第三十八話 新たなチカラ
──満員御礼!
『温泉宿 〜ハレムンティア〜』AM 8:00 ~ PM 10:00(入浴、及びお食事の方。ラストオーダーはPM9:00)
オープン初日から大盛況。部屋も満室、入浴のお客様も途切れることなく、開店1週間を迎えました。
恋愛運アップ、入ればお肌ツヤツヤ、若返る(マジ)、体の調子が良くなる、元気が出る、長生きする(予想)などなどと口コミがハーキング王国だけでなく、周辺諸国にも広がり、今もその勢いが止まりません。
そんな『温泉宿 〜ハレムンティア〜』ですが、なんと……大好評につき、このたび、今回に限り、なんと……(以下略)……
『《温泉宿 〜ハレムンティア〜》大オープン大感謝大セール! 〜追放された自分でも、入浴料だけでご飯も宿泊もできちゃうんですか?! しかも、温泉玉子まで食べ放題。もう俺、エルフの里に住みます〜(1万年使ってもへこたれない枕付き)』が、大開催!!
ぜひ、どなた様もご来場ください。増築(物理)してお待ちしております。
* * * * *
エルフの里、夕方……。人混みをかき分けながら、とっても疲れた顔のカレンとぷるちが瓶入りコーヒー牛乳をキメる。
「っぷは〜!
仕事終わりのコーヒー牛乳は格別だぁ〜」
「るぷっぷるぷっぷ!」
「従業員の新人教育も終わったし、お客さんの入りの傾向を計算してムンちゃんに増築もしてもらったし、今使う道具と、今後の発注経路も確保したし……とりあえず、今できることは終わったかな。
完璧な手腕。さすがボク……!(メガネクイッ)」
そう、カレンは1週間ほどぷるちと共に温泉宿を切り盛りしていたのだ。
ただ宿を用意するだけではエルフの皆さんも困ってしまうので、色々手配して準備して育てて……今日、ようやく軌道に乗ったので、あとは里の皆さんに任せ、ジョージ達のもとに戻れるようになったのだった。
「明日にはエルフの里に戻らないとだから、準備しないとだね。ぷるちは、なんか用意するの〜?」
「るっぷ」
「そっか、己の身ひとつで動けるのは良いねぇ〜」
「る〜」
そんな穏やかな時間を過ごしながらエリンの家に帰るのであった。
* * * * *
翌日、ジョージ達はエルフの里を出発するため、馬車が停めてある入り口まで来ていた。が──
「「「エリンお姉ちゃ〜ん!!!」」」
「ど、どうしよ……」
記憶薬でエリンと過ごした記憶が復活したエルフの子供たち(元子供も含む)が、涙を流して別れを惜しんでいた。と言うか、引き留めていた。
「エリンお姉ちゃん……私、ようやく思い出したのに、もう帰っちゃうの……?」
と、話すのは通常種エルフの女性(9141歳)。小さい頃に弓の練習をしたり、一緒に花冠を作った仲だ。
「エリンお姉ちゃん、僕……きっとエリンお姉ちゃんみたいな弓の名手になるからね! ……いや、もう少し目標は小さくても良いかな……はは……(乾いた笑い)。
流石に『10km先の10cmの的に当ててみるのじゃ!』って言われた時は、弓を折ってやろうかって思ったし。……流石に無理だよ……はは……」
そう話したのは古代種エルフ(18601歳)の少年だ。1万年まえくらいにエリンから弓のガチ訓練を受けたものの、才能の差に絶望して百年ほど辞めていた時期があった。
しかし、その後も修練を繰り返し、3km先の10cmの的なら外さないくらいに成長した。努力家の弟子と言える存在だ。
「エリンお姉ちゃん、寂しいよ……僕の孫を見るぐらいの時間もないの……?」
通常種エルフ(6800歳)の男性はそう声をかけた。
小さな頃はエリンの後をよくついて回るベイビーだったが、つい最近(50年前)初孫が誕生。お世話になったエリンに、可愛い盛りの孫の姿を見せたかったのだ。
そんな風に、総勢100人超のエルフたちがエリンと別れるのを惜しんだ。大人エルフもたくさんいたが、彼らは皆、エリンの前では子供時代に戻っているようだった。
「うっ、うぅ〜……ジョージ、どうしよ〜」
後ろ髪引かれまくりのエリンがジョージに泣きつく。
「……別れというものは、いつでも残酷だ。きっと明日出発しても、それはそれで辛いだろ。俺も冒険者になる時、マ……お袋と別れた晩は男泣きしたもんだ。ははっ」
「それって、男泣きって言うのかの……?」
「ジョージくん、今の『ははっ』って笑いと、『母』をかけたジョークにゃんだよねっ! あたし、分かったよ!」
どうやら、イリーナはこの1週間でオヤジギャグを習得したらしい。
エルフのご老人方から、たいそう気に入られていたので、当然の帰結とも言えるだろうか。
「──さあ、出発しようか」
ジョージがスルーしようとしたところ、まさかの援護射撃が入る。
「ムンちゃん、恥ずかしくなったんだぁ〜。
それに、ムンちゃんてばまだママ呼びが抜けきってないの? 相変わらず、だね。
幼馴染でIQ3000のボクの目は誤魔化せないよんっ」
カレンがニヤニヤしながらジョージをツンツンする。
「う、うるせぇっ!!
さっさと行かねえと、日が暮れちまうぞ!!」
ジョージは耐えきれなくなって忙しなく馬車に乗り込んでしまった。
「……意外な一面、これもアリですわね。少しジョークも覚えようかしら……」
そんなジョージの姿にキュンときたウィステリアを見て、エルフの里屈指のジョーカー(ジョーク使いの意)が、ひとつ贈り物をした。
そして、その贈り物を快く受け取ると、ウィステリアはいそいそと馬車に乗り込む。
「……ウィステリアさま、すごく楽しそうな顔してたね。何を貰ったんだろう……?」
ジョーカーからの贈り物なのだから、当然ジョークである。
「──うぉあああああ!?」
そして、少しの間をおいて轟くジョージの雄叫び。効果は抜群だったようだ。
「……な、何を伝授したんですか?」
アメリアがこそっと聞くと、ジョーカーはドヤ顔でこう言った。
「──ジョージは常時じょうしきじんのフリをするのがお上手ね」
「………………これは、凄まじいですね」
* * * * *
エルフの里を出発した。
別れの熱を帯びた涙たちも、ジョージジョークで冷え固まって氷になってポロポロ落ちたし、みんな冷静になったし、大人の階段を駆け上ってエリンを送り出すことができた。
そして、馬車を進めていくらか経った頃、ウィステリアがイリーナに魔法のレクチャーをしていた。
「──なので、先に使っておくことで能力以上の魔法も使用可能になりますの」
「はぇ〜。だから、あたしでもさっき禁術が発動できたんだ?」
ウィステリアはエルフの里で思いついた禁術級魔法を使用可能、しかも比較的簡単な魔法しか使えないイリーナに習得させてしまうレベルまで使いやすく安全な術式を発明していた。
ちなみに禁術級魔法は、色々な意味でデメリットが存在したり、著しく強力だったりして、国によっては使用禁止にされている魔法だ。
例えば『魔力消費量が多すぎて、使えば魔力を補うために命すらも消費する魔法』とか『あまりの邪悪さに発動すれば周囲を侵食し、長い間植物すら育たない大地になる魔法』とか『効果が高すぎて戦略級(それひとつで戦争の対局を動かしかねないもの)と判断され、個人使用を禁じられた魔法』などなど。
「ええ。今のは身体能力を上昇させる補助魔法で、上級の更に更に上の効果がありますわ」
そして、ウィステリアは魔力消費が多すぎるタイプの禁術を克服させる革命的な魔法と、戦略的効果がある補助魔法を教えたのだった。ちなみに、どちらもウィステリアが発明したので、もちろん公には出ておらず、禁止にはなっていないいわゆる脱法禁術である。
「でも、簡単に発動できすぎて、さっきのが禁術にゃのか実感が湧かないよ……」
「そうですわね。では、ちょうど空にグリフォンがいますので、試してみたら良いですわ」
「グリフォン……!?
そ、そんにゃの無理だよぉ……どうせ、あたしだけでって言うんでしょ?」
怯えて半泣きになるイリーナだが、諸行無常……ウィステリアの答えはもちろん──
「ですわ」
肯定だった。
「ウィステリア様、いくら禁術を習得したからって、グリフォンはワイバーンより強いモンスターですよ。ジョージ様やウィステリア様ならともかく、イリーナ様が1人でと言うのは酷ではないでしょうか……?」
「うちも倒せるぞ!」
空気を読まず、馬車を操っていたエリンがニコニコ笑顔で言う。
「え、でも当たらないんじゃ……?」
困惑するアメリアに、エリンは馬車を停めてドヤ顔で答えた。
「……ちょうどグリフォンが2匹おる。
1匹はうちが倒してやろう。……なぁに、いつまでも矢が敵に当てられないポンコツエリンちゃんではないのじゃ!」
──しゅばっ!
馬車から降りたエリンは弓をつがえて──
「スパイラルアロー!!」
魔力でできた螺旋の渦をまとった音速の矢を放つ。
「す、すごい!」
アメリアがその勢いに感動しかけるが……グリフォンは空中で身を翻して回避。
「あ、あれ……?」
アメリアが首を傾げかけた、その時!
──シュババババババ!
螺旋の渦がものすごい吸引力を見せ、グリフォンを瞬く間に吸い寄せていく。
「ヒョロロロ〜!?」
そして、なんと……矢が当たったのだ!
……直撃せずにカス当たりだったので威力はお察しだが。
「どんなもんじゃ!」
エリンは地に落ちたグリフォン(ほとんどノーダメージ)を見てキラキラした目でアメリアを見る。
「…………えっと、なんだか正攻法ではないですが、当たったのは進歩ですね」
褒め言葉をなんとか捻り出した。
「エリン、倒すって言ったんだからその程度じゃ……ないんだろ?」
ジョージが得も言えぬ信頼という名の圧力をかける。
「ああ、そ、そうじゃったな……!」
エリンは何も考えていなかった。そして、期待を裏切らないように必死に考えた。グリフォンはもう動き出したので、今から普通に攻撃しても回避されるのが分かりきっている。
そう、まだ動く敵に当てられないという欠点は完全には克服してないのだ。
たしかに、命中率は格段に上がったが、まだ平均5割と言ったところ。しかも初見で動きの予想が難しいグリフォン相手ならもっと下がるだろう。
一か八か当たることに賭けるか……?
エリンは一瞬そんな考えを頭に過らせたが、きっとジョージの目は誤魔化せない。ならば──
──閃くしかない!
幸い、今朝温泉に浸かって頭はリラックスしていた。今ならきっと……。
「──閃いたのじゃ……!」
刹那、エリンは3本の矢をそれぞれ違う方向に撃ち出す。もちろん、それがグリフォンに触れることはなかったが、それで良い。……いや、それが良いのだ!
矢はグリフォンを中心にして外側に広がっていく。そして、次の瞬間……!
「捕まえるのじゃ、アロープリズン!!」
3本の矢が格子状の魔力を放出、それぞれが繋がって魔力の牢獄を作り出した。
「ピィヒョロオ!!」
魔力の牢獄は閉じ込めるだけでなく、グリフォンを身動きひとつ取れないようにしていた。これならば、エリンでも百発百中だ。
「いくぞ、エンシェントロアー!!!」
その矢はエリンの元から離れると凄まじい魔力の奔流となり、暴風を巻き込んで咆哮のような轟音を伴ってグリフォンに直撃。
威力はもちろん、一撃必殺!!
凄まじい矢はグリフォンをチリひとつ残さず消し去ったのだった。
「どうじゃジョージ、見直したか!」
嬉しそうにジョージに駆け寄る。
プリズンアローが今閃いた技だということを察していたが、それも含めて乗り越えたというエリンの底力を見て、ジョージは満足そうに頷いた。
「ああ、見直した。さすがエリンだな」
「えっへん!」
ジョージがエリンの頭を撫でる。
すると、それを見ていたイリーナが決心したように馬車を出る。
「あたしも、やる!
ジョージくん見ててね!」
「ああ。瞬きせずに、全部見てやるから頑張ってこい!」
ジョージの激励を受けたイリーナは、空を飛ぶもう1体のグリフォンを見据えながら魔力を練り魔法陣を展開する。そして──
「──"マジックオーバードライブ"!!」
その魔法はまさに禁術……大地、空、地上……周囲に含まれるすべての魔力がイリーナとつながった。
そう、観測できる範囲の魔力がすべてなくならない限り、実質無限に魔力を使えるようになったのだ。
「……よし!
……いくよ……禁術──ナタラージャ!!!」
満を持して発動される、戦略級補助魔法。
──基礎スペックが一般的なイリーナはこの瞬間、まさに神がかりな身体能力を手に入れたのだった。




