため現金 (資産)+国債 (負債)というアセットであり、なにより保険料の一部をこの特会に組み入れるということは「毎年、現金が増える(=運用資産が増える)」という確実なベース資産を形成できるのです。よってプレミアム負担もより低く済むと考えてよく、後世の子供や孫に負担を付け回さなくて済むという利点もあります。同時に現在のような酷いインフレのときにも強いベース資産です。インフレ時には債権もまた価値が下がり、組み込み資産の原資の価値が下がるために「追証」に当たる追加資産増 (つまり負担)が必要となるわけですが、国民からの保険料が組み入れられているために現金の補充は可能なはずだ…という構造です。
国債をバンバン刷りまくるのには確かにワイも反対です。後代にツケが回るとか、後のインフレ要因になるという危惧があるからです。しかし全く国債を発行しないというのは極論で、うまく管理できれば復興会計のように20兆円近い突然の負担にも十分対処できるのです。
上手に国債を使う ←これが現代国家の財政の要諦 ( •̀ᄇ• ́)ﻭ✧
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たしかにこの意見は「ぼくのかんがえたさいきょうの〜」ではありますが、GPIFでは確実な儲けが出ていますし東日本大震災復興特別会計でも結果が出ています。こうした成功実績があるのなら利用しない手はなく、ならこのシステムを公的医療制度にも適用した方がいいのではないかということです。福祉を削る…はトレンドなのかもしれませんし、新自由主義的な改革方法なのかもしれません。しかしデフレマインドであり、たしかに行財政改革は必要ではありますが、無駄を省くことと公的医療をやめることはさすがに違うことだと思います。恩恵があると実感するのは病気の時であり、普段健康ならそのありがたみはわからないでしょうが、万が一に病院に担ぎ込まれた時、後で数百万円の請求書が来た…で良いのか?を自問自答すべきでしょう。
カネが無い時、無いなりに工夫するとか、できるだけ切り詰めたり辞めたりするのは選択肢としてはありだと思います。しかし「稼いで支える」という方向性もアリなのでないでしょうか?その時に、いま使っていて効果がある実績のある方法を用いるというのなら「長期投資」という事が日本政府にはできるはず…ということでした。
※ ※ ※
あと最後にもう一つ…m(_ _)m
いま年金をもらっている世代+これから年金をもらえそうな世代の55歳以上の人たちにワイから問いただしたいことがあります。
「アンタら、氷河期世代を救うことができたのか?」
…です。氷河期世代はワイらのようなバブルを知りませんでした。頑張っても報われることのない世代であり、正規の就職さえなかった世代でした。彼ら若い世代を見殺しにしたのは俺達だ…という意識があるのか? と問い詰めたいのです。この世代は今のままでは報われることはありません。人数も多く、よって年金受給額さえいまより更に低い可能性があります。何のために生まれてきたのか判らない世代になってしまうかもしれません。
生殖能力を失った年寄りの役割は子を助け、孫の育成を支援することで自分たちの老後を確保する…という生存戦略戦略を進化させてきたと述べました。そのホモ・サピエンスが子や孫を助けられなかったというのならば、今後、どうして無能な我々が年金や社会保障で「老後」を助けてもらえると楽観視できるのか?…と??
政府日銀財務省のバブル崩壊後、国家破綻を防止するために一時的に緊縮財政やら低金利政策を採用したのはやむを得なかったと思いますよ、ワイもね…。しかし過剰で長すぎた低金利政策のせいで国力が衰退し、しかも多額の政府債務は蓄積したままの状態で不景気なまま…。これを変える事が出来たとするならば、それは子供や孫の仕事ではなく、当時社会人だった俺らおっさんらがやるべきことだったと申し訳なく思うんですよ。
恨まれるんだろうなぁ、俺達って…(´-ω-`)
GPIF 2024年度第2四半期運用状況(速報)の説明動画
https://www.youtube.com/watch?v=kpMnGMA5HWU
後期高齢者医療制度の政府広報
https://www.gov-online.go.jp/useful/article/202209/1.html
東日本大震災復興特別会計
https://www.mof.go.jp/policy/budget/topics/special_account/fy2023/2023-kakuron-13.pdf
【2024/12/27補足】
2025年度(令和7年度)薬価中間年改定、費用対効果評価 及び義務的な創薬支援基金に関する共同声明
https://www.phrma-jp.org/pressroom/pressrelease/release2024/241225_pressrelease/
要するに石破のポピュリズム的政策により薬価が引き下げられ、ジェネリック含めた国内製薬業が衰退・潰滅する恐れがあるというお怒りの内容。国民健康保険制度でカネがないからといって切り詰めると海外勢に開発力で負けてしまい、結局、海外の価格の高い薬に市場支配されてしまうという内容。
重要なのは「削る」というデフレ策ではなく、包括的な成長戦略によって保険料負担増に国民が耐えられるような経済政策が必要ということかと…_φ(・_・
ちなみに年金に関しては既にやっています。GPIFのことです。こちらは大成功も良いところですので今回は省きました。
また、もし必要ならばこの内容に関してまた別途、内容を増補して新たに俎上いたします…m(_ _)m




