第七十一話 魔王なりて勇者を待つ
魔界……どんよりとした、赤黒い空に覆われ邪気と瘴気に満ちた悪魔の住む世界。
瘴気は悪魔からすれば恵みであり、生きる糧なのだが、ヒトの世界に住む者が吸えば喉が焼かれるような苦しみを味わい、体調が悪くなって魔法もまともに使えなくなるとか。
文明こそ近世程度まで発達しているが、常にどこかで争いが起こり、怒号や悲鳴が消えることはない。瘴気がある限り魔界では無限に復活できるのだが、そのせいでまた復活した悪魔が争いを始めてしまうのだった。
「──静かだ」
古びたボロボロの巨大な城。
その玉座の間でフェドロは静かにつぶやいた。
ここは悪魔王デミウルゴスの城だったが、今は悪魔王を支配したフェドロのものである。ただ、天まで届くほどの巨体であるデミウルゴスの城というだけあって、玉座の間だけでも広大で、その玉座ですら見上げるほど大きかった。
「静かなのも悪くない。
我の人生は、騒がしすぎたからな。……しかし、それももうすぐ終わる。
権力を求めて生きていたが、まさか……最後に望むのが静かな暮らしになるとはな。
……若かりし頃の我が聞いたら、ハレムンティア王国を襲った頃の我が聞いたら、きっと信じまい」
フェドロは誰もいない部屋で自嘲するように笑う。
この城には誰もいない。魔界全体で見ても、この城の前にデミウルゴスを配置しただけ。
他の悪魔は決戦の邪魔になると判断して、攻撃しないように命令を出して人間界に送っておいた。
「……前世では、地球では不遇を極め、我の知能の高さゆえに嫉妬され、いじめに遭い、好きな人には裏切られ、父は破産して家族は離散し、泥水を啜ってでも生きようとしたが、最後には不良に搾取され散った。
そんな理不尽が大嫌いだった。
この世界に来て力を貰い、最初こそ平和で幸せな暮らしをしていた。前世より憧れていたファンタジー世界に来て、騎士として、冒険者として暮らし、大変だったがダリアと共に切磋琢磨し、人を助けて笑顔をもらい、生きがいを感じた」
フェドロは誰に言うわけでもなく、頭の中を駆け巡る思い出を口にしていた。
誰かに言えなくても、話したい気分だったのだ。
「……そんな時、なんの罪もない人が住む村を盗賊団が襲った。
2人きりでは多勢に無勢、正面から戦っても負けは見えていた。でも、放って置けなかった。
無謀にも挑み、ボロボロになり、ここでまた終わるかと思った時、この世界に来たときに地球の神がくれた『チート』を思い出したのだ」
そう、それが初めてフェドロが他人を洗脳した瞬間だった。
「……快感だった。
村人を守り、悪党も倒せる。この世の全てを手に入れたように錯覚したよ。
でも、それでやめて置けばよかった。
その快感は感覚を麻痺させてしまった。
悪意ある者を洗脳できると知った我は、世のためと自分に言い聞かせて洗脳を繰り返した。
必要もないのに悪い噂がある所に乗り込み、事実確認もしないまま洗脳していた」
フェドロは自分の暴走に気が付かなかった。いや、正確にはこの道こそ正しく、暴走しても許されると思っていたのだ。
「燻っていた狂気は、いずれ大火となる。
本来の気性を飲み込んで、我を野心と不信感と歪な正義感で染められてしまった。
フェロモンで人を惹きつけるというハレムンティア王家、別に悪いことはしていなかったが、悪いことに使えるからという理由で反旗を翻し、国を乗っ取った。それこそが正しいと思って。
まあ……それと同時に、我の野心の邪魔になるから……という理由があったのは間違いないな」
自分の声と衣擦れだけが響く玉座の間に虚しさを感じる。
「ブーケトスの効果で一時的にこの狂気から解放され、悪意を忘れて、そして悪魔王の邪気に触れ再度悪意を思い出してようやく、自分がおかしいと気が付いたのだ。
かつて前世の自分を虐げた理不尽に、自分は成り下がっていたのだと」
フェドロは手のひらを見つめて深呼吸をする。
「ケジメをつけなければならない。
……自分勝手な人生に、終わりを。
そんな自分勝手に付き合わせるのだから、せめてジョージには最高の栄誉を。
魔王として、世界に勇者を誕生させてやろう。
そして、我みたいな悪を再び生まないために、しっかりと歴史に刻んでやる。
だからこそ、この決戦は……全身全霊で挑まなければならない……!!」
フェドロは覚悟を決めると、フェドロンを漆黒の鎧に変え、マントを羽織り、王冠を模した兜を装備し、圧倒的なオーラを放ったのだった。
「……待っていたぞ、勇者よ。さあ、決戦だ────」
* * * * *
少し時間を遡る。
ジョージたちはダリアの空間魔法で魔界に来ていた。
戦いにより地面は抉れ、レンガ作りの建物は崩壊し、壊れた武具が散乱し、いたる所に戦いの痕跡が広がっている。
この惨状は日常的に悪魔が無益に争いを繰り広げていたからに違いない。
「──なるほど、異世界に行くにはそう言う魔法陣を使いますのね?
……なるほどなるほど」
そして、ウィステリアはそんな惨状に目もくれず、転移して早々にその転移魔法に興味津々である。
「面白い描き方ね……初めて見ましたわ。おしむらくは、これを自分で思いつきたかったことぐらいかしら。
……ダリア、あなたは行ったことがない異世界の場所には行けますのかしら?」
「い、いえ。
元より人間界に来たのもデミウルゴスによって送られたからですし、世界間の移動は見知った場所だからできるだけです」
ウィステリアに詰め寄られてたじたじになりながらもダリアが答えた。
「へえ。
ならば、わたくしが1番なのは揺るぎないですわね。良かった……」
そう、ウィステリアは負けず嫌いなのだ。
「それにしても、魔界って薄暗いんだな。空気も人間にとっては最悪だ。
……フェロモンピュリファイヤーで瘴気を空気に変えなければ呼吸もままならなさそうだ」
どんなところでも悪い気をその魅力でトリコにして、害のない空気にしてしまうフェロモンピュリファイヤーを発動していた。そのおかげで何事もないが、それをしていなかったら流石のジョージも1ヶ月で瘴気にやられてしまうだろう。
「わたくしのセイクリッドフォースでも、邪気と瘴気消し飛ばせますわ。
防御力アップ効果もありますし、天使ちゃんたちはこっちにしときましょうか」
セイクリッドフォースは聖なる浄化の力で、悪を退けて身を守ってくれる魔法で、アメリアの聖歌をもとに閃いたものだ。
「そうだな。ウィジー頼む」
ジョージの言葉に頷き、ウィステリアはジェスとメリーに魔法をかける。
ちなみに、ジョージは1ヶ月だったが、ウィステリアは3週間で、一般人だと数時間、A級冒険者でも3日ほどで限界が来るので、ジョージたちがどれだけ瘴気に強いかがわかる。
ちなみにジェスとメリーは1週間ぐらいなら平気だ。
「このまほーすきー!
なんか、ソーダみたいにしゅわしゅわする」
「メリーはね、ソーダのめないけど、このまほうはすき」
準備が整ったのを確認すると、ダリアがジョージたちに尋ねた。
「では、そろそろデミウルゴス城へ案内してもよろしいですか?」
「ああ、待たせたな。行こう」
「では……参ります」
ジョージの覚悟が決まったまっすぐな目を見ると、ダリアは満足そうに微笑みながら魔法陣を起動した。
● ● ●
デミウルゴス城。
天を貫く巨体のデミウルゴスを基準にして建てられた故に全てのスケールが大きく、門ですら雲より高く、城壁は高すぎててっぺんが見えなかった。
古びておりところどころクレーターができているが、それでも穴が開くまでには至っておらず、その壁の厚さと強固さがひと目でわかる。
──だが、それ以上に目を引くものがあった。
「……来たか、ニンゲン。
貴様たちは余が……この悪魔王デミウルゴスが、滅ぼしてくれよう!」
そう、城の前で悪魔王デミウルゴスが待ち構えていたのだ。
「あら、あなたがデミウルゴス?
でも、仮面舞踏会ではないのに、なぜ顔を隠しているのかしら?
……社交場でそのような邪気の霧をかぶったままなんて、王が聞いて呆れますわね……!」
──ゴウンっ!!!
ウィステリアが手をかざすや否や突風が巻き起こり、デミウルゴスの姿を隠していた邪気の霧を消し飛ばす。
……ねじれた大きな2本のツノ、4枚のドラゴンの翼、邪悪な猛獣のような目、サーベルタイガーのような発達した牙、人型でありながら無機質でくすんだ黒色の体躯。その悪魔王デミウルゴスのその正体が晒された。
「おのれニンゲン……!
この高貴な余の姿を暴くとは、無礼極まりない。
……万死に値するぞ!!」
デミウルゴスが激昂し雄叫びを上げると、空気が震えて地面が割れる。
「あら、無礼なのはどちらかしら。
……でも構いませんわ。児戯には慣れてますもの。
さあ、悪魔王と名乗るからにはさぞ強いのでしょう?
このウィステリアが遊んで差し上げますわ……!!」
「ママ、いっちゃえー!」
ウィステリアは魔力を解放し戦闘態勢に入る。すると溢れ出る魔力の波でデミウルゴスを押し込み、城壁が崩れてしまった。
「……ジョージ、さあ今のうちにフェドロの元へ行ってくださいな!
デミウルゴスはわたくしが倒しておきますから!
あとメリー、パパの言うことを聞くのよ」
一瞬の隙を見てジェスを抱き上げつつ、ジョージとメリーに声を飛ばす。
「ありがとう、ウィジー頼んだ!
ジェスも、お手伝いは無理せずできる時だけで良いからな。
……よし、メリー行くぞ!」
「パパだっこ!」
そして、ジョージはメリーを抱えて城の中に突入していくのだった。
「……ジョージ・ハレムンティアを行かせて良かったのですか?」
ジョージについて行きながらダリアが言う。
「この場にジョージが居なくても問題ありませんわ。
妻として夫を立てたいのもありますわね。……あと、話しかけるのはこれっきりにしてくださいませ」
「え?」
「わたくしは早急にデミウルゴスを倒し、ジョージの活躍を見ないといけませんから!!」
聖杖リズンを振り魔法陣を起動する。そのウィステリアの目には、勝利とその先しか見えていないような自信があった。
「……はい」
ダリアは目を細めて少しだけ口角を上げると、自身もフェドロの元へと走っていった。




