第五十七話 夜明け
とある国、とある町。
そこはフェドロによって支配された町だった。
ほとんどの人は洗脳されて自我を手放し、洗脳されていなくても自分や家族、愛する人を守るためにフェドロ軍に従順である事を強要されている。
かつて、町を守るために町長は防衛戦をして、負けても抗議し、手勢を連れて最後まで抗ったが、フェドロ軍には及ばず洗脳されてしまった。
そして争いは終わり、この町は喧嘩やいざこざ、衝突は全て無くなった。だが、笑顔の全ても失ってしまう。
今やこの町は、フェドロンによって強化されたグレーターデーモン……つまり、ダークデーモンによって支配されたディストピアなのだ。
──だが、この支配に屈しない者も存在した!
「……ぼく、あ、いや……おれがジョージ・ハレムンティアだ!」
違う。この鏡の前でポーズをとる、ぽっちゃりとした黒い服を身に付けた少年はジョーイだ。
「最強のホルモン使いのジョージが、フェドロを倒してやるぜ!」
そう、ジョーイはジョージに憧れるホルモン焼肉屋さんの9歳児なのだ。
ちなみに、ジョージが黒髪黒目で濃くて勇ましい顔に対して、ジョーイは茶髪翠目で優しそうな顔なので似ても似つかない。
「……ジョーイくん、フェドロをたおすとか言っちゃ危ないよ」
そうジョーイを心配する同い年の女の子はステファニー。白い髪に赤い目、頬のそばかすがチャーミングで少し病弱な幼馴染である。
「……でもおれは、フェドロが許せないんだ」
ステファニーを見て悲しげに言うジョーイ。
「……でもでも、私はジョーイくんと暮らせて楽しいよ……?」
ステファニーはフェドロに支配されるのは嫌だが、それ以上に自分のせいでジョーイが危険に晒されるのはもっと嫌だった。
「おれもステファニーといれて楽しいけどさ……。
ステファニーのパパとママは……」
「……うん」
ステファニーの父は町長だった。そして、母もまた町を守る立場にあった。
ゆえに、先の戦いで両親は洗脳され、ダークデーモンの手駒にされていたのだ。かろうじてステファニーをジョーイの両親に預けることはできたが、今も日夜操り人形のように動かされている。
ステファニーは両親のことを想い、毎晩涙で枕を濡らしていたのだ。誰にもそのことは言ってないが、ジョーイはそれに気が付いていた。
「おれ、やっぱり助けたい」
ジョーイが部屋を出ようとした時、ステファニーは急に涙を溢れさせてすがりついた。
「い……いかないで……」
家族を失ったステファニーはジョーイを心の拠り所にしていた。
体が弱くあまり外に出られないステファニーは、ジョーイが唯一の友達でもあったのだ。
もし、ジョーイまで失えばステファニーは正気でいられないだろう。
「……分かった。フェドロのところには行かないよ。
少し頭を冷やしてくる」
「……うん」
ジョーイはステファニーの屈託のない笑顔を取り戻したかった。だから、フェドロと戦い、勝ち星をあげているジョージに憧れたのだ。
でも、自分が負けたらきっとステファニーをもっと悲しませることも分かっていた。
「……どうしようかな」
ジョーイは悩みながら玄関を開ける。
冬も近く風が冷たいが、頭を冷やすのにはちょうど良かった。
「ジョーイ、外に出るのか。
あまり町長の家に近づくなよ……? いってらっしゃい」
ジョーイの父が仕入れた肉を運びながら声をかける。
町長の家はいまやダークデーモンの棲家となり、洗脳兵士やフェロモンスターまでいる危険な場所だ。
「うん、行かないよ。じゃあ……いってきます」
ジョーイは家を後にしてため息をつく。
「ジョージがここに来てくれたらいいのに……」
ジョージは世界を回って色んな国を解放してるらしい。
でも、この国はハレムンティアからとっても遠かった。ジョージだって1人しかいない。仲間はいるけど、一瞬で世界中の人を助けられるわけじゃない。
来て欲しいけど、今も世界のどこかで頑張ってるんだ。
「やっぱり、ぼくがやるしかないのかな……?」
ジョーイは誰もいない公園に着き、1人でブランコに腰掛ける。
「でも、どうしたら……」
大人でも勝てない相手に、子供の自分が挑んでも勝ち目はない。でも、正気な町の人は日に日に減っているし、いつ自分や両親、そしてステファニーが洗脳されるか分からない。
勝てないかもしれないけど、見てるだけでも結果は同じなら、戦った方が良いような気もしてくる。
「ジョージなら……どうするんだろ?」
答えは出なかった。1時間以上ずっと考えてたけど、良い考えなんて思い浮かばなかった。
「そろそろ帰ろうかな──」
「ジョーイ!
どこなのジョーイ!!?」
その時、ジョーイの母が血相を変えて自分を探しているのを見つける。
「お母さん、どうしたの!?」
ジョーイが駆け寄ると、母は一瞬安堵の表情を浮かべて抱きしめる。しかし、すぐにまた深刻な顔になって慎重に口を開いた。
「ステファニーちゃんが、さらわれたの……!」
「え……?」
血の気が引いた。
「ステファニーちゃんがジョーイを探しに行くって、私たちの制止を振り切って出ていったんだけど、そこにちょうど巡回の洗脳兵士が通りがかって……!」
「──!!」
ジョーイは駆け出した。
今なら間に合うかもしれない。
倒せなくても、体当たりをすればステファニーを手放すかもしれない。そんな理性的なことは考えてなかった。
ジョーイはただ、大切な友達がさらわれて黙ってられるほど、その後や影響を考えて諦めるほど大人じゃなかった。
勇気か無謀か、そんな事はどうでも良い。でも少しだけ、走る足が重くなる瞬間があった。
「ジョージならきっと助ける……!
でも、ジョージはいない。だからぼく……おれがジョージにならないと!」
ジョーイはジョージに自分に重ねて勇気を奮い立てる。
「ステファニー……!?」
檻付き馬車で運ばれているステファニーを見つけると、ジョーイは気持ちを引き締めて覚悟を決める。
「じょ、ジョーイくん……! きゃっ!?」
遠目にジョーイの姿を見たステファニーは手を伸ばすが、すぐに洗脳兵士が檻を叩いてステファニーを奥に押し込めてしまう。
「──ステファニーを、返せぇえええええええ!!!!!」
それを見たジョーイは怒り、叫びながら突撃していく。
近づくにつれて恐怖で涙が溢れ出す。
涙を抑えられず、鼻水も垂れそうになって走り続ける。きっとジョージに比べてカッコ悪かったに違いない。でもジョーイはこの時、誰よりも漢だった。
「うぉおおおおおお!!!!!!」
ジョーイは激怒していたが、同時に冷静だった。
そのまま体当たりすると見せかけて、身を低くして通り抜ける。そして、洗脳兵士の腰にある鍵束を奪って、ステファニーが閉じ込められている檻を開けたのだった。
「やったぁ!」
「ジョーイくん! うしろ!」
再会を喜ぶのも束の間、すぐさま洗脳兵士がジョーイを取り押さえてしまう。
「ぐあっ!?」
地面に叩きつけられ動けなくなるが、ジョーイは屈しなかった。
「ステファニー、今のうちに逃げろ!」
もちろん、目の前で逃げようとするステファニーをそのまま見逃す洗脳兵士ではなかった。が、洗脳兵士が手を離してステファニーに手を伸ばした瞬間、ジョーイは掴みかかって逆に取り押さえた。
ぽっちゃりとは言え子供の体重なので大した時間稼ぎにはならないだろう。しかし、ステファニーを逃すのには十分だ。
「でも、ジョーイくんが!」
「うるさい!
今のおれは、ジョージ・ハレムンティアだ!!
ジョージは、負けないんだぁあ!! ステファニー、行けええ!!!」
最後の力を振り絞ってさらに兵士を抑え込む。火事場の馬鹿力を出したジョーイは、一時的にだが洗脳兵士の力を超えていた。
「……わかった!」
ステファニーはその勇姿を見ると、涙を飲んで逃げる決心する。そして、ジョーイの……小さなジョージの意志を胸に抱き、振り向かずに一心不乱に逃げていったのだった。
「良かった…………え?」
安堵したのも束の間、大きな黒い影がジョーイをおおい隠す。
「あのステファニーを逃したのは貴様か」
本能が恐怖するような悍ましい声に、ジョーイは震え上がることしかできない。
「悪魔を召喚するための道具にしてやろうと思っていたんだがな……」
3m、いや5m以上ある巨体がジョーイに近づいてくる。禍々しく、まとわりつくような邪気。
コウモリの翼、ヤギの角、ゴリラの体、ワシの爪、蛇の尻尾、ライオンの足、髭を蓄えた邪悪な老爺の頭。全身を真っ黒に染めたその邪悪な巨体の正体こそ……。
──ダークデーモンだ。
「……あの人間をどこに逃したのだ?」
ダークデーモンの殺気が降り注ぐ。
「ひっ……」
ジョーイは恐怖に声を漏らしてしまう。
冒険者ランク最高峰の、SSSランクでようやく戦えるであろう超級の悪魔が、ジョーイに殺気を向けているのだ。
ショック死をしたり気絶しないだけでも、ジョーイの精神力は凄まじいと言えるだろう。
そして、それを成せるのはステファニーを大切に想う気持ちの強さだった。
「言え……!」
「い、言わない!!」
ジョーイは屈しなかった。
憧れのジョージならきっと、ここで大切な仲間を売る事はしないはずだ。だから、ジョーイはステファニーのために命をかける覚悟ができていたのだ。
その一回の問答で察したダークデーモンは、ジョーイを見切る事にした。
「……そうか。ならば、ここで消えろ!!」
ダークデーモンは鋭い爪を立て、音速を超える速さでジョーイを攻撃する。
「くっ……!?」
ジョーイは唇を噛み締めて目を瞑った。
襲いかかる絶望に、ジョーイはあまりに無防備だった。逃れる術はない。奇跡を起こす力もない。でも、大切な人を逃すことができた。
だから、ジョーイは自分の行いに悔いは無かった。
だから、ジョーイはステファニーにとってはジョージに負けないぐらい英雄だった。
……だからこそ!
──ドゥオンンッ!!!!!
彼が来た!!
「──ジョージ・ハレムンティア……!」
ジョージが……本物のジョージが、ダークデーモンの爪を受け止めていた。
「……待たせたな!」
「ジョージ、なんで……?」
ジョーイは涙でぐしょぐしょになりながら聞く。すると、ジョージはダークデーモンを受け止めながら、まっすぐジョーイを見据えてこう言った。
「魔導具で見たんだ」
ジョージはカレンの発明した人工衛星のような魔導器で世界を見渡し、危険な区域から助けに世界中を駆け巡っていたのだ。
「……しかし、お前の漢気に痺れたぜ。
ただまあ……お前は俺のマネをしてるみてえだが、お前は俺じゃねえな」
「え?」
「……俺のニセモノってだけで終わらせるには惜しい。お前は本物の漢だ!
だから、ここは任せろ。ジョーイ……!!」
「……うん!!」
その瞬間、ジョーイに生きる活力が湧いてくる。そして、立ち上がって駆け出した。
ジョージが戦いやすいように距離を離すためだ。
振り向かない。だって、ジョージが『任せろ』と言ってくれたから。だって、ジョージが認めてくれたから!
「おのれ、ジョージ・ハレムンティア!!
ワシの邪魔をしおって……忌々しい、ここで消してやる!!」
ダークデーモンが邪気を解放しながら後ろに飛び退き、大口を開けて邪悪な波動をぶっ放す。
「……ふっ」
だが、ジョージは微動だにせず、そのまま波動を正面から受けてしまう。
「避けられなかったか?
ぶざまだなあ〜!」
ダークデーモンはジョージを嘲笑するが、次の瞬間……生まれて初めて恐怖を知った。
「……な、うっ嘘だろ……?
あれは、ワシの……」
そう、ジョージは生きていた。それどころか、ほとんど無傷だったのだ。
「なんだって?
もしかして、今のが必殺技だったのか?
そよ風かと思ったぜ」
ジョージは余裕の笑みを漏らす。
そう、覚醒しつつあるジョージにとって、たかだか超級悪魔の攻撃など雑魚なのだ。
「本当にジョージなのか!?
ワシのデータにあるジョージの強さとは比較にならん!
き、貴様……何者だ!!?」
ダークデーモンはうろたえ、足を震わせて後退りしてしまう。
そんなダークデーモンに、遠くで見守るジョーイとステファニー、隠れてやり過ごすしかできない町の人たちにもしっかり聞こえるように、ジョージは高らかに名乗りをあげた!
「俺は……俺がジョージ・ハレムンティアだぁああ!!!!」
歓声とともに空から光が降り注ぐ。
それはまるで神の祝福だった。
「ちくしょう、ちくしょう!」
ダークデーモンはヤケクソになって邪悪の波動を撃ちまくるが、ジョージはその全てを無効化してしまう。
「……ボタンひとつ」
──パァーンッ
ジョージが長ランのボタンを指で弾くと、青春の風のような爽やかなフェロモンが天を貫く。
「フェロモンスパーク……!!」
そう、覚醒の途中だが、ジョージはすでに過去を超えていた。そして、その圧倒的なフェロモンで放つ技はもちろん初期技。だが、威力は桁違いだ!
「な、これは──!!」
ダークデーモンがそれを目の当たりにした時には全てが詰みだった。なにせ、これはただの火花ではない。
圧倒的な格の違いと存在感、強い弱いではなくもはや運命のような逃れられない必然性、加えて……ダークデーモンすらも『美しい』と呟いてしまう大自然的迫力。
まさに、曙……!
絶望の時代から夜明けを告げる奇跡の光だった。




