第七十話 いざ魔界へ
数年間姿をくらましていたフェドロが復活し、悪魔王と無数の悪魔を支配下に置いた。
そして、自らを魔王と名乗り、ジョージ・ハレムンティアに宣戦布告をしたのだった。
理由は明快。長らく続いたハレムンティア王家との因縁と、唯一己に対抗できる存在であるジョージと決着をつけるためだ。
フェドロの復活は世界の人々に恐怖を与えたが、同時に悪魔の侵攻が一時的に止まった事により安心した者もいたとか。
しかし、進行が止まっているのはジョージとの決着がつくまで。期日も決められているので、平和を完全に取り戻すためには、ジョージは否応なしにフェドロと戦い、勝って帰らなければならない。
その決戦の場は魔界のデミウルゴス城、日時は1週間後。
そして、条件が『ジョージが来ること』と、『同行者はひとりまで』だった。
* * * * *
ゲオルギウス城3階会議室、ジョージたちは決戦に向けての会議をしていた。
「──これじゃ、不意打ちもできないし、こっそり仲間を連れていくのは難しそうじゃ」
エリンがぼやくと、カレンも小さくため息をついた。
「魔界の場所が分かったら、ボクの魔導器かウィステリアの魔法で飛べるんだけど……」
「……そう、ですわね。まだ世界を飛び越える転移魔法は発明できてませんの。
はぁ……この星の中なら、知らない場所でも飛べますのに」
「それにゃら、フェドロの条件を飲むしかにゃいね……」
「せめてもの救いは、決戦中この世界の戦力は十分あることぐらいでしょうか。
悪魔王とフェドロが来ない限り、他の悪魔に攻められても大したことがないですし」
アメリアの言う通り、3日間の悪魔侵攻戦によりジョージファミリーだけでなく、世界中の人が経験を積んでとても強くなった。
それはもう、エリンやイリーナ、シンだけでなく、完全後衛型のアメリア1人でも、悪魔王の強化状態チェックフォーを相手できるほど。
ブッチャーもデーモンカイザーとかデモニトロンのレベルの悪魔の殲滅速度が随一で、かの町のリンゴ農家さんもグレーターデーモンを倒れる強さになっていた。
「あとは、誰を連れていくか。
そして、フェドロに勝てるか……って事だけだな」
以前戦った時の強さのままなら余裕だが、シンの報告にあった悪魔王の強さと、それを下した事実。それを踏まえると、フェドロが桁違いに強化されたのは間違いない。
悪魔王自体も、グレーターデーモンが強化されてダークデーモンに進化していたように、フェドロによって強化されている可能性がある。
「ムンちゃんはフェドロ戦に集中したいよね?
じゃ、悪魔王は同行者ひとりで倒さなくちゃか」
「……となると、決まりですね」
「じゃの」
「ウィステリア様、しかにゃいね」
「……この大役、わたくしが請け負ってみんなは異論ないかしら?」
「ありませんよ。
悪魔王を1人で倒せるのはきっと、超越魔法すら習得したウィステリア様だけですから。
……それに、『正妻』なんですから、夫と協力して困難に立ち向かうのもいいとは思いませんか?」
アメリアの言葉にみんなも頷く。
「ウィジー、ついてきてくれるか?」
そして、ジョージの言葉を聞くとウィステリアは納得したように頷き、自信に満ちた表情でこう言った。
「……このウィステリア・F・ハレムンティアに敗北はありません。
同行者となり、必ずや勝利の栄光をプレゼントして差し上げますわ。
……では、修業してまいりますので。ごきげんよう」
ウィステリアはそう言って退室した。
「……すでに世界最強の魔法使いなのに、ウィジーはまだ成長するのか、すごいな……。
俺も……まだまだ強くならないと、胸を張ってウィジーの隣に立てないな」
こうして、ウィステリアとジョージは期日まで各々修業に明け暮れるのであった。
* * * * *
決戦当日の朝。
「──ウィステリア様、どうぞ聖杖リズンです」
ウィステリアは私室にて、オフィーリアと決戦に向けての準備をしていた。
「ありがとうございますわ。
……そうだ。
オフィーリアちゃん、午後のティータイムには帰りますから、お祝いのケーキとお茶を用意しておいてくださいな。修業に明け暮れて甘いものを我慢していましたから、甘味を解禁するのが楽しみですわ〜」
今までにない圧倒的な強敵、悪魔王デミウルゴスとこれから戦うのに、ウィステリアは緊張や恐怖どころか、遠足と誕生日が同時に来たみたいに楽しげだ。
「ふふっ……分かりました。
とくべつ甘いケーキを用意しておきますとも。
……まったくウィステリア様ったら、せっかくわたしが厳かな雰囲気を出したのに、子供みたいにはしゃいじゃって。
遊びに行くんじゃないんだよ?
今までで1番強い相手だし、魔法も強力、耐久も桁違い。どんな環境かもわからない魔界だし、気を引き締めないと」
オフィーリアが優しく注意をするも、ウィステリアは態度を改める事なく、むしろオフィーリアの言葉でもっと嬉しそうになる。
「……そうよ!
魔界!
魔界に行けますの!
魔界なんだから、この世界とは違って手加減しなくても良いですし、悪魔王の桁違いの耐久ならきっと簡単に倒されくれませんでしょう?
もう、楽しみで仕方ありません!」
ウィステリアはこの1週間で習得した新魔法を試すのが楽しみなのだ。
そして、習得したのはいいが、強力すぎてこの世界で使えなかったので、仕方ないと言えば仕方ないのかもしれない。
「はいはい、そうですね。
じゃあ、わたしは早速ケーキの準備に入るから、ウィステリア様はジョージ様のところへ行って。
そろそろ約束の時間ですし」
「ん?
……あら、本当ですわ。
では、わたくしはジョージと決戦に行ってきますわね。ごきげんよう〜」
オフィーリアに言われて約束の時間が迫っているとようやく気がつき、ウィステリアはクスッと笑って嬉しそうに出ていくのだった。
● ● ●
少し前、ジョージは自室にいなかった。なぜなら──
「メリー、ジェス!
なんでこんな時に、かくれんぼをするんだ!?
君らは本当に隠れるのが上手いし、城も広いんだから、いくらパパでも大変なんだ!」
そう、子供たちに振り回されていた。
「フェロモンサーチを使えばメリーがフェロモンジャミングをするし、見つけたと思ったらジェスが魔法で煙幕を出してくるし、そもそも逃げるのも隠れるのも上手いし、誰にかくれんぼの極意を教えてもらったんだ……!」
ちなみに教えたのはそれぞれ、ジャミングがシン、煙幕はイリーナ、そして隠し通路がウィステリアだ。
ジョージの知らない隠し通路を使っていれば、そりゃ見つからないわけだ。
「──ジョージ!」
そこにとっても申し訳なさそうなシンが走ってきた。彼も一緒に探してくれていたのだ。見つからない原因の半分はフェロモンジャミングのせいなので。
「見つかったか?」
「いや、どこにもいない。
……天使ちゃんたちに『かくれんぼでパパをたおしたい』とうるうるした目で見られて……くっ!
僕がフェロモンジャミングを教えたばっかりに、こんな大切な時に姿を消してしまうなんて……!」
──バン!
シンが悔しさのあまり壁を叩く。
「……時間はもうほとんど無いんだ。
見つからなければ、かくれんぼを中断して出かけなければならない。
……ジェスとメリーには寂しい思いをさせてしまう!!」
ジョージは結婚して初めて怒りを見せた。
どこにいるかは分からないが天使ちゃんたちはきっと、今もパパが探してくれるとワクワクして待ってるに決まっている。
もしジョージが自分たちを放置して、期待を裏切り出かけてしまったと知れば、一生もんの悲しいエピソードになること間違いなしだ。
絶対にそんなバッドエンドは避けたいのに、ジョージは己の無力感に怒りを爆発せざるを得なかった。
──ピピピピ……。
そして無情にも、タイムリミットを告げるアラームが鳴ってしまう。
「そ、そんな……!
かくれんぼが、終わってないんだぞ!?」
ジョージは絶望して膝をついて嘆いてしまう。そんな哀愁ただよう寂しげな背中に、シンはそっと近づいて語りかけた。
「……ジョージ、天使ちゃんたちは僕が責任を持って探すから、君はフェドロの元へ行ってくれ。
君には使命があるんだから……」
「うるさい!
世界と我が子なら、我が子の方が大事だ!」
「何を言っている!
ジョージがそんな情けない姿を晒して、天使ちゃんは喜ぶと思うのか?
それに、世界が侵略されてしまえば沢山の人だけでなく、天使ちゃん自身も苦しむんだぞ!
スコーンもジャムもクロテッドクリームもない世界で、君は胸を張って『ジョージ・ハレムンティアは格好良いパパだ』と、あの子達に言えるのか!?」
「…………っ!!」
シンの言葉にジョージは胸を打たれる。
「……ここは任せて行ってくれ。かくれんぼは、僕が引き継ぐ!
……そして世界を救った後に、寂しい思いをさせた分いっぱい遊んでやってくれ……!!」
「……シン!!
ありがとう、ここは任せたぞ!!
うぉおおおお!!」
ジョージは振り向く事なく、待ち合わせ場所へと走っていくのだった。
「……まったく、世話の焼ける……義兄さんだな。
頑張ってきてくれ。僕も、僕の戦いをする……!」
● ● ●
──そして、ジョージとウィステリアはそれぞれの思いをうちに秘め、指定の時間に待ち合わせ場所に来ていた。
「……決戦前にメリーとジェスの顔を見ておきたいと、思ってたんだがな」
「仕方ありませんわ、まさかこうなると思ってませんでしたもの。
……ですが『できるだけ明るく作戦』は成功しましたわ」
ジョージとウィステリアは確かにふざけていたものの、決戦を軽んじている訳ではなかった。
勝てるだろうと思ってはいたが、万が一の事を想定してなかったわけじゃない。
「暗い雰囲気で出発したくなかったからな。……まあ、俺は成功したか微妙だったけど」
そう、もし別れとなるなら、せめて明るい雰囲気で記憶に残りたいと思ったのだ。
我が子たちの顔も記憶に刻みたかった。だからこそ、アラームが鳴った時に本当に怒ってしまったのだ。
「…………ジョージ、もっと勝たなければならない理由ができましたわね」
ウィステリアが呟くように言う。
「……っ!
ああ。メリーとジェスに、俺たちがかっこいいパパとママだと証明してやらないとな」
「……来ましたね、ジョージ・ハレムンティアと、ウィステリア・F・ハレムンティア」
ジョージたちの前に現れたのはダークエルフの女騎士。
その正体は、悪魔王に仕えるチェックフォーのクイーンにして、フェドロが唯一心を許した存在ダリアだ。
「……ああ」
ジョージが一瞬ウィステリアと目配せして返事をする。
「魔界に飛ぶ前に、お聞きしたい事がありますわ」
ウィステリアがそう言うと、ダリアは何が聞きたいのか分かっていたようで、答えを出しながら口を開いた。
「はい、言わずとも分かっています。
……これ。この転移装置でここに来たみたいです」
そう、来てしまったのだ。
「なぜ?」
「話を聞いてしまったのでしょう。
それに、この転移装置は場所の情報を言うだけで、この星の中であれば行きたいところに行けるのですから仕方ありません。
……動機については、ご本人たちから聞いてください」
そう、そこにはダリア以外にも来ていたのだ。そして、その人物は──
「メリー、ジェス、なんでここに来たんだ?」
そう、かくれんぼで姿を隠していたはずの双子ちゃんたちが、この場所に来ていたのだ。
「えっとね、きのう、パパとママがなんかへんだったから、メリーたちがおてつだいしようって……」
「そう!
ママパパがこまってるならね、ぼくたちがね、たすけてあげる!」
ジョージとウィステリアは隠していたが、決戦前の微細な緊張感をメリーとジェスは気付いていた。
そして、2人は事情こそ知らないものの、自分たちなりに助けてあげたいと思い、転移装置をカレンのデスクからこっそり拝借してこの地まで転移してきたのだ。
「この子達を帰す時間は?」
ジョージが慎重に尋ねるが、ダリアは首を横に振った。
「……厳正な戦いであり、時間をずらす事はできません」
あくまでフェドロのターゲットはジョージであり、元よりメリーとジェスに危害を加えるつもりはない。
しかしフェドロは、『魔王』という称号を掲げてまで悪役に徹すると決めたのだ。ダリアはその覚悟を無駄にしないためにも、あえて優しい言葉を口に封じ込めたのだった。
「……そうか。メリー、おいで」
「うん」
「ジェス、貴方はわたくしが」
「はいママ」
メリーはジョージが、ジェスはウィステリアが抱っこする。
2人はこれよりただの"戦士"としてではなく、守るべきものがある親として戦う事を決意した。
「…………ふう」
ダリアはその様子を少しの間じっと見つめた後、ぎゅっと目をつむって深呼吸をする。
そして、力強く目を開けると、空間に穴を開けて魔界への扉を開いたのだった。
「では行きましょうか。
──決戦の地、魔界へ!」




