第二十四話 ハレムンティア
ジョージの父親であるダン・ハレムンティアは記憶喪失だった。
そして、バリッドが言った『ジョージ坊ちゃん』と言う呼び名の謎も解けないまま。母親に聞こうと言う案も出たが、ジョージの母はここ数年心を閉ざしており、下手にダンの話題を持ち出してしまうとより傷つけてしまうだろうと言うことで、バリッドが起きるかダンが記憶を取り戻すかを待つことにした。
「親父とは出会えたんだ。急ぐ必要はないからな。それに……年々俺が親父に似てきてるらしくてな、あんまりお袋と顔を合わせると辛い思いをさせてしまう。だから、少し距離を置いてたくさん手紙を送ってるんだよ。日常の楽しかったことや大変なこと、食べたものとかを記してな……」
それからジョージたちはしばらく平和な日々を過ごした。
とは言え、バリッドを倒したことでフェドロにジョージの存在を知られたので、いつ攻撃を仕掛けられてもおかしくはないので鍛錬と警戒は欠かさないようにだが。
束の間の平和かもしれないが、楽しめる時に楽しむのがジョージ流。
しかし、ダンやバリッドをこんな状態にして、母が心を塞ぐ原因を作ったであろうフェドロと、いつかは決着をつけなければならないだろうと思うジョージであった。
* * * * *
ジョージたちがダンの記憶を取り戻そうとしている頃。
ウィステリアの小屋に、息を呑むほど美しい赤髪で金の瞳のイケメン配達員が優雅に入ってきた。
「……これで、収穫した最後のカブも送りましたし、しばらくは暇ですわね」
イケメン配達員はふわりと光が舞うと、女神かと見紛う美しい女性に変わった。──ウィステリアである。
そう、ウィステリアが魔法で配達員のイケメンに変装していたのだ。そして、ジョージ宅に野菜を届けていたのも全てウィステリアである。産地直送だ。
「……この姿は落ち着きますわ」
いつもなら農作業用の服になるところだが今回は違う。もちろん、収穫が終わったからと言うのもあるが他にも理由があるのだ。
首には真っ赤な宝石のネックレス、黒いシルク生地のドレスと白いアームカバー、指にはおにぎりダイヤの指輪、髪と同じ色の赤いハイヒールと、貴族の淑女たる姿である。
前髪を上げて花の装飾があしらわれたヘアバンドをつけ、唇はみずみずしい薄い赤ののリップ、チークは淡いピンクで血色が良く、規則正しく生えた長いまつ毛は、イエローダイヤモンドすら霞む美しい金色の瞳をより際立たせていた。
そして、落ち着くとは言いつつも少しソワソワしていて、たまに遠くを眺めて頬を赤く染めるその様子は、まるでデートに行く前の乙女のようである。
「……迷惑じゃないかしら?」
不安げにため息をついては、紅茶を飲んで心を落ち着かせる。
「でも、ジョージの周りで貴族社会に明るいのはわたくしだけ。だから、きっと役に立つはずよっ。きっと、そう。そうに決まってますわ……」
ウィステリアは追放されてはいるが元々貴族令嬢であり、ファルドーネ家の長女。貴族としての知識とマナーは心得ているのだ。
そして、ジョージの出自の手がかりになりそうな事に心当たりがあった。
「……やはり、オフィーリアちゃんについてきてもらいましょうか?」
不安げに呟く。
オフィーリアはカーマイン茶葉農園のひとり娘で、この田舎で唯一ウィステリアと歳の近い友人である。
「ああ、ジョージは受け入れてくれるかしら? 正妻だと言っても、まだ正式に結婚もしていませんし、ハーレムの方々とは別枠。不安ですわ……」
そう、ウィステリアは表では自信満々な雰囲気だが、ジョージのことに関してはなかなか繊細なのだ。
そして今日、いつも以上に繊細な心になっているのは、この小屋を出てジョージ宅に移り住もうと思っているからに他ならなかった。
──ウイ〜ン! ウイ〜ン!! 『侵入者があらわれました。速やかに攻撃フェーズに入ります』
そうこう悩んでいると、ウィステリアが設置した迎撃システムが作動して外が騒がしくなる。そして間も無く轟音を響かせて大魔法のオンパレードが始まった。
「……今は、心臓が暴れている今は、この騒音すらも愛おしいですわ。気が紛れます」
少し落ち着きを取り戻したウィステリアが紅茶を飲み切ると、様子を見るために外へ出た。すると、貴族らしい2人組の男が雷に撃たれ、大爆発に巻き込まれ、氷に閉じ込められ、風に裂かれ、巨岩に下敷きにされ、光に貫かれ、闇に呑まれていた。
「……あら、あの人たちは」
その貴族を見るとウィステリアは冷たい顔になり、魔法でボコボコにされる貴族を遠くから睨む。
「ふんっ。今更何の用かしら?」
指を鳴らして迎撃システムを休止させると、2人の貴族がようやく解放される。
「……うぅ。死ぬかと思いましたよ……」
煤だらけになりつつもその美貌が一目でわかる、金髪爽やか王子様系イケメン(今は爆発のせいでアフロ)の貴族がフラフラと立ち上がる。
「ワシもだ。……えっと、ルーサーくん……すまないが助けてほしい」
赤い髪の初老の貴族が、地面に身体半分埋まりながら言った。
「ああ、はい。しかし、手加減してくれてて助かりましたね。ウィステリアさんの本気なら、今頃この辺りは焦土となり、我々も助からなかったでしょうから。……ね、パオロさん」
地面から引きずり出しながらルーサーがぼやく。
「……そうだの。あの子も、気は強いがあの子なりの優しさがある。
……もし、本気だったなら、今のウィステリアなら、焦土どころかここら一帯消滅しているかもしれん。ワシら共々な……」
「そ、そんな……流石のウィステリアでもそこまでは。……冗談ですよね? ……ね? ……本当に?」
「…………」
「ワァ〜オ」
「………………感謝だな」
「感謝です」
「……感謝はいいので、早々に出て行きなさいな」
2人の貴族が感謝を捧げているところに、当のご本人であるウィステリアがあらわれた。とっても不機嫌である。
「ああ、ウィステリア。久しぶりだな、元気にしていたか?」
赤髪の初老の男性がそう挨拶をするも、ウィステリアは睨むばかりで返事をしない。
「ウィステリア……私はともかく、パオロさんは父親だろう? そう邪険にするなよ……」
金髪のイケメン貴族が気を遣いながら慎重に言った。
そう、赤髪のこの貴族こと、パオロはウィステリアの父であるパオロ・ファルドーネなのである。
「……前振りは要りませんわ。単刀直入に言いなさい」
ウィステリアはルーサーにはより強い睨みをきかせる。嫌いみたいだ。
「………………分かった」
パオロが苦い顔をしながらも了承すると、真剣な顔で口を開いた。
「近頃フェドロ軍の動きが活発になってきている。ここにも被害が出たそうじゃないか。
……追放したとは言えお前は娘だ。だから、お前のやったことは許してやるから、家に戻ってこい。そして、このルーサーくんと結婚するんだ。
そうすれば、ハーキング家との繋がりは強くなり、フェドロも下手に手出しはできまい。
……ルーサーくんもお前のやったことは許してくれているそうだから、な?」
パオロは子供を諭すようにウィステリアに言った。
「──お断りよ」
その侮辱とも取れる態度に怒りを覚えたが、薬指の指輪に触れ、呼吸を整えることで冷静さを取り戻す。ただ、漏れ出る魔力の波動はすさまじく、近くに居るだけで火傷しそうな程だ。
「なぜだ。お前も子供じゃないんだから、政略結婚の大切さを理解しているだろう?
力を弱めたファルドーネ家ではこの時勢で生き残るのは難しい。だからこそ、こうしてハーキング家に頭を下げて願い出て、ルーサーくんの許嫁というポストを頂いたんじゃないか。
これはお前のためでもあるんだぞ?」
パオロは呆れたように言う。
「…………っ!」
しかし、ウィステリアの魔力と殺気はより激しいものになる。
「…………」
そして、話を聞いていたルーサーはその様子を目の当たりにして胃が痛くなっていた。
「ほら。ルーサーくんも格好いいし、な?
お前も嬉しいだろ。貴族であり、権力もあり、優しく眉目秀麗な男と結婚できて」
そこまで言ったところで、ウィステリアはゆっくりと口を開いた。
「……わたくしの為と言いながら、貴方は己の為に周りを巻き込んでいる。理解していないのは貴方の方よ。……わたくしが家を出る前、なぜ暴れたのかも理解してないのでしょうね」
「どういうことだ」
パオロが眉間にシワを寄せる。
「ルーサーがカッコいい? ……確かに、客観的に見ればそうでしょう。しかし、わたくしの好みではありませんわ。
生き残るのが難しい? それは、お父様がでしょう? わたくしはわたくしの場所で生きられます。それに、困った時に助けてくれる方は既にいますの。
それに、権力だのと仰っていますが、フェドロはあのリーズン教にすら手を出す輩です。矮小な貴族の家名二つが連なったところで、何の変化もございません」
パオロはウィステリアに反撃されるとは思っていなかったのか、口をパクパクさせてたじろぐ。
「わたくしに一言もなく結婚を取り付け、しかも『ウィステリアのためだ。お前も嬉しいだろう。喜べ』と、わたくしの心を知ろうともしないで決めつけ、抵抗すれば駄々を捏ねる子供のように扱う。
自分勝手をして、意見が通らなければ周囲の人間が悪いと責任転嫁する様は、まさに子供……いえ、失礼。
このような姑息で低俗な者、世の子供に失礼でしたわね……!」
ウィステリアはピシャリと言い放った。
その言葉を聞いたパオロは怒ろうとするが、言葉を咀嚼していき、次第に図星であると気が付いて黙る。
「……わたくしは、戻りません。
心に決めた方がいるのです」
ウィステリアがそう言うと、話を聞いていたルーサーが口を開いた。
「……心に決めた方が、その指輪をくれたのか?」
「そうですわ……」
薬指にはめられた指をを愛おしそうに撫でる。
「そうか……」
ルーサーは穏やかに頷いた。
しかしまだ納得しきれていないパオロは、質問を続ける。
「ウィステリア、その……何処の馬の骨とも分からん輩とは結婚させられん。やはり、貴族でないと……」
そうは言いつつも、パオロの言葉に勢いはもう無かった。
「何処の馬の骨……ではありません。
ジョージ・ハレムンティアです」
「ジョージ……ハレムンティア?」
パオロが名前を聞いて考え込む。
「パオロさん、心当たりが?」
「……調べないと分からないが、ワシが子供の頃に聞いたことがる気がするのだ。
たしか、フェドロ王国が建国される前の話だったはず。
……しかし、今は聞かない名前だと言うことを加味すると、滅亡した貴族家……か?」
「そうですわ。
ジョージとの繋がりがどの程度あるかはまだ分かりません。親戚なのか、分家なのか、偶然家名が同じだけか、権力もないほどの遠縁か。
……ですが、ひとつの事実として。この近隣にかつて小国がございましたの。
その小国の名こそ……ハレムンティア。
ジョージ・ハレムンティアと同じ名前の国が……!」




