第三十話 越境、そして帰郷
エルフの里に向かうため、馬車に乗って出発したジョージたち。
道中、馬車や街道に設置された退魔の魔石のおかげで、モンスターと出会わず国境付近まで来ていた。
「それにしても、平和すぎて面白くないな。暇だ……」
ジョージがぼーっとしながら呟く。
最初はジョージも張り切って馬車の外で護衛(必要なかったが)をしたり、馬車と並走して走ったり、見回りと称して近場を散歩していたのだが、退魔の魔石の効果はなかなか強いらしく、そこそこ離れないとモンスターが現れない上に、居たとしてもスライムや普通のゴブリン、小動物にツノが生えた程度の弱いモンスターしかいなかった。
なのでジョージは1時間を過ぎる頃には飽きて戻ってきて、みんなと一緒に馬車内でただ揺られる時間を過ごすことにしたのだ。
「平和なのも良いことですよ。そもそも、馬車が襲われて壊れたら大変ですし、モンスターが居ないに越した事はありません」
隣に座っていたアメリアがジョージを諭す。
「ジョージくん、これでも食べて。美味しいよ」
イリーナがジョージにオレンジを渡す。
「これは?」
「オフィーリアちゃんから貰ったんだけど、とっても美味しいにゃ」
もぐもぐしながら笑顔を向ける。
「イリーナちゃん、まだあるからね。ジョージ様も遠慮しないで食べて。このオレンジはねぇ、紅茶とは別にわたし個人が育てたの。オレンジ農家のおばさんから育て方を直伝させてもらったから、とってもおいしくできたんだから」
オフィーリアがパッと明るい笑顔でオレンジを自慢する。
するとジョージも食べたくなってきて、オレンジを剥いてぱくりと一粒頬張った。
「……うん、これはうまいな……! 濃厚な甘味と、程よい酸味が口いっぱいに広がるぜ。薄めて飲む濃縮ジュースをそのまま飲んだような背徳感があるのに、重すぎないし後味もサッパリする。
……オフィーリアのところの紅茶も絶品だが、オレンジも半端じゃないな」
ジョージが絶賛すると、馬を操りながら聞いていたエリンが羨ましがる。
「いいなぁ〜。ジョージ〜、うちも食べたい〜」
馬3頭を手綱で操りながらでは手が離せず、エリンは馬車の中のジョージたちにアピールすることしかできない。
それに気がついたジョージはまたオレンジを快く剥き始める。
「仕方ねえな。……ほら、口を開けろ」
馬車の窓から少し身を出し、ジョージがエリンの口元に剥いたオレンジを持っていく。
「あ〜んっ」
大きなお口でエリンがオレンジを食べた。
「こいつ、俺の指まで食べやがった!? ……ったく、それでどうだ? 美味いだろ」
エリンにハムられた指を拭きながらジョージが言う。
「うん、すごく美味しいのじゃ……。オフィーリアさんの紅茶は絶品じゃが、オレンジも半端じゃないんじゃな」
エリンの感想にオフィーリアが笑う。
「ふふっ、エリンちゃんったら、ジョージ様と同じこと言ってるよ〜」
「みんな同じことを思ってますのよ。……もぐもぐ。なにせ、こんなに美味しいのですからね……もぐもぐ」
今まで黙っていたウィステリアが口を開くが、様子がおかしい。
「そうかもしれないにゃ。あたしも同じこと思ってたし……って、ウィステリアさま!?」
イリーナがウィステリアの方を見て驚愕する。
「もぐもぐ……な、なにかしら?」
ウィステリアが顔を上げる。本人は自覚がないようだが、大変なことになっていたのだ。
「ウィステリア様、少々その……食べ過ぎでは?」
「そうかしら?」
「はい。……それで何個目ですか?」
「……え?」
ウィステリアはその一言で冷静になると、紙袋に入った食べ終えた皮を数える。
「30個……いえ、34個ですわね。だって、美味しいんですもの……」
困り眉でボソッとぼやきながらも、ウィステリアはもう一つオレンジを食べようとする。病みつきだ。
「ウィジー、たくさん食べるのはいいが、帰りに食べる分が無くなっちまうぞ」
「そ、それは困りますわね……はいっ」
ウィステリアは反省しながら、剥きかけたオレンジをジョージに名残惜しそうに押しつける。
「いや。剥きかけたんなら、ウィジーが食べろよ」
「でも、食べ過ぎですし……」
「じゃあ、みんなで食おう」
ジョージがオレンジを剥きおわると、ウィステリア、アメリア、イリーナ、オフィーリア、自分、そして馬車を制御するエリンに等分して分け与えた。
「……感謝しますわ」
ウィステリアはぶっきらぼうにそう言いながら、嬉しそうにオレンジを口に運ぶ。そして、その様子を見てからみんなもオレンジを食べたのだった。
ちなみに、エリンはジョージが口に運んだのですでに食べている。
● ● ●
そしてしばらくして、とうとう国境に辿り着いた。
ここからはリズンバークではなく、隣国である"ハーキング王国"だ。
ちなみに、ウィステリアの元許嫁であるルーサーもハーキング家なのだが、こちらは分家であり侯爵に当たる。
そして、ファルドーネ家は没落したものの、辺境伯であり決して低い地位ではなかったのだ。
そう、ウィステリアは元々辺境伯のご令嬢なのである(追放されたが)。
「……では、国境に着きましたので、入国審査をしてきますね」
アメリアが立ち上がると、ウィステリアも追うように立つ。
「わたくしも行きますわ。追放された身とは言え、わたくしの顔も多少は効くでしょう」
「分かりました。行きましょうか」
そうして2人は国境を守る兵士の元へと向かった。
● ● ●
「……平和だな」
兵士Aがつぶやく。
「そうだな」
眠たそうに、兵士Bが言う。
「なにか刺激的なことないかな……」
「そうだな」
「そういえばファルドーネ家が解体されるって噂、聞いたか?」
「そうだな」
「最近大変なことになってたみたいだし、唯一の後継ぎであるウィステリア様を追放してたし、よくよく考えればそうなっても仕方ないのかもな……」
「えっ? ああ、そうだな……!」
「さっきから『そうだな』しか言ってないけど、話聞いてるのか?」
イライラしながら兵士Bに言う。しかし、兵士Bは兵士Aに目も合わせず、一点を見つめていた。
「おい、何を見てんだよ。……ん? ああ、馬車か。まあ面倒な仕事でも、何もしないよりはマシだな。時間潰しにもなるし」
そんなふうにボヤいている兵士Aに、兵士Bが慌てながら止めに入る。
「お、おい! 口を慎め!」
「なんだよ、急に真面目じゃん。どっかのお偉いさんでも来たか? そうだな、聖女様とか?」
兵士Aは冗談っぽく言うが、兵士Bは冷や汗をかきながら、ヘッドバンキングよろしく、すごい勢いで縦に振れまくる。
「そ、それだけじゃない! よく見てみろ」
「兵士Bに促されるままに、兵士Aが前を向くと……。
「──ごきげんよう」
威風堂々、その貴族としての輝きをそのままにした、ファルドーネ元辺境伯令嬢、ウィステリアがそこにいたのだ。
「ごごごごおごっごごごごきげんようっ!?」
まさかウィステリアがここに来るとは微塵も思ってなかった兵士Aは、驚きすぎて一瞬お漏らしをしてしまいそうになる(未遂)。
「まさか、ウィステリア様がリズンバークにいらっしゃったとは……。ご入国ですか?」
兵士Bはナイアガラの滝のごとき冷や汗を流しながらウィステリアを出迎える。
「そうですわ。それと聖女のアメリア、もう3人の友人たちと、婚約者も居ます」
「そ、そうですか。婚約者ということはルーサー様ですか?」
「いえ、あの者は正式に婚約破棄しました」
「そ、そう言えばそうでしたね……」
声も出なくなって傍観するしかできない兵士Aにかわり、兵士Bが緊張で喉がからっからになりながら対応する。
「それにしても、あなた方の様子がおかしいですが、どうかなさいましたの?」
「い、いえ……なんでも」
今にも泣きそうな兵士Bを心配して、アメリアが声をかける。
「調子が悪いなら、私が治しましょうか? 病気や怪我はもちろんですが、神聖魔法でちょっとした不快感やストレス緩和もできますよ」
「え? そ、そこまでして頂かなくても大丈夫です……」
兵士Bは遠慮するが、その態度にウィステリアはジト目で。
「煮え切らない態度、ですわね。理由があるなら白状なさい」
ウィステリアの圧に負け、兵士Bは観念して口を開く。
「……ウィステリア様を怒らせるとブラックホールで消滅させられると。そして、家も滅亡するともっぱらの噂です。
ファルドーネ家も、パオロ様がウィステリア様の怒りを買ったせいで滅びたと言われているもので……」
「…………」
自分がやったことをかえりみて反論できないウィステリアだったが、代わりにアメリアがフォローする。
「ウィステリア様は優しく、思慮深い方です。確かに、噂が間違いだと言えば嘘になりますが、それでも、ちょっとした無礼を働いたからってブラックホールは出しませんよ。
出たとしても、エクスプロージョンノヴァ級の威力のファイヤーボールくらいですよ。
ね、ウィステリア様?」
「……アメリア、力説してくれるところ悪いのですが、フォローになっていませんわ……」
「え?」
アメリアが冷静になって兵士たちを見ると……。
「えええええエクスプロージョンノヴァ級の、ファイヤーボールぅうう!? 下級魔法なのに上級の威力が出るなんて……」
腰が抜けた兵士Bがわなわなと座り込んでしまう。
「じゃ、じゃあ……本物のエクスプロージョンノヴァは……ヘルズフレア? いや、禁術のジャッジメントシャインか?! ……や、やば過ぎる……ぶくぶく……」
かろうじて意識を保っていた兵士Aも、刺激が強すぎて泡を吹いて気絶してしまったようだ。
「……アメリア、責任を持ってこの2人を治しなさいな」
呆れた様子でウィステリアが言う。
「……そ、そうですね」
アメリアは少し不満そうにしながらも、兵士の2人の状態を治すのだった。
「場を和ませようとしたんですけどね……」
● ● ●
そんなトラブルはありつつも、その後意識を取り戻した兵士たちによって審査をしてもらい、無事国境を越えることができたジョージたち。
ようやくハーキング王国に入ることができたのだ。
そしてここはハーキング王国でも、ただの通り過ぎるだけの道ではない。
……この地こそファルドーネ辺境伯領だ。そう──
「──わたくしの生まれ故郷ですわ!」




