第四十三話 貴族の誇り
ジョージたちが実家に向かうと、そこには破壊された実家と、空中でにはフェドロ軍のグレーターデーモンと戦っている母、マーシャの姿があった。
戦況は一見五分のように見えたが、実際はマーシャの方がはるかに強く、本気を出すまでもなく圧勝。しかも口から出た言葉はまさかの『雑魚が』であった。
その戦いの後、地上に人がいる事に気がついたマーシャは着陸し、ウィステリア、ジョージと会話して、まさかのフェドロ軍をボコボコにして遊んでいたことを明かす。グレーターデーモンも、そのせいで実家を襲ったのだとか。
そして、ジョージがマーシャを心配してお説教しているところ、吹き飛ばされて(マーシャの着陸の衝撃で吹き飛ばされていた)気絶していたダンがようやく起き上がり、とうとう約15年ぶりに夫婦で再会することができたのだった。
「──え、そんな……本当に、アンタなのかい……?」
ダンの声を聞いたマーシャが目を見開く。そして、その声の主がゆっくり近づいてくると、目に大粒の涙を溜めてヨロヨロと歩み寄っていく。
ずっと会いたかった。ずっと再会を夢見ていた人、ずっと聞きたかった声、ずっと……ずっと……待っていた。
溢れる思いは言葉にできず、ただ涙を流しながら、少し痩せた胸にそっと頭を預け、そこにいるのを確かめるように抱きしめる事しかできなかった。
「……ただいま」
ダンは受け止めながら優しく囁くように、しかしそれと同時にマーシャの問いに答えるようにハッキリと答える。
「……ダン」
すると、マーシャは一言噛み締めるように呟くと、ふつふつと再会の実感が湧いていき、徐々に顔を綻ばせていった。
「ああ。私だ。君の夫の……ダン・ハレムンティアだ」
この言葉でマーシャは確信。
今まで会えなくて寂しかった分だけ喜びが溢れ出したかと思うと、満面の笑みでダンを思い切り、全力で抱きしめた。……文字通り全力で!!
「──ダン! 会いたかった〜!」
その刹那!
──ギュ♡
「──ぬ、ぬわぁぁぁああああああ!!!?!?」
──バキバキポキポキバキボキバキボキバキバキバキバキポキポキバキボキバキボキバキバキバッキバキバキ♡
「ぬ、ぬぉおおおおおお!?!?」
「お、親父!?
大丈夫かー! お袋、流石に力加減が!」
ジョージは目の前で起きている抱擁に驚き戸惑い、必死に呼び止めようとするが、マーシャはダンに夢中でジョージの言葉が耳に入ってきていない。
──バキバキポキポキバキボキバキボキバキバキボキボキ♡
「ダン〜ずっと待ってたんだ〜ぞっ♡」
──バキバキポキポキバキボキバキボキバキバキバッキバキバキ♡
「ふんぬー!?!」
「親父、親父ィー!!
……って、親父の骨どれだけ折れるんだ? 流石に折れすぎだろ。腕と肋骨合わせてもそこまで折れないだろ」
流石のジョージも骨が折れる音が多すぎて冷静さを取り戻す。
──バキバキポキポキバキボキバキボキバキバキバキバキポキポキバキボキバキボキバキバキ♡
「ぬおー!!」
「…………うん、やっぱりおおすぎる。何千本もないとこんなに折れるような音しない」
毎秒何本折れて、合計何本折れればこんな音がするのか、もう分からないほどバキボキだ。
「ふぬぬぬぬー!?」
いくら元フェロモン騎士団長とはいえ、しばらく何も修行してなかったダンがまずここまでのダメージを耐えられるはずがない。
そもそも、こんなに景気良く骨が折れるなんておかしいので、議論するだけ不毛なのだが。
「どうなってんだ、何かカラクリがあるのか?」
ジョージが首を傾げていると、隣で微笑ましげに夫婦の抱擁を眺めていたウィステリアが口を開いた。
「当たり前ですわ。だって、私がその都度回復してますもの」
「そ、そうだったのか!?
でも、ウィジーは回復だけしてなぜ防護魔法はかけないんだ? そうすれば折れることもないだろうに」
ウィステリアの防護魔法は特別製なので、ダンのステータスならマーシャの本気の抱擁も怪我なく受け止められるぐらいの防御力を得ることができるのだ。しかし、ウィステリアはあえてそうはしなかった。なぜなら……。
「……それは、もう。お義父様のご希望ですもの」
「え?」
「せっかくの再会なのですから、妻の抱擁くらい、受け止めたいとのことですわ」
そう、ダンはこうなる事を予期し、ウィステリアに補助魔法はかけないで欲しいと伝えていたのだ。とは言え、何もしなければ命を落とさないまでも、恐ろしいほどの重傷を負うことは間違いないので、回復魔法だけは頼んでおいた。
「…………そっか。それなら、邪魔はできないな」
納得したジョージは安堵し、フッと笑ってしばらくダンとマーシャの抱擁を見守った。
「それに、男子3日会わざれば、刮目してみよ。ですわよジョージ。わたくしたちが少し目を離してる隙に、ほら……」
実際は抱きしめられて数分だが、細かいことを言ってはいけない。
「ぬぬぬぬぬ……」
──ボキ……ボキ……ボキ。
「本当だ。適応していってる。強さの明確なビジョンがお袋を通して分かったから、自分の体を適応させてるのか。
さすが親父だ。これが愛の力ってやつなのか……!」
そう、実際にダンはほとんど愛の力で耐え抜き、15年以上のブランクをこの数分で埋めるかの如く、ものすごいスピードでマーシャの抱擁を受け止められるように強くなっていた。
筋トレで筋肉が傷つき、修復するときに肥大するみたいに、戦闘民族が死の淵から脱してさらに強くなるように、この数分でダンは数え切れないほどの限界突破をしていたのだ。
「ふんっぬぬぬぬう……!!」
──ボキ…………ボキ……。
まるで主人公がボス戦で窮地に陥った時に、覚醒してその敵を凌駕する力を手に入れたみたいに……ついに、ダンはその力を手に入れたのだ。
──愛する妻を受け止め、思い切り抱きしめる力を!!!!!
「愛してるぞ、マーシャぁあああああ!!!!!!」
「ワタシもだよ、ダンんん〜〜〜!!!!!」
ダンの骨はもう折れなかった。それどころか、力は完全に拮抗し、お互いに全力でしっかり抱きしめられるようになっていた。
「……まったく、いつまで抱きしめ合ってるんだか」
ジョージが呆れたように呟くが、どこか嬉しそうで、帽子に隠れた瞳は少し潤んで光っていたのだった。
「……良かったですわね」
● ● ●
「負けないよ、ダン!
角砂糖はワタシがたらふくたべてやるんだからね!!!」
「おっと、さっきまでの勢いはどうした!?
私の骨をおるのはやめたのか?」
「減らず口を!!!」
「あいたたたたたっ!?
ぐぬぬう、負けるかあああ!!」
そして夫婦の長い抱擁が力比べにかわるころ、ウィステリアは2人を置いて少し離れたところに来ていた。
「この辺がちょうど良さそうですわね」
岩や砂利、雑草が生い茂る手付かずの土地を見てそう言うと、魔力を集めて手を軽く振り、一瞬にして広大な平地が出来上がってしまった。
「ウィジー、ここで何をする気だ?」
「お義母様の家がグレーターデーモンに破壊されて無くなったんですもの、新しい家を用意しないといけませんわ。それに、フェドロに目を付けられている以上、普通の家だとまた破壊されますし、わたくしたちの家にも搭載している設置型自動迎撃魔法が欲しいですわよね。
ですから、わたくしが自ら家を作ってますの」
かつてウィステリアが住んでいた小屋にフェドロ軍のモンスターが1000体ぐらい襲ってきたが、この設置型自動迎撃魔法の魔法陣を小屋を中心に周囲一帯に張り巡らせていたおかげで、家から一歩も出ることなく全て殲滅することができていたのだ。今も田舎の人たちを守ってくれている。
「俺たちの家に呼んでも良いが、やっぱり夫婦水入らずでゆっくり過ごしたいだろうし、そうするのが良いだろうな」
「ええ。せっかく再会したんですものね。それに、会おうと思えばわたくしの魔法でいつでも会えますわ」
そう話しながらウィステリアは魔法を紡いでいく。そして、いつの間にか、貴族の邸宅……いや、王城と言っても差し支えない巨大な家と庭と壁と堀が誕生し、それを覆う結界、目には見えないが悪意のある侵入者を感知するセンサー、そして地中には設置型自動迎撃魔法の魔法陣が用意された。
ちなみにこの迎撃によって放たれる魔法は大魔法(ウィステリア基準)。
魔法のランクは初級から始まり、中級、上級ときて、大魔法、特級魔法、例外などもあるが次に禁術、そして神の域に達すると言われる超越魔法だ。
そして、ウィステリアの大魔法の威力なら、一般的な禁術クラスの効果が見込める。それが、自動で放たれて土地を守ってくれるのだから安心だ。
「……できましたわ」
「じゃあ、お袋と親父を呼んでくるわ」
● ● ●
いつの間にか白熱の大激戦を繰り広げていた夫妻は、ジョージに怒られて家……もとい、新居という名のお城に来ていた。
「──なんだこれは! ジョージ、ウィステリア、なんなんだこれは!?
…………ま、マーシャ……失礼な事を言うぞ?」
「……ごくりっ。言ってちょうだい。多分、ワタシも同じことを思ってるから」
「かつてのハレムンティア城より立派だな」
「敷地面積は倍はあるよ。城の高さも1.5倍以上、城壁完備、部屋の多さは3倍……これじゃ、村のみんなとダンロッソの人を集めても一階も埋まらない。さすがに、デカすぎないかい……?」
さすがのスケールに2人とも度肝を抜かれていた。
「おふたりが強くなっているのは承知していますが、それでもフェドロと事を構えている以上、いつ軍が攻めてくるかわかりません。
援軍を送るようなことがあった場合、その軍、周辺地域の方々、難民などを受け入れる可能性を考慮し、念のため大きくしておきましたわ」
「そ、そうか……」
ダンは実感が湧かなくて生返事をするだけだ。
「ウィステリア、家具系は良いけど、食料はどうしたらいいんだい?」
マーシャが尋ねた。全てを頼りきりになるつもりはなかったが、流石の規模にマーシャとダンだけでは対処できない。
「それは禁術を使うことでカバーですわね。種植えはこれからですが、本格的な戦いを見据えて中庭部分に1日で植物を成長させる魔法をかけておきましたの」
ウィステリアは楽しそうに語るが、禁術と聞いたマーシャとダンは不安そうな顔になる。
「き、禁術は効果が強すぎたり常識から逸脱しているから世界的に許されないからこそ禁術なんだぞ?
それを、そんな簡単に使って大丈夫なのか?」
ちなみに死者を身勝手に操るネクロマンスも禁術であり、植物とは言え生命を人間のエゴで無理やり成長させて刈り取るというウィステリアの魔法も禁術。
一見ネクロマンサーの方が良くない気もするが、実際はどちらも世間一般的に考えれば倫理観を疑う魔法である。
「人を洗脳して土地を奪い、世界征服しようと勢力を伸ばすフェドロが相手ですのに、ずいぶんと平和ボケしていますわね。
わたくしたちが勝たなければ、次は民ですわよ。
お義父様、お義母様、厳しいことを言いますが……貴族なら民のために泥をかぶるのがお役目ではなくて?
貴族という立場から離れて久しいとしても、王族として一度でも民の上に立ったのですから、その誇りが完全に無くなったとは絶対に言わせませんわよ」
ウィステリアは義理の両親相手にも臆さず、しっかりと目を見据えて厳しい言葉を言い切った。すると、その心意気を受けたマーシャとダンの瞳には炎が宿り、先ほどまでの不安や戸惑いは消えて晴れた顔になる。
「そうだな。
……かつてフェドロの手によってハレムンティア王国は滅ぼされた。そして民は苦しみ、我々も苦渋を舐めさせられた。あの屈辱の経験を、また今の時代の人々に味わわせるわけにはいかない」
ダンは力強く頷く。
「愛する人と引き離されて、生死すらも分からずに悲痛の日々を過ごすのはごめんだね。それにハレムンティア家として、ワタシの国を滅ぼしたフェドロを許して置けない」
マーシャも覚悟が決まったようだ。
そんな3人を見ていたジョージは、しばらく考えて目を閉じたまま重々しく口を開く。
「……血筋、王家、太陽のフェロモン。
もうただの冒険者ではいられねえんだな。
正直に言えば実感はまだ湧ききってない……が、俺を慕う1万人以上の人たちが、フェドロによって無理やり洗脳され、土地と資源まで奪われるなんて、絶対にダメだ!
これから出会う人、出会ってなくても俺を想ってくれる人、直接関係なくてもどこかで繋がっている人、その人たちにとって大切な人…………そうやって繋げていってみれば、フェドロに洗脳されて良い人なんて1人もいない。だから……!」
ジョージはカッと目を見開く。
「──だから俺は、全部の使命と責任と想いを背負って、フェドロと最後まで戦うぜ!!」
ジョージは明確に確固たる意思で、フェドロと正面を切って戦うことを誓った。
その時──
「──ムンちゃん……!!」
「り、リッくん?!」
突如として現れた魔法陣からカレンが現れ、普段からは想像できないぐらい焦った様子で叫んだ。
「リズンバークが、フェロモンスターの大群に包囲された……!!」




