第二十九話 見直すキッカケ
「この──フェロモンソード!!」
凄まじい無数の剣閃が飛び交い、無防備なジョージを襲う。
「シン、何をするんだ。……う、うわああっ──!!?」
ジョージは反応できずにモロにくらって大きく吹き飛ばされてしまう。不意打ちとはいえ、並の相手なら対応できるしノーダメージであるジョージが、対応できなかった上に、この時初めてダメージを受けた。
吹き飛ばされたジョージはそのままお手玉状態で攻撃され続け、いつの間にか森の外まで来ていた。
ジョージはその間反撃しようと何度もフェロモンを練り上げるが、シンはそれに的確に攻撃を仕掛け、ジョージのフェロモンを霧散させてしまう。
「この程度か、ジョージ・ハレムンティア! 僕はまだ本気を出していないぞ……!」
ちなみに、森の外まで移動したのは、シンも苗木に被害を出したくないからだ。植林仲間なので考える事は同じ。
「くっ!」
ジョージはこの窮地に顔を顰める。
シンの事は傷つけたくないが、本気を出さなければ攻撃を受け続けるばかり。徐々に切り刻まれていく衣服と、森からついてきてしまった動物たち。
この状況は、最初の攻撃でできたさかむけのヒッリヒリ感と似ていた。
対応を誤れば悪化するのは間違いない。だからこそ、ジョージは隙ができるのを待っていた。攻撃範囲外に出れば話し合いもできるはずだと。しかし、シンはそれを見透かしたかのように攻撃の手をさらに苛烈にする。
「──フェロモンウィンドスライサー!!」
シンがその技名を叫ぶと、フェロモンと魔法の風が融合して無数の刃となる。そして、無情にもジョージを切り刻んだ。
「ぐ、ぐぬぉおああ!?」
もう、あられもない姿である。かろうじて腰回りのズボンが残っているのは、シンの配慮だ。
「これが、僕の力だ!」
ジョージの場合、フェロモンは使うが魔法は使わない。しかし、シンはフェロモンに加えて魔法を駆使し、しかもそれを融合して技にまで昇華するという離れ技をやってのけていたのだ。
「能力値なら俺が負けるはずはないが……」
ジョージは何とかフェロモンを燃やして対抗するが、それでも防戦一方。魅力解放までしたいところだが、シンの攻撃によってフェロモンが集中させられないのだ。
「──これで終わりだ、ジョージ・ハレムンティア!」
シンは凄まじいフェロモンをビームサーベルに集中させると、次の瞬間天すら切り裂く超巨大な斬撃を放った。
「シン・フェロモンカリバー!!!」
──ドグラガシャバザーンッッ!!!
「ぐっぐぉああああああ!!!?」
● ● ●
完敗だった。本気を出さなかった、いや……出させてもらえなかった。シンは、対フェロモンにおいて達人と言っても良い実力を持っていた。
才能ならジョージが遥かに上。しかし、シンはジョージと変わらない年齢で凄まじい研鑽をつみ、圧倒的な才能をくつがえす技術を手に入れていたのだ。
ジョージは才能に溺れていたわけではない。だが、己より強い者と出会ったことがなかったのだ。だからこそ、格上や、戦いにくい相手に対処する術がなかったのだ。
「……くっ」
ジョージは悔しかった。
シンに負けたことがではない。己の才能と強さを、今まで腐らせていた事がだ。
そんなジョージを見ていたシンが、静かに言う。
「ジョージ・ハレムンティア。普段の僕ならここまで戦えなかった。どうやら、僕はお前と一緒にいることで普段より実力が出るようだ」
同情かと思ったが、どうやらシンの言っている事は本当のようだ。とは言え、結果は変わらない。
ジョージはシンに技術で負けたのだから。そして、シンはまだ覚悟の本気もだしていないだろうから。
「……そうか」
ジョージが立ち上がる。全身がヒリヒリする。乾燥肌の時みたいだ。
「分かっていると思うが……」
「ああ。このままじゃ、フェドロに勝てないと言いたいんだろ?」
「そうだ。フェドロもフェロモンを操る。前の戦いでジョージ・ハレムンティアの情報も渡っているだろう。
だから、きっと次の戦いでは対策を用意しているはずだ。気を引き締めろ」
「……わかった」
ジョージの言葉に満足すると、シンは満足したように立ち去った。……新品の服を置いて。
「……ったく、不器用なやつだぜ」
ジョージは去っていくシンの後ろ姿を見送りながら、爽やかに笑うのだった。
* * * * *
シンとジョージのアクロバティックジュブナイルストーリー(?)から2日後。とうとうエルフの里へ向かう旅への出発日になった。
あれからフェロモンスターも出てこず、フェドロ軍残党の問題もかたがつき、ルート確認も終えて、あとは出発するだけだ。…………と思っていたのだが──
「どういうことなの、みんな!」
オフィーリアの怒り声が家中に響き渡る。
普段温厚でふわふわほんわかしているオフィーリアが眉をピっと上げて怒っていた。それもそのはず……。
「オフィーリアちゃん、怒らないでくださいませ……。スキンケアのアイテムや、衣装、アクセサリーはわたくしの命とも言える代物ですの。ですから、何を持っていくか悩むのは仕方ないのですわ」
ウィステリアが少し困ったように言うが、今日は出発当日である。
「それは昨日までに決めておくべきことなんですよ。まったくもう〜」
オフィーリアはぷんすか怒っている。
「お土産は、何が良いかのう? ジョージ〜一緒に決めよう?」
「お土産はご当地の定番お菓子って相場が決まってるだろ。だから、リズンタワービスケット一択だ」
他にも、エリンとジョージがお土産で悩んでたり。
「にゃ〜……。おはよう、みんにゃ。……あっ、出発ってきょうかっ。荷造り忘れてた!」
エリンがそもそも準備をしていなかったり。
「干しておいた洗濯物が乾いていないんですが、どうしましょう……? それに、日持ちしない食べ物は……」
アメリアが当日で解決できないことで悩んでいたりと、全く出発当日とは思えない慌ただしさだったのだ。
「うぅ……先が思いやられます。わたしでは、みんなを引っ張るのが重いよぉ……」
目をきゅっと閉じて苦悶の表情をするオフィーリアだった。
ジョージファミリーにブレーン(参謀的な)が欲しいと切に願いつつも、いない者は願ってもしょうがないのでオフィーリアは頑張ってみんなの出発準備を手伝った。
早朝には出発予定だったのに、時刻はもうお昼前。ただ、日が暮れないだけマシだった。
今回の旅では馬車での移動がメインだが、外で待つ馬さんも秋の涼しげな空気とポカポカ陽気で眠気に誘われそうになっていた頃、ようやく荷造りの殆どが終わりを迎える。
しかし──
「じょ、ジョージ様〜……」
オフィーリアが力無く座り込んでしまう。
「ん? また俺が何かやっちまったか?」
ジョージは何故か少し誇らしげだったが、本当にやらかしていただけだった。
「ジョージったら、お茶目じゃのう」
エリンは微笑ましそうに言う。呑気なもんだ。
「ジョージくん、あたしも準備おわったよ〜?」
2階から荷物を背負ってイリーナが降りてきたが、状況を見て驚愕する。
「……って、ジョージくんのカバンの中……お菓子だらけ!」
そう、ジョージは準備完了といった顔をしていたが、実際はカバンの中にはお菓子ばかり入れて他のものは全然入れてなかったのだ。
「ジョージ様、私は馬車を迎えに行きますのでその間に準備をしておいてください」
アメリアは淡々と言って家を出てしまう。
「あたしもいってくるにぇ〜」
イリーナは笑顔で手を振ったあと、アメリアの後を追った。
「じゃあ……わたしが手伝うから、ジョージ様はカバンの中のお菓子をひとまず全部出してね?」
オフィーリアが急いで家中を駆け回る。水筒、非常食、ジョージの財布、着替え、最低限の日用品などなど……色んなものをかき集めていった。
その間にジョージは、オフィーリアに言われたとおりにカバンの中を圧迫するお菓子たちを出していく。
「……チョコレート、ビーフジャーキー、ポップコーン、マカロン、キャラメル、金平糖、ポテトチップス、カレースナック、クッキー、ビスケット、ゼリー、ガム、鈴カステラ……」
どんどん出てくる。他にも色々入っていたが、ウィステリアが見守る中でテーブルの上に全部出していく。
「お菓子以外は入ってませんの?」
頬杖をつきながらジョージに尋ねる。
「いや、入ってるぞ」
「なにが?」
「パンツ」
カバンの奥底に、一枚のパンツが入っていた。が、1枚しかない。
「…………ジョージ?」
「な、なんだウィジー?」
表情は変わらないが、どことなく威圧感を感じるウィステリアの雰囲気にゾクっとするジョージ。
「冒険者だった頃も、このような感じでしたの?」
ゆっくりとジョージに視線を向ける。
「え? ……あ、ああ。俺はかえの下着だけ持ってた。あの、その……ルーカスが、お前はそれだけで良いって……」
ジョージがしどろもどろになりながら言う。
ルーカスは以前ジョージが所属していた冒険者パーティのリーダーで、ジョージがあまりに女の子たちの心を奪ってしまうから追放したが、普段はチャラいものの良いやつだった。
そして、ルーカスはジョージがいつもこんな調子だから、毎回必要な準備を代わりに用意してくれていたのだ。
「……ジョージ、ハーレムの方々と、わたくしを妻に迎えるのですからそれくらいはできるようになってくださいませ。ピクニックじゃありませんのよ?」
ウィステリアに怒られってしまった。
「す、すまん……。そうだな、適材適所といえども、それを率いる俺が不甲斐ないと、信頼も安心もできないからな」
ジョージは反省した。シンに身体中ヒリヒリにされた時よりも肌がピリピリするような感覚に襲われながら、とっても反省した。
「そうですわ。わたくしと結婚するのですから、相応の方になってくださいな。それに……もしかしたら国を……」
ウィステリアはそこまで言って止める。
ジョージが仮に王族だとしても、ジョージが国王となりたいとは限らないし、領土はどうするのか、民はどう思うのか、そもそも王になれるのかも分からない。
貴族としてのマナーと民を導くノウハウはウィステリアが教えれば良いが、ジョージの未来がどうなるかはまだジョージにすら分からないのに、自分が決めつけて良いものではないと思い直したのだった。
「……何にしても、貴方は貴方を慕う方々に胸を張って誇れるような人物になってください」
「分かった」
ジョージは真剣な面持ちで頷く。
「ですが、ジョージがどのような選択をしても、わたくしの身も心も貴方の側に常にありますからね」
ウィステリアは穏やかに微笑んだ。ただ、その気持ちは固く力強いものだった。
「……ウィジーが俺を選んで良かったと満足できるような漢になるからな」
そう決意を表明していると、必要なものを全て持ってきてくれたオフィーリアが戻ってきた。
「ジョージ様ぁ〜! 必要なものは全部わたしが持ってきたから、これをカバンに詰めて。……それと、お菓子を放置して腐ってももったいないから、みんなのカバンに分けて詰めようね。分かった〜?」
オフィーリアがお菓子をいくつか自分のカバンに入れていく。
「助かる」
ジョージは真剣に荷造りをして、ようやく出発の準備が終わった。
すると、ちょうど馬車を迎えに行っていたアメリアが帰ってくる。
「皆様〜、ただいま戻りました。馬車を連れてきましたので、いつでも行けますよ」
「……よし、色々手間をかけさせちまったが、心機一転。気合いを入れていくぜ!」
そして、ジョージたちはエルフの里に向かう旅へ出たのだった。




