第三十二話 エルフの里での出会い
ファルドーネ領を進み、ジョージ達はエリンの案内のもとエルフの住むという森まで来ていた。
平均100mもの高くそびえる木々が鬱蒼と生え茂り、入ろうとする者を圧倒して拒絶するようなこの森だが、入ってみると柔らかな木漏れ日と澄んだ草木の匂いが包み込んでくれる心地いい森だった。
そして、この森の最奥にエルフの里がある。
ちなみに、里は分かりにくいところにある上に魔法で姿を見えなくしているため、初見ではまず辿り着くのは不可能だ。
「みんな、里に着いたのじゃ〜」
しかし、こちらには約3万3千年も里に住んでいたエリンがいる。なので、そのエリンのおかげで馬車は何の問題も無く里へ行くことができたのだった。
弓の修練以外引きこもっていたとはいえ、方向音痴でもないし流石に家に帰れないことはないのだ。
「……ふぁあ〜。いつの間にかあたし、寝ちゃってたのかにゃ? ……あれ、あたしオフィーリアちゃんのお膝で寝てたにょ?! ごめんにゃさいっ」
オフィーリアの膝枕で寝ていたイリーナが、エリンの声であくびをしながらも慌てて目を覚ます。
「イリーナちゃん、だいじょぶ! うとうとしてたから、わたしからお膝に寝かせたの」
「そ、そっかぁ。ありがとうね?」
照れ笑いしながらイリーナがお礼を言い、オフィーリアと一緒に馬車を降りる。
「……ウィジーは爆睡だな」
そんな2人を見送りながら、ジョージは自分の肩に頭を預けて寝ているウィステリアを横目に見る。
「すぅすぅ……」
心地良さそうに寝るウィステリアの右手にはオレンジ。よほど気に入ったのだろうか?
「ウィステリア様、起こしましょうか? 聖歌を使った神聖魔法での起床なら、良い目覚めになりますよ」
アメリアがジョージに尋ねる。
「……昨晩あまり寝てないだろうし寝かせてやろうか」
ウィステリアは、宿屋で偶然再会した元ファルドーネ夫人専属メイドのヘレナと明け方まで思い出話に浸っていた。
顔には出していなかったが相当眠かったらしく、ジョージがフェロモンスターの巨大ゴブリンを倒した後しばらくして寝落ちしていたのだ。
なので、ジョージは寝かせてやろうと思ったのだが、何かを思い出したように考えるような素振りを見せる。
「どうかしましたか?」
アメリアが首を傾げると、ジョージは穏やかな顔で答える。
「やっぱり起こしてやろう。こういうイベントごとって……疲れてるからって変に気を使って寝かされるより、多少無理してでも起きてみんなと一緒に過ごしたいだろ。
……エルフの里に初めてみんなで来た思い出っていうのは、今この瞬間に起きてないと一生味わえないんだからさ」
「……そうですね」
アメリアはウィステリアを見て穏やかに微笑むと、温かな声色で聖歌を歌うのだった。
● ● ●
「まぁ〜! ジョージ、アメリア、木の上の方に扉がついてますわ! エルフは木を利用して家にしていると聞きましたが本当だったのですわねっ。
でも、エルフの方々はどうやってあの高さまで登るのかしら? エリン、どうなの?
ああ、でもイリーナならその身体能力で登れるんじゃない?
……あの大きな木の上でお紅茶を飲んだらきっと、いつもより美味しく感じそうですわ。ねえ、オフィーリアちゃん」
神聖魔法で最高の目覚めを果たしたウィステリアは、ジョージとアメリアと一緒に馬車を出る。
そして、初めて見るエルフの里の光景に、子供のように目を輝かせて楽しそうにはしゃいだ。
「……起こして正解でしたね、ジョージ様」
「ああ」
● ● ●
珍しく大はしゃぎをするウィステリアが、エリンを質問攻めにしていた。
そしてしばらくして。痺れを切らしたエリンが『その都度教えるから、もう勘弁してほしいのじゃ〜!』と半泣きになった所で、ようやく里の案内が始まるのだった。
「──それで、この滑車を使って地面から家に行ってたんじゃが、ここ最近では安全面と手軽さから転移陣での移動が主流になっておるの」
地面から木の上の方にある家までの移動には、石板に描かれた魔法陣を起動して家の前まで転移するようだ。
ちなみに、エリンの言う『ここ最近』とは、2000年くらい前である。
3万3千歳にもなれば、2000年もつい最近なのだ。余談だが、エリンの体の年齢は人間で言うところの20代後半くらいで若く、寿命もまだまだっぽい。
「ためしに、うちの家に行ってみるかの?」
「エリン先輩の家? それは気ににゃる!」
「じゃあ、こっちに来るのじゃ」
少し歩いて、ひときわ高い(150mくらい)木のところに着く。
そして、その木の根元にある転移陣の描かれた石板に、魔力をちょちょいと流し込むと魔法が起動した。
「あ、これはリズンタワーで使われている転移陣と似た構造ですね」
「そうにゃんだ? それなら、あたしも使えそう」
イリーナが楽しそうに一番乗りで転移陣に乗り、にゅーんっと上に飛ぶ。
「じゃあ、うちらも行こうかの」
そして、エリンを先頭にみんなは転移陣で木の上の方に飛ぶ。
下からはよく見えなかったが、木に取り付けられた扉の前には足場と柵が設置してあり、その足場に下とつながる転移陣もあった。
そして、木の扉を通ると、みんなが入っても問題無いいくらいの空間が広がっており、木で作られたタンスや椅子、テーブルなどの家具や、奥にはベッド、魔法で冷える冷蔵庫などが設置してあった。お風呂とキッチンもあるが、キッチンは使われた形跡は無い。
「ようこそ〜、うちの家なのじゃ。〜〜〜っ!
お客さんを招いたのは、初めてだから恥ずかしいのう〜。あ、あんまりジロジロ見ないでね」
エリンが照れながらお茶を淹れていく。
この家にいる時は自炊などしてなかったが、ジョージと出会ってからは料理の練習もしており、今ではお茶はもちろん、ちょっと凝った料理も作れるようになった。
「木の良い香りがする落ち着く家だな。お茶もうまい」
ジョージが椅子に座って穏やかな顔でお茶を飲む。
「エリン、お客さんを招いたのが初めてなのに、椅子は十分にありますのね?」
椅子はみんなが座る分そろってるし、テーブルも大きい。
「……えっと、里を出る前に……作ったのじゃ。もしかしたら、里の外でお友達ができるかもって……それで、もしかしたらお友達をうちの家に呼ぶかもって……」
エリンは小さな声で恥ずかしそうに言う。
「……エリン様、できましたね」
アメリアが優しく微笑む。
「え?」
「お友達、できましたね。エリン様の思った通り、この椅子にみんな座ってます」
「お友達……みんな?」
エリンが嬉しさに顔を綻ばせる。
「ええ、わたくしも」
「エリン先輩、あたしも友達だにゃ」
「えっと……まだ出会って間も無いけどぉ〜……わたしもお友達になって、いいかな?」
ウィステリア、イリーナ、そしてオフィーリアもエリンを温かく迎え入れる。
「……俺も──」
ジョージも乗っかろうとした所で、エリンが止める。
「ジョージはダメ。ジョージはうちの王子様だから……」
「……ふっ。だな」
エリンの一言にジョージは優しく笑い、部屋に甘酸っぱい空気が流れるのであった。
● ● ●
それからしばらく談笑したところで夜になってしまい、ジョージの父ダンの記憶を取り戻せるかもしれないという記憶薬を手に入れるのは、明日以降にしようと言う話になった。
そして、次の日。
持ってきた食材で朝食をしていたところ……。
──コンコンコン。
「だれかの?」
突然の訪問にエリンは首を傾げながら玄関に向かう。
「──はい、エリンじゃぞ」
エリンが扉を開けると、そこにいたのはスレンダーな体格の金髪エルフの女性だった。見た目はエリンと同じくらいの歳に見える。
「侵入者かと思ったが、エルフか」
金髪の女性は一瞬警戒を緩めるが、奥にいるジョージたちを見るや否や、一気に顔が険しくなり背負っていた弓を構えてしまう。
「人間んんんんっ!!!」
目が血走っていてヤバそうだ。なんならもう矢も飛ばしちゃった。
「っままままて! ユフィ、待つのじゃ! この人らは、うちのお友達じゃからっ」
エリンが慌ててとめながら、飛んだ矢もパッと回収しながらエルフの女性を止める。しかし……。
「あいつらは人間ぞ!
人間といえば、人魚をおかずにエルフ食う野蛮なバケモノだ!
それと、なぜ私の名を知っている! それとそれと、お前は誰だ!」
一筋縄ではいかなそうだ。
「人間はそんなバケモノじゃない、それは長老様の好きなホラー小説の設定じゃろっ。
あと、うちはエリンじゃ。確かにユフィとは2000年前に転移陣設置工事の時に会ったっきりっじゃが、キミが10歳くらいの頃に初めて弓を教えたのはうちじゃぞ。さすがに忘れられたら悲しいぞ……!」
「……ホラー小説? 確かにそんな気も……」
ユフィは一瞬落ち着きかけるが、すぐに着火されてヒートアップする。
「……でも、私が10歳の頃なんて、2700年前じゃないか!
覚えているわけないでしょ! 記憶薬も無いのに!
それに、エリンって言えば3万3千歳の生粋の引きこもりだろうに、こんなにお友達を連れてくるなんて怪しい!」
ムキーっと怒るユフィだが、エリンはその言葉を聞いて驚く。
「……え?」
「だから、この家にお友達が来たことなんてないのに、こんなに……しかも人間を連れてくるなんて怪しいって言ってるんだ」
「いや、そこじゃない」
「ではなんだ?」
「記憶薬が無いって、どういうことじゃ?」
エリンは冷や汗を流しながら尋ねる。
「最近記憶薬を作れる古代種のエルフの爺さん、えっと……名前はわすれちゃったけど、その爺さんが体調が悪くて寝たきりなんだよ。だから、もうかれこれ1500年くらい私は記憶薬を飲んで無いんだ。
……それのせいで、過去100年くらい前のことがあやふやで……。あんたも古代種か、羨ましい」
立ち尽くすエリンに、後ろからジョージが声をかける。
「記憶薬を作れる人が寝たきり……なのか?」
「そうみたいじゃ。
記憶薬を作れるのは、ペーシェお爺ちゃんだけなのに……」
エリンが落ち込むが、そこにアメリアが寄り添い。
「寝たきりということは、まだ亡くなってないんですよね。……1500年というのは引っかかりますが。
では、もしかしたら治療したら作れるかもしれませんよ」
「そ、それもそうかもしれんの。
アメリアさんの神聖魔法は世界一じゃから」
アメリアの言葉に希望を見出そうとするが、ユフィがピシャリと切り捨ててしまう。
「治療魔法は効かない。
1000年前の聖女に頼んだけど、意味なかったからな」
「そ、そんな……」
アメリアも項垂れる。
「……1000年前なんて。そんな昔と今では、比べ物にならないくらい魔法も進歩してますわ。やってみる価値はあると思いますが」
「そうだよ。アメリア様の治療はすごいし、ウィステリア様の魔法は世界一だし、なんとかなるかも」
ウィステリアとオフィーリアが反論。だがそれでもユフィは引き下がらない。
「老衰も治せるのか?
不老不死や、若返りもできるなら可能かもな」
皮肉たっぷりの言葉に、さすがのウィステリアもぐぬぬ。
「……くっ。まだ研究途中の実験段階ですわ……!」
「あのウィステリア様でも、できにゃいにゃらもう……」
その様子に、イリーナが絶望してしまう。
「……八方塞がり、だな」
どうしようもなく、ただ嫌な沈黙が訪れてしまう。
そして、ユフィも小さくため息を吐いて帰ってしまい、みんなも帰るしか無いのかもと考え始めたその時。
「……助けよっか〜?」
ダウナーで軽い雰囲気の女の子が現れた。
「なに……!?」
驚いてジョージが顔を向ける。
「やっほ〜。ひさしぶりだね」
後ろに青のインナーカラーが入った黒髪ボブ、眠たげな黒い瞳、オシャレなメガネ、中性的ながらもふんわりした可愛らしい顔。
そして、白いシャツの上にはベージュの萌え袖カーディガン、紺色のミニスカに茶色い革靴の、小柄でダウナーな女の子がそこにいた。
しかも、その女の子はジョージを知っているようだ。
「……だれだ?」
ジョージが訝しげに尋ねる。
「……あ、そうか」
女の子はすぐさま察すると。
「──恋の方程式は中学生からですよ!(メガネクイッ)」
瞬間、ジョージの脳内に電流が走る。
呼び起こされる記憶、つながる情報、新たな疑問と衝撃。
そう、この女の子はまさかの──
「リッくん!!?」
「リッくんって、初めて会った日にジョージ様が話してくれたあのリッくん?! ジョージ様と同級生で、学校で1番賢いと言ってたあのリッくんですか!?
授業で恋の方程式を教えようとした先生に、『方程式は中学生からですよ!』とぶっとんだツッコミを入れたリッくん!?」
ジョージだけでなく、アメリアも驚きを隠せない。
なぜなら、ふたりともリッくんを誤解していたのだ。
「リッくん、お前って女だったのか!!」
そう、ジョージはリッくんを今までずっと、男の子だと思ってだのだった。




