第六十八話 初恋、そして絶望
「──ハレムンティア帝国フェロモン騎士団団長、シン・ソル。
月夜を絶望に染める貴様の野望を、この満月のフェロモン使いが打ち砕く……!!」
ベルデールに狙われ絶体絶命のジャバウォックの前に現れたのは、世界最強の騎士団と言われるフェロモン騎士団の騎士団長、シン・ソル……その人だった。
「……え?」
そのシンの勇姿を目の当たりにし、たなびく髪と類まれなるシュッとしたイケメンの容姿に、ジャバウォックの心は弾み、ジャバウォックに体を貸しているセシリーさんの心臓までも早鐘を打ってしまう。
「満月のフェロモンだとぉ?
太陽のフェロモンの真似事か。さしずめ、戦功が欲しくてここに来たところじゃな。
哀れな二番手じゃ」
そんな淡い想いなど知る由もないベルデールは、目の前のおじゃま虫に皮肉を交えつつ睨みを効かせる。が、当のシンは全く効いておらず、静かな闘志を燃やしてベルデールを睨む。
「……ふん、ジョージが必要なのはここじゃない。
それに、貴様ごとき僕で充分だ」
シンの体が柔らかな光で包まれる。それはまさに月光、真っ赤な邪悪な月に相反する様に優しさに満ちた月光だった。
そう、シンは3年で覚醒していたのだ。
太陽の光が届かない所を照らしたい思いから、ジョージを支えたいという思いから、シンは自ら覚醒して満月のフェロモンを獲得していたのだった。
──とぅんく……。
「……かっこいい。
──はっ、今アタシなんて言った?」
思わず口に出た言葉にジャバウォックは赤面する。
自分の反応に戸惑い、しかしそれ以上に心が止められなかった。
『……ああもう、心臓の音うるさすぎ!
シン様のお声が聞こえないじゃない!
ああ、それに顔も熱くて、触ったらヤケドしちゃいそう!』
ジャバウォックは心の中で言いつつ、抑えきれない思いはやがて表に出てしまう。
「……あの物憂げなのに闘志に満ちた目、柔らかそうな紫の髪……何よ、あの長くて整ったまつ毛! 生意気なんだけど♡
鼻筋だってスッキリ通ってて、もう指先でなぞりたいんだけどっ?
ふぁ……あのしなやかで長いのに、筋肉はついてて頼もしい腕……。
あんな腕で腕枕されたら、温かいココアよりよく眠れそう……」
──初恋だった。
ジャバウォックははっきり言って、初恋だった。そう、悪魔として生まれてから恋などという甘酸っぱい経験は皆無で、戦いに明け暮れていた。だからこそ、こんなイケメンに命を救われる経験をしてしまえば、もうジャバウォックの心なんてコロっとコロコロのイチコロだった。
しかも、セシリーも恋なんてしたことがなかったので、心臓はバックバク。あっつあつの血液が循環しすぎて、冷え性さんが暑がりさんになるレベル。
戦いの殺伐さに冷え切った心も、このたび春を迎えたのだ。
「ぐぬぬぅ……このベルデールを侮ったこと、後悔させてくれる!!」
ベルデールはシンの反撃に激昂し、ジャバウォックの甘酸っぱい初恋の独り言なんて聞こえていないようだ。
ちなみにシンは聞こえているが、自分が反応を示したら後ろの女の子がパニックになって予測不能な動きをすると判断して触れないことにした。
あと、ベルデールに集中せねばならない。
「来るなら来い。
僕はジョージみたいに甘くないぞ」
月光フェロモンでできたビームソードを構える。
余談だが、今回のセリフのジョージの甘さと言うのは、我が子に対しての甘々っぷりのことだ。
『ああ、戦いが始まるんだね!
最高峰の戦いを見て、アタシも強くならないと。
あの方の隣に立っても恥ずかしくないように……って、アタシは何を考えてるんだい!?』
ジャバウォックはドギマギ、本体のセシリーさんは思わず小さくため息をつく。
『はぁ……かっこいい。
あんな可愛い顔して、ドSな顔もできるのかい。お姉さん、キュンとしちゃったよ』
そう、2人は多少違うが好みのドストライクは合致しているのだ!
そして、2人(?)はベルデールへの恐怖を忘れ、シンの戦闘技術を参考にするのと、かっこよさを堪能するためにこれから始まる戦闘に見入るのだった。
「消えて無くなれ!
──カースロット!!!」
ベルデールは邪気で呪われし無数の根を作り出すと、光速で発射して攻撃する。
『ベルデールのカースロット!?
あれは対策してないと必中で相手に当たって、超高威力のダメージと確定で呪いの状態異常にする必殺技!
『呪い』になれば、魔力消費が莫大になる上に、時間経過でダメージも受けると言う、厄介な状態異常だ。
さあ、対策をしてないけどどう動くんだい、シン様!!』
脳内一瞬解説をしながら、ジャバウォックはシンの次の行動に期待を寄せた。
「……ふっ」
シンは小さく息を整えると、カースロットを引きつける。そして──
「フルムーンバースト!!」
フェロモンパワーを超解放すると同時に得られるその無敵時間で、カースロットの初撃を無効化。そして、無敵時間が切れる直前に次の攻撃に入る。
「──シャドウショット!」
自らを影の弾丸にして突撃する技だ。
一瞬で距離を詰めつつ、影状態では魔法攻撃と遠距離攻撃の邪魔を受けない上級スキルで、その効果を活かしながらカースロットを完全に回避しつつ、ベルデールの懐に入った。
「なにぃ!?」
これにはベルデールも戸惑いを隠せない。
『うまい!
シン様は事前準備が無くとも、あらゆる攻撃の対策がその場でできるように技を習得してるんだね!
まったく、惚れ惚れするよ。さあ、ここからどう攻める?
ベルデールの防御力は魔界でも屈指の高さだよ!』
ジャバウォックはもうシンに夢中だった。これからどんな風にすごい動きを見せてくれるのか、もうワクワクしっぱなしだった。……のだが、シンはある意味期待を裏切ってしまうのだった。
「カースファング!!」
「シャドウショット!」
呪いの爪を回避すると、シンはビームソードを分裂させて双剣に。そして、怒涛の攻撃ラッシュを仕掛ける!
「グランドファング、サークルスライス!
シャドウショット! アックスローラー!」
ベルデールの攻撃を全てジャスト回避しながら、連続攻撃を叩き込んでいく。
「生意気な!
その程度の攻撃でワシは怯まんぞ!」
ベルデールが噛み付いたり、邪気を飛ばしたり、またカースロットを発動するが、シンはことごとく回避してしまう。それどころか、全ての攻撃後の隙に攻撃を入れ込んできて、もうベルデールはてんてこ舞い。
「シャドウランス!
ダブルエッジ、ダブルエッジ! シャドウフレイム!」
──パリィーン!!
「ぬわぁあ!?」
絶え間ない攻撃の雨に、ベルデールはとうとう耐えきれずにのけ反ってしまう。
『あのベルデールが、のけ反った!!?』
ジャバウォックが驚くが、本当の期待を裏切るほどの驚きはこれからだ。
「いくぞ!
──ダブッダブッダブルエッジ! グランドサークゥインドブアクススライスブラストルエッジシャドッスライスレインスラスラスラスラッシュレインスラッシュ!」
シンは自分の技後の隙を、次の技で埋めて怒涛の攻撃ラッシュを仕掛けていく。それはもう、目にも止まらない速さで。
『……全く参考にならない』
ジャバウォックはもう乾いた笑いを漏らしてしまう。
次元の違うスーパープレイを見せられ、自分の糧にできないと悟った。
そもそも、自分の技を途中キャンセルして次の技を出すなんて考えたこともなかったし、どの技名がどの攻撃に適用されているのかも分からないし、シンの双剣が早くて目が追いつかないし、もう大変なことが起こってるとしか分からない。
「──グランドサークゥインドブアクススライスブラストルエッジッダブダブダブルエッジ!」
そして、それがこんな事を考えている今も絶え間なく続いている。しかも、それだけじゃない。
『まって、あの輝きは!!?』
シンのオーラに煌めきが増えたと同時に、セシリーさんが何かに気がつく。
『セシリー、どういうこと?』
『あれは、100コンボを叩いて特定の条件に達すると発動できる、超奥義!!』
「──ハンドレッドレイン!!!」
天から無数に出現した光の刃が、雪崩のように、滝のように、そして雨のようにベルデールに降り注いだ。
すると、そんな攻撃を受けたベルデールのダメージボイスも、大変なことになってしまう。
「バカなバカなバカな!バッバッバッおのれおのおのおのおのバカな!この程度で、ワシっバカナバカバカっおのれ〜!!」
ベルデールは耐えるとか反撃とかではなく、もう早くこの地獄の時間が終わって欲しいと願う。それほどまでに、シンは圧倒的なのだ。
しかもコンボ数を稼ぐために、シンはご丁寧にダメージもあえて少なくする武器を使っているのだから、ベルデールは本当にもう絶望である。
そして、ハンドレッドレインを耐えたベルデールだが、これで終わってくれるほどシンは甘くなかった。そう、フィニッシュはこれからである。
例 : ダブルエッジを連続の場合
ダブッダブッダブルエッジ!
「フルムーンバースト!!」
シンは強化状態が切れるや否や、すかさず強化をかけ直す。からの、恐ろしいコンボを叩き込む。
「フルムーンスライスッルエッダブッダブッダブルエッジ!ランドファングサークサークャドウショサークルスライス!メテオレイ!サークサークシャドクルダブダシャドウブダブランドファダブルホーリーダブルグランニュームーハーフハーフハフハフシャイニンアックスブラッフルムーンソード!!」
ラストスパートを綺麗に入れると、シンは眩い光を放ち、正真正銘最後の攻撃に移った。
「──これで決める! 月光の力を今こそここに!はっ!いくぞ究極奥義!
ルナティック・ディバインブレス!!!」
真っ赤な満月が神々しい白い月に変わると、シンの満月のフェロモンと共鳴して、辺り一帯を全て飲み込むほどの神聖なエネルギー砲で焼き尽くしてしまうのだった。
『ぐぅっ、お許しください悪魔王様……!』
ベルデールは声も出せなかった。凄まじいその衝撃にただ、敬愛する悪魔王に心の中で謝るしかできなかったのだ。
「──久々の強敵かと思ったが、こんなものか」
「す、すご……」
ジャバウォックはボソリと呟く。
戦闘は全く参考にならなかったが、フェロモン騎士団団長という称号に相応しい強者だとひしひしと伝わった。
しかも、シンはまだ余力を残しているのだから恐ろしい。
「……そろそろか」
シンがそういうと、倒れたベルデールの体から手のひらサイズの丸い何かが溢れ出した。
「これは……デーモンベビー!?」
そう、このまんじゅうみたいな手のひらサイズの牙を生やしたちょっと悪そうなゆるキャラフェイスの存在は、ベルデールに喰われていたデーモンベビーだ。
ベルデールが倒されて解放されたに違いない。
「じゆうだー」
「せまかったー」
「おなかへったー」
「こいつだれー」
「パパなのかー?」
「うおー」
「あそんでー」
自由気ままなデーモンベビーは、目の前にいるシンを親だと認識したのか、集団で取り囲んで楽しそうにわいわい騒ぐ。
「僕はお前たちのパパになった覚えはない!
……だが、面倒は見てやる。無責任なのは嫌いだからな」
シンが叫ぶと、デーモンベビーは嬉しそうにキャッキャと笑う。そして、『面倒を見てやる』の発言を聞いて完全に懐いてしまったようだ。
「パパー」
「わははー」
「めんどーをみてやるー」
「なにしてあそぶー」
「まったく、お前たちはポジティブすぎる。
僕が悪い人間だったらどうする気なんだ……」
シンはそう言いながら、デーモンベビーを撫でていく。彼もまた、デーモンベビーにほだされていた。
「……なによあれ。
シン様ってば、強くてかっこいいのに、パパとしての適性もあるの?
ずるいよ……そんなの、惚れないわけないじゃん」
ジャバウォックは恋する乙女になっていた。そして、ぽーっと眺めていると、シンが爽やかに振り向いて声をかけてきた。
「怪我はないか?
もし怪我をしているなら回復ポーションを使うぞ」
「え?
ああ……はい!
……お願いしましゅ……」
緊張で声が裏返るし、最後は上手く言えずに噛んでしまうし、ジャバウォックは少し自己嫌悪に陥ってしまう。
もう、サバサバ系のかっこいい女戦士も形無しである。
「……手ひどくやられたようだな。
このポーションの効果は高いから、傷跡も残らない。安心しろ」
そうしてシンに回復ポーションを傷口にかけてもらっていると、それと同時に倒されたはずのベルデールの体がうごめいた。
「うごあぉおあがが……」
「……デーモンベビーを助けるために手加減しすぎたか?
いや、元から倒されたら発動する魔法をかけていたのか」
シンの推測は正しかった。
ベルデールは万が一ジャバウォックをニエにするのが失敗した時のために、自分を自動でニエにして悪魔王を召喚する魔法陣を自分に刻んでいたのだ。
「じゃ、じゃあどうするんだい?」
ジャバウォックが不安げに尋ねる。
「戦う……のは得策ではないな」
自分の実力には自信があるが、未知の相手であり、相性が悪い可能性もある。そもそも勝てない可能性もある。
実力が未知数の悪魔王と、しかもデーモンベビーとジャバウォックを守りながら戦うなんて、さすがに分が悪すぎると判断したのだ。
──ゴォオオオオオオオオ!!!
その刹那。ベルデールの体が魔法陣に変化して、その中心から雄叫びとともに、今まで感じたことのない圧倒的な邪気が噴き出した。
「逃げるぞ!」
シンはすぐに自分では倒せない存在だと判断し、時間稼ぎや弱らせるという選択肢も捨てて、みんなと一緒に逃げることに決めた。
「でも、どうやって?!」
「転移装置を設置したスポットが近くにある。
それを使ってハレムンティアに逃げる。今はそうするしかないんだ。さあ、いくぞ!」
「きゃっ?!」
ジャバウォックは手を握られて驚き、咄嗟に手を引っ込めようとしてしまうが、今は急を要すると思い出してしっかり握り返す。そして、シンに手を引かれて悪魔王から逃げていくのだった。
「にげろー」
「うおー」
デーモンベビーはちっちゃな翼を生やしてシンたちと飛んで並走する。
「うわー」
「なんかでてきたー」
しかし、その瞬間。魔法陣から悪魔王のその禍々しい巨体が姿を現した。
「──うぉおおおおおお!!!」
悪魔王が雄叫びを上げると大地が割れ、雲が消し飛び、空気が腐っていく。
チェックフォーすら足元にも及ばない圧倒的な邪気と、天まで届くその巨体は、まさに悪魔の王。
邪気の霧が濃すぎて、その姿を確認することすらできない。
「まずい……流石に大きすぎる!」
悪魔王が手を伸ばすと、すぐにシンたちに追いついてしまう。
「このままじゃ……!?」
「フルムーンバースト!
──月光に舞う神速の刃! 究極奥義!!
ルナティック・ディバインスラッシュ!!!」
掴まれそうになった瞬間、シンは究極奥義を発動。
そして、その光速すら凌駕する神速で、悪魔王の手を切りつけながらジャバウォックとデーモンベビーを全員連れて、転移装置まで駆け抜けた。
● ● ●
「──な、なんとか逃げ切ったけど……流石に危なかった」
シンはなんとかゲオルギウス城に帰ってきた。しかし、途中で何度か追いつかれたり、魔法で攻撃されたり、地割れで遠回りを余儀なくされたりしながらもなんとか転移装置に乗ることが気できたのだった。
ただ、使っていた転移装置は破壊され、元々居た場所は今ごろ地獄のような状態になっているだろう。
「……あ、悪魔王様が来てしまった」
ジャバウォックは悪魔王がこの世界に来たというその恐ろしさに震えが止まらない。
「そんなに危険な存在なのか?」
シンが尋ねると、震えながらジャバウォックは頷いた。
……なぜなら、悪魔王の濃すぎる邪気のせいで、そこにいるだけで無限にデーモンカイザー級の悪魔が出現してしまうのだ。しかも、魔界並みに邪気と瘴気が濃くなるため、その1体1体がこの世界に来たチェックフォー並みの強さになってしまう。
それに、倒されたチェックフォーも超強化されながら再び召喚され、倒されても悪魔王がいる限り無限に召喚し直されてしまう。
それだけではない。
当の悪魔王デミウルゴスも凄まじく、かの昔この世界に来た時にハレムンティア神が応戦するも倒せず、それどころか逆にハレムンティアを瀕死まで追い込んでしまう強さだったのだ。
なんとか撃退はできたが、デミウルゴスはまだ余力を残していたのだとか。
「……それが、この地に再び来たわけか」
生命は滅ぼされ、世界中に瘴気が満ち、最後には第二の魔界に作り変えられてしまう。
神ですら敵わなかった相手。
生き延びるには……神話を越えるしかない。
「……ジョージに報告しなければ!」
シンは、ジョージのもとへ駆けて行く。一縷の望みを、彼に託すために……。




