第六十九話 魔王誕生
──世界が邪気に満ちた瘴気で埋め尽くされてしまった。
「リッくん、まだ出現してないのか?」
シンがことの顛末を伝えて、ジョージが対抗するためにおねむ中のメリーから(泣く泣く)離れて出現場所に向かうも、まさかの悪魔王の姿が消えていたのだ。
そして、一度戻ってカレンに頼んで魔導器で悪魔王を探してもらうも、反応無しで見つからず。
そうこうしているうちに、瘴気が瞬く間に広がって無数の悪魔が出現し、街や人どころかこの世の生命全てを攻撃し始めたのだった。
「──ごめん、ムンちゃん。
悪魔王は自らの身体の実体を無くして、空気みたいな状態で瘴気全体を操ってるみたいなんだし。
だから、本体を叩くことはできないよ。
今ある瘴気を消したとしても、少しでも残ってたらそこから悪魔王が完全な状態で復活し、また瘴気を増やしてしまう」
そう、悪魔王がまた実体を現すまでは、倒す手段がないのだ。
「ぐぬ……もどかしいな」
今この瞬間にも人々は襲われているというのに、それを解決できないなんて、期待に応えることができないなんてと、ジョージは拳を握り締めてやり場のない怒りに身体を震わせる。
『──ジョージ、ハレムンティア旧王都に、前倒したチャリオットの悪魔が現れたから交戦するのじゃ!』
ジョージの通信機が反応し、エリンから連絡が入る。
「分かった、そこは頼ん──」
『ジョージくん、ジョーイくん……だっけ? その子の居る村にチェックフォーのキングが来たから戦うね!
1人だけど、負けにゃいよっ。にゃんたって、あたしも21歳のお姉さんにゃんだから!』
ジョージが返事を言い終わる前に、イリーナからの連絡が入った。同時多発的に世界中で戦いが始まっているようだ。
そして、その後もジョージの返事を待つより先に、また連絡が入った。
『コケッコケケ!』
「おい、ジョージ!
デモニトロンが来たけど、この町はブッチャーとこのルーカスが絶対に守るから安心してくれ』
ブッチャーとルーカスが強化されたデモニトロンと戦うようだ。
『僕はジャバウォックとともに各地を回って、戦況が不利な所を助けに入る』
シンとジャバウォックは戦える者がいない村や、悪魔の攻勢が激しい地域におもむく。
『ジョージ、ここの城塞都市と村の人たちは私とマーシャが居るから安心してくれ』
ダンとマーシャはダンロッソや、ウィステリアがお世話になった田舎の人たちを守ってくれるみたいだ。
『私は聖歌でゲオルギウスの守りを固めていますから、ジョージは気にせず動いてくださいね』
そして、アメリアは究極神聖魔法で、ゲオルギウスの城下町を最強の結界で守る。
「……フェロモン騎士団とウィステリア魔法師団を世界に派遣して、救助と治療に当たってもらってる」
キャサリンの報告まで聞くと、ジョージは少しだけ表情を緩めた。
「……万全ではないが、状況は悪くない、か」
──ドガーッバタン!!
ジョージが人工衛星型魔導器の映像を確認していると、作戦室にジェスが元気よく入ってきた。
「パパ、きいて!
あのさあのさあのさ、きいて!」
「だからドアは優しく……って、今はいいか。
なんだ、忙しいからちょっとだけだぞ?」
「ぼくのまほうでさ!
アチアチで、ボーン!! どっかーん!!
ドカドコドコ、じゅわーのやつ、あるでしょ?
それをもっかいした!」
「どこで?」
「ぼくのへや!」
「……え?」
部屋で魔法をぶっ放した事実に困惑するが、なんとか冷静さを取り戻して状況確認するジョージ。
「……えっと、その部屋は無事か?
それと……ママもいただろ?
怒られなかったのか?」
「えっとさ、ぼくのへやはね、よごれてない!
ママがしていーよって!」
どうやら、部屋の外に向かって撃ったらしい。
「そうか。
……それで、パパになんで教えてくれたんだ?
なにかあったのかな?」
「まちのそとに、あくまがきてたから、どーんって!
ぼくがやっつけたんだよ!」
「本当か!?
……それは凄いな」
流石に上位悪魔ではないはずだが、ジェスが長距離発射な上に、悪魔を倒せる威力の魔法を出したようだ。その場にウィジーもいたそうだから、まず冗談や間違ではないだろう。
「じゃ、ぼくはママのとこにかえるねー!」
──チュドーンバン!!
凄まじい勢いで、ジェスは部屋に戻って行った。
「……パパ、メリーもすごい?」
ジョージのズボンをくいくいっと引いて、メリーが少し不安げに尋ねてきた。自分も役に立ちたいようだ。
「ああ、メリーもすごいぞ。
君がそばに居るだけで、俺のパワーがめちゃくちゃ上がるしな」
そう、メリーとジョージが一緒にいる時、互いのフェロモンエナジーが共鳴して、ジョージのフェロモンが桁違いに上昇するのだ。
メリー自体のフェロモン総量はジョージに劣るが、この共鳴のおかげで戦力がジョージ10体分に跳ね上がるチートバフを得られるので、思った以上にすごい効果である。
「やったー!」
「この子の笑顔のためにも、悪魔王を早く倒したいな……」
そんな呟きを聞いていたのか、喜んでいたメリーは首を傾げてジョージに聞く。
「……パパ、あくまおうがいたら、こまる?」
「……ああ、困るな」
「ママも? おにいちゃんも?
スコーンやさんも、リッくんちゃんも、ぷるちも?」
「みんな困る」
ジョージの答えを聞くと、メリーはキリッと眉を吊り上げて怒った。
「あくまおう、わるいこ!
あくまおうは『めっ』しないと!」
「そうだな。
必ず、悪魔王を『めっ』しないとな」
* * * * *
ジョージたちが対悪魔に奔走している頃、とある村で神妙な面持ちをしている2人がいた。
「……長い夢を見ていたようだ」
「そう、ですね。ずいぶんと、心地いい夢でした」
それは、ブーケトス流星群の幸せパワーで今まで穏やかな性格になり、静かに農作物を作って生きるという暮らしをしていたフェドロと、ダークエルフの側近ダリアだった。
今まで昔のことを忘れて誰も傷つけない生活を送っていたが、瘴気が充満したせいでブーケの力が薄まって、邪悪な王だった頃の気性を思い出してしまったのだった。
「ああ、我も同じ思いだ。
心地良かった。我も違う選択をしていれば、こんな未来があったのかもしれないな……」
あったかもしれないもしもに、フェドロは遠い目をして思いを馳せる。
「そうかもしれません」
「……だが、我が選んだのは王への道だった」
「後悔、していますか?」
ダリアは静かに尋ねる。
「全くしていない。……と言えば嘘になる。それ程までにいい夢だったからな、お前と過ごしたこの数年間は」
フェドロはそう言いつつも、自分の選択がとった責任の重さは承知していた。
「ですが、夢は覚めてしまいました。これからどうしますか?」
ダリアの質問に、フェドロは静かに目を瞑って考える。そして、深呼吸をすると力強くこう言った。
「──ジョージと決着をつける」
「……いまさら、ですか?
きっとジョージ・ハレムンティアも気にしてないですよ。悪魔王のせいで世界中で混乱してますし、このまま静かに暮らしても誰にも文句は言われないはずです。
……それでも、ですか?」
「それでも、だ……!」
ダリアの言葉を聞いても、フェドロは一切揺るがなかった。
「なぜかお聞きしても?」
「我のやった行いを考えれば、このまま逃げ仰せていいものじゃない。
ジョージと対峙して、やつに倒され、そして相応の罰を受けるべきだ。
このままだと本当に有耶無耶になってしまう。それではダメなんだ。
やつにはいい夢を見せてくれた貸しがある。我は貸しをそのままにするのは嫌いでな」
「……不器用、ですね」
「それは、今に始まったことじゃない」
「……ですね。
でももし、ジョージ・ハレムンティアに勝ってしまったら?」
「……その時は、天命だと思ってまた『いい夢』に戻るさ」
しかし、そんな展開にはならないと理解していた。
「そう、ですね……」
2人の間に長い沈黙が訪れる。しかし、しばらくしてその沈黙を破るようにフェドロが立ち上がる。
「──だが、まずは決戦への準備だ」
「準備?」
こんな情勢でただ戦ってしまっては、無粋極まりないからな。ジョージも戦いたいなどと思ってくれないだろう。
だから、手土産を用意するのだ」
「なるほど」
ダリアはフェドロの言っていることを察する。
「お前なら、居場所が分かるな?」
「もちろんです。
でも、私の立場は忘れてないでしょう?
……ですから確認です。それは『お願い』ですか?
それとも『命令』ですか?」
長年連れ添ってきた2人としての『お願い』と、王と側近としての『命令』か。ダリアはフェドロの選択によって、今後を賭けることにしたようだ。
そんな重い選択だったが、この質問にフェドロは迷わなかった。
「これは『お願い』だ。
これからは我個人として、フェドロ王ではなく一個人の『フェドロ』として、そしてこの結果を招くに至った原因の『不動 一郎』として動く。
王の座はすでに、ジョージのものだからな」
そして、この答えはフェドロにとって正解だった。
「分かりました。
陛下……いえ、一郎。この私は、最期まで一緒です」
「ありがとう。
……では、行こうか。悪魔王の元へ──」
* * * * *
ダリアの指示に従ってとある廃れた砦に来たフェドロは、慣れた様子で魔法陣を宙に描き始める。
「……悪魔王を支配下に置けば、世界中の悪魔も我の手中に収まる。
そうすれば悪魔たちの侵略も同時に止まるだろう。
これで罪が消えるとは思っていないが、我が招いた結果だからな……責任は果たす」
「最後まで悪としての役割を全うするんですね」
「そうだ。
悪魔王すら従えて英雄と対峙する巨悪。
……我は、さしずめ『魔王』といったところか」
「魔王……」
「そして、ジョージに対する最大の贈り物……それは、魔王を討ち果たした最大級の栄誉、すなわち『勇者』の称号だ。
生半可な者では我を倒すことなど不可能だが、ジョージなら……期待しているぞ」
フェドロはそんな思いを込めて魔法陣を完成させる。すると……。
──ゴゴゴゴゴゴォオ……!!
周囲の瘴気が魔法陣に吸い寄せられていき、形を成しながらどんどん膨れ上がっていく。
「うぉおおおおおあああ……!!」
雲を越えるほどの巨体、そこに立つだけでクレーターができるほどの重量、他の追随を許さない圧倒的な邪気。
「これが……悪魔王か?」
「間違いありません」
ねじれた大きな2本のツノ、4枚のドラゴンの翼、邪悪な猛獣のような目、サーベルタイガーのような発達した牙、人型でありながら無機質でくすんだ黒色の体躯。
──悪魔王デミウルゴスが、完全な状態で復活したのだった。
「……余はデミウルゴスであるぞ、貴様らそれを知っての狼藉か?」
悪魔王が声を発すると空気が振動し、それだけで地割れして大地が隆起する。
「そうだ。
そして、貴様を我が手駒に加えようと思ってな」
フェドロは決して怯まず、それどころかどこか余裕を持って不適な笑みを浮かべた。
「ニンゲン風情が、余に敵うとでも?
これは傑作なり……。しかし、高貴なる余を愚弄した罪は重いぞ」
「愚弄?」
「そうだ、余を愚弄するのは万死に値する。
だが、いますぐに平伏し忠誠を誓うなら、隣にいるクイーンの顔に免じて許してやってもよいぞ」
フェドロの隣にいる者、そう……ダリアこそが最後のチェックフォー……『クイーン』だったのだ。
かつて悪魔王がハレムンティア神に撃退された時に、クイーンはダークエルフに変身して潜伏し、悪魔王が再びこの地に来訪できるように情勢を裏から操っていたのだった。
しかし──
「私はクイーンの名は捨てました。
今はただの一郎の友人である、ダリアです」
そう、ダリアもフェドロ同様穏やかな生活に幸せを感じ、最後までフェドロとともに歩むことに決めたのだった。
「裏切ったか、クイーン……」
「……くくく。そういう事だ、悪魔王。
そして、我は平伏する気もない。
なにせ、力を完全に取り戻した我にとっては、いくら悪魔王と言えど勝てない相手ではないからな」
「減らず口を……」
「本当に減らず口だと?
別に命の奪い合いをするわけではない。貴様を我がフェドロンで洗脳してしまえばいいのだから、簡単な話だ……!」
瞬間、フェドロは己の力を解放すると、周囲にあった悪魔王の邪気消しとばす。そして、同時にフェドロンで一帯を上書きしてしまった。
「後悔しても遅いぞ、ニンゲン……!」
「さあ、決戦前の食前酒……存分に楽しませてもらうぞ!!!」
* * * * *
悪魔王復活と悪魔の大量発生から3日後、悪魔たちの世界侵攻は止まった。
同時に、かつてその名を轟かせた巨悪、フェドロが魔王として誕生。
そして、デミウルゴスを支配下に置くと、ジョージを名指しして決戦を要求したのだった。




