第四話 ハーレムの道へ
グランスネーク戦からしばらくして。
「──ここがリズンバークか……!」
たくさんのスネークに追いかけられたり、ジョージがせまい空間でフェロモンを出したがためにエリンが気絶したり、アメリアが迷子になったりと紆余曲折あったものの、ジョージたちはなんとか洞窟を抜けて目的地である聖都リズンバークにたどり着くことができた。
「ああ、リーズン様……。今日という日を乗り越えられたことに感謝します」
豊かな緑の平原広がる大地、澄んだ水の流れる川と湖、温かい日差し、雪がまだ残る高い山脈、そこからつながる洞窟、小さいながらも穏やかな村々、そして光のベールでおおわれたリーズン教会の総本山である巨大都市"リズンバーク"。
アメリアの生まれ故郷である。
「よ、ようやくか……。運動不足に洞窟のガタガタ道は厳しかったのじゃ……」
エリンは息を切らしながら洞窟の出口から外に出ると、ふらふらよろよろしながらもなんとか近くの木にもたれかかった。
「はいどうぞお水です。エリン様は運動が苦手ですか?」
アメリアが法衣の懐から皮の水筒を取り出して、魂が抜けてそうな顔のエリンに渡す。
「弓は好きじゃが他はダメダメでの。魔法も動物とも話すことが苦手で体力も元々低くて、頑張っても楽しくないから……森ではほとんど家にこもってたんじゃ」
水を少しずつ飲みながらエリンがボソリと話す。
「そうでしたか。楽しいこと、たくさん見つかると良いですね」
そう言うアメリアの声はいつになく穏やかで優しいものだった。
「じゃの……!」
* * * * *
シルクのようになめらかで金属のように硬い純白のレンガでできた建物が無数に建ち並ぶ光景はまさに異世界。
空には白いベールのようなモンスター避けの結界、地面はカラフルな石が敷き詰められ、街の中心には教会本部である100mはあろうかという純白の塔がある。
一見無機質な印象を受ける街だが、商店街エリアは鼻をきかせてみるとハーブや肉の焼ける香り、耳をすませると人々の笑い声や客引きの声が昼夜問わずにぎわせていた。
「ひとまず白の塔に行き私の生存報告をしたのちに、ジョージ様のお父様捜索の手配とこの街での拠点を用意させていただきますね」
純白の鳥の翼をモチーフにした街の入り口を抜けた後、アメリアが振り返ってジョージとエリンに予定を話した。
「拠点か。親父がいつ見つかるかもわからねえし、あるに越したことはないか」
「……あ、家賃はかかるのかの?」
エリンが恐る恐るアメリアに尋ねる。
エリンはできるカッコイイ姿や雰囲気をかもし出しているが、お財布の中身は小学生なみに可愛らしい金額しか入っていないのだ。
「いえ。ジョージ様はオーガから助けてくれましたし、エリン様は私が迷子になった時に見つけてくれましたし、恩人であるおふたりからお金は頂けません。それに……もし払うことになっても出せないと思いますよ?」
「ちなみにいくらだ?」
ジョージが聞くと、アメリアがふたりを近くに寄せて小さな声で教えてくれた。
「えっとですね、2〜3人住めてお安い家で…………くらいです。今回用意する予定のお家はそれよりしっかりとした物件なので…………」
「……………………」
「…………あの時アメリアさんを見つけられて良かった」
* * * * *
転移魔法陣で塔の最上階にやってきていた。
部屋の中には球体の白い水晶が置かれた祭壇と、神聖力で空中を浮くシャンデリア、床に描かれた魔法陣と、ひざまずいて祈りをささげるひとりの信者がいるだけだった。
「…………む!? おお、よくぞ生きて帰ってきましたな、聖女アメリア様!」
人の気配に気付いて振り向くと、その信者はアメリアの顔を見て涙を流さんばかりに喜んだ。
「ああ、司祭様でしたか!! 貴方もよくご無事で!」
その信者の正体は、アメリアをフェドロ軍から逃がしてくれた司祭であった。
司祭は身長が60cmくらいのほっぺたモチモチの3頭身おじいちゃんで、綿菓子みたいな白いおヒゲがチャームポイントである。
「あの後絶体絶命の危機になりまして、せめて最期はリーズン様とともにあらんと聖歌を歌いましたら、あの感情がなさそうな顔の兵士たちの動きが鈍りましてな……。歌いながら逃げるのは大変でしたが、人間窮地に立たされればなんとかなるもんですわ! はははっ」
司祭が楽しそうに笑う。
「聖歌で……? たいへん興味深いですね。少し調べたほうが良さそうです」
アメリアたちを襲ったフェドロ軍は機械のように任務だけをまっとうする恐ろしい集団だったのだが、それが理性と社会性の神リーズンを讃える聖歌によって動きが遅くなったのだった。
「そうですね。……して、アメリア様こちらの方々は?」
司祭がジョージとエリンに話を移す。
「こちらは道中で私を助けてくださったジョージ様とエリン様で、お礼としてジョージ様のお父上の捜索をお手伝いできないかと思いまして。あと、できればしばらく拠点にできる家を工面したく……」
教会では聖女であるアメリアが一応最高権力者ではあるが、細々とした決定権は司祭の他に司教や聖女代理である法王にあって、こういった衣食住や人の手配は司祭が担っているのだ。
「おお、そうでしたか! ジョージ様とエリン様……我らが聖女アメリアを助けてくださり、リーズン様に代わって感謝を。ありがとうございます。それでは詳しい事情を聞いてから、人と物件をご用意致しましょう」
「ありがとう、助かるぜ司祭さん」
そしてジョージたちはアメリアと出会ってからのことと父親についてを司祭に話し、これから住む拠点がある住宅街に向かったのだった。
* * * * *
「──ここが俺たちがこれから住むことになる家か。……悪かねえ」
そこは共同生活向けに作られた家で、10人がけのテーブルが鎮座する大きなリビングには一通りの設備が整ったキッチンが繋がっており、ベッドとタンスと机、小さなクローゼットが備えられた鍵つきの部屋が全部で10室、風呂とトイレは男用が1階、女用が2階に備え付けられているなかなか立派なシェアハウスであった。
「そういえば、アメリアさんはどこへ行ったのじゃ? 部屋は自由に選んで良いのかの? 角部屋とやらが良いと旅の宿屋で聞いてな、うちもその角部屋とやらを選びたいんじゃが」
エリンの知識はふわっふわだった。なぜ角部屋が良いのか疑問にも思ったことがないし、ただなんか良いと聞いたからなんとなく欲しい気分になったのだ。
故郷での家も大樹のうろを利用したものだったので、いわゆる建造物のような家を利用したことがない。
「アメリアは司祭さんと情報共有してるのと、俺の親父捜索の手配をやってくれてる最中だ。……それより、感じないか?」
ジョージが急に神妙な面持ちでエリンに詰め寄る。
「はぇ? 感じるってなにを? ……え、もしかしてここって幽霊が出るのか!? ひぇ〜! うちはそういう系苦手なんじ──」
「チョップ」
「ぶへっ。何をするんじゃ!」
エリンが盛り上がり始めたところでジョージがチョップで話をさえぎった。
「違う、生きてる人間だ。なんというか、監視……ではないが、知っているような気配を感じるんだ」
ジョージが眉間にシワを寄せて窓の外をチラチラ確認する。
「何も分からんが……気のせいじゃないか?」
ぽけっとした顔のエリンが肩をすくめていると。
──リンリーン。
玄関のベルがなった。
「誰じゃろか?」
「おい待て! 警戒もせず行くのは危険だ!」
ジョージが止めるも既に遅く、エリンはもう玄関を開けて対応していた。
「むむむ……」
ジョージは得も言えぬモヤモヤを抱えつつ臨戦態勢で遠巻きに見ていた。が、エリンは怪我をするどころか、何やら大きな箱を持って笑顔で戻ってきた。
「荷物じゃった! 野菜だって、ほれ」
エリンはテーブルに箱を置くと、ささっとヒモを解いてフタを開けた。
「……うまそうなカブだな。……エリン、これを届けたやつはどんなのだった?」
ジョージには思い当たる人物がいるのだろう。
「赤髪の綺麗な顔のお兄さんじゃったが、それがどうかしたのか? 宛名もここで合っていたぞ」
「お兄さん……か。なら大丈夫か?」
ひとまず落ち着いたのかジョージは肩の力を抜いて、美味しそうな白いカブを箱から取り出していく。
「よく分からんやつじゃな。……あれ?」
エリンも箱から出すのを手伝っていると、何やら可愛らしい便箋が底に入っているのを見つけた。
「なんだ手紙か? 誰だか知らんが、読んでみるか」
そして便箋から手紙を取り出して読んでみると『親愛なるジョージへ──』から始まっていてジョージは戦慄。
「ウィジーか!? やっぱりウィジーなんだろ?! なぜ隠れるんだ、逆に怖いと何度言ったら分かるんだウィステリア!! 影で支えるというのは、別に本物の影になることじゃないんだぞ!? というか、なぜこの場所を知っているんだ? やはり近くで見ているんだろう? もしや、もう家の中に!?」
荷物の送り主はフェドロ王国外れで別れたはずのウィステリア・ファルドーネという貴族令嬢(追放され済み)だった。
「ジョージくん落ち着きたまえ、家にはうちと君しかおらんぞ。それに、荷物も教会かアメリアさんを通せば届けられるだろうに」
エリンがジョージをイスに座らせ、肩をポンポンと叩いてなだめる。
「そ、そうだな。実は前にも似たようなことがあって、少し冷静さを欠いていたようだ。……それにしても、迅速な行動と的確な指示で荷物を送ったとしても、ここまでタイミングを合わせられるものか?」
とりあえず落ち着いたものの、まだいちまつの不安が残るジョージ。
「確かにな。でも、女の勘というものは古来よりよく当たると言われているからの、1度くらい完璧なタイミングで届いてもおかしくはないのではないかの?」
「……そういうもんか?」
「そういうもんじゃ」
「…………女の勘、恐るべし」
この話を受け、ひそかにハーレム作りに前向きになるジョージなのであった。