第六十三話 期待に応えて
ハレムンティア帝国北部に広がる荒野。そこには悪魔王を讃える教徒たちが集まっていた。
真っ黒にドクロの紋様が描かれた法衣に身を包んだ集団、その全てが悪魔であり、チェックフォーのひとり、ビショップの配下である。
そして総勢100万体もの集団によって荒野は真っ黒に染め上げられて、モンスターの1体すらいないその光景はまさに異質。
「──しぶとい男だ。
……本来ならこのまま街を手中に収め、いずれこの地に来る悪魔王様の献上品にするつもりだったが……まあよい。
こうなれば、ハレムンティア神の後継を呼ぶ囮になってもらおうか」
悪魔王教徒たちの中央。
真っ黒な法衣に身を包み、杖を片手に持ったラクダ頭の悪魔。
「こうまで無様な姿を晒していては、先ほどまでの威勢と相まって笑いすら込み上げてくるほど滑稽よ……。なあ、ニンゲン?」
倒れたダンを見下ろし、しわがれた声で悪態をつくこの者こそ……ビショップだ。
せいぜい150cm程しかない体躯、枯れ枝のような腕、緩慢な所作……そのどれを見ても決して強そうには見えないが、ビショップのまとう禍々しさは他の悪魔とは格が違う。
あまりの濃い邪気に、地面がドス黒く変色して死に絶え、空気は澱んで瘴気に変えられてしまう。
「……うぐぅ……」
力なく地面に倒れ伏し、ダンは抵抗もできず、ただうめくことしかできない。
こうなる前、ビショップの足にしがみいてまで、最後の力を振り絞ってビショップたちを他の所に行かせないようにしていた。
しかし、今では意識も朦朧として、瘴気と癒えない傷に苦しむだけだ。
「フェロモン使いと言えど、太陽でなければ造作もない。
しかし、我が術がこやつらにも効くと知れたは収穫、か」
ビショップはそう言うと不敵に笑う。
「そうだそうだ……。
別にこの男を生かす必要もないでな、この体に邪気を注ぎ込んでフェロモン悪魔を作ってしまおうか」
ビショップはさっそく杖をかざすと、ダンの体に邪気を流し込んでいく。
「ぬっ!?
……うぉおおおおおおお!!?」
ダンは目を見開いてもがき苦しむ。
なかなか悪魔化しないダンを見て、ビショップは怒るどころか楽しそうに笑う。
「ほうほう、抗っておるのか。ここまでの抵抗力となると……フヒッ。
お前がフェロモン悪魔になった時、さぞ強いコマになるだろうなぁ。
さあ、お前の新しい姿を見せ──」
「フェロモンミサイル!!!」
──シュッ! チュドーン!!!!
「「「うぼぁああ!!!?」」」
瞬間、大爆発を起こして悪魔王教徒たちの半数を撃滅。
そして、瘴気を吹き飛ばしてダンの悪魔化をとめた。
「……そこまでだ!」
怒りに満ちた目でビショップを睨み、この地に駆けつけたのは……そう、ジョージだ。
いつの間にかダンを取り返し、フェロモンリフレッシュでダンを回復させる。
「ぬ?
来たか、ハレムンティアの後継よ……くくく」
そんな様子を見てもビショップは動揺しなかった。
それどころかダンに興味を失い、ジョージが届いて歓喜しているようだ。
「……何がおかしい?
真覚醒こそしてないが、俺のフェロモンパワーは日に日に上がっている。
親父をこんな目に合わせた以上、手加減はしないぞ」
ダンを持っていた転送装置で安全な所に送り出す。
「ほう、威勢がいいのは親子だからか?
ニンゲンとはおもしろい。
さあ、手加減しないのであれば早々にその力を見せよ」
ビショップは不敵な笑みを見せ、ジョージはそれを訝しんだが、先手必勝とばかりにボタンを弾いてフェロモンを放出──
「ダークネスシール……!」
ビショップが悪魔法を発動すると、ジョージの首筋に邪気でできた札が出現してフェロモンをせき止めてしまう。
悪魔法とは、魔力の代わりに邪気や瘴気を使って発動する悪魔の魔法であり、この荒野には事前に瘴気や邪気を充満させていたので、この魔法は桁違いな効果を得ていた。
「なっ!?」
ジョージは驚き戸惑うが、すぐに出力を高めてダークネスシールを貫こうとするが……。
「そうはさせんぞ……ダークネスバイト!」
邪気のキバがジョージを襲い、フェロモン生成器官と魔力を遮断してしまう。
「くそ!
これじゃフェロモンが出せない……!」
「いい反応だ。くく……」
だが、ジョージはここで諦めるような漢ではない。
「フェロモンが使えなくても、俺は負けん!!」
ジョージが拳を握りしめると、その圧力で炭素がダイヤの粒に変わり、すぐに熱い血潮が放つ蒸気で酸素が燃える。
そして、その燃える拳を使い、凄まじい灼熱正拳突きをビショップに放つ。しかし──
「……効かない?」
威力は充分。……むしろ、威力だけならビショップを1000体ぐらい一気に倒せてしまうオーバーキルなレベルだ。
「どうした、我はこうして生きているが、もしかして寝ぼけているのか?」
どこからどう見ても、拳は胴体を貫いているように見える。だが、ビショップは涼しい顔でジョージを嘲笑しているのだ。
「どういうことだ……?」
手応えは確かにあった。
だから、倒せているはずなのだ。今までたくさんの悪魔を倒して魔界に強制送還してきたから、間違えるはずがない。
なのに、ビショップは平然と立っている。
「……戸惑っておるのか?
そうだろうなぁ……しかし、我から見ればお前はとてつもなく滑稽に見えるぞ〜」
ビショップがケタケタと笑う。
「滑稽だと……!?」
ジョージがビショップを睨んだと思った、その時。
──ガクン……。
「え……?」
ジョージはその場で倒れてしまう。そして、自分に置かれた状況が初めて理解できた。
「そう……お前はそこに、この我がいると思い込んでおったのだ。
そして、強い思い込みは、感覚すらも作り込んで現実のものだと錯覚させる」
つまり、ビショップの悪魔法によってジョージは幻覚を攻撃していたのだ。しかし、それだけではない。
「俺の攻撃を……俺自身に反射したのか……」
ジョージの腹部分の服は、ちょうどジョージの拳の形に焼け焦げていた。
ジョージが倒れてしまったのも、この自身の本気の正拳突きのせいなのだ。
「少し違うな。
お前が放った攻撃のエネルギーを邪気の奔流で受け流し、お前に倍にして返したのだよ」
ジョージはビショップがいつ悪魔法を使ったのか分からなかった。それは、完全にビショップの術中にあるからだった。
ビショップが望むものだけ認識し、ビショップが望まないものはジョージには認識できない。
「うぐ……」
身体中に大ダメージが走る。
悪魔法の思い込みなのか、自分でいつの間に放った攻撃が返ってきたのか、何が何やらもう分からない。
そして、立ち上がりたくても身体が言うことをきかない。
「この地に来た時点でお前の負けだったんだ」
抗えない微睡と暗闇の中で、ビショップの声が頭に響いてくる。
『太陽のフェロモンを持っているから無敵だと思ったか?
不死身だとでも思っているのか?
こうしてお前を待っていたのだから、我も対抗策ぐらい持っておると考えなかったか?
今まで難なく勝ってきたから、今回も同じように勝てるとでも?
……運が良かっただけなのに、勘違いしてしまったか。
残念だが、神の力を手に入れても所詮はニンゲンだったということだ──』
……身体が泥の中に沈み込んでいく。
いや、水の中?
意識が朦朧として、思考がまとまらない。
今までの記憶が流れ込んでいく……走馬灯なのか?
辛いこともあったが今まで乗り越えてきたし、よく考えてみれば正真正銘の絶体絶命はなかった気がする。
ビショップの言うように運が良かった。
仲間に恵まれ、ハーレムのみんなもいい人ばかり、ファミリーは笑顔に包まれ、妻を迎え、そして……。
待ってる人がいるのに……負けるわけにはいかないのに……。
約束を果たしたかった。ウィジーと、そしてみんなと喜びたかった。
……抱っこしてやりたかったな……。
でも……もう、体の感覚がない。
『……これで終わりだ、ジョージ・ハレムンティア──』
終わりは突然やってくる。
俺はもう……終わるのか……。
俺は、やり遂げられずに終わるのか……。
みんなの期待を背負ったまま、終わるのか……?
妻との約束を破って終わるのか?
俺はそんな格好悪いやつなのか?
ジョージ・ハレムンティアは本当に、そんな無責任なやつなのか?
………………ジョージは…………ジョージ・ハレムンティアは…………これまで運が良かっただけで生きてきたのか?
「──ちが……う」
ジョージ・ハレムンティアは、道半ばで散る男なのか?
「……ちがう」
ジョージ・ハレムンティアは、約束を破るのか?
「違う」
ジョージ・ハレムンティアはこのまま負けるのか?
「違う!」
意識がまとまってくる。
「違う違う違う!」
「ジョージ・ハレムンティアは無敵なんだ。
みんなの期待に応え、約束を守り、心に寄り添い、慕ってくれる者たちの幸せを守る漢なんだ!
神の力だけに頼って生きてきたんじゃない。
ジョージ・ハレムンティア自身が努力して、自分自身の理想のために1日も休まず邁進してきたんだ!
だから、だから認められ、みんなが期待してくれたんだろ!」
『なぜだ……全て闇に飲み込んだはずだ……!
魔力も遮断し、幻の世界に閉じ込め、力を奪い取ったはずだ!
しかし、なぜ光が!?
ジョージ・ハレムンティアに光が……!』
ビショップの動揺する声が響いてくる。
「聞いてるかビショップ!」
ジョージは力に溢れていた。
まだ魔力が戻ってきたわけじゃない。まだ自分でフェロモンを作れるわけじゃない。
だが、ジョージは光に包まれていた。
「俺は……負けない!
ただのニンゲンで済ませちゃいけないんだ!
みんなの期待を背負ってる。だから──」
リーズンに埋め込まれた世界樹の苗木。今までは姿を隠し、なんとなく力をくれていた苗木。
それが、みんなのジョージを想う気持ちを集めて、ジョージを照らしていく。
「ジョージ・ハレムンティアは、無敵なんだ!!」
──カッ!!!
ジョージが眩く輝くと、周囲の邪悪な闇を消し去った。
「な、なんと……この悪魔法を完全に破っただと!?
おのれ……皆の者!
こやつを、ジョージ・ハレムンティアを押しつぶすのだ!!」
「「「うおおおお!!!」」」
ビショップの号令で悪魔王教徒が一気に押し寄せる。が、しかし!
──ゴゴゴゴゴゴ……!!!
「「「ぐぎゃああ!!?」」」
一際大きな光の力がふたつ、教徒たちを蹴散らしながらジョージの元へやって来る。
「こ、これは……!」
ジョージはその光を見ると、誰のものか察してフッと笑う。
「……ウィジーと、俺たちの子か。
まったく、俺としたことが心配かけさせちまったな」
ジョージは光を両手で抱いて受け止める。
「お前……何をするつもりだ!
くそっ!
──ダークネスシール! ダークネスバイト! ダークネスミラージュ! ダークネス……。
なぜだ、なぜ効かない!!?」
ビショップが放つ悪魔法は確かにジョージに直撃していた。だが、ジョージがまるで本当に無敵だと言うみたいに、攻撃の一切合切が効いていなかったのだ。
「ウィジー、小さき命よ……。
これから、かっこいいパパの姿、見せてやるからな!!」
全ての光がジョージの中に注ぎ込まれたかと思うと、次の瞬間大爆発を起こした!!
「なっ……!!?」
すると、一帯を覆っていた邪気や瘴気は全て浄化され、真の太陽フェロモンへと変化してしまう。
そして、その力を得たジョージは真覚醒を果たした!
「うぉおおおおおおおおおおおおお!!!!」
風が歌い花が笑う。大地が鼓動し、空が照らす。
世界は甘いハーモニーを奏で、ジョージ・ハレムンティアは本来の力を手に入れたのだ。
「──世界樹解放!!!!
いくぞ、ビショップ!
その目に焼き付けろ!」
世界樹と一体化したジョージの長ランは若葉色に染まり、無限のパワーをもたらす。
「ぐぬぬぬ……!
ここまで来て、やられてなるものか!!
ダークネス……」
ビショップは全てのエネルギーを使い、超級クラスの悪魔法を放った。
「──パニッシャー!!!」
凄まじい邪気の大斧が、ジョージめがけて振り下ろされる。が、ジョージは怯まない。
「……ユグドラフェロモン……」
若葉色の世界樹エネルギーを拳に集め、ジョージは構えた。
「滅びろ、ジョージ・ハレムンティア!!!」
「──スプラウト……!!!!!」
拳が凄まじい波動を放つ!!!
そして、超級悪魔法の大斧を消し去ると、そのまま荒野にいた全ての悪魔を浄化していった。
「うぐぉああああああああああああああ──」
ビショップとて例外ではなかった。
圧倒的なフェロモンパワーを受けた邪悪なるビショップは完全に消滅すると、世界が喜び天が祝福する。
「ウィジー、小さき命……見てくれたか……?
これが、ジョージ・ハレムンティア……!
そう、君たちの無敵でかっこいい最強のパパの姿だ!!!」
こうして、ジョージはチェックフォーとの初戦に白星……さんさんと輝く太陽を飾ったのだった。




