第三十一話 過去と今
エルフの里はハーキング王国の南端にある。そして、リズンバークから行く場合、まっすぐ進めばいくつかの領地を跨がなければならない。
そうなればその都度領主に目通りするか通行証を提示する必要が出て時間の大幅なロスにつながる。
しかし、国境沿いを行くルートであれば、ウィステリアの生まれ故郷であるファルドーネ辺境伯領のみを通ることでエルフの里に辿り着く。
ウィステリアの父であるパオロの度重なる失態によりファルドーネ家は解体を国王から言い渡され、次の正式な領主が決まるまでは、ルーサー(ウィステリアの元許嫁)──ハーキング侯爵に一時的に統治される運びとなった。
なので、事実上今のファルドーネ辺境伯領は誰のものでもなく、ウィステリアに追放を言い渡したパオロも実権を握っていない上、代理領主のルーサーもウィステリアと面識があるため、ほとんど顔パスで領地を通り過ぎることができるのだ。(アメリアの正式な通行証もあるので、万が一止められても大丈夫)
* * * * *
そして、ファルドーネ辺境伯領を我が物顔で進んでいたジョージたちは、ウィステリアの案内の元とある村に辿り着いた。
「……今日のところはここで休みましょうか」
時刻は夕方。
本来ならばもう少し進んで街で休むことになっていたが、出発が大幅に遅れていたので仕方ない。
これ以上進んで半端な場所に野宿するわけにもいかないのでこの村で1夜過ごすことにしたのだ。
「ぅう〜……馬車のガタゴトで、お尻が痛いにゃ〜……」
ウィステリアに続いてイリーナが馬車から降りる。
「わたしも同感〜……。初めて馬車に乗ったけど、痛みに加えて降りた今でも揺れてる感覚がするよぉ……」
オフィーリアはふらふら〜っとしながら近くの木に寄りかかる。
「あら、この程度で痛くなるなんてだらしないですわね」
そんな2人の様子を見て、ウィステリアがドヤ顔で言う。が、次に出てきたジョージが笑いながら。
「ウィジーだって持続回復魔法していたくせによ」
「まあ、ジョージ! 言わないでっ」
そんな2人のやりとりを見ながら、エリンとアメリアが不思議そうに話していた。
「痛い? アメリアさん、お尻痛いかの?」
「……いえ、痛くありません」
「じゃあ、うちらとイリーナちゃん達の違いはなんじゃろう?」
「うぅ〜ん……? はっ」
しばらく考えてアメリアが少し恥ずかしそうに耳を寄せる。
「なんじゃ?」
「……お尻のお肉が多いんですよ」
「お肉?」
「そう、下半身の脂肪です」
事実を知った2人は顔面蒼白。
「「きゃー!!?」」
ただただ恐ろしい事実に悲鳴をあげるしかできなかった。
「体型なんて、それぞれ良さがありますのに、ね。ジョージ」
「だな」
● ● ●
馬車を停め、宿屋にチェックインした一行。
3部屋を借りてウィステリア、イリーナ、オフィーリアの部屋と、アメリア、エリンの部屋と、ジョージの部屋に分けられた。
そして、ひとまず明日以降の予定を確認するために食堂に集まっていると、その宿屋の主人に『ウィステリアに会いたい』という客人が来たと伝えられた。
「……誰かしら?」
ウィステリアが首を傾げる。
「ウィステリア様のお知り合いじゃにゃいの?」
「きっとそうだとは思いますが。うぅん、あ……もしかして……」
ウィステリアが立ち上がって、客人の待つフロントまで向かうと──。
「──ウィステリア様! あらあらまあまあ、こんなに大きくなりまして……」
着古されていながらも品のある服を身にまとうお婆さんがソファに座っていた。
「……あなた、ばあや?!」
そのお婆さんの顔を見るや、ウィステリアが嬉しそうに駆け寄って抱きつく。
「ウィステリア様、淑女がこのように人に抱きつくなんて。……まったく、お転婆なところは変わっていませんねえ」
そういいながらも、ばあやと呼ばれるこのお婆さんの表情は温かい。
「あら、そんなことないわ。いつもはもっと、立派な淑女としてふるまってますのよ。
……でも、久しぶりに再会したんですもの、少しくらいは良いんじゃない?」
ウィステリアは、ばあやの隣に座ってイタズラっぽく笑う。
「そうですね。ばあやも、もうメイドは辞めましたし、口酸っぱくウィステリア様の指導をする必要もありませんね」
ばあやは嬉しそうに笑う。
「そうよ。
……でも、ヘレナはわたくしにとって、今も昔も変わらず『ばあや』です。だって、小さい頃に編み物を教えてくれたり、淑女としての教育を指導してくれたのは貴女なのだから」
ウィステリアは優しく微笑んだ。
「──ウィジーその方は?」
話していると、客人のことが少し気になったジョージがフロントに来ていた。
「この方は、ヘレナ。
わたくしのお祖母様の頃からファルドーネ家に仕えていてくれた、ファルドーネ家夫人専属メイドですわ。
そして、わたくしの教育係のひとりで、小さい頃にお世話になったのです。
……ちなみに、大魔法のプリズムバスターををこっそり教えてくれたのもヘレナなの」
災害級の大魔法プリズムバスター。
無数の光が大爆発を起こす光属性の魔法なのだが、これを使えるのは世界でも一握り。
魔法使いの家系であるファルドーネ家に3代に渡って仕えたヘレナもまた、大魔法使いだったのだ。
そして、ウィステリアが追放されたのを機に、ファルドーネ家のメイドを辞め、生まれ故郷であるこの村に帰ってきていたのであった。
「世界でも有数の魔法学校ですから、幼いとは言えファルドーネ家として恥ずかしくないよう、このヘレナが教えましたよ。
……まあ、本当は偉そうなだけのイケすかないお坊ちゃんお嬢ちゃん達に一泡ふかせて、世界にウィステリア様在りと見せつけたかったというのが本音ですけどね」
ヘレナはお茶目に笑うと、ジョージとウィステリアを交互に見ながら。
「それでウィステリア様、この方はどなたですか? ……もしかして?」
ヘレナが察する。
「……ジョージですわ♡
将来、この方と……」
「あらあら、まあまあ……!
これはこれは……ウィステリア様も、ようやく?」
「そうですの」
「子の成長とは早いものですねえ。
少し前は少し生意気で、問題ばかり起こすお転婆娘だと思っていましたのに」
ヘレナが冗談めかして良い、それにウィステリアも楽しそうに笑いながら。
「そんな言い方ひどいですわ、ばあや!」
「……ですが、こんなに大きく育って……。
髪の色こそ違いますが、貴女のお母様であるシャルロッテ様や、お祖母様であるエレオノーラ様のようにお美しくなって。……いや、もうそれ以上かもしれません。
それに、いい方まで見つけて、ばあやは嬉しゅうございます……。
許嫁なんて話が出た時はどうなるかと思いましたが、そのような笑顔になれる方を見つけられたんですね」
ヘレナは嬉しそうに話しながら、次第に感極まって涙ぐむ。
「ばあや……。
あ、貴女のことだって昔は冷たくて厳しくて、すぐに怒るお邪魔虫なお婆さんだと思ってましたわ。
毎日喧嘩もして、毎日どう懲らしめてやろうかと思ってました。でも……」
ウィステリアも釣られて涙ぐんでしまう。
「こうして会えてよかった……。
今なら貴女の厳しさもわたくしにとっての優しさだったのだと分かります。ありがとう」
そこまで言って、深呼吸をすると涙を拭きながら、悪だくみをする子供のような顔で言う。
「……とは言え、中庭の木を焼いてしまったのを、わたくしだけのせいにしたのは許してませんわよ」
「あら、それはもう時効じゃないですか、ウィステリア様……!」
ウィステリアとヘレナは楽しそうに笑いあう。
「……2人とも、仲がいいんだな」
ジョージが穏やかに笑うと、2人きりにしてやろうと部屋に戻るのだった。
* * * * *
次の日、ジョージ達は朝食の後出発しようとしていた。
「──ウィステリア様。もしまたこの村に寄ることがあれば、土産話でもしてください」
「ええ、もちろんよ。
では、ヘレナごきげんよう……」
穏やかな笑顔の別れだった。
「……もう大丈夫なようだな」
馬車の前で待っていたジョージが、ウィステリアの手を引いてあげながら言う。
「ええ、おかげさまで。
……行きましょうか」
ウィステリアはジョージのエスコートのもと馬車に乗り込むと、みんなの顔を見ながら頷いた。
「では、出発するのじゃ」
エリンが馬を操って馬車を発進させる。
「今日はどこまで進みますの?」
「今日はね、にゃにごともにゃければ夜にはエルフの里まで行けるってさ」
ウィステリアの質問にイリーナが答える。が、タイミングを見計らったように馬車が止まる。
「どうしたの、エリンさん?」
オフィーリアが窓から顔を出す。
「それが、巨大なゴブリンが道を塞いでるのじゃ!」
「巨大なゴブリン? ……それって!」
ジョージが相手が何者かを察して急いで馬車を出る。すると、そこにいたのは──
「ギャオウンギョウン!」
邪悪なフェロモンで生み出されたモンスター。
通称フェロモンスターの、5mもある巨大ゴブリンだった。
以前ジョージが対峙した時は攻めきれずに、結局シンが倒してくれた相手だ。
「時間も惜しいですし、みんなで戦いますか?」
アメリアがゴブリンを警戒しながら馬車から降りようとするが、ジョージが止める。
「待て。
俺1人でやる」
ジョージはの意志は硬そうだ。
しかし、それは強がりや意地になっているわけではないと、その余裕ある表情が物語る。
「分かりました」
アメリアがジョージを信じて馬車に戻った。
そして、それを横目で見ながらジョージがゴブリンの前に出る。
「……ギョバゲゴブウギョウ!」
フェロモンゴブリンが、石斧を振り回してジョージを威嚇する。
「……ふっ」
だが、ジョージは依然余裕の笑みを見せる。
「もう俺は、数日前までの俺じゃねえ。
テメェの対策は既に……立ててあるんだぜ!」
瞬間、ジョージの右足にフェロモンの炎が燃えたぎる。
そのフェロモンは、今までのような浄化のフェロモンではなかった。
「──闘争フェロモン!
俺の太陽のようにアツい闘争フェロモンを燃やし、テメェに叩き込む。行くぞ……!!」
ジョージが走り出す。
「ゴギギラブボバ! ギャヒギャヒ!」
同時に飛びかかるゴブリン。
「うぉりゃあああ!!!」
ジョージは宙返りしながら飛び上がり、ゴブリンの胴にジャンプキックを叩き込む。
「……ギャ!?」
ゴブリンは吹き飛ばされる。が、妙な感覚に陥ったゴブリンは、自身の体に傷が存在しないのを確認してほくそ笑む。
「…………ギャイグビョッ」
「…………」
ジョージは着地して、ゴブリンの余裕な表情を見ても顔色ひとつ変えない。
ゴブリンは、そんなジョージを訝しげに思っていた、その時!
「ギャイギョ!?」
胴のキックを受けた部分に紋様が浮き上がる。(心なしか、J・H と見える)
「ギャルルギ……ゴシャイン!?」
その紋様から溢れ出す、アツすぎるエネルギーに焦りを見せる。そして──
「ゲブギギグギス……!!」
──大爆発。
濃縮された闘争フェロモンが強力なバトルエネルギーに変化し、フェロモンスターのゴブリンを紋様を着火剤として内側から爆発させたのだった。




