第五十六話 ただいま
「──世界樹の苗木よっ」
そう言いながらリーズンが取り出したのは、ぽわぽわ淡く光る手のひらサイズの苗木だった。
ちなみに、プランターや容器に入ってるわけではなく、根っこが出しっぱなしの手掴み状態だ。
「世界樹……?」
シューティングスター(フェロモン(物理)で作られた半透明の高速移動する乗り物)で空を飛びハレムンティア帝国を目指しながら、ジョージは横目に世界樹の苗木を見る。
「そう、元々あった大樹は今はもう枯れて存在しないけどね。
……かつて神々の世界、人間界、死の世界を繋いでエネルギーを循環させていた木なの」
神々の時代にかつてあった世界樹の残した種を、リーズンが回収して発芽させていたのだ。
「循環……?
つまり、その木の循環する力を使えば、覚醒も早まるってことか」
「リーズン様、それをどうすればジョージ様を覚醒させられるんですか?」
アメリアが尋ねると、リーズンは待ってましたとばかりに嬉しそうに笑う。
「むふふ〜……それはねえ、こうするの!!」
──瞬間、リーズンは苗木をジョージの首筋にぶち込んだ!!
「──ぬ、ぬわぁあああああ!!?!?!!」
苗木とジョイントされたジョージは目を見開いて叫び、目と口と耳から神々しい光を噴き出した。
「じょ、ジョージ様〜〜!?!」
「あははっすごい顔ね、ジョージ〜!」
あまりの衝撃展開にアメリアは腰を抜かし、知っていたリーズンはケラケラ笑う。余談だが、ジョージの制御を失ったシューティングスターはもちろん、リーズンが代理で制御して安全運転しているので安心だ。
そして、発光してもだえていたジョージも数分後には落ち着きを取り戻し、それを見計らってリーズンが説明を始めた。
「世界樹をアンテナにしてエネルギーを吸収できれば、素早く覚醒までもっていけるはずよ。
でも、一箇所で吸える量は限られているから、できるだけいろんな場所に行くのが良いかな」
「……フェドロに洗脳された世界中の人を助けたいと思ってたからな、ちょうどフェドロも今は動けないし、征服された国々を解放しながらエネルギーをもらおうか」
「……それにしても、そんな世界樹というすごいものを1人の人間に託して良かったんですか?」
今後ジョージが覚醒すれば、それこそ神様のレベルまで能力が強くなるはずだ。アメリアが不安に思うのも仕方ないと言える。
「大丈夫。今のフェドロを放っておけば、いずれ世界を滅ぼすもの」
「世界を滅ぼす……ですか?」
「……ええ。フェドロ城にいた時に気がついたんだけど、上級悪魔の気配がしたわ。
普通なら上級悪魔なんて召喚できないし、たまに何らかの偶然でこの世界に転移するぐらいなんだけど、フェドロは魔界から召喚してるみたいね。
今はそんなに多くないみたいだけど、大量召喚ができた場合、終末戦争の始まりよ。そうならないためにも、ジョージには覚醒がどうしても必要ってわけね」
「上級悪魔……か」
ジョージは思い出す。
ジョージの母、マーシャのところにグレーターデーモンが出現していた。
マーシャは戦闘狂で世界的に見ても屈指の実力者なので、グレーターデーモンを一方的にボコボコにできた。
しかし、普通ならS級冒険者の近接職でようやく互角。それでも運が悪いと負けるため、確実に勝つためにはS級冒険者で固めたパーティを組む必要がある。
そんなバケモノじみた上級悪魔を、フェドロは大量に呼び出そうというのだ。
「ジョージファミリーは問題ないが、勝てない奴は多い。
俺が一手に担えるなら、それに越したことはない。傷つく人も減るからな」
だが、ジョージはまだ知らない。
この先、上級悪魔とは比べものにならない強さの悪魔が出現することを。その相手とジョージは戦わないことを……。
● ● ●
「──じょ、ジョージ様!
あ、あれって……!?」
地上を見ていたアメリアが何かに気が付くと、期待半分、困惑半分で慌ててジョージに確認する。
「そうだ」
ジョージ達はハーレム帝国ハレムンティアにある超巨大城塞都市に着いていた。
〜守護都市・ゲオルギウス〜
数百万人が住むことができる、城壁と半円状の結界に守られた街。
集合住宅や一軒家が立ち並ぶ住宅街、魔導具工場や日用品、食品加工工場がある工業地区、工業地区で作られたものや仕入れたものを売る商業地区、城壁に隣接して点在するように用意された兵舎、そして街の中心には……街のシンボルであり緊急時の避難所である"ハレムンティア城"。
住める人数に比べてまだまだ少なく、家も十分の一もまだ埋まっていないものの、これから世界中からジョージを頼って移り住む事を想定して大きめに街を作ったのだ。
実際に日に日に街に訪れて住民は増え続けているので、ジョージ達が世界解放をすればこの街もすぐに活気付くだろう。
「……ようこそアメリア、リーズン、俺たちの国へ」
ジョージは街に降り立つと、アメリアとリーズンをそっと下ろして街を案内していく。
「わぁ……みなさま、幸せそうですね」
アメリアは人々の表情を見て嬉しそうに微笑む。
街にいる人たちは悲しい過去を経験した人も居たが、ゲオルギウスでは本当の意味で安心して暮らしていた。なんて事ない日常を過ごせる幸せを噛み締めていたのだ。
「……ジョージの街が良いところでよかったわぁ……」
リーズンは安堵していた。
ジョージを中心にして、キャサリンとカレンとその信頼できる者たちと協力して街を管理していた。その結果、国が興って間もないにもかかわらず、衣食住に困っている人は誰もいなかった。
「2人が気に入ってくれて良かったぜ。さあ、着いたぞ」
城につくと、兵士がジョージ達の姿を見て開門する。
「よく短期間でこんなに大きな街を作れましたね……」
「ウィステリアが魔法で建設してたんだが……途中から、造形とかレイアウトに凝り出してな、合間を縫ってどんどん街を広げていったんだよ」
ジョージが苦笑いする。
ウィステリアは最初こそシンプルな四角い、いわゆる豆腐ハウスをたくさん作っていた。しかし、建設に慣れてくると、装飾を付けたり、色や形にこだわったり、地面を石畳に変えてみたりし始めたのだ。
「すごい熱意ですね……」
そう、某サンドボックスゲームにはまったキッズのごとく、ウィステリアは寝る間も惜しんで街を作っていたのだった。ちなみに、疲労に気が付かずに動きすぎて途中で風邪を引いたのは内緒である(魔法で治した)。
「ウィステリアはハマると夢中になるみたいだからな。でもまあ、そこも好きなんだけどな」
謁見の間の扉を開けつつ、少し照れながら語っていると──
「──ジョージ、わたくしを褒めるなら目の前で言ってくださいませ。……この耳で、聞きたいですわ」
そこに控えていたウィステリアが駆け寄りそっと手を取る。
「でも、これを褒めたらまた無理しちまうだろ?
無理をして風邪を引いていたの気付いてるんだからな」
「あら、無理をしていたのはジョージもでしょう。アメリアから連絡が来なくて、心労で日に日にやつれていく貴方を見るのは辛かったんですから」
「……似た者同士なのかもな」
「かもしれませんわね」
そんな2人の惚気を見ていたアメリアだが、思うことがあったようで考え込んでしまう。
「……………………」
「……アメリア、どうしたんだ?」
ジョージがそう尋ねると、アメリアは己の心に整理が付いたのか表情が明るくなる。
「ジョージ様、惚れました」
「……そうか」
ジョージはアメリアのその一言で何が言いたいのか察する。そして、慎重に耳を傾けた。
「はい。
でも、恋愛として惚れたのではありません。漢気に、というのでしょうか……。
貴方を仲間として、リーダーとして、親友として、それ以上に……同じ道を征く対等な相棒としてジョージの隣に立ちたいんです!」
「分かった。
……なんとなく、そうなる気がしてたよ」
ジョージがクスッと笑う。
初めは気に入った相手であれば勧誘していた。それでも間違いではなかった。
しかし、色々な経験を経て自分のハーレムの在り方を考え、方向性を決め、自分なりの答えを出した結果、ジョージもアメリアと同じ考えに至っていた。
そして、アメリアが己の心に気が付く少し前から、ジョージはアメリアが出す答えも察していたのだ。
「そうなんですか?」
「相棒だからな」
「はい」
自分が答えを出すのを待ってくれていたのだと察すると、アメリアも穏やかな笑顔をジョージに向けた。
「……さあジョージ、アメリア、話し合いはそれくらいにしてくださいませ。皆が待ってますわよ」
「「え?」」
ウィステリアの言葉に2人が振り向くと、イリーナ、エリン、オフィーリア、カレン、キャサリンが謁見の間まで来ていた。
みんなアメリアを心配していた。そして、アメリアの帰還を知って、いてもたってもいられず駆けつけてきたのだ。
「みなさん……」
アメリアの無事な顔を見たみんなは優しい顔でこう言った。
「「「おかえりなさい」」」
「……ただいま!」




