第六十七話 3年後、動き出す時
三年の月日が流れた。
このゲオルギウスの街もそうだが、ハレムンティア帝国自体がこの数年で大躍進を果たした。
大きな敵も現れず、ジョージとウィジー、キャサリンとカレンの政治的手腕が良く、しかも悪魔とフェドロを撃退した英雄の国という事で多くの国から支援も得られたお陰だ。
チェックフォーのクイーンと悪魔王デミウルゴスは結局出現しなかった。主要な悪魔はジョージや、シン率いる新生フェロモン騎士団、そして旅する軍鶏ブッチャーの手によって倒され、召喚できなくなったのかもしれない。
一部の意思疎通できる上級悪魔は人と共存を選び、この三年で少しずつ受け入れられてきている。
● ● ●
「──ムシャ……ムシャ……」
真っ赤に染まる満月の夜、廃れた教会におぞましい影がひとつ……いや、正確には、無数の影が重なりひとつに融合をしていた。
「ムシャ、ムシャムシャ……これで、ようやっと……」
そいつが喰らっていたのは、悪魔の魂だった。邪気から生まれて意思を持たない悪魔の魂。
それをこの三年間ずっと喰らい続けていた。
「あの時のワシだけではできなんだが……ようやっと、悲願が達成できる。
あとはヤツを待つだけ……」
──ガチャ……ギィィ……。
すると、教会のドアが軋みながらゆっくり開く。
「来よった来よった……」
影は口角が裂けるぐらい上げてニヤリと笑うが、闇に紛れて訪問者からは見えない。
「……急に呼び出してどういうつもりだい?
アタシだって人としての生活があるし、パレードに行きたかったんだからね。
……まったく、同胞と3年ぶりの再会じゃなかったら無視してたくらいだ。
重要な用事でなければ容赦しないよ、ベルデール」
放たれたドアの隙間から赤い月光が差し込んだ。
それは人間の女戦士に取り憑いた悪魔ジャバウォック。今では本来の人格と仲良く体を共有しているとか。
そんな彼女が旧友とも呼べるベルデールに約3年ぶりに呼ばれて来たのだが……。
「これはすまんなぁ……ヒヒヒ」
そう、この影はベルデールだった。しかし、月光が映し出したその姿は──
「──っ!!?
べ、ベルデール……な、なんだいその姿……」
髭をたくわえた老爺の頭を持ったドラゴンの姿だったベルデール。しかし、今目の前にいるのは、それこそ悍ましいものだった。
目はクモのようにたくさん増え、腐ってボロボロの翼、サメのような無数の牙、骨の胴体、イバラでできた手足、蛇頭がついた尻尾。
たくさんのものを取り込みすぎて、アンデッドのキメラのようになっていたのだ。
悪魔であり同胞だったジャバウォックが恐怖し、言葉を失うほどの悍ましさ。そして身動きが取れなくなるほどの圧倒的な邪気。
「……安心せぇ。
悪魔の誇りを失い、ニンゲンの手に落ちたお前さんにもチャンスをくれてやる」
ジャバウォックの言葉が聞こえてなかったのか、ベルデールは質問に答えずニヤリと笑ったまま自分勝手に話す。
「チャンス……?」
「悪魔王様を呼ぶにはピースが足りんかった。
ワシだけでは召喚に使う邪気が足りず。しかも、邪気を集めてもハレムンティアのブーケのエネルギーのせいで召喚魔法陣を作ってもかき消され、消されず安定させるにはニエが必要と来た。
苦心し数年を費やし、ようやっとワシはここまで辿り着けた……!」
ベルデールがジャバウォックをギョロリと見る。
「ヒッ……!」
『ニエ』……つまり、ジャバウォックをイケニエにして悪魔王を召喚するつもりなのだ。
そして、イケニエに使われた悪魔は、召喚の際に悪魔王に取り込まれて消えてしまう。
「ニエと言えど、レッサーデーモンでは安定せんでのう……。
クイーンは雲隠れし、残ったのはワシとお前さんだけ。
ならば、お前さんに悪魔王様を呼ぶ名誉を与えてやろうと思ってな。感謝するが良い……ヒヒヒ」
ベルデールは狂気に取り憑かれ、目の前に迫る悲願達成に笑いが込み上げる。
「に、逃げなきゃ……」
恐怖に駆られながらも、ジャバウォックは必死に冷静さをかき集め、羽虫の飛ぶような小さな声で言う。
しかし、運悪くベルデールの耳に届いてしまった。
「……逃げるじゃと?
逃げるじゃと、ジャバウォックぅぅううううううう!!!!!」
天を貫く咆哮で廃教会は爆散し、地面は抉れてクレーターができる。そして周囲の草木は枯れ、空気は一瞬で腐ってしまった。
「くそくそくそ!
アタシは平穏に暮らしたかっただけなのに……!」
逃げられないと悟り、ジャバウォックは涙を流しながら剣を抜く。しかし、それは勝てるはずがない戦いだった。
* * * * *
少し時間を遡り、夕方のゲオルギウス城に小さな女の子の駄々をこねる声が響く。
「──きょうもパレードする!」
天使ちゃんたちはすくすく育ち3歳になり、つい昨日ジェスとメリーの生誕パーティーが執り行われ、街中が国中が、世界の多くの人が喜んだ。
「きょ、今日も!?」
元々は家族だけでやろうと思っていたが、思いのほか沢山の人が2人の誕生日を楽しみにしていると知ったジョージは、急遽街をあげてのパレードも開くことにしたのだった。しかも、双子ちゃんの要望で、3日の所をジョージが私財を投げ打って1週間まで延長した。
「きょうも!
したい!
パレードするの〜!!!!」
そして、この駄々っ子こそ双子の1人、メリーだ。
メリーは背中までそのツヤツヤするするの髪が伸び、ジョージ似のキリッとした目は保ちつつも、まつ毛が長くてぱっちり二重で、可愛らしいパステルブルーのドレスを着ている。
将来はカッコ可愛い系になりそうな雰囲気だ。まあ、今はお転婆なわがままガールだが。
「いや、なんだかんだ1週間やったんだし、これ以上は予算的にも難しくて……って、これだと分かりにくいか?
みんなにもいつもの生活があるんだよ。
……そうだな、メリーの好きなスコーンがあるだろ。
そのスコーンを作るときに、小麦粉……白っぽい粉があるのは分かるか?」
ジョージはメリーを抱っこして、目を合わせて優しく言う。
「えっと、オフィーリアがゆかにこぼしちゃったやつ?」
「こぼしたのはメリーがびっくりさせたから……ってのは、まあ良いか。オフィーリアも楽しそうだったし。
……そうだ。それを作ってる人はパレードでは別のお仕事があるんだよ。
だから、パレードを開くと、小麦粉を作れなくなっちゃう。そうしたら、どうなると思う?」
「う〜ん……えっと、えっと……スコーンがたべられない?」
メリーはジョージの顔を見ながら悩み、首を傾げながら答えを出す。するとジョージは嬉しそうに頷き抱きしめた。
「大正解だ。
その人以外も、パレードをすると違うことをしなくちゃならない人がたくさん居る。
そうなるとメリーも困っちゃうだろ?」
「……スコーンたべたい」
「だから、また来年パレードをなんとか予算をつけて開いてやるから、今回はこれでおしまい」
「そっかぁ……」
メリーはしょんぼりして口を尖らせる。それを見たジョージは優しく頭を撫でて。
「……じゃあ、今晩は寝る前に好きなだけ絵本を読んでやる」
ジョージの言葉を聞くと、メリーはゆっくり顔をあげて少し不安げに尋ねた。
「ほんと?
ねなさいって、いわない?」
「ああ、言わない。
メリーが眠るまで読んであげる」
「ねなかったら?」
「ずっと読むさ」
「あさになっても?」
「もちろん」
「メリーが『もっかい』っていっぱいいっても、パパはよんでくれる?」
「当たり前だ」
「おにいちゃんが、ちがうのよんでっていっても、メリーのえほんを、よんでくれる?」
「約束する。
今日はジェスはウィジーに任せて、パパはメリーが飽きちゃうぐらいた〜〜っくさん、絵本を読んでやる」
そこまで確認したメリーは実感が湧き、嬉しさが込み上げると、ぎゅっとジョージに抱きついて満面の笑みを見せてくれた。
「むふふふ〜!
パパ、だいすき!!」
「ありがとう、メリー。パパも、メリーの事大好きだよ」
そんな仲良しな2人の元に、慌ただしい足音を響かせて誰かがやって来た。
──ガチャッバーン!!
「ママ!!」
「ジェス、ドアはバーンって開けないって言っただろ。
……ママは魔法研究所にいるぞ」
どうやら、勢いよく入って来たのは、もう1人の双子ちゃんのジェスだった。
ツンツンしたワインレッドの髪、金色の瞳にちょっとツンとした猫っぽい目、食いしん坊ゆえにぽっちゃりした体型。そして子供用スーツを着ている。
「そーなのかー。ま、いいや!
ママにはあとでいうね!
それでね、ふふっ。パパ、パパ、パパきいてきいてきて!」
「……何か良いことがあったのか?」
嬉しそうなジェスの姿を見てジョージは自然に笑顔になる。メリーはちょっとヤキモチを妬いたのか、ジョージにぎゅっと強く抱きついていた。
「えっと、なまえはわかんないけどさあ!
ぼくのさあ、まほうがね!
すごかった!」
「すごかったのか!
それは良かったな」
「それで、きいて!
アチアチで、ボーン!! どっかーん!!
ドカドコドコ、じゅわーってなって、すごかった!」
それを聞いたジョージは目を見開いてヤバいと悟る。ジェスの魔法は大魔法使い級なのだ。
魔法はまだ早いと判断していたら2歳の初めに自分で大魔法を閃いて小高い丘を爆散、急遽魔法を教える事になったくらいだ。
そして、そのジェスが『すごかった』と言う威力で、しかも魔法の先生であるイリーナも、世界一の魔法使いでありママのウィステリアもいないと言うことは、ジェスが1人で飛び出して魔法をどこかにブッ放したと言う事にほかならない。
「ああ〜!
おにいちゃん、またわるいことしてる!
ママにおこられちゃうよ〜」
メリーがジョージの服をぎゅっと掴んだまま言う。
「え、おこられちゃう……?」
褒めてもらえると思ってたジェスは、怒られると聞いてすぐに不安になり、涙目になりながらジョージに聞いた。
「……えっと、そうだな」
ジョージは頭をフル回転させ、なんとか答えを手繰り寄せる。
「そ、そうだ。
まず、ジェスの魔法がすごくなったのは、ママも喜んでくれるはずだ。
そして、何かを壊しちゃったなら……パパが直しておいてやるから安心しろ。でも、危ないからこれからは何もない所で魔法を出すんだぞ」
「はーい!」
ジョージの言葉を聞いてジェスに笑顔が戻ったようだ。ただし、ジョージの残り少ないお小遣いを犠牲にして……。
「あ、パパだれかきた」
メリーがドアの方を指さすと、ちょうどそこへ紫髪のシュッとしたイケメンがやってくる。
ジョージの義理の兄弟であり、新生フェロモン騎士団団長の、シン・ソルだ。
「ジョージ、すこしいいか?」
シンは天使ちゃんたちに微笑んで軽くハイタッチをしつつジョージに話しかける。
「ああ。
なにかあったのか?」
「気になる反応があってね」
「2人の方がいいか?」
シンがこんな風に話を切り出すのは、敵対悪魔がまだたくさんいた時ぐらいだったので、ジョージは今回も何かあったと判断する。
「……いや、このままで良い」
シンも少し引っかかっているようだが、今のところ大きな事態ではないのか、双子ちゃんがいる前で話す事にしたようだ。
「そうか。
それで、気になる反応とは?」
「ハレムンティア旧都の廃教会に、大きめの悪魔反応があったんだ。
それだけなら友好的な悪魔もいるし気にしないんだけど、小さな悪魔が発生しては消え、しかもその度に大きな悪魔反応が大きくなっている」
「つまり、邪気から悪魔を作り出し、悪魔がそれを取り込んでいるのか……。
それは確かに気になるな。何かを企んでいるのかもしれない」
「うん、今のところ気にするほど強くはないし、最初はブッチャーに頼もうかと思ったんだけど、念のために僕が調べてこようと思う」
新生フェロモン騎士団の騎士団長であるシンは、この国でも有数の実力者。この3年で多くの実績を積み、信頼も得てきた。
なので、万が一があっても近隣住民の被害を最小限に抑え、役割をしっかり果たしてくれるだろう。
「分かった。
俺は今日、夜遅くまで起きてるから、何かあったら報告してくれ」
「そうだよ。メリーのえほん、よんでくれるの」
そう、ジョージは今晩メリーと絵本パーティーだから、夜更かしさんなのだ。
「じゃあ、ぼくはママとまほうのほん、よもっかな〜」
そんな微笑ましい光景に口角を上げつつ、シンは3人に出発を告げた。
「じゃあ、僕はすぐに行くよ。
みんな夜を楽しんで」
* * * * *
そして、その晩……。
「──はぁはぁはぁ……」
ジャバウォックは、ベルデールの悪魔法攻撃に耐えきれず、大ダメージを受けて膝をついていた。
「ようこの姿のワシの攻撃をここまで耐えた。しかし、疑問じゃのう。
ジャバウォック……お前さんにはなぜ分からぬ?
悪魔王様の一部になれるこの名誉を……」
イバラの手を伸ばし、ジャバウォックを縛り上げる。
「うっ、ぐぎゃあああ!!?」
トゲが食い込み、ツタが容赦なくジャバウォックを追い詰めていく。すでにイバラを振り解くほどの力が残ってないジャバウォックは、もはや悲鳴をあげることしかできない。
「もとはお前さんの方が強かったが、人間に触れて弱くなったのか?
……いや、ワシが強くなりすぎたのかのう……ヒヒッ」
ジャバウォックは何度も意識を手放し、しかしその度にダメージで無理やり起こされる。そして、ベルデールはその光景を見て楽しんでいた。
「うぐぅぅぅっ!」
しばらくそうしていたが、ふとベルデールは興味を失ったようにジャバウォックを地面に投げ捨てる。
「お遊びはここまで。これ以上は無駄だ。
月は満ちたでのう……ジャバウォック、お前さんとはこれでお別れじゃわい」
ベルデールは邪気を溜めて禍々しい巨大な球体を出現させる。
「ひっ……」
地面に突っ伏したまま、絶望して小さく悲鳴をあげる。
「ニンゲンの体は邪魔だからの、まずはそれを消しとばすぞ。なぁに、ちと痛いが、悪魔王様の一部になれると思えば、お前さんも本望じゃろ。
……さあ、ニエとなれ──!!」
絶望絶望絶望……ジャバウォックは、迫り来る暗黒の球体を前にして、ただ絶望することしかできなかった。ただ、惜しむらくは、この体を貸してくれたこのニンゲンは助けたかった。
自分のせいで巻き込んでしまい、申し訳ないと言う気持ちで静かに目を瞑る。
もし、もし叶えられない望みでも叶えられるなら、そう思いながらジャバウォックは最後に呟いた。
「……だれか、助けて」
「──シン・フェロモンカリバー!!!!」
──ザン!!!!!
「……え?」
邪悪な空間に似つかわしくない澄んだ雄叫びと、自分の近くを通り抜けていった轟音。それを耳にしたジャバウォックは、もう閉じて終わると思ったその目をふたたび開けた。
「キミ、もう大丈夫だ……!」
すると、目の前にいたのは優しく光る紫髪の青年と、斬撃によって切り裂かれた悪魔法がそこにあった。
「誰だ、ワシの崇高なる儀式を邪魔するのは!!」
ベルデールが咆哮をあげる。が、青年は動じず、静かに名乗りを上げた。
「……ハレムンティア帝国フェロモン騎士団団長、シン・ソル。
月夜を絶望に染める貴様の野望を、この満月のフェロモン使いが打ち砕く……!!」




