第六十二話 聞けなかった報告
ゲオルギウス城応接間にて、ジョージは客人をもてなしていた。
最高級の紅茶(オフィーリアの実家の茶葉)を淹れ、上等な菓子(ウィステリアが気に入っている店のマカロン)を用意し、失礼のないように応対する。
「──つまり、ボクちゃんは君の事を気に入ったってワケさ」
少年のような甘い声をジョージにかけるこの客人は、そう──
「まさか悪魔が俺の事を気にいるなんて、最初に聞いた時は驚いたし、まだ実感は湧かないが、ようやくなんとか理解できたぜ」
そう、悪魔なのだ。
「悪魔って言ってもみんなが同じ思想なワケじゃないのさ。
君や、フェドロのように、ね。
そもそも、レッサーデーモンとかとは違う種族だし、ボクちゃんとしては気に入った相手と楽しく過ごせればそれでいいのさ」
「……確か、インキュバスだったか?
言い伝えによれば女性を惑わせると言うが、俺でいいのか?」
ジョージがそう尋ねると、客人悪魔は呆れたようにため息をつく。
「いいのいいの。
悪魔は自由なのが良いところなんだから、そんな常識に縛られなくていいの。
つまり、ボクちゃんみたいにお菓子を食べて紅茶を飲んで、お喋りしてるだけのインキュバスがいても、誰も怒らないのさ。
まあ、レッサーデーモンとかグレーターデーモンみたいな悪魔は上下関係が厳しいみたいだけどね」
そう言いながらマカロンを頬張るインキュバス。
「悪魔にも色々いるんだな」
「そうそう」
「……それで、ハーレムに入りたいって事だったよな?」
そう、インキュバスはフェドロの洗脳が解けた今、フェドロ軍から離れてジョージの傘下に入りたいと思ったのだ。
「たしか、悪魔が入っちゃダメって制限はなかったよね?」
「ああ、大丈夫だ。
……1階のハーレム事務局で加入申請ができるし、詳しいことも教えてもらえる」
「へえ、そんな風になってるってことは、結構たくさん来るんだ?」
インキュバスが目を見開いて驚く。
「まあな。
俺が結婚した後も入りたいって人が来て……と言うか、むしろもっと増えたんだ」
苦笑いしつつジョージは紅茶を一口飲んでまた口を開く。
「カップルで俺たち夫妻を応援したいからとか、結婚式に感動したからとか、ブーケを貰ったお礼にとか、中には推しカプを応援したいとかもいたな。
他にも色々あったが、なににせよ民からすれば半ばハーレムが公式ファンクラブみたいな扱いなんだ」
「それで良いのかい?」
「ああ。
王は民を導くことができるが、強制して操るなんてできない。民がその方が合うと言うなら、俺やハーレムも時代に則して変化するさ。
根本にある『ハーレムのみんなを幸せにする』というのが守られれば、俺はどんな形でも良いんだ」
中にはガチ恋もいるが、殆ど推し活か応援目的で、ジョージの言う通りファンクラブ化していたのだ。
とは言え、そのジョージを想う気持ちはジョージ本人としても嬉しく、型にとらわれたせいで気持ちを無碍にするなんてことしたくなかったので、全員を受け入れることにした。
「う〜ん、それでこそボクちゃんが選んだジョージだ!」
インキュバスは満足そうに踊り出す。
「それで本題に戻るが、さっきの件もあり色々とハーレムのあり方も変わってきてな。
今はちょうど"新規ハーレムさん応援キャンペーン"実施中なんだ」
「……新規ハーレムさん応援キャンペーン……?」
聞き馴染みはあるはずのワードなのに、前代未聞のまさかの組み合わせに、インキュバスは思わずステップを止めてしまう。
「城下町の家具付き物件を1年間無料で借りられる上、申請すれば職業訓練や条件に応じた生活援助も得られる。
加えて、毎朝祈りを捧げてくれれば、誕生日占い1位程度の幸運が世界樹から返礼品として送られるんだ」
ジョージは書類をインキュバスに渡しつつ、慣れた様子で言葉を続ける。
「恋人や家族がいる場合は、支援金が得られるほか、家族恋人も各種店舗でハーレム割引が適用される。
あとは保育園や学校の紹介、医療費割引、結婚式でもハーレム割が適用されて、この期間を逃す手はないぞ」
至れり尽くせりなハーレムに、インキュバスは生唾を飲んでしまう。
しかし、ここまで充実しているのだから、気になるのはやはりデメリット。
「……でも、お高いんでしょう?」
きっとぼったくりな年会費や、ハーレムを辞める時に法外な違約金を取られる可能性がイヤでも頭によぎる。しかし、ジョージはクスッと笑って首を横に振った。
「さすがに物件を爆破したとか、人に危害を加えたなら罰を受けるだろうが、ただこの街に住むだけならデメリットはないぞ」
「なんで?」
「この国はまだ発展途上でな、今は街や人の活気が欲しい。
それに他国からの移住者も多いんだから、デメリットを課したら生活がままならないし首が回らなくなるだろ?
民の困窮は、国の困窮。目先の富に目が眩んで税を搾り取れば国が疲弊して、いずれ俺たちも苦しい生活を余儀なくされるんだ。
今は身銭を切ってでも民を潤し、国を盛り上げるつもりなんだ。結局、いい暮らしがしたければ長期的に民がいい暮らしができるような政策をした方がいいんだよ。
保守的な政策は国全体の生活が安定してきた後でいい。
だから、お前は気にせず暮らすと良い」
「分かった。そこまで言うなら、ボクちゃんも甘い蜜を吸わせてもらうよ」
インキュバスは納得すると、嬉しそうにハーレム事務局に向かっていった。そして、それと入れ違いで嬉しそうな顔をしたウィステリアが入ってくる。
「ジョージ〜入りますわよ?」
とても上機嫌だ。何かいい事があったに違いない。
ウィステリアの嬉しい気持ちに当てられ、ジョージも思わず笑みをこぼす。
「ああ。ウィジー、何か良いことでもあったのか?」
ジョージがそう尋ねると、ウィステリアは隣に座りながら『ふふっ』と笑い、目をキラキラさせて教えてくれた。
「不老不死の魔法を発明しましたのっ」
「ほ、本当か……!?」
ジョージは驚きのあまりバッとウィステリアの方へ振り向いてしまう。
それもそのはず。
まるで新しいおもちゃを手に入れた子供のような口調だが、ウィステリアの言葉が本当なら世界の常識をひっくり返すような大発明である。そして悪用すれば大変な事になる禁忌中の禁忌な魔法だろう。
「本当ですわ♡
……これでようやく、貴方のウィジーは、ずっと美しいままでいられるようになりました。嬉しいですか?」
ウィステリアがジョージの手に自分の手を重ねる。
「……ああ、嬉しいよ」
聞きたいことや問題点はあるかもしれないが、今は自分を想う愛する妻の気持ちを喜ぶ事にした。
それに、ジョージはウィステリアを信じている。
「ありがとうございます。頑張った甲斐がありましたわ。
……ですが、問題がひとつ。
実は、今はまだ不完全なので自分以外の人にかけられませんの。
なのでジョージに魔法をかけるのは、もう少しだけ待っていてくださいませ」
「分かった。楽しみにしておくよ。
これから先、帝王で居続けるにしても、退位するにしても、ずっと一緒に過ごせるなんて幸せだからな」
「そうですわね♡
ジョージ、それで……もうひとつ良い報告がありますのよ。
……気になるかしら?」
ウィステリアは幸せに満ちた笑顔でジョージを見つめる。
「他にもあるのか?
しかも、これを後にしたってことは、もしかしてそれは不老不死より良い知らせってことか。
……気になるな。教えてくれ」
ジョージは期待に胸を膨らませる。
ウィステリアは満足そうに頷くと、深呼吸をして口を開く。
「ジョージ……実はわたくし、にん──」
──ドンドンドン!!
その時、応接間のドアが乱暴に叩かれた。
「あ……」
ウィステリアは寂しそうに口を閉じ、ジョージにアイコンタクトを送る。
「すまない……」
ドアをこんな風に叩くとはきっと緊急事態。無視することはできない。
ウィステリアの報告を聞きたかったが、心を胸にしまってドアを開けた。
「ムンちゃん、大変なんだよ!」
飛び込んできたのはカレンだった。本当に緊急事態のようで、急いでここまで来たのか汗だくで息をあげている。
「……何があった?」
ただ事ではないとすぐに察して、ジョージは気を引き締める。
「上級悪魔とは比べ物にならない強い悪魔が現れたんだし!」
「いつかの、デモニトロンとか言う悪魔みたいなやつか?
それとも、デーモンカイザーか?
それならエリンとイリーナでも倒せるだろう」
ブッチャーに倒されてしまったが、デモニトロンもグレーターデーモンを遥かに超える強い悪魔だ。
そして、後に現れたデーモンカイザー数体も、ジョージだけでなく、エリンとイリーナのコンビで難なく倒せたのだ。
「そんなレベルじゃない。
そいつらは魔界の王……悪魔王の最高幹部『チェックフォー』と名乗る四戦士で、その内の1人に挑んだダンさんが……負けたの!!」
「親父が!?」
ジョージには敵わないものの、マーシャとの修行で世界トップクラスのフェロモン使いに返り咲いたダン。
そのダンが、4体どころか1体を前にして敗北を喫してしまったのだ。
「うん。
ダンさんが最後の力を振り絞って、ビショップと名乗る戦士をなんとか足止めしてるけど、早く行かないと……!!」
「……それなら、俺が向かうしかないな」
ジョージがそう言うとウィステリアも行こうとするが、一瞬の迷いのあと唇を噛み締めて踏みとどまる。
「じゃあ、ボクは先に転送装置の準備に向かうね!」
「頼む」
カレンが走り去り、残された2人に沈黙が走る。
そして、どう声をかければ良いかとジョージが悩んでいると、ウィステリアがジョージの服の裾をそっと掴んで声を絞り出す。
「…………気を付けて、行ってきてくださいませ。
……帰ったら、貴方に……先ほどの事、改めて報告しようと思いますわ。
きっと、喜んでくれるはずですの。
……あの、ですから……信じていますわよ、ジョージ……!」
「……俺がやられるわけないだろ。安心しろ」
「……はい」
「だからウィジー、体を大切にしろよ?
その報告を楽しみにしてるし、一緒に喜びたいからな」
「はい、約束……ですわよ」
「ああ、約束だ」
ジョージは力強く頷くと、踵を返して応接間を後にした。
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「俺にも、とうとう……か」
ジョージはウィステリアのその報告が何なのか見当付いていた。だけど、喜ぶのは後だ。
「俺は幸せ者だな……」
慕ってくれる人がいて、ファミリーがいて、妻がいて、新しくもう1人……。
まだフェドロとの決着はついてないが、とても充実している。
その内の誰も失いたくない。
ジョージは転送装置の魔法陣に乗ると、ダンのいる荒野の近くにワープしていく。
「親父を倒したビショップか。気を引き締めないとな……」
ウィステリアのためにも、まだ見ぬ大切な人のためにも、ここでやられるわけにはいかない。
その2人への想いを胸に刻み、ビショップの元へ走り出した。
「──行ってくる、2人とも……愛してるぜ!」




