第六十六話 2人の天使
季節が巡って春のことである。
──その日、ゲオルギウス城は崩壊した。2人の天使によって……。
ジョージが皇帝になって1年が過ぎた頃。
クイーンも悪魔王も出現せず、フェドロも消息を絶ったままだが、ダークデーモンやデーモンカイザーや強力な悪魔はほぼ倒され、洗脳されていた人は全員解放し、残る悪魔ももう殆ど脅威ではなくなっていた。
悪魔は普通のモンスターと同程度の脅威となり、ハレムンティア帝国は栄え、他の国々も復興し、もう平和が戻ったと言っても過言ではなくなっていた。
しかし、そんな平和な時代に青天の霹靂のような歴史に残る一大事件が起こったのだ。
民は叫び、城内に居た者も涙を流し、ジョージですらもその場で膝をついて天を仰ぐその重大な出来事。
それは、ジョージにもウィステリアにも防ぐことができない天災のようなものだった。
事前にそうなることを想定し、フェロモンサンクチュアリで守っていたのだ。
しかし、天使は想定を遥かに超える強さでサンクチュアリを一瞬で破壊し、そのままゲオルギウス城を崩壊へ導いたのである。
ウィステリアも満身創痍の状態で対処できず、ジョージとファミリー、フェロモン騎士団たちは場内の者を避難させるので精一杯。
2人の天使はそんな凄まじい爪痕を残したのだが、それもそのはず。無垢な存在であり、戦いの経験こそなかったが、ポテンシャルだけ見ればジョージやウィステリアと同等か、それ以上の存在。しかも、それが2人もいるのだから──
● ● ●
そして数時間後、なんとか事態を収め天使たちの機嫌をとることに成功したジョージたち。
ウィステリアはヘトヘトなので城は後日修復することにして、一旦ジョージたちはアメリアの務める教会に身を寄せる事となった。
「──すまない、助かったよアメリア」
ジョージは苦笑いをしながらも、アメリアに感謝する。
「まさか、あそこまで凄いなんて、誰も想像できませんし仕方ないですよ……。
それにしても、城の崩壊で怪我人が出なくてよかったです。
……強いて言えばウィステリア様くらいですね」
教会の奥にある居住区に案内する。
「……ウィジーは本当によくやってくれた。今は俺が頑張らないとな」
ジョージはウィステリアを労わりながら、慎重にゆっくり優しくベッドに下ろした。
「ふぅ……ありがとう。
思った以上に消耗してしまいましたので、しばらくお願いしますわジョージ……」
「ああ、天使たちの事は俺に任せとけ。今まで対処方法はたくさん調べたし、協力してくれる人もたくさんいる。
未来のためにも今が踏ん張り時なんだ、この俺が弱音を吐いてるわけにはいかねえ」
ジョージは力強くそう言うと、安心させるようにウィステリアの手を握る。
「頼もしいですわ……さすがジョージね。
では、任せましたわよ……」
安堵の吐息を漏らすと、ウィステリアは数度瞬きをして眠りについた。
「おやすみ、ウィジー。
……さ、ウィジーを寝かせてあげたいから、俺たちは出ようか。天使たちのところにも行っておきたい」
安らかな眠りに落ちたウィステリアをしばらく見つめた後、ジョージはアメリアとともに部屋を出て天使たちのところに向かう。
「……こうして見ると、本当に無垢で無害そうに見えるんですけどね」
天使たちを前にしてアメリアがボソッと呟くように言った。心なしか冗談めかしているようにも聞こえる。
「……おい、害があるみたいな言い方をするな。
まあ、小さな大怪獣みたいなもんだとは認めるが」
ジョージはベッドでスヤスヤの天使たちを見ながら苦笑いを浮かべる。
「……どう思いますか、この2人のことを」
アメリアが笑顔のまま、しかし真剣な声色で聞く。
「この国にとって良い影響になればいいなと思うよ。
あと、幸せであればそれが1番かな」
「きっと、そうなりますよ。
だってこんなに沢山の人から祝福されてるんですから」
「……そうだな。
騒動の時は必死だったが、今思い返してみればみんな良い顔をしていた」
「私もジョージのしんゆうとして、聖女として、この子達を見守っていきますからね」
「ありがとう、頼もしいぜ」
ジョージがふっと笑うと、アメリアが続いて笑う。
「まさか、こんな事になるとは思いませんでしたね」
アメリアは懐かしむように言った。
「初めて会った時、たしかアメリアはオーガから逃げてたな」
「フェドロ軍からの逃避行で、せっかく軍はまけたのに、今度はオーガにまで追いかけられて……あの時は絶望してました。
でも、ジョージが来てくれたおかげで、私は希望を見出すことができたんです。
最初はちょっと変な人だとも思ってましたが」
「そんな事を思ってたのかよ」
ジョージは楽しそうに笑う。
「聖女の私のことも知らず『女』呼びでしたし、助けてくれるとか言いながらパーティから追放されるし、初対面のエリン様にフェロモンガスを噴射するし、ハーレムがどうとか言い出す始末でしたからね。
それを言えば、初対面で農家さんの格好をして泥だらけだったのに、実は没落貴族のご令嬢(婚約破棄&追放)だったし、しかも世界最強の魔法使いだったウィステリア様も変と言えば変でしたね」
「……そんな変な2人が今じゃ皇帝と皇后、しかも結婚してこんなに可愛い双子を授かるなんてな」
そう、2人の天使とはジョージとウィステリアの双子の赤ちゃんの事である。
1人は男の子で名前はジェス、もう1人は女の子でメリーだ。
「それにしても、お二人に似てますね」
ジェスは赤い髪のツンツン頭に、少し目尻の上がった猫っぽい目に金色の瞳で、ベイビーなのにウィステリア以外を既に超えている魔力を持つ。
メリーは髪質こそウィステリア似で柔らかいが、ジョージに似て黒髪で黒い瞳、赤子ながらキリッとした鋭い目つき、ジョージには及ばないもののすでにユグドラフェロモンを扱うという、恐ろしい0歳児だ。
「ジェスはウィジーに似てて、メリーは俺かな?
……見た目だけじゃなく才能も」
ジョージは先の一件を思い出した。
2人の可愛い我が子が爆誕した時のことである。
2人は同時にこの世界に出てくると、産声とともに己のパワーを解放し、しかも兄妹と共鳴するもんだからさらに桁違いにエネルギーが増幅、大爆発を起こしたのだった。
その威力は凄まじく、フェドロも破壊するのに邪剣を用意せざるを得なかったあのフェロモンサンクチュアリ(正確にはジョージが覚醒してるのでさらに強力)を一瞬で破壊し、しかもウィステリアがカチカチにして作ったゲオルギウス城まで崩壊させてしまう程だったのだ。
しかも、その大爆発はただの爆発ではなかった。
ジョージとウィステリアの子どもであり双子だからなのか、魔力を共鳴させて協力必殺技にまで昇華させていたのである。まさに才能の塊だ。
「そのうち、ジョージ様も追い抜かれるんじゃないですか?」
「……かもな。
でも、この子達が独り立ちできるまでは、頼もしく強いパパでいたいんだ。
だから俺も、気を引き締めないとな」
少し遠くを見ながらジョージは思いを馳せる。
ジョージは戦士としてもパパとしても、幸いまだまだ伸び代があった。
2人は強いが、これからどんな困難が訪れるか分からない。だから、そんな時に守れるように賢く、強く、そして優しいパパにならなければならないのだ。
「──私たちも、応援してますからね」
アメリアの声に我に帰ったジョージが顔を上げると、そこには見知った人たちが来てくれていた。
「……ん?
みんな、来てくれたんだな」
「そうだよジョージくんっ。
あたしも頼れるお姉さんとして頑張るもん。
……禁術をジェスくんに教えて、師匠にゃんて呼ばれてみたいにゃ……」
「……あぶぁっ」
イリーナが顔を覗き込むと、ジェスが目を覚ましてイリーナの鼻を掴む。
「ふにゃ!?」
イリーナが仰け反ると、楽しそうにエリンが笑う。
「ジェスはやんちゃボーイじゃ。
うちも師匠と呼ばれたいんじゃが、メリーかジェスかに弓の良さを教え込もうかの?
カレンさん、どうにかならんか?」
すると、ちょうど部屋にやって来たカレンがメガネをクイっとあげて言う。
「エリンがそう言うと思って、3歳の時に弓を題材にした絵本を紹介、5歳でおもちゃの弓体験、8歳で刃が無い矢での弓教室を受けさせるプログラムを組んどいたよ(キリッ)」
「おいおい、まだ0歳なのにそこまで決めてんのか?
リッくんは用意周到だな。さすがだ」
ジョージがクスッと笑う。
「ムンちゃんの子たちはボクにとっても大切だからね。
他にも色々カリキュラムは用意してるよん。もちろん、好みの有無で選択も変わるだろうから、プランは数万通りあるし、要望があればいつでも受け付けてる。
……あ、でもいくらムンちゃんの考えがあったとしても、1番大事なのはこの子たちの考えだかんね」
カレンはジェスとメリーが生まれたのが嬉しすぎて、城崩壊から避難もそこそこにずっとプランを考えていたのだ。
「リッくんは良い先生になりそうだ」
そこに一通りの仕事を終えたキャサリンが入ってくる。が、すぐに胸を押さえてうずくまる。
「はうっ!?」
「ど、どうした!?
……って、おい」
ジョージが慌てて駆け寄ると、キャサリンはなんともだらしない顔でニヤけていた。
「可愛すぎるでしょ、なんなのあのベイビー!
ああ、ダメ……すぐにニヤけちゃう」
どうやら、可愛さにもだえていただけのようだ。
「……おい、ジョージ」
そこに割って入るようにダンディーな大人の魅惑溢れる低音ボイス。
何かと思って振り向くと、そこには天然の色気を放つジョージの父、ダンが壁にもたれかかるように立っていた。
余談だが、ビショップ戦での敗北が悔しかったのか、あれから数ヶ月妻のマーシャと共に更なる修業を経て、当時のジョージに近い実力を手に入れた努力家さんである。
「親父、来てくれたのか」
「ママもいるよ」
そう言って現れたのは、孫が生まれるのが楽しみでここ数日眠れなかったマーシャである。
どちらも孫を見に来てくれたようだ。
「お袋、とうとう生まれたよ。
2人とも来てくれてありがとう」
「礼なんて要らないさ。
私たちが会いたかったんだからね」
マーシャがワクワクしながら双子を見るや否や、一瞬で柔らかい笑顔が消えて、しかしすぐに火がついたような笑顔になる。
それを横目に見たダンは眉間にシワを寄せ、マーシャの肩を掴んで止める。
「……気持ちはわかるが、まだだ。
まだ、英才教育するには早いんだ。いくら3歳の時のジョージより強そうでも、まだ生まれたばかりだからな」
「わ、分かってるさ!
さすがに赤ちゃんの状態で修業はさせないよ。もう少し大きくなってから、ね。
でも、アンタも分かるでしょ?
この溢れ出る才能が。もう将来が楽しみで楽しみで……」
「そうだ、もう少し大きく……って、いやいやいや、3歳でも早すぎるからな?
せっかく平和なんだし、俺たちもジョージとウィステリアも皆いるんだから、無理のない教育をさせてあげなさい」
「……はい」
どうやら、双子の天使ちゃんの災難はなんとか去ったようだ。
「まったく、お袋は本当にバトルが好きすぎるんだから……。
おっと、メリーも起きたのか。騒がしかったか?
よしよし……」
メリーを優しく抱き上げて頬をそっと撫でる。
「あむむ……」
「こらこら、指を食べるんじゃない」
そう言いながらも、ジョージの声は穏やかで愛に溢れていた。
イリーナとじゃれるジェスも、ジョージに抱っこされるメリーもとても幸せそうで、まさにこれからの希望を表しているようだった。
「──ジョージ様、ウィステリア様が起きましたよ〜」
ウィステリアを診てくれていたオフィーリアが報告に来たようだ。
「ありがとう。
じゃあ、俺はウィジーの様子を見てくる」
「じゃあ、メリー様はわたしが見ときます」
オフィーリアが代わりにメリーを抱っこしてジョージを見送った。
「頼んだ」
ジョージが部屋を出て廊下を歩いていると、窓から外を眺めているシンの姿があった。
「シンもここに来てたんだな」
シンはジョージの声に気がつくと、ゆっくり振り向いて静かに頷く。
「うん、まあな。
君にひとこと言っておきたくてさ。僕の義理の甥と姪だし」
シンは実の両親が亡くなった後、ダンによって育てられた。だから、ダンの事は第二の父親だと思ってるし、今回生まれたジェスとメリーの事も、大切な甥と姪のように思っていたのだ。
「そうか」
「……おめでとう、ジョージ」
「ありがとう」
短いやりとりだったが、2人の心は温かくなり、まるで本当の兄弟のように通じ合っていた。そして、満足そうに2人とも頷くと、どちらかともなく2人は別々の方向に歩いて行ったのだった。
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「──ウィジー、おはよう」
「ジョージ、来てくれましたのね。2人はどうかしら?」
「元気だし、みんなにも懐いてくれてるよ」
「……良かったですわ。
ジョージ、すぐにまた母になりますから、今だけはあなたの妻として居ていいかしら?」
「もちろんだ。
あの子達も大切だが、同じだけ君のことも大切だからな。
愛してるよ、俺のウィジー」




