第六話 フェロモンの正体
リズンバークのとある朝、通勤ラッシュを終えて静かになったはずの住宅街に、少女の焦ったような声が響き渡った。
「──いっけなーい! 遅刻遅刻〜!!」
少女はこんがり香ばしく焼けたチーズの乗ったピザトーストをくわえて走っていく。
身に付けているのはシルクでできた純白の法衣、向かう先には純白の塔『リズンタワー』、そのことからこの少女はリーズン教の信徒なのだろうと分かる。
「今日は司教様に遅刻ゲンキンって言われてたのに、寝坊しちゃったよーっ!」
そう言う少女の口にはアツアツのピザトーストが湯気を立てている。なかなかキモの据わったお嬢さんだ。
それに走り慣れているのか、元々体力おばけなのか、ピザトーストをくわえながら走っているのに息切れひとつしていない。
「訪問の予定時刻が10時半で今が10時15分、準備を大急ぎでやれば5分で終わるから…………よしっ! このペースで全速力を維持すればギリギリ間に合う!!」
そんなことを言いつつ、ピザトーストをかじりながら曲がり角にさしかかったその時──
──どーんっ!!?
「きゃぁっ!?」
黒い山(比喩表現)とぶつかったかと思うと、その衝撃で少女が5mくらい吹き飛んでしまう。
「──っ!?」
そのまま地面にぶつかってしまうかと思ったその瞬間。
「え……?」
空中に浮いたような浮遊感と、大地に包まれたかのような安心感が同時にやってきた。
「…………ケガはねえか?」
「……え?」
低くぶっきらぼうでセクシーなイケボが近距離で聞こえて少女は耳が幸せになってしまう。
「だから、ケガはねえかって聞いてんだ!」
その詰め襟の黒いロングコートを着た少年は少し不機嫌そうに、だがちゃんと心配しているのか真剣に少女に詰め寄った。
「(顔近っか……ていうか、まつ毛長いんだけど)……はっ! だ、だいじょうぶ…………それより、いつまでこうしてるの?」
よく見ると少女はその男にお姫様抱っこをされていたのだ。
「ああ、すまねえ……」
少年は少女を優しくおろす。
「もうっ、ちゃんと前を見なさいよねっ! (お姫様抱っこなんて心臓にわるいよぉ……。なんか顔がアツいんだけど)」
少女は赤くなった顔を見られないように、照れてしまったところを見られないようにサッと顔をそらす。
「ん? あんただって前を見てなかっただろ! …………まあ、ボーっと歩いてたのは事実か。悪かったな、気をつける」
少年は反論するも冷静になり、ぶっきらぼうに頭をかきながら反省した。
「なによ……素直じゃない。──あ、そうだ。時間がないんだった!」
少女は大事な用事があったのを思い出す。
「ん?」
「えっと…………私もぶつかって悪かったわ。それじゃっ!」
少女は顔を逸らしたままそう言うと、少年の返事も聞かないまま走り去ってしまった。
「…………おっと、俺も急いでたんだったぜ。つーか、アメリアもエリンもどこ行ったんだ。また迷子か……?」
その少年……もとい、ジョージはため息をついて迷子の子羊ふたりを探すのだった。
「はあ……。ったく、世話が焼けるぜ」
* * * * *
リズンタワー中層。神聖魔法を主軸に普通の魔法、その他生物の生態や自然の研究がなされる探究エリア。
そしてここは中層の中でも未知のエネルギー、自然現象、新種のモンスターを研究する研究室。
今日、ここに摩訶不思議なチカラを使うという18歳の少年が来ると言うことで、研究を直接行う信徒とは別に、学生ながら優秀な成績をおさめる信徒が数人選ばれて見学する事になっている。
「お、遅れてすみません!」
信徒の少女が慌てた様子で研究室に入ってきた。
他の学生はすでにそろっていて、それぞれ研究員の信徒から色々話を聞いている。
「──フランソワさん、10分遅刻ですよ! また寝坊ですか? 普段の授業なら多少遅れて来ても追いつけるので良いとしても、お客様や外部の方が来られる時は遅刻厳禁と言いましたよね?」
70代くらいのメガネをかけた信徒の女性が少女を叱る。
純白の法衣は学生とは違い金色のラインが入ったものであり、この女性が何かしらの階級がある事を示している。
「ごめんなさい! 朝ごはんのピザトーストを来る途中のどこかで無くしてしまって……それを探してたんです」
フランソワという少女は深々と頭を下げて謝る。
「ピザトーストを探して……?! まったく…………まあ、フランソワさんも怪我をしていないみたいですし、お客様もまだ来ていないですし許しましょう。ですが、次回重要な日に遅刻したらダメですよ」
毒気を抜かれた信徒の女性はフランソワの肩をポンポンと優しく叩いて微笑んだ。
「ありがとうございます司教様……」
そう、フランソワの言うとおりこの老齢の女性信徒こそ司教である。
「それで、ピザトーストは見つかりましたか?」
司教は冗談めかした表情で尋ねた。
司教は叱る時はしっかり叱るが、後に引きずらないし優しいので学生はもちろん他の信徒からも好かれる人なのだ。
「いいえ、どこにもありませんでした。だから、私お腹ペコペコで……」
フランソワは恥ずかしそうにお腹をさする。
「では、少し物足りないかもしれませんが……どうぞ」
そう言いながら司教はポケットからチョコレートを取り出した。
「あっ良いんですか!?」
「お客様が来る前に食べちゃいなさい」
司教はイタズラっぽくウインクしてシーッと人差し指を口の前で立てると、何食わぬ顔でその場から離れていった。
● ● ●
それから数分後。
「──た、たどり着きました……!」
なぜか頭に葉っぱをつけたアメリアを先頭に、
「…………アメリアは聖女なのに、なんでリズンタワーにまっすぐ帰れねえんだ」
疲れた顔でぼやくジョージ、
「…………あ、足がつりそう」
疲労困憊でジョージにおんぶされているエリンが研究室に顔を出した。
アメリアを探すため走り過ぎた末に力尽き、道端で倒れている所をジョージに発見され今に至る。
「よくいらっしゃいましたジョージ様とエリン様」
司教が笑顔でジョージとエリンを迎えた。
他の信徒たちはその後ろで整列してソワソワしている。
「今日は頼むぜ!」
「お願いします……」
「しかしアメリア様、道に迷われるの何回目ですか……。そもそも生まれも育ちもこの町でしょうに」
司教が優しくも困ったような顔でアメリアについた葉っぱを取ってあげた。
「1年ほどフェドロ王国に遠征に行っていた間にどうやら道を忘れたようです」
「小さい頃から変わりませんねえ」
司教とアメリアは家族ぐるみの長い付き合いで、アメリアが産まれた時に祝福したのも司教である。
「恐縮です……えへへ」
そんな司教とアメリアとの会話の裏で、ジョージはなにやら波乱(?)に巻き込まれていた。
「見た顔だと思ったら、あんたさっきの(また会えちゃったんだけどっ。ドキドキがとまらないよ〜)!」
「んぁ? ……って、さっきの女じゃねーか!」
そう、今朝正面衝突からのお姫様抱っこコースになったふたりである。
「ピザトーストってなによ! 私はフランソワって名前があるんですけど(名前を呼んで)!」
「そう言うなら俺はあんたじゃねえ。ジョージ・ハレムンティアだ覚えとけフランソワ!」
「ふ、ふんっ(名前呼んでくれた ///// )! 言われなくても! ジョージでしょ、ジョージ(ハレムンティアね。ファーストネームだけじゃなくてラストネームまで教えてくれるなんて!? …………はっ! 私、さっきからなんかオカシイよぉ。どうしちゃったんだろ〜?)」
そんなドタバタで甘酸っぱい雰囲気を醸し出しているが、ジョージの背中にはいまだエリンが引っかかったままである。
『うわーこの位置気まずいな〜。……ん? でも、このドキドキ青春ストーリーをこのかぶりつきSS席で鑑賞できるのはお得なのでは!? 若人よ、うちはここで存分に楽しませてもらうのじゃ。うらむでないぞ〜!』
エリンはポーカーフェイスによってキリリとクールなかっこいいお姉さんみに拍車がかかるが、心の中はその雰囲気からは誰も想像できないくらいノリノリだった。
「それで、あんた……フランソワ!」
「なに?(なに♡)」
「お前これ忘れて行っただろ」
ジョージはそう言いながらそれをフランソワに手渡す。
「こ、これってピザトースト!?」
今朝来る途中にくわえてた、走りながら半分食べた後ジョージとぶつかって行方不明になったピザトーストであった。
「フランソワが行ったあと降ってきたんだ。ぶつかった時に飛び上がったんだろうな」
「そ、そう…………ありがと」
フランソワは照れくさそうにピザトーストを受け取る。が、ちょうど『ぐぅ〜』っと音が鳴ってしまう。
「ん? 今何か聞こえたか」
「な、なにも聞こえてないよ!(う、うそ〜!?!? なんでこんな時にお腹が鳴っちゃうの? ハズカシイよー! でも、このピザトーストってば最高に美味しそうだからしかたない……よねっ⭐︎)」
「なんだ幻聴か」
ジョージはコロっと騙されてしまったようだ。
「それじゃ、ジョ……ジョージのフェロモンを調べるんだし、これくらいでっ」
フランソワはそう言ってピザトーストをむさぼる顔を隠しながら学生のいる所へ早歩きで戻っていく。
「おい」
しかし、そこでジョージが呼び止める。
「なに?」
「フランソワっておもしれーヤツだな。俺のハーレムに入らないか?」
直球勝負はジョージらしいと言えばジョージらしい告白であった。
普通なら何言ってんだコイツとなりそうな言葉であるが、ピザトーストとジョージのことしか頭にない今のフランソワにとっては、ハーレムといえど恋人になれるというこの告白は垂涎もの(ヤバイくらい魅力的みたいな意味)に感じてしまう。
「ふぇっ!?(え〜!!?!? コクハクされちゃったよぉ〜!!) …………考えとく!(オーケーだよっ)」
ピザトーストで口をいっぱいにしながら快く受け入れるフランソワであった。
* * * * *
そんな紆余曲折あったものの、そのあとは特にトラブル(?)も無くジョージの検査が進んで行った。
まずは神聖魔法で身体をスキャンしたり、血液、口の粘膜、汗の成分、尿も検査したりといった基本的なものから始まり、オーガに使っていたような『警報フェロモン』、エリンに使ったような『求愛フェロモン』、普段道に迷わないように使っているという『道しるべフェロモン』なども物理的成分や使用エネルギー成分を検査していったのだった。
「なるほど……これは興味深いですね」
司教が検査結果の紙と石板(映像を映し出すモニターみたいな)を見てメガネをクイっと上げる。
背後に控えるみんなもザワザワしていた。それほど珍しいものなのだろうか。
「どうだ?」
ジョージは顔色も変えずにしれっと訊いた。
「これは魔法分野において革命が起きるかもしれません……!」
司教は落ち着いて話そうとつとめるが、その革命的発見を前にして興奮を抑えきれないでいた。
「革命……? 司教様、どういうことですか! ジョージ様のフェロモンはただのフェロモンじゃないと……!?」
さすがのアメリアも動揺を隠せない。それほど衝撃的なのだ。
世界には大まかに分けて2種類の魔法が存在する。
神聖魔法 ── リーズンを信仰し、その信仰力と理性、忍耐力精神力を『神聖力』に変換する光の"浄化魔法"。
世界魔法 ── 体内に流れる『魔力』を利用し、周囲のマナを炎、水、地、風、雷、闇に変化、具現化させて発動する"攻撃魔法"。
この事実は有史以来くつがえることの無い普遍の事実だと思われてきた。だがこの日、その歴史が動いたのだ。
「この世界には神聖魔法と世界魔法がありますが、これは……どちらの魔法にも属さない第三の魔法です……!!」
「「「第三の魔法!!?」」」