第五十一話 俺がジョージ・ハレムンティアだ!
──アメリアがフェドロに攫われた。
ジョージたちがリズンバークでフェロモンスターと戦っている隙を突き、フェドロ自らアメリアを攫いに来たのだ。
ジョージたちの今までの戦闘能力を加味し、攫うのに十分な時間を稼ぐために20万以上のフェロモンスターと、かつてハレムンティア王国を滅ぼしたフェドロタイタンまで投入し、まさに十全な配置と言えた。
ジョージたちの火力的に1時間はかかるだろうと踏み、フェドロはリーズンとハレムンティアの伝説をアメリアたちに語る。しかし、さすがに聖杖リズンと、サンシャイン・オブ・ハレムンティアまでは想定外であり、計算を遥かに超える5分という速さでジョージたちは帰還してしまう。
フェドロは急いで洗脳を進めようとするがフェロモンサンクチュアリで弾かれ、最後の足掻きとして転移魔法を発動。
触れられないとは言え、なんとかアメリアを手中に収めることができたフェドロ。勝ちを確信し、城に戻るのだった。
──全ては、カレンの作戦の筋書き通りだとも知らずに。
* * * * *
ジョージ一行は今後について話し合うためファルドーネ領、ジョージ宅に戻ってきていた。
「──つまり、アメリアの信号が来るまでは助けに行けないのか。
だが、無線を渡したのに、なんで通話しちゃダメなんだ?」
発信機を起動すれば、GPSのように場所が特定できるので転移魔法が使えるのだ。
しかし、無線を使えない理由があった。
そのことについてはキャサリンが話す。
「普通なら物陰にでも隠れたり、監視の目がない隙に通話をすればいいと思うでしょうけど、フェドロは違うの。
──フェドロン・ヘル・イヤー」
「フェドロン・ヘル・イヤー?」
「そうよ。
つまり、フェドロン(フェドロフェロモン)を駆使した地獄耳魔法のことなの。
この地獄耳は凄まじくてね、自国内ならどんなに小さな声でも聞き取ることができるの。だから、もしアメリアが無線を使ったら確実にバレるし、情報も筒抜けになる。危険になることは確実ね」
フェドロは今や世界のほとんどを手中に収めているので、この地を離れた瞬間ジョージたちが動き出したことを知られてしまう。知られてしまえば準備を整えられたり、待ち伏せされたり、逃げられたりするのは明白。
だから打倒フェドロを掲げるなら、より一層、転移での奇襲を仕掛けるしかないのだ。
「無線は緊急用だよムンちゃん。待つこともできないくらい危険な時とか、作戦がバレた時とか。
そんな、どうしてもって時が来たら、助けを呼ぶようにもたせたんだし」
「……なるほど」
「そういえば、キャサリンさんがいるのに何で場所がわからないのじゃ?
ウィステリアさんやカレンさんが知らないと意味がないとか?」
「それ、あたしも気ににゃってた」
「場所を知るだけなら、もうその人の記憶を読み取るだけで分かりますわ。でも、それができない理由がありますの」
ウィステリアの言葉に補足するようにキャサリンが続けて言う。
「フェドロ城は大陸ごと空中移動を常にしてて、しかも地上からは見えないように魔法がかけられてるの。
しかも、フェドロ軍も城を出入りする時は、臣下の声を聞いて城に転移させて招くという徹底ぶりなの」
フェドロの手から逃れたキャサリンは、城に入れないし場所を特定する手段がない。
だからこそ、フェドロを出し抜き、わざとアメリアをフェドロ城へ攫わせる必要があったのだ。
「アメリアである必要はあったのか?」
「うん。
バリッドの話を聞いて、世界征服をマニフェストに掲げてるフェドロなら、確実に聖女の力を欲しがると思ってさ」
「……まあ、確実ではあるか。俺が乗り込めたら良かったんだが、俺はフェドロに警戒されてるからな」
ジョージはハレムンティア家と言うだけでなく、数々の活躍によってフェドロには名指しで警戒されている。
それは、フェドロも触れられず、フェドロンを弾いてしまうフェロモンサンクチュアリの防御力を見れば納得だ。
「それで、アメリアさんが信号を送ってくるまでにうちらは何かすべきことはあるのかの?」
エリンがそう言うと、ジョージが1枚の紙を懐から出してテーブルに置いた。
「ジョージ、これって」
「そう……ハレムンティア帝国をつくる」
その紙にはハーキングの国王、リズンバークの代表であるアメリア、そして建国しこれから帝王となるジョージの名前が書かれていた。
聖女の正式な許可を得た国は帝国となり、リーズン教徒に認められ、世界的な義を手に入れることができるのだ。
世界のほとんどを牛耳るフェドロと戦うには、戦う者の士気を上げ、世界中に散らばる同志を集め、終戦した時に人々を導く指導者が必要である。
だから、ジョージはハレムンティア帝国を築き、王にならねばならなかったのだ。
「ジョージくんは、王様の仕事はわかるの?」
イリーナが問う。
「いや、王としての務めは分かっているとは言えない」
ジョージは政治のことは分からぬ。けれども邪悪なフェロモンに対しては、人一倍に敏感であった。
必ず、かの邪智暴虐のフェドロ王を除かなければならぬと決意したのだ。ゆえに、王としての勉学より先に建国を決意したのだ。
幸い、こちらには貴族としての教えを学んだウィステリアがいる。大臣としての実績を持つキャサリンがいる。IQ3000もあり、フェドロを出し抜いたカレンがいる。
それに、かつてのハレムンティア王国を知る、ジョージの両親であるマーシャとダンもいる。
任せっきりにはできないが、政治について学びながら国を動かすぐらいはできるはずだ。
「……いま、俺が学んでいる間にも苦しんでいる者がいる。
王としては未熟とすら言えないが、まずは未来の国民を守り、世界中の人を助けるのが先決だ」
「そか。じゃあ、あたしも目の前のことを頑張らにゃいとっ」
こうして、数日後ジョージはハレムンティア帝国を創り上げた。
* * * * *
ハーキングから離されたファルドーネ領、取り返したリズンバーク、ジョージとカレンの故郷である名もなき村(今は城塞都市化している)、ダンロッソ地方、ウィステリアがお世話になった田舎とその周辺を領土として建国した。
国民はその土地に住んでいた人たちと、建国宣言の時に亡命してきた人、そしてフェドロの洗脳から解放したバリッド軍のような兵士たちだ。
これだけの人たちと、その情報、ノウハウ、物資、そして秘密裏にハーキングから届く支援のおかげで、しばらく国民を飢えさせないで済みそうである。
キャサリン、ウィステリアを中心にして、カレンを参謀に、ジョージの両親をアドバイザーとしてハレムンティア帝国の初動は特に大きな問題もなく進められたのだった。
* * * * *
だが、問題はハレムンティア帝国の外で起こっていた。
攫われてから2週間。
アメリアの信号はまだなかった。
……正確には信号は発せられていた。しかし、世界征服の野望が目前に迫っていたフェドロはさらに警戒心を強め、フェドロ城を強力なフェドロンで覆ってしまう。そのせいで信号がジャミングされてしまっていたのだ。
常に発信機は起動しているが、このままじゃジョージたちに届くことはないだろう。
フェロモンサンクチュアリはまだ健在ではあるが、いつ消されるかわからないので、それまでにどうにかしてフェドロンの防壁に穴をあけて信号を送る必要があった。
そのためになんとか牢獄を抜け出し、何か打開策を見つけるため城内を散策していたアメリア。しかし──
「くくく……。
聖女アメリア、今まで散々我をコケにしてくれたが、それも今日でお終いだ!」
フェドロは更なる力を手にいれ、サンクチュアリすら切り裂く魔剣を作り出していた。
圧倒的なフェドロンを内包した『邪王剣フェドロ』である。見るだけで咽せ返るような真っ黒なネッチョリである。
「うっ……フェドロ!」
アメリアは後退りする。
ちなみに、サンクチュアリの球体に包まれているので、アメリアが後退りすると球体が転がって後ろに退がれるのだ。
「これでようやく、貴様の力を取り込み……我は完全になるのだ!」
フェドロが剣を振りかぶり、アメリアを守るサンクチュアリを一刀両断した。
「きゃああ!!?」
衝撃で吹き飛ばされたアメリアは、勢いで壁に激突してしまう。
「……聖女よ、我が野望の礎になれ」
「そ、そんな……」
一歩、また一歩と近付いて来るフェドロに、アメリアはただ怯えて震えるしかできない。だが、そこでアメリアの脳内に直接声が響いた。
『アメリア、歌いなさい!』
その少女のような声に我に帰るが、聖歌は発動に時間がかかる。今歌ってもフェドロが来るまで間に合わないだろう。
「え、でも……!」
『聖女なのに、私を信じられないの!?』
アメリアが躊躇っていると、再びその声が怒った様子で叫んだ。
「ひぃっ!?
も、申し訳ございませんんん!!!
……すぅ、はー。
その怒った声を聞いたアメリアの顔色は一瞬で真っ青になり、慌てた様子で聖歌を歌いだした。
「──ラ〜ララ……」
「な、これは!?」
すると、いつもなら歌い終わって発動する神聖魔法が、歌っている最中にもかかわらず効果を発現させた。そして、フェドロを一時的に退けながら光を強めていく。
──ゴゴゴゴゴゴ……!!
切り裂かれたサンクチュアリの欠片が歌に共鳴して光と混じり合うと、次の瞬間レーザービームのような光魔法がフェドロの方に向かって発射された。
「うぐ、こしゃくな……!!?」
しかし、ギリギリのところでフェドロは回避。
城の壁をぶち抜いたが、フェドロに一矢報いることはできなかった。
「ああ……すみません、みんな……」
アメリアは涙を流す。
ジョージは助けに来てくれると言ってくれたが、信号も無いのにここへ来ることは不可能だろう。
まさに絶体絶命。もう打つ手なしだった。
「ふんっ。
何をするかと思えば、失敗に終わったようだな?」
フェドロは嘲笑を前に、アメリアは遠い目をして外を見つめる。その目には何を映しているのだろうか。
「……もはや言葉すら紡げないか。哀れだな」
アメリアは聞いているのか聞いていないのか、フェドロの言葉に反応を示さず。
夜空を翔ける流れ星を視界の端で捉えると、静かに両手を重ねて祈るように目を瞑った。
「……最後は流れ星に願い事か?
聖女もこれまでのようだ。では、終わらせてやる──」
そして、邪王剣が振り下ろされようとした、その時!!
──ヒュー……ドガガガガガガガガァアアンッッッ!!!!!!
「ぐぁっはあああ!!?!」
城の壁を粉砕、フェドロをぶっ飛ばしながら、流れ星とともにその男が現れた。
「き、貴様はもしや……!?」
そう、その男こそ──
「俺がジョージ・ハレムンティアだ!!!!!」
その眼光と雄叫びがフェドロを怯ませる。
「……じょ、ジョージ様……なんで?」
アメリアは目の前に現れたジョージの姿に、驚きながらも涙を流して駆け寄った。そんなアメリアを優しく抱き止めてジョージはこう言った。
「必ず救いに来るって約束しただろ」
2章終わり。次回から3章(終章)です。




