第五十二話 降臨
三章(終章)開始。
アメリアがフェドロに攫われたあと、ジョージは自分の国を建国して皇帝になった。
リーズン教会とハーキング王国の二カ国が認め、ハレムンティア王家の末裔と言うこともあり、ただの王国ではなく世界的に認められる帝国にすることができた。
そのおかげで建国して早い段階から、フェドロの魔の手から逃れた亡命者が世界中から集まり、当初リズンバークの町の人とファルドーネ領の人、そしてサンバの時にハーレム入りした人達だけだったのだが、2週間近くで1千万人規模の国にまで成長する。
フェドロから語られたリーズンとハレムンティアの双子神の伝説は、奪還したリズンバークの地下に隠されていた文献から確認できた。これによりジョージはリーズン教の人からの信頼も得る。
実はハーレムという言葉もかの昔ハレムンティア神の名前から来ているそうで、ジョージの国はこう呼ばれることになった。そう──
"ハーレム帝国ハレムンティア"と。
* * * * *
ジョージがフェドロ城に突撃してアメリアを助ける数日前。
謁見の間、王座に座るジョージはシンから報告を受けていた。
「領土内にいたフェドロ軍の残党はフェロモン騎士団が掃討。それに伴い、洗脳を解除した者達を保護し、動ける者はキャサリン大臣に引き渡して役職を割り振ってもらい、動けない者、目を覚ましていない者は教会に送って療養してもらっている」
対フェドロや、モンスターの脅威から国を守るため、ジョージはフェドロ騎士団を発足させ、シンを騎士団長に任命したのだ。
ダンからノウハウを受け継ぎ、ハレムンティア王家(ジョージ、ダン、マーシャ)を除いて1番フェロモンの才能があり、自前でフェロモンを扱えるシンが適任だと判断したのだ。
「これでようやく帝国内の平和が確保されたか……。あとはアメリアの連絡待ちだな」
ジョージは物憂げに言う。
それを見た副団長は、心配そうに声をかける。
「サンクチュアリが割れたら分かるようになってるんですよね?
なら、きっと大丈夫ですよ……坊ちゃん」
そう、ジョージを坊ちゃん呼びするのは他でもない。目を覚ましてリハビリを終えたバリッドが副団長に任命されたのだ。
ちなみに、バリッドは洗脳が解けると、心優しく仲間おもいな爽やかなイケおじになっていた。
「それはそうだが、攫われた2日後までにはアメリアは発信機を起動する作戦だったんだ。
……しかし、それから10日近く経っている。何かあるに違いない」
ジョージは気が気でなかった。
助けると約束したが、フェドロフェロモンによって姿が確認できないフェドロ城には行くことができない。
今の所大丈夫だが、いつフェドロがフェロモンサンクチュアリを破壊する手段を用意できるか分からない以上、ジョージとしては安心することができないのだった。
● ● ●
報告を聞き終えたジョージは、王座に座ったまま1人うなだれていた。
「……はあ。
まだ信号は届いていない、か」
そこにウィステリアが入ってくると、怒った様子で口を開く。
「ジョージ、気持ちは分かりますが俯いてばかりいないでくださいませ。
ここ数日、睡眠もまともにとれていないでしょう?
その調子だと、いざ信号が届いても、アメリアを助けるどころか貴方までフェドロに捕まってしまいますわ」
怒ってはいたが、心配しているのがジョージにも伝わってくる。
「すまない……」
ウィステリアの気持ちは分かったが、皇帝としての務めとアメリアを助けたい気持ちで、どうすれば良いか分からないのだ。
しかし、ウィステリアもそれは承知の上。
「…………カレンと協力して急速回復ポッドを作りましたので、そこで休みなさい。
その間のことは、発信機も含めてわたくしが担いますから。
良いですわね……!?」
強めの語気でジョージに言った。それほどまでに今のジョージは疲れ切っていたのだ。
目の下のクマは濃く、髪もボサボサ、いつも放たれていたカリスマフェロモンオーラも今は見る影もない。今のジョージはただの冴えないマッチョなのである。
「急速回復ポッド?
最近忙しそうにしていたが、それを作っていたのか。しかし、少し仮眠すれば──」
申し訳なさそうに断ろうとするが、ウィステリアは手をかざして言葉を止める。
「自分のコンディションも冷静に判断できなくなっているのに自覚がないようですわね。
ただの睡眠なら、そうね……栄養をしっかり摂って16時間睡眠しないとフルコンディションになりませんが、できますか?」
「……いくらウィステリアが代理をしてくれるとは言え、皇帝である俺が、この大切な時にそんなに席を空けっぱなしにはできない」
「でしょ?
なら、おとなしくポッドを使ってくださいませ。それに、信号が来ていないだけでアメリアも元気かもしれませんし」
そこまで言うと、ウィステリアは手を叩いて部屋の外に合図を送る。すると──
「──きたよぉ〜!」
謁見の間にイリーナが元気よく入ってきた。
「ジョージをポッドのところへ連れて行ってくださいませ」
「分かった。たしか、地下の転移陣で行けるとこだよね?
いってきまーす」
そして、イリーナがジョージをヒョイと背負うと、ずざざざざ〜っと走り去っていった。
「うっうお!?
イリーナ、靴が脱げた!
引きずらないでくれ〜!!」
「……世話が焼けますわ」
ウィステリアは微笑んで小さくため息をつくと、ジョージの代理として王座に座る。すると、それと同時にオフィーリアが入室。
「ウィステリア様、ハーキング王国の使者が参られました」
「さあ、ジョージが動けない間、妻として王の代理として頑張りましょうか。
……オフィーリアちゃん、通してちょうだい」
こうして、しばらくの間ウィステリアは代理として、オフィーリアはその補佐として過ごすのだった。
● ● ●
時をさかのぼり、10日近く前。
アメリアはフェドロに攫われてフェドロ城に来ていた。
フェドロ城は天空に浮かぶ大地に、魔法で強化されたブラックダイヤを使って建てられ、周囲には無数のガーゴイルが飛び交う。
レッドミスリルの糸で編まれた絨毯、ゴールドミスリルの燭台、アダマンタイトでできた家具など、魔法の通りが良い金属と宝石で構成されていた。
それはひとえに、この城の全てをフェドロ個人の魔力で管理しているからだ。
城と大地を覆う大量のフェドロンも、ガーゴイルも、入場者を感知して開閉する城の門も、迎撃システムも全てだ。
「お帰りなさいませ、陛下」
フェドロがアメリアを伴って帰還すると、控えていた騎士装束姿のダークエルフの女性が出迎えた。
「ああ。
ダリア、聖女を捕まえたぞ」
フェドロは大玉転がしの要領でサンクチュアリの球体に包まれたアメリアを運んでいく。ただ、直接触れると弾かれて痛いので、浄化されるのを承知で大量のフェドロンを使って手袋にしていた。
「……よ、酔いましたぁ〜。気持ち悪い……」
アメリアはフェドロに転がされすぎてグロッキーになっていたものの、洗脳や攻撃は完全に防がれて無事なようだ。
「見たところ、結界に守られているようですね。
すぐに次の段階に進めるのは難しそうですし、一度牢獄に閉じ込めておきますか?」
ダリアと呼ばれる女性は近衛騎士であり幹部であり、数十年来の付き合いであり、ハレムンティア王国を滅ぼした際にも力を貸した最古参なので、唯一城に留まる事を許されるほどの信頼を得ている。
ちなみにダークエルフは近接戦闘が得意だ。
「……いや、先にこの結界を破る手段を少し研究したいから、我の研究室に運ぶ。ダリアは引き続き周囲の警戒をしていてくれ」
「かしこまりました」
ダリアは深々と頭を下げると、持ち場に戻っていった。
「……さて、運ぼうか」
ダリアを見送ると、フェドロは再びアメリアを転がして研究室に運んでいく。
「あぁああぁあ〜……!?
転がさないで、こんなところでリバースしたら大変なことになってしまいます〜!!」
球体の中で転がっていたアメリアだが、しばらく進んだところで閃いた。
「……そうか!」
「む…………なにか、悪巧みか?
我の前で何かをしようとしたところで無駄なあがきだ、そのサンクチュアリから何かが出た時点でじゃましてやるからなぁ……!
ふっ、諦めろ聖女。さすがにハレムンティアもここまでは来れまいしな。
くくく……ふふっ。ふぁあはっはっはは!」
フェドロが高笑いをキメながら大玉転がしを再開したが、そこには一つの変化が存在した。
それを目の当たりにしたフェドロは思わず顔をしかめてしまう。
「ふふっ。
本当に無駄な足掻きでしたか?」
アメリアは勝ち誇った顔で言うと、フェドロはプライドを傷つけられたかのように歯軋りした。
それもそのはず。さっきまではされるがままに転がされていたアメリアだったが、今は球が転がされるたびに中で足踏みをしてバランスを保っているのだから。
些細なことではあったが、先ほどアメリアを連れてくる時もジョージたちに出し抜かれ、作戦がうまくいかずにプライドがズタズタになり、メンタルが豆腐になってしまったフェドロにとってはクるものがあったのだ。
「ぐぬぅ……!
これは確かに、無駄な足掻きではなかったようだ。しかし、これで勝ったとは思わないことだな!!」
ヤケになったフェドロは力いっぱいに球を転がした。すると、さすがのアメリアもバランスを崩し、また球の中で転がされてしまう。
「あ〜〜れ〜〜!?」
こうして、アメリア入りの球は研究所に連れて行かれるのであった。
* * * * *
そして、数時間後。
結論から言うと、フェドロはアメリアを球から出せず、どうしようもないので牢獄に閉じこめることになった。
初日の研究は成果無し。後日、洗脳をまだしていない知恵者と、幹部を交えて作戦会議しようという話になったのだった。
「……ふう、怖かったです……」
いくらサンクチュアリがあるとは言え、ジョージの本気のフェロモンが守ってくれているとは言え、半透明な球体であり、目の前で宿敵フェドロが何時間もガン睨みをしてきたら怖いに決まっている。
ついでに、見たこともない魔導器をサンクチュアリに近づけられたり、フェドロンで全体を覆われたりもしたので尚更だ。
「でも、なんとか切り抜けました!
それにここなら、誰の目もありませんし……」
懐から発信機を取り出す。
ここにジョージたちを呼べば、フェドロから離れているし監視の目も無いので不意打ちができるだろう。
今回はフェドロ城の場所を捕捉することだが、同時にある程度城を破壊して体制を崩すことができれば、フェドロの魔の手にかかった人をより多く助けることができるはずだ。
それに、隙が生まれれば決戦に挑むための準備もしっかりできる。
「たしか、ここを押したら良いんでしたっけ……?」
発信機のボタンを押す。
「よし、これで待てば良いですね」
ボタンはひとつだけ。オンとオフのみの簡単なものだ。ちなみに、オンの状態だとランプがつく親切設計である。
● ● ●
──1時間後。
「……あれ?」
待てども待てどもジョージたちが来ない。本来なら、どんなに遅くても10分以内に来るはずなのだが、残念ながら影も形も見えない。
「おかしいな……長押しですかね?」
一度電源をオフにして、再度長押しで電源を入れる。
「…………」
● ● ●
──2時間後。時間はもう夜だ。
「あああああ、あれ?
おかっ、おかしいですね〜?!
ジョージ様がこんなイジワルをするとは思えないですし、ふっ、ふゅっ……なにか、不具合ですか?
て、転移するときに壊れてしまったのでしょうか……? 仕方ないですね……!」
今までなんとか抑え込んでいた心細さと不安が、発信機が機能しないことで一気に溢れ出した。
アメリアはなんとか明るく振る舞おうとするが、誰もいない牢獄の中で虚しく自分の声だけが響き、涙は堪えきれずに地面を濡らしてしまう。
「うぅ……。
そ、そうだ、無線機を使えば良いですよね!」
無線機を取り出してスイッチを入れようとする……が、寸前で止まる。
「これを使えば必ずフェドロにバレる……。
もし、これも壊れていたら?
壊れてなくても、ジョージ様たちがすぐ助けに来れない状況だったら?
使えば、私はどうなるんでしょう……」
今は監視がないが、ジョージと繋がっていると思われれば、監視の目が厳しくなり、助けを呼ぶ隙も無くなってしまうかもしれない。
それに、怒ったフェドロが新たな手段や、切り札を使ってくるかもしれない。そうなれば一巻の終わりだ。
「何も、できない……」
アメリアは絶望する。その場にうずくまり、顔を伏せて、ただの少女のように泣くことしかできなかった。
「……だれかぁ助けてぇ……。
ジョージ様……ウィステリア様……エリン様……リーズン様……」
呟くように言う。
助けなど来ないとしても、こうでもしないと頭がおかしくなりそうだったのだ。
だが……それが良かった!
『──呼んだかしら!』
元気はつらつ!
牢獄とは似つかわしくない弾むような少女の声が聞こえてきた。
「はぇっ!?
この声は……脳に直接!!?」
アメリアはあまりのビックリに顔をあげたが、周囲に誰もいない。
「……あれ、気のせい?
ああ、そうか……私の精神が追い詰められすぎて幻聴を──」
『幻聴だなんて失礼しちゃうわ!』
アメリアの言葉に被せるように少女が叫んだ。
「耳が!?
いえ、脳が……!!?」
アメリアが頭を抱える。
ちなみに少女の声は、耳元でトランペットを吹かれるような大音量だった。音はしないけど。
「で、では、幻聴じゃないなら何ですか……?」
アメリアが恐る恐る尋ねると、少女は自信満々な声色でこう言った──
『ふふ〜ん。よくぞ聞いたわね、アメリア。
そして、私が来たからには安心するといいわ。なんたって私こそ……
リーズンなんだから!!!』
「…………え、ええええええええ!!?!?」




