(一章完)第二十三話 親子の再会……
「……大きくなりましたね……ジョージ坊ちゃん。このバリッド、不覚をとってしまいました……申し訳ありません。しかし、貴方が止めてくれて良かった……」
正気を取り戻したバリッドが消え入りそうな声でそう言う。
「──ジョージ坊ちゃん……だと? おい、どう言うことだバリッド……貴様は何か知ってるのか? 俺はただの村人じゃないのか? 坊ちゃんだなんて、まるで俺が貴族みたいな……」
ジョージが困惑してバリッドに詰め寄ろうとするも、すでに本人は意識を失ったあと。
「……くっ」
幸い命に別状は無さそうだったが、この後いくらゆすっても起きてはくれなかった。
「…………」
意識を失い何も言わなくなったバリッドを見て立ち尽くす。しかし、まだその謎を解明する希望はある。そう──
「親父……。そうだ、親父に聞けさえすれば」
ダンロッソにジョージの父親らしき人物がいるという情報を得ている。まだ会っていないので確定ではないが、ジョージには希望を持つだけの理由がある。
「親父の名前はダン・ハレムンティア。ダンロッソと何か関係があってもおかしくは無い」
ダンの名を持つ村、ダンロッソ。
ジョージの父親が仮に居なかったとしても、何かしらの情報は手に入るはずだ。
「──ジョージ〜」
リーズン教会の信者を避難させ終えた3人がジョージの元に帰ってきた。
「ジョージ様、この戦いは終わったんですね」
アメリアが倒れているバリッドをチラリと見て言う。
「ああ」
「ジョージくん、バリッドはどうするにょ?」
ジョージの後ろに隠れながらバリッドを警戒する。
「こいつ……いや、バリッドはリーズン教会で保護してもらえないか?」
「保護……!? どういうことですか」
アメリアが目を見開いて驚いた。
「……逮捕でも構わない、が……バリッドはフェドロによって正気を奪われ、15年も手足として操られていたみたいなんだ。それに……俺のことも何か知っているみたいだ。
だから、万が一にもフェドロの刺客に襲われないように保護してやってほしい」
「その、バリッドはジョージの何を知ってるんじゃ?」
エリンが真剣な顔で尋ねる。
「詳しく聞く前に気絶したから分からない。でも、俺の小さい頃から知っているみたいで、しかも俺のことを『ジョージ坊ちゃん』と呼んだんだ。もしかしたら親父かお袋と関係がある人物かもしれねえ」
「坊ちゃん……か。ジョージは貴族かお金持ちの家の、子供だったのかのう?」
「……俺の両親は、俺が生まれる前から村で過ごしていたはずだし、とても金があるようには見えなかった。平和だったが貧しくて慎ましやかな暮らしだった。
……ただ、もしかしたら事情があって身分を捨てた可能性もあるのかもな」
ジョージは遠くを見るように目を細めた。
そんなジョージを見てアメリアが頷く。
「……分かりました。この方を教会で保護します。極力この方の事を外部に漏らさ無いようにしましょう。
そして、目が覚めたらジョージ様にお伝えしますね」
「助かる」
「では、バリッド様を教会の者に引き渡してからダンロッソに向かいましょうか」
アメリアは水晶球を取り出して司祭に報告する。少ししたら司祭が直々に来てくれるそうだ。
ちなみに、司祭は身長が60cmくらいのほっぺたモチモチの3頭身おじいちゃんで、身体能力は大した事ないが地味にアメリアにつぐ神聖魔法の使い手でもある。保護、兼監視役として司祭以上の者はいないだろう。
* * * * *
ジョージたちがバリッドを引き渡すために司祭を待っていた頃、田舎に戻っていたウィステリアは小屋で優雅に紅茶を楽しんでいた。
「……ふう〜。やはり、良い茶葉は違いますわね。屋敷にいる時のものも上質でしたが……歴史ある茶葉農家のカーマイン家がまさかご近所さんだったなんて、僥倖でしたわ……。お紅茶をくれたオフィーリアちゃんに感謝ね」
ウィステリアが微笑む。
──ドーンッ!!! ズドドドドド……ガッガッッ!! キュイーンドゥオーン!!!!!!
「香り高く味も濃いので、今度はミルクティーにでもしましょうか……」
外で轟く爆音には気にもとめず、ウィステリアはアフタヌーンティーに夢中だ。
──ババババババババ──ドゴーン! ドゴーンッ!! ドンガラガッシャーンッ!!! キュイーンドゴドゴッガイオーグガン!!!!
「……カブも収穫しましたし、次の種植えまで違うお野菜を育てるのもありですわね。何にしましょうか……?」
そして、しばらくして……。
「……あら、静かになりましたわね」
──コンコン。
それと時を同じくして、扉をノックする音が聞こえてくる。
「どうぞ……開けましたわ」
ウィステリアが紅茶を楽しみながら、指先をくるりと振ると玄関の鍵が開く。
「お邪魔します。ウィステリア様、お外がきれいになりましたぁ」
素朴な雰囲気の村娘が朗らかな笑顔で入ってきた。
「オフィーリアちゃん、報告感謝しますわ」
ウィステリアは残った紅茶を飲み干すと、立ち上がって外に出る。すると──
一切荒らされてない田舎の風景と、1000にも及ぶ魔石が一帯に落ちていた。この魔石はモンスターを倒した時に出てきたものだろう。
「……お〜い、ウィステリアさん! この魔石、集めとくか〜?」
遠くで椿の木を手入れしているおじいちゃんがウィステリアに尋ねた。
「いいえ、わたくしが集めるのでムーアさんは椿のお手入れを」
指を弾くと、周囲に散らばる魔石が一瞬のうちにウィステリアの目の前に集まる。
「……これは、発魔機(発電機みたいなもの)用に備蓄しておきましょうか」
そしてまた指を弾くと、数百m先に建ててある倉庫へ瞬時に転移した。
「……さすがです、ウィステリア様。今のもそうだけど……さっきのモンスターを倒した魔法も、あんなすごい魔法の数々を見たのは生まれて初めてっ」
ぴょんぴょん跳ねながらオフィーリアがはしゃぐ。
「あの程度、大したことではありませんわ。モンスターがエリア内に入ったら自動で大魔法が発動されるように魔法陣を作り出すだけ。魔石を移動させたのも、エリアをスキャンして位置情報を得たら移動させるだけ。
……全部わたくしが10歳の頃にはマスターしていたものよ?」
ウィステリアは魔法の天才だった。
8歳頃にはファルドーネ家で1番の魔法使いになり、13歳には国で1番の魔法使いになる程の才能だ。
18歳になった今では、より魔法を極め世界一の魔法使いでは無いかと言われている。
「……それに、わたくしもまだ発展途上の身。この程度では満足できませんわ」
そして、ウィステリアの魔法の才能は限界に達していなかった。
「……はえ〜。やっぱり、ウィステリア様はすごいなぁ……!」
「魔法は確かに自信がありますが、わたくしよりもジョージの方がもっとすごいんですのよ?」
ウィステリアは誇らしげな笑顔で自慢する。
「ジョージさん……ああ、前にいらっしゃったウィステリア様の恋人ですね? そんなにすごいんだ……」
「ええ。オフィーリアちゃんは直接話したことはなかったですわね。今度会わせてあげますわ」
「ありがとうございます。ウィステリア様を超えるすごい人か……気になる気になる〜」
オフィーリアはふわっと柔らかに笑いながら、ジョージに会えるのを楽しみにするのだった。
* * * * *
ダンロッソは何の変哲もない穏やかな村であった。木でできた家と畑、ちょっとした道具屋と宿屋、中央にある広場と少し大きめの木、土でできた地面、近くには澄んだ水の川。
世界を探せばいくつもありそうな風景だったが、それはシンたちがフェドロ軍と戦って勝ち取った平和である。
そして、ジョージたちはバリッドを司祭に預けて、とうとうダンロッソまで来ていた。
「………………」
約15年ぶりに父親と会えるとなると、さすがのジョージでも緊張してしまう。
「ジョージ」
そんなジョージを見たエリンが、優しく肩に手を置いて微笑んだ。
「エリン……」
ジョージがエリンの微笑みに元気付けられる。
「ジョージくん、あたしもいるから安心してほしいにゃ」
「行かなければ会えませんよ、ジョージ様。この日のために頑張ってきたんですよね?」
イリーナはジョージを優しく抱きしめ、アメリアは背中を押す。
3人の温かさに触れたジョージは、緊張がいつの間にかほぐれていた。
「そうだな。じゃあ、行くか……!」
勇気を出してダンロッソに足を踏み入れる。すると、近くの家の壁にもたれかかっていた紫髪で銀の瞳を持つハンサムボーイ、そして今回の戦いの影の功労者であるシンが真剣な面持ちで近付いてきた。
「……来たか、ジョージ・ハレムンティア。こっちだ……」
多くは語らず、シンは静かにジョージたちを案内する。しかし、とある家の前に立った時少しの間悩むような素振りを見せて振り向いた。
「一応、客人が来る話はしているが、詳しくは話していない。ジョージ……会う心の準備はできているな?」
シンはジョージに問う。しかし、その言葉はどこか、ジョージを心配しているようにも見えた。
「……覚悟はとうにできている。だが、何か言いたいことでもあるのか?」
ジョージの目はシンの気持ちを見透かしているようだった。
そんな目を見たシンは観念した様子で口を開く。
「……勘違いの可能性もある。だからまだ言えない。でも、もしそうなら、ジョージ……君には傷付いてほしくない。そして、手伝うつもりだ」
「抽象的だな。でも、ありがとうシン」
ジョージの覚悟の決まった顔を見ると、シンは頷いてとうとうその扉を開けた。
「──…………!」
ジョージは部屋の中の男性を見て声を出そうとしたが、何も言葉が出なかった。
弱々しく痩せた背中と、くたびれたように身体を預ける車椅子、ところどころ白髪の混じる黒髪……記憶の中のあの姿とは程遠いその姿の男性。
しかし、ジョージは確信していた。
その枯れ木のような姿でありながら、穏やかに溢れる陽だまりのようなフェロモンを。憂うような目でありながら、なぜかセクシーさが惹きつけるその双眸を。弱々しいのになぜか大人の色気を放つ、そのダンディミドルを知っていた。
「………………お、親父」
色々な感情が溢れそうになるが、何よりジョージは嬉しかった。見た目は変わってしまったが、間違いなく自分の父親だった。
ずっと会いたかったその人が、こうして目の前にいるのだから。
そして、これでようやく母親の屈託のない笑顔を取り戻すことができる。
「……ちっ」
涙が出そうになるのを堪え、気を取り直して近付く。
「ジョージ、察しているかもしれないが……この人は、ダン・ハレムンティアだ」
ジョージの確信が裏付けされる。
やはり、ジョージの父親で間違いなかった。
「そ、そうか。やっぱり……」
「「「………………」」」
ジョージの後ろで待機するアメリアとイリーナとエリンが安堵のため息を漏らす。
「……ああ、君たちが今日来ると言っていた人たちか。いらっしゃい……」
ダン・ハレムンティアがジョージたちの訪問に気が付き、低い柔らかなダンディボイスを響かせながら車椅子を動かしてジョージたちの方を向いた。
「ああ、邪魔してるぜ……」
ジョージはぎこちなく笑う。
何を話していいか、胸がいっぱいで分からなかった。
最後に会ったのは3歳の時で、多少面影はあるかもしれないがこちらも大きく姿を変えている。しかし、実の親なんだから気が付いて欲しいという子供としての気持ちもあった。
「げ、元気だったか?」
家に一度も帰らなかった理由も気になるが、今はそれより父親の無事が嬉しいのだ。
「……足腰が上手く動かせなくて車椅子だし元気……と言って良いのかは分からないが、なんとかやってるよ」
ダンも少し戸惑いながらも微笑んだ。
「そうか……まあ、生きてただけでも良かったぜ」
ジョージはそう言うと目を伏せて軽く深呼吸する。本題に入るつもりだ。
「……どうかしたか?」
ダンが首を傾げて見ていると、ジョージは眉間にシワをよせながら、でも穏やかな声色で尋ねた。
「親父……なんで、帰ってこなかったんだ?」
ジョージの心臓は早鐘を打った。聞きたい気持ちと、知りたくない気持ちが混ざり合って目眩がしそうだ。
きっと何か理由があるはずだ。その理由さえ話してくれたら、許して快く受け入れよう。
ジョージがそう思って期待と不安が混じった目を向ける。……しかし、返ってきた言葉は残酷だった。
「……帰るとは?」
「え?」
ダンは冗談を言っている風ではなかった。本気で戸惑っていた。だからこそ、ジョージは胸を刺されるような思いだった。
「……君は、私の何を知ってるんだ?」
「何を……?」
「そうだ。君は、私の何を知っていてここに来たんだ?」
ダンはジョージへの愛がなくなってしまったのだろうか?
ジョージは絶望感に苦しめられながらも、希望を捨てずに心を強くした。
「俺は……ジョージ・ハレムンティア。ダン・ハレムンティアの息子だ。
……15年もの間姿を消していたあんたを探しに来た」
「………………」
ダンはジョージの言葉を咀嚼するように沈黙する。
その様子を見たジョージは何かを察し、少しの安堵と、複雑で切なげな気持ちを持って確かめる。
「親父、記憶喪失……だな?」
「……っ!?」
ダンは目を見開いてジョージの方を見る。
「……そうだ」
そして申し訳なさそうな顔で頷く。
そう……ダン・ハレムンティアは記憶喪失で、ジョージや自分の妻のことすらも忘れてしまっているのだった。




