第五十四話 チートと世界の自浄作用
サンクチュアリ生活も10日が過ぎ、そろそろ2週間が経とうとしていた。
アメリアも城と牢屋の行き来、サンクチュアリ内での生活も慣れてきていた。
サンクチュアリの効果で体も汚れず、飲食しなくても大丈夫という優れもの。しかも寝転がっても衝撃を吸収してくれるので、思った以上に快適だった。
リーズン(分霊)が一緒にいてくれることによって、アメリアも寂しくなくなったので、城内探索と情報収集、作戦会議も順調に進んでいた。
* * * * *
今日も今日とて、アメリアは城内を駆け回っていた。
「──うゎあ〜! バレました〜! どのルートに行きましょう?」
『まずは、まっすぐ逃げなさい、アメリア! 次の角を右に曲がって、昨日開けた壁の穴に突入よっ』
透明モードで追っ手に声が聞こえないようにしながらリーズンは指示を出す。
余談だが、約2週間でアメリアとおしゃべりをした結果、最初はたどたどしい滑舌だったのが、ずいぶん饒舌になった。
「ああ、そこなら地下からブリッジまでショートカットできますし、初日に開けたブリッジの穴を使えば動力炉まで最速ですもんね」
アメリアは指示を聞くと、すぐにボールの中で足踏みしてサンクチュアリを転がしていった。
「「「ガルルルルァアア!!」」」
廊下を埋め尽くすレベルの大量のヘルハウンド(フェロモンスター)と、ついでにフェドロも牙を剥いてアメリアを追いかけてきている。
「ガァ! 我の城をアリの巣みたいにしやがって!
許さんぞ、聖女! 追え、フェロモンスターたちよ!」
そんな風にフェドロが叫ぶが、アメリアのボール転がしはもう達人級。ヘルハウンドとの鬼ごっこではここ数日負けなしなのだ。捕まるはずがない。
「私のフルスロットルからのドリフト、見せてあげます!!」
──ギュイン!!
サンクチュアリが高速回転すると摩擦によって地面に火がつき、次の瞬間、爆風を吹き荒らして壁を粉砕しながら直角右折。からのその勢いで軽く跳躍しながらぶっ飛んで、第1ポイントの穴に突入したのだった。
「──逃げられたか! おのれ聖女め〜!」
悔しそうに拳を握りしめたフェドロ。しかし、すぐにニヤリと笑う。
「……まあ良い。今夜にはアレが完成するのだから」
* * * * *
難なく動力炉に来たアメリアとリーズン。リーズンは安全なのを確認して、サンクチュアリ内に実体を現す。
もちろん、饒舌になったとはいえ、相変わらず見た目は金髪青目の6歳女児だ。
「……ここなら作戦会議ができますね」
動力炉はその名の通り、飛行城を動かすフェドロンを全体に供給する心臓部。部屋の中心部には、真っ黒の邪悪なフェドロンの結晶が置かれているのだ。
まさに心臓部であり、ここで暴れてしまっては飛行機能に支障が出てしまうので、さすがのフェドロもここまで追いかけてこないのだ。ちなみに、サンクチュアリで結晶を破壊することはできなかった。
「今日が最後の作戦会議になりそうよ」
「そうなんですか?」
「ええ。ここ2日ぐらい、追いかけっこの時に私たちへの執着がない気がするの。
もしかしたら、何か策があるのかもしれないわ」
「ひぇええ……。サンクチュアリを破壊する手段が分かったんですかね?」
「かもね。でも、かわいい私の聖女を、ネッチョリ汚いフェロモンの餌食にはさせないわ。
……それに、ジョージが救ってくれるって約束してくれたんでしょう?
ハレムンティア兄様の力を受け継いでるジョージならきっと、その約束は嘘にならないわ。だって、ハレムンティア兄様は間に合うひとだもの」
怯えるアメリアを勇気付けるリーズン。
「そ、そうですよね。ジョージ様なら……」
「そうよ。だから、私たちにできることを、最後までしましょ?」
「はい!」
ここ数日手に入れた情報を整理するふたり。
ここで知れたことはなかなか多く、できることも多そうだった。
● ● ●
「それにしても、初日に手に入れた情報が一番すごかったですね」
「そうね。まさか、フェドロがこの世界とは違う世界、つまり異世界からの転生者だったなんて」
そう、この情報を知った時、リーズンですら驚いたのだ。
フェドロは確かにこの世界で生まれた。しかし、フェドロには秘密があったのだ。
それこそ、リーズンが言った通り『異世界の転生者』だ。
前世でフェドロは、"アース"という星で生まれ育った。心が弱くも、心優しい人だった。
しかし、なぜか運に見放され、人に恵まれず不遇を極め、才能の花を咲かせることなく一生を終えたのだ。
しかも、最期には危険に晒された子供を庇うため、トラックなる車に轢かれ、孤独に一生の幕を閉じたのだった。
それを知ったアースの神は哀れに思って、神の力の一部を授けることにした。
──智威外
人の心を惹きつける高次元魔法。
その力は、正しく使えば前世での不遇を払拭し、人生を豊かにすることもできたはずだった。
フェドロも最初こそそのようにチートを使っていたが……ある日、変わってしまった。
大きなキッカケがあったわけじゃない。ただ、ほんのちょっとした出来事だ。
疲れた時に少し面倒だと思った事を、チートを使って他人にやらせたのだ。すると、人を操る事に快感を覚え、どんどん力に溺れてしまった。
第二の変化── フェドロの住む国は、幸か不幸か、ハレムンティア王国だったのだ。
チートは性質上、フェロモン魔法と似ており、使っても怪しまれなかった。
だが、似ているからこそ、力に溺れてしまったフェドロにとっては邪魔だったのだ。
その邪魔だという考えは日に日に膨れ上がり、苛立ちに変わり、嫉妬となり、憎悪となった。そして、いつの間にか手に負えないほどの欲望が、新たな野望へと変わった。
──世界征服
この世の全ての人を手中に収め、己の支配下に置くことがフェドロにとっての望みになってしまったのだ。
チートも始めは純粋で真っ白な力だったが、この時には邪悪でドス黒いネッチョリ汚いものになっていた。
確かにフェドロは邪悪だが、初めから悪人だったわけではない。
智威外──チートを扱うには、アースの神が思うよりずっと、心が弱かったのだ。
不遇を極めたフェドロの前世。その前世で負った傷は深く、触れれば壊れそうなほど弱くなっていたのだった。
「──だからと言って、倒さないわけにはいかないわ」
「そうですね。むしろ……道を間違え、正す者がいなかったからこそ、そして今対抗できる人が他にいないからこそ、私たちがフェドロの野望を止めなくちゃいけませんね。
それにしても、よくそんなちいと? なんて力に対抗する手段がありましたね。ジョージ様が居なかったら、どうなっちゃうんでしょう?」
太陽のフェロモンはかつてハレムンティア神が使っていた力であり、世界の危機が訪れた時に再び現れる救世のフェロモンだ。
つまり、フェドロに対する対抗手段であり、世界の意思による答えなのである。
「体の中にバイキンが入った時に、体がそのバイキンを外に出そうとするみたいに、自浄作用が世界にはあるの。 だからジョージが生まれるのは必然よ。
それに、たとえジョージがいなくても、フェドロに対抗できる人たちは他にも生まれてるかもね」
「なるほど〜」
リーズンの言葉を聞き、アメリアはジョージファミリーのみんなを思い出す。
確かにジョージがいなくても、苦戦はすれど協力すればフェドロに勝てるような気がしてくる。いわゆる、ジョージが動けない時の代替案なのだろうか。
「……さ、お話はこれまでにして、そろそろ良い時間だから作戦開始しましょ?」
時刻は深夜1時ごろ。フェドロはお休みの時間だ。
「はい!
盛大な寝起きドッキリ大作戦です!」
アメリアたちは、ただ逃げ込むだけに動力炉に来たのではない。そして、ショートカットのために壁に穴を開けていたのではない。
これも作戦のうちなのだ。
「じゃあ、いくわよ〜!」
リーズンが手をかざすと、サンクチュアリについていたトゲトゲが動力炉の部屋の壁や天井に突き刺さる。
「ラ〜ララ〜……♪」
すかさずアメリアが聖歌を歌い、神聖魔法を発動させた。
──ゴゴゴゴゴゴ……
すると、動力炉は神聖なエネルギーで覆われて、そのフェドロンのパワーが弱体化する。さすがにこれだけで飛行城を守るフェドロンの霧が完全に無くなったりはしない。しかし、次の作戦のあと、加えてフェドロをに攻撃してフェドロンを一時的に使えなくすれば霧が晴れるはずだ。
「第1ステップは完了ね!」
「じゃあ、急ぎましょうか!」
動力炉を出ると、今度は地下牢に戻るためサンクチュアリを転がしていく。
城の最下層にはこの城の移動機能を制御する魔法陣があり、それを破壊するのが第2ステップ。そして、地下牢にはそこへ繋がる隠し通路があるのだ。しかし──
「「「ガルルルルァアア!!」」」
「もう追っ手が来ちゃいました! フェドロはお休み時間なのに……!?」
ヘルハウンドたちがアメリアを追いかけてきたようだ。
「待ちなさい、聖女!
お前が何を企んでいるのか知っているぞ。地下牢に穴が空いていたのを見たからね」
ダークエルフの女騎士にして、フェドロ唯一の腹心……ダリアだ。
ダリアはフェドロから授かった力でヘルハウンドを操り、瞬く間にアメリアを包囲する。
「しまった!
これじゃ牢に戻れません!」
『このまま捕まれば作戦失敗よ!』
第2ステップが失敗だとしても、少なくともフェドロンの霧は貫きたい。しかし、今は周囲を壁に囲まれた城の中心で、さすがにここから魔法を放っても霧を貫くには至らないのだ。
「どうしたら……。あ、そうだ!」
アメリアはカレンが持たせてくれたもう一つの魔導器を思い出した。
護身用の、魔法を速射できるペン型のステッキだ。
「そんな小さい魔導器で、なにができると思ってるんだ。おとなしく降伏しろ!」
ダリアは勝ち誇った表情で、ヘルハウンドの包囲網を狭める。
「うぅ……カレン様、信じますからね!」
一か八か、護身用として持たされたそれがどの程度の威力か分からないが、せめてこの危機を打開できることを願って、そのステッキを振りかざした。すると──
──大爆発!!!
室内で花火大会の打ち上げ花火を連発するみたいな勢いで、ステッキから爆発系の大魔法が速射されまくる。
そう、このステッキに収録された魔法はウィステリアの大魔法だったのだ。
「う、うわぁああ!!?!」
ダリアの悲鳴か、それともパニックになったアメリアの悲鳴か。どちらにしてもそんな大声の悲鳴すらもかき消される轟音を場内に響かせて、ステッキは大爆発でフェロモンスターのヘルハウンドを全滅させたのだった。
『──アメリア、チャンスよっ!』
リーズンの弾むような声がアメリアの脳内に直接流れ込む。
「チャンス?」
アメリアが正気に戻って周囲を見渡すと、倒れたダリアと、床に空いた大きな穴が目に入った。これなら地下牢まで一直線だ。
『今の爆発でフェドロも起きたに違いないわ。急ぎましょっ』
「はい!」
* * * * *
アメリアが作戦を開始した頃、ハーレム帝国ハレムンティアでは──
「──どれだけ眠っていたんだ?」
回復ポッドに入っていたジョージがちょうど目を覚ましていた。
「ムンちゃん、起きたんだね」
そこにカレンか駆け寄って来る。ここでジョージの目覚めを待っていたようだ。
「ああ。おはよう、リッくん。体は全快したみたいだ。
だが、サンクチュアリで底をついたフェロモンはなぜか回復し切ってないみたいだが」
一時的にフェロモンを一切使えなくなっていたジョージ。
回復ポッドのおかげでボタン4つ分程度のフェロモンを使えるまでに回復したが、それでも魅力解放やシャイニングフェロモンオブハレムンティアといった大技は軒並み使えないだろう。
もし戦いになっても、フェドロにこのことがバレれば、狡猾なフェドロのことだから何か策を弄してジョージにトドメを刺しに来るに違いない。
「じゃあ、救出したとしても本格的に戦わないで、あくまで撤退ね。わかった?」
「……ああ」
戦いたい意志はあるが、ジョージもそれが得策ではないことは理解していた。しかも、ジョージは今やこの国の王であり、失うわけにはいかないのだ。
「それと、これ渡しとくね」
カレンが指輪型の魔導器を渡す。
「これは?」
「サンクチュアリが壊れたら、その反応を感知して転移できる魔導器だし。これなら、必ず助けられるっしょ?」
カレンはジョージのフェロモンのエネルギーを研究し、フェロモンに反応する新たな転移魔導器を発明していたのだ。これがあれば、アメリアがフェドロに洗脳される心配はなさそうだ。
その指輪を受け取ると、ジョージの心が晴れて顔に覇気が戻る。
「助けられる……必ずな!」
ジョージが中指にその魔導器を装着すると、ほとんど時を同じくして魔導器にはめられた魔石が光る。
「ムンちゃん」
「……どうやら、ジャストタイミングみたいだ」
そう、この時ちょうど、アメリアを守るフェロモンサンクチュアリが邪王剣によって一刀両断されたのだ。
「……みたいだね。じゃあ、いってらっしゃい!」
カレンが力強い声色で見送ると、ジョージは静かに頷く。そして──
「……約束を果たしてくるぜ!」
そう宣言して、アメリアの元へ転移していったのだった。




