第三十三話 リッくんは凄い
「リッくん、お前って女だったのか!!」
そう、ジョージはリッくんを今までずっと、男の子だと思ってだのだった。そして、ジョージから昔話を聞いていたアメリアも。
「リッくんって女の子だったんですか!? てっきりメガネのひょうきんな少年だとばかり……」
「そう、リッくんは女の子だよ〜ん。隠してたワケじゃないけど、おもしろいから」
気だるげな雰囲気でほとんど無表情だが、心なしかリッくんの口角が少し上がっているように見える。
「ジョージ様、じゃあなんでリッくんって愛称なんですか」
その疑問には混乱しているジョージの代わりにリッくんが答える。
「それはね。
ボクの名前が"カレン・リッケンバーク"だから。
そのリッケンが訛って、みんなリッくんって呼んだの。面白いっしょ〜……ま、それでムンちゃんも勘違いしたってわけね」
「ムンちゃん!?」
これに食いついたのはエリン。
「そう、ハレムンティアのムンちゃん。同じ学校の子は、だいたいムンちゃん呼びなんだけど、ボクとムンちゃんは幼馴染でさ、ボクがそう呼び始めたのが広まったっぽい」
「幼馴染!? 特別な愛称?
ジョージの過去! ……くぅ〜、羨ましいのじゃ!」
エリンが嫉妬でジタバタする。
「あたしもジョージ君の小さい頃知りたいにゃあ」
イリーナはさておき、ジタバタエリンを横目にドヤ顔で参戦するウィステリア。
「……ですが、正妻はわたくしっ。
幼馴染だからといって、この座は揺るぎません」
「でも、ムンちゃんは1番ボクといるのが落ち着くと思う。だって、3歳の頃から12歳までずっと毎日一緒にいたしぃ〜ムンちゃんのパパママどちらもの面識あるの、ボクだけじゃん? しかも家族ぐるみ」
リッくんことカレンは、ニヤリと笑いながら楽しそうに反撃する。
そう、カレンはダンが行方不明になる前に、家族ぐるみで仲良くしていたのだ。
「家族ぐるみ!?
むむむ……手強いですが、わたくしの勝ち!
なにせ、婚約指輪をもらいましたからね」
おにぎりを握力で圧縮してできた2人の思い出のダイヤモンド。それを後日、宝石屋で指輪に加工し、再度婚約指輪としてジョージが贈ったのだ。
──これは切り札っ!!
「や〜ら〜れ〜た〜……。ばたっ」
さすがのカレンもこれには反撃できず、ふらふらばたっと倒されてしまう。
「……これが噂に聞く修羅場かあ〜。わたし、ドキドキしたよ」
オフィーリアは珍しく興奮した様子で一連の流れを見ていた。きっと昼ドラのドロドロも楽しめるタイプに違いない。
「……流石に今のは俺もどう対処していいのか分からなかった。一件落着してよかった。が、まあ……全員を愛すると決めた以上、俺にできるのはもう何かあった時にアフターケアすることぐらいだが。
……なあ、アメリア。ん? どうした?」
隣で一緒にみんなの話を聞いていたアメリアに声をかけるが、アメリアの返事がないので不思議に思う。
「……え? ああ、いえ。
……ジョージ様は愛されてるなって。その、フェロモンもあると思いますが、きっと他にも魅力があるから慕われるんでしょうね」
「……フェロモン以外の魅力、か。俺は分からねえが、あると良いな」
考えこむジョージに、アメリアが呟くように言う。
「私はまだ落ちませんからね」
「………………ああ!」
アメリアの言葉にジョージは黙り込むが、しばらくして力強く頷くのだった。
● ● ●
「──それで、どう助けてくれるのじゃ?」
一行はエリンの家を出て、カレンの先導の元里の中を進んでいた。
昨日は遅かったこともあり人通りが無く、静かであったが、今は朝ということもあり狩りに出かけるもの、採取のために出かけるもの、町へ向かうもの、雑談や物々交換をするものなど、なかなか賑やかになっている。
ただ、人間を見慣れないものも少なくないようで、たまに奇異の目で見られることもあった。ただ、昨日のユフィほど大胆なエルフはいないようだ。
「説明無しで最適解だけ教えても良いけどサ〜……それだと何してるか分かんなくて、みんな混乱するし、動きにくいっしょ?
だからとりま、ペーシェおじいちゃんの容体を見に行くわけ。おーけー?」
「……最適解?
リッくんさんはもう分かっておるのかの? もしかして、とっても賢いのか?」
エリンは興味津々。そんなエリンの様子にカレンは満足したのか、ニヒル(楽しそう)に笑いながらポーズを決めて。
「IQ3000ですから(メガネクイッ)!」
「「「IQ3000!? すごい!!」」」
エリンとジョージとイリーナが思わず声をあげて羨望の眼差しを送ってしまう。
「さすがリッくん! 学校でも1番賢くて、小学校卒業してから賢い学校に特待生で入学しただけあるな!」
「あたしの300倍くらいのIQにゃんてす、すごすぎる……」
「リッくんさんは底知れぬなぁ」
「ふふふ……でしょ?
ああ……そだ、クンの後に『さん』をつけなくていーよ。エリンはボクよりずっとお姉さんじゃん?
しかも古代種だし」
「そ、そうか? ……じゃあ、カレンちゃん!」
エリンが照れながらそう言うと、カレンがくすくす笑う。
「距離の詰めかたがジェットワイバーンみたいにはやいナ〜」
そう言いつつも、カレンは嬉しそうだ。
「おいリッくん、ユフィも言ってたんだがその『古代種』ってのはなんなんだ? 普通のエルフとは違うのか?」
ジョージがカレンに尋ねる。
ユフィの話では記憶を忘れにくいというようなニュアンスで、カレンの話では長生きっぽい雰囲気だった。
「ああ、うん。違うよん」
カレンは適当に歩いていたエルフを連れてくる。
「ななな、なんです?」
混乱するエルフの女性をよそにカレンは話し始める。
「エルフの男の人でも良かったけど、古代種の参考がエリンだし分かりやすく女の子連れてきた」
「人間? 知らないエルフ? ……あれ、知ってるエルフだっけ?
……ああ、つい最近あそこの大きな家から出てきた古代種ね!
それにしてもなにするつもり? ……あたいは美味しくないよっ! ……えっと、にが〜い薬草をさっき食べたからね! お、襲ってくるなら……噛みついてやる!」
という、エルフのお姉さんの威嚇をよそに、カレンが説明を始める。
「このお姉さんは今では主流の種族で、通常エルフと言われたらこっちね。
色素が薄くて魔力適性が高いから魔法が上手い。基本的に人間よりこのエルフの方が魔法がつよつよだね。
その代わり華奢で身軽。寿命は1万年」
「ですが、魔法ならわたくしが1番ですわ!」
「人間は基本的な能力が低いけど、たまにバケモノみたいなのが生まれるんよ。ウィステリア嬢はこれね」
「ば、バケモノ……!?」
ウィステリアがショックを受けるが、カレンに捕まったエルフのお姉さんは『バケモノ』と言う言葉にガクブルだ。
「エリンは古代種。
魔法はよわよわちん。その代わりに筋力があるから弓が通常種よりすごい。
色素が濃いめだから茶髪が多いね。で、寿命は10万年って言われてる」
「うちがナイスバディなのは、古代種だからじゃっ」
エリンがえっへんと自信満々で言う。
「ここからが問題で、古代種は寿命が長くて記憶保持も凄まじいけど、その代わりにデメリットもある。
寿命が長い代わりに繁殖しないから数が減って絶滅しかけたし、記憶保持能力のせいで精神が保てなくなる個体もいたってわけ。
だから、進化して記憶の保持は約100年まで減って、寿命が減って繁殖能力が増えたってさ」
カレンはこの情報を早口で言ってのけたのだった。
「だからうちはずっと覚えてるんじゃな……」
エリンは知らなかったようで、ほえぇっと感心して聞いていた。
「通常種は忘れるけど『記憶薬』を服用して、必要な情報を思い出す。そんで、その記憶薬のレシピを持ってるのがペーシェおじいちゃんってワケ」
ようやく解放されたエルフのお姉さんはホッとした顔で去っていく。が、途中で思い出して立ち止まり。
「小さい頃によく遊んでくれたエリンお姉ちゃんじゃん!!」
忘れると言っても、こうやって思い出すこともあるらしい。
「そうじゃよ。
ふふっ、思い出してくれて嬉しいぞ」
エリンは穏やかに微笑む。
そう、エリンは人見知りで引きこもっていたが、子供が好きで昔は弓を教えたり遊んでやったりしていたのだ。
「エリンお姉ちゃん、またね〜」
エルフのお姉さんはまるで子供に戻ったかのように無邪気な顔で去っていった。
「また会おうの〜」
● ● ●
「……で、ここがペーシェおじいちゃんの家」
エルフのお姉さんと別れ、少し歩いた先にその場所はあった。
「……ここか?」
ジョージがカレンに確認をとる。
なぜならそこは、どこからどう見ても倒木であり、エリンや他のエルフの家とは全然雰囲気が違うのだ。
根本から折れて根っこが見え、倒れているが故に扉も真横に傾いてしまっている。木も寿命なのか乾いてボロボロ。
教えられなければここに誰か知っていると分からないだろう。
しかし、そんなジョージの戦慄をよそに、エリンがなんともない風に、あっけらかんと扉に向かう。
「そじゃよ〜。
そもそも、ペーシェお爺ちゃんは物好きでな、わざわざ倒木を家にしたのじゃよ。だから、この扉の傾きもわざとじゃ」
「……物好き、なんだな」
「秘密基地みたいで、あたしは好きだにゃ」
イリーナは気に入ったらしい。
「ペーシェお爺ちゃん、おじゃましまーす」
エリンは何でもないように傾いた扉を開けて這うように中に入っていく。
「じゃ、ボクたちもいこっか」
自然にジョージの手を引き、幼馴染の強みを活かすカレン。
「あたしも手を繋ぐ」
「仕方ねえな、ふたりとも繋いでやる」
それに続いてイリーナも手を繋ぎ、ジョージたちはペーシェの家に入っていく。
「……わたくしは残ります」
しかし、ウィステリアはペーシェの家には行きたくないようだ。いや、正確には少し違う。
「淑女が這うなんて、できません。
申し訳ないですが、皆で行ってきてくださいませ」
「わたしも残るから。ウィステリア様を1人で残せないし」
そんなふたりにジョージは優しく頷いて家に入っていった。
● ● ●
家にはいると薄暗く、少し埃っぽくてジメジメしている。
まるでお化け屋敷のような不気味さで、生ぬるい空気が漂う。ちなみに、入り口は傾いてるのに、中は普通に住める構造になっていた。
「……本当に生きてるのか、怪しくなってきたな」
「うぅ……ジョージくん怖いよぉ〜……」
イリーナはブルブル震えながらジョージの腕にしがみつく。
「大丈夫だ、俺がついてるからな」
「……あ、それ良い」
カレンもイリーナの姿を見て楽しそうに真似をする。
「ムンちゃん、怖いよぉー……」
「……リッくん棒読みだぞ。怖いなんて感じてないだろ」
しかし、通じず。
「ちぇ〜、バレたか」
そんあ冗談を言い合っているが、安心して欲しい。
ペーシェは生きている。そして──
「この家は昔からこんな雰囲気じゃぞ。ペーシェお爺ちゃんの趣味じゃ」
「ま、紛らわしいっ!」
ジョージが思わず叫んでしまう。すると……。
「……だれだ?」
しわがれた声が奥から聞こえてきた。
「あ、起きたの爺ちゃん?」
エリンが駆け寄る。
「エルフのお爺ちゃんって、初めて見る気がするな。でも、エルフだし……見た目は若かったりするのか?
というジョージの疑問はすぐに吹き飛ばされる。
「夢を壊してすまんなぁ……若いの」
近づいてみると、奥のベッドで横になっていたペーシェの姿が目に映る。
薄い茶髪の、エルフ耳が生えたもうよぼよぼのお爺ちゃんだ。
「……耳が尖っているだけで、見た目は人間の老人と変わらんな」
「そうだろうな。
まあ……9万8000歳だからのぉ」
「って、じゃあ寿命が近いってことにゃの?」
イリーナが心配そうにきく。
「そうだ……記憶薬のレシピ、教えようと思ったが……特殊な混ぜ方をせんといかんからな。ワシも説明下手で、どうも継承できんかった……」
たまに息を吸うように寝落ちしかけながらも、なんとか最後まで言い切る。しかし、その短い話をするだけでも疲れてしまうようで、少し息が切れている。
「……ペーシェお爺ちゃんがこうなってるなんて知らなかったのじゃ」
エリンがしょんぼりするが、それを察したペーシェが優しく言う。
「エリン、気にせんでいい。お前さんも、色々とあったんじゃろ? こうして来てくれるだけでワシは……」
ペーシェがエリンを慰める。
「これじゃ、記憶薬は絶望的か……」
そうジョージが諦めかけた、その時──
「そこでボクの出番だ〜」
そう、カレンには秘策があったのだった!




