第三十九話 イリーナの新武器! その名も"MPD"
「……よし!
……いくよ……禁術──ナタラージャ!!!」
大量の魔力がイリーナを包み込み、次の瞬間眩い煌めきを放った。
「……これは!」
ジョージが思わず息を呑む。
しかし、1番驚いていたのはイリーナ自身だ。
「力があふれてくる……すごい!」
煌めきの中から姿を表したイリーナは、とてつも無いオーラを見に纏い、輝く宝石のような魔力の粒子が舞い散り、まるで白い花吹雪に包まれているようだった。
「──ピィイイヒョロロオオ!!」
しかし、今は戦闘中。グリフォンが待ってくれるはずもなく、そんなイリーナに向かって上空から風の刃を飛ばす。
「ウィンドスラッシュですわ。イリーナ、気を引き締めなさい!」
「えっ? ……はっ、はいにゃ!」
ウィステリアの声に我に返ったイリーナが敵の攻撃に気がつく。だが、すでに風の刃は目と鼻の先。
「や、やばいっ!?」
イリーナは驚いて回避行動に移れず、キュッと目を瞑りながら飛び跳ねてしまう。
絶体絶命、グリフォンのウィンドスラッシュは鋼の盾すら豆腐のように切り裂いてしまう威力。ジョージたちと過ごしているとは言え、駆け出し冒険者のイリーナではひとたまりも無い。
禁術の効果も確かめられずに倒されてしまうのか。
「……あれ?」
しかし、いくら待てども痛みがやってこない。不思議に思ったイリーナが目を開けると、信じられない光景を目の当たりにしていた。
「う、うにゃ〜〜!!?」
イリーナはなんと、雲にまで手が届きそうなほどの上空にいたのだ。
「ど、どうして?!」
地上にいるウィステリアたちがとても小さく見える。なんでか聞こうにも、声が届かないだろう。
不安になりながらもイリーナは必死に頭を回転させて、ふと心当たりに気がつく。
「……もしかして、さっき飛び跳ねたから……?」
そう、禁術によって身体能力が強化されていたがために、イリーナはただ少し飛び跳ねたつもりが上空まで跳躍してしまっていたのだった。
「でも、こんなにお空高くにいるってことは……!」
「ヒョロロ!!」
グリフォンも同じ空にいる。
グリフォンはイリーナの瞬間移動の如き跳躍に一瞬戸惑っていたが、それでも名を馳せる強力なモンスター。すぐに体勢を立て直して攻撃開始する。
「ピィヤアア!!!」
鋭い鉤爪を立てて、イリーナに飛び掛かる。本来の状態なら、目で追うことすら不可能な至近距離からの攻撃。
しかし──
「あれ、ゆっくりに見える……。しかも……」
身を翻して余裕を持って回避。しかも……凄まじい威力の飛び蹴りをお見舞いしてしまった。
「ギュロロっロロロロ──!!!?」
無防備な背中に飛び蹴りを受けたグリフォンは、一瞬にして地上に叩き落とされてしまう。
「……っ!」
イリーナは攻撃の威力に驚くが、すぐに我に返る。
「いける!」
イリーナは勝負に出るため、炎魔法を唱えながらダガーを取り出す。
「ジェットスマッシュ!」
爆風によって勢いをつけたダガーが、ライフル弾のように撃ち出される。……はずだった。
「あ、あれ?」
あまりの火力にダガーが撃ち出される前に灰になって消えてしまったのだ。
初級魔法であるファイヤーボールが、桁違いに強くなっていた。そう、この身体強化の補助禁術は、魔法の威力すらも上げてしまうのだ。
「ど、どうしよぉ……流石に空中じゃ自由に動けにゃいし、地面に着地するのを待ってたらグリフォンがまた飛んじゃうし……」
そんな様子に気がついた地上のカレンが、一瞬で"解決策"を導く。
「(ピキーン)閃いた〜。絶対これが役に立つじゃん。優勝確定ってかんじ」
何処からともなく、なんらかの部品を取り出してガチャガチャと組み立てると、すぐにウィステリアに渡した(この間4秒)。
「ん?
……これをイリーナに渡せば良いのね?
分かりましたわ」
それを受け取ったウィステリアはすぐに理解する。そして、指を鳴らして転移魔法発動、それをイリーナのいる場所に飛ばした。
● ● ●
「こ、これは……!?」
イリーナの目の前にそれが出現する。イリーナは一瞬戸惑ってしまうが、それはウィステリアが送ってくれたものだと理解してすぐに腕に装着した。
そう、送られてきたものは、腕に装着するガントレットを改造して杭をつけたような武器だった。
「でも、これはどうやって……」
複雑な機構が取り付けられたその武器は、イリーナにとって使いこなすのは難しい代物だった。しかし──
「う、うにゃ……?」
武器から電流が流れ出し、イリーナの脳内にチュートリアルと、カレン解説付き特製マニュアルが一瞬で再生される。
「にゃ、にゃるほど!」
瞬間理解したイリーナは、迷うことなく動き出す。
ガントレット武器に取り付けられた宝石に渾身の魔力を流し込むすると……。
──ギュルルルルルル!!
火花を散らして、ガントレット内に収められていた歯車とワイヤーが忙しなく動き出した。
「それで、このレバーを引くと」
──ガチャンッ。
機構が動き、杭が奥に引っ張られながら魔力充填して規定の位置にセットされた。
攻撃準備完了したイリーナは、未知なるこの武器に恐れを感じながらも、溢れんばかりのワクワクを胸に抱いて構える。
この武器は『マジックパイルドライバー』
魔力を込めた杭が炸裂するという至近距離にこそ輝く武器だ。しかし、カレンの魔改造によって出力を限界まで増強し、反動と消費魔力を非現実的にまで引き上げられたピーキーな逸品である。
ちなみに、大学時代に先生のパイルドライバーを改造して作ったものなので、カレンは当時そうとう怒られたという。
常識的に考えてこんなものを扱える者は居ないが、魔力増強と身体能力上昇の2つの禁術によって強化されたイリーナなら、いや……イリーナだからこそ使いこなせるのだ。
「──いくよ……!」
地上のグリフォンを見据え、渾身の力で振りかぶる。
「プロミネンスドライバァアアア!!!!」
──空が割れ、空気が焼ける。灼熱の光がまるで天からの裁きの如く、まっすぐグリフォンの元へと突き進む。
「ギョロォアアアアア……────」
そして、地上にその炎が降り立つと、周囲一帯を焼き払いながら刹那のうちにグリフォンを消滅させてしまったのだった。
「すごい……!? これがあたし?」
その光景に恐れすら感じながら見ていると、爆風と大きすぎる反動がイリーナを吹き飛ばしてしまう。
「ぅにゃーっ!!?」
このままでは彼方まで吹き飛ばされ、イリーナもただじゃ済まない。
「イリーナ!」
その事実を察したジョージはすぐに飛び出し、マッハを超えるスピードで駆ける。どんどんスピードアップして、空気の摩擦で赤熱しながらイリーナを捕捉。
「うぅおおおお!!」
巨大クレーターができるほどの威力で地面を蹴って空中に飛び上がった。
「じょ、ジョージくん……!!?」
「イリーナ!!!」
ジョージは吹き飛ばされているイリーナを、みごとな空中キャッチ&お姫様抱っこのコンボで助ける。
「ジョージくん、ありがとっ!
……でも、まだすごい勢いで飛んでるよ?」
そう、いくらキャッチしたからと言って、イリーナもジョージもすごい勢いで吹き飛んでいる最中。まだ解決したわけじゃない。
「……ふっ。策もなく飛び出したわけじゃねえ」
ジョージは不敵に笑うと、コートのボタンを3つ解放しフェロモンの構えをとる。そして──
「捕まってろイリーナ。いくぜ!
──フェロモンシューティングスター!!」
溢れるフェロモンは流星の如く!
ジョージはその眩いフェロモンに乗って、ゆっくりと地上へと降り立っていく。
「……うわぁああ……♡
ジョージくん、風が気持ちいいね」
「ああ、そうだな。
……スマイルをテイクオフっちまったぜ」
フェロモンシューティングスターは、スピードも軌道も自由自在。
2人は優雅な空の旅を堪能するのだった。
* * * * *
グリフォンとの一件を終えたジョージたちは、ふたたび馬車をダンロッソに進めていた。
ちなみに、ウィステリアの転移魔法で一気に向かわないのは、行きで国境を通り検問を受けたので、手続き上で帰りも検問を受ける必要があるからだ。
「……でも、イリーナ様はすごい勢いで飛ばされてましたけど、ジョージ様がいなかったら大変なことになってましたね」
馬車に揺られながらアメリアが口を開く。
「わたくしでも助けられたでしょうけど、それにしても刹那的な火力のみを求めた武器でしたわね」
「まさにロマン砲……でしょ?
けっこう気に入ってんだ。マジックパイルドライバー。
今まで誰も扱いきれなかったからすっかり忘れてたんだけどさ、ここだって思ったよね……。
ちなみに、ムンちゃんとウィステリア様が助けられるのは計算済みだったよん。時間もなかったし、あの場でどうすればスムーズにことが進むかを優先したの。ごめんね」
カレンがペコっと頭を下げる。
「良いさ。
リッくんは俺のフェロモンを知ってたし、そんな事だろうと思ったからな」
「あたしもビックリしたけど、助かったし気にしてにゃいよっ。あと、あれは地上なら踏ん張れそうだから、できるだけ地上で出した方が良いのかな?」
「そうだね。
イリーナの脚力と禁術の強化補正を計算したら、10mくらい反動で後ろにいくけど、問題なく踏ん張れるはずだし」
一連の話を聞いていたオフィーリアがカレンに尋ねる。
「リッくんさん、そのマジックパイルドライバーはイリーナちゃんだからこそ使えたって話だったけど、身体能力ならジョージ様、魔力ならウィステリア様も使えそうだなって思ったけど、ダメなの?」
「ムンちゃんのフェロモン魔法は特殊すぎて、パイルドライバーの燃料に向かないっぽい。多分、使うとショートしてボンっ。爆発するはず。1度限りの壊れる前提でなら、山も消し飛ばす威力になるね。
……ま、継戦能力と効率を考えたらコスパがサイアク。
ウィステリア様はまあ……魔法で反動も消せるし。
使う魔法もフェロモンでも神聖でもない、いわゆる普通の世界魔法だから問題なく使える。でも、魔法発動における触媒の相性が悪いから、使ったほうが攻撃力が下がるっぽい」
つまり、使えないことはないが、結局イリーナほど武器のポテンシャルは発揮できないということだった。
「なるほど……。
だからイリーナちゃんが最適なのか〜」
そもそも戦えないオフィーリアとカレン、腕がないぷるちは置いといて、アメリアは身体能力よわよわで運動神経もポンコツなので補助をかけても反動が耐えられず、エリンは弓に生涯をかけてるので今更新しい武器にするとクセを直すのに苦労し、ジョージとウィステリアもさっきの理由でうまく使えない事を考えると、やっぱりイリーナが適任ということになるのだった。
「禁術もマジックパイルドライバーも手に入れたし……あたしも、みんにゃに負けにゃいくらい活躍するからね!」
──決意を抱いたイリーナたちは、そしてとうとうダンロッソに帰ってきたのだった。




