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第二十二話 バリッド・フェイター

 ダンロッソと周辺地域を脅かすフェドロ軍の指揮官でありボス、バリッド・フェイターとの戦いがとうとう始まった。


「ジョージ・ハレムンティア、貴様をこの魔剣フェロードで八つ裂きにしてくれるわ!」


 バリッドが腰に差してある剣を抜くと、刃から邪悪なフェロモンが瘴気の様になって溢れ出す。


「……バリッド、そして魔剣フェロードか。今までのヤツとはひと味違うようだな……!」


 バリッドと魔剣から出すフェロモン(オーラ)を見たジョージが顔を引き締める。


 見ただけで分かる。ワイバーン、外のモンスター、そしてエイドリアンとも()()()()のだ。

 バリッドは無数のモンスターと人、リーズン教会の信者を手中に収めることで、元の強さから文字通り格段に強くなっていた。それは、ジョージが今まで戦ってきた相手の中で1番強いと言い切れる程だ。


「さすがハレムンティアだ、俺の凄さが分かるようだな……ムカつくぜ。名前もその顔も、貴様の出すフェロモンも、なぜだかイライラするッッ!!

 ああ……さっさとこのバリッド様に倒されろォオオオ!!」


 突如として怒り狂ったバリッドは、床が割れるほど勢いよく地面を蹴って距離を詰める。そして、魔剣でジョージに斬りかかった。


「1ボタン、フェロモンシールド!」


 ボタンをひとつ解放したフェロモン量でフェロモンのシールドを前方に展開する。しかし──

 

「とぉぁあ!!」


 ──シャキンっ……!


「なっ……!?」


 フェロモンシールドはいとも容易く一刀両断。

 ジョージは咄嗟にバックステップで回避しようとするが、バリッドの剣が早くて袖が切られてしまった。


「──ハレムンティア、貴様を倒して……フェドロのヤローもぶっ倒す!!

 ヤツの王座を奪ってやるんだ、こんな所でこのバリッド様は負けねえぜ! ケヒッ!」


 バリッドの攻撃は一見して乱暴で雑。しかし、その実……類稀(たぐいまれ)なる努力と研鑽(けんさん)を積み重ねられた剣術である。しかも、フェロモンのオーラを時おり斬撃として飛ばしてくるので油断できない。


「3ボタン、フェロモンナックル!」


 詰め襟()黒ロングコート(ラン)のボタンは5つ。ジョージはそのうちの3つを解放して応戦する。まだ余力(上着のボタン2つと中のシャツのボタン)はあるが、相手も手の内をさらけ出したわけではないので、念のためにボタン3つで我慢だ。


「すぇいせいしぇい! ケヒヒヒ……ハレムンティアと聞いて警戒していたが、こんなものかァア?

 切り札どころか、本気を出すまでもないぞ〜」


 バリッドの不規則な攻撃と的確にタイミングをズラして飛ばしてくるフェロモン斬撃に、そして何より強い臭気にジョージは押されてしまう。


「くっ! 戦いにくい相手だぜ……!」


 フェロモンナックルをつけた拳で剣と斬撃は無効化できる。しかし、このままでは攻勢に出られない上に臭気によるダメージが蓄積されていく。


「どうした、ハレムンティア!!

 このままじゃ俺が勝ってしまうぞ〜?

 お前の顔を見ると、ムカムカするんだ! さっさとやられてしまえぇっ!!」


 バリッドの情緒は不安定だった。

 理由は分からないが、野心に燃えつつも抑えきれない怒りに苦しんでいるように見えた。


「……何にしても、短期決戦に持ち込んだ方が良さそうだな」


「……は?」


 バリッドが何を言ってるんだと言わんばかりの呆れた顔になる……が、次の瞬間目を見開く。


「ボタン5つ解放だ!」


 ジョージがボタンを全て外して詰め襟のロングコートを脱ぎ捨てる。

 するとフェロモンが溢れ出し、バリッドは教会の端まで吹き飛ばされてしまった。しかし、それだけではない。

 ジョージの濃厚なフェロモンはいわゆる蜃気楼のようなものを映し出し、まるで教会内が楽園を思わせる様相になってしまった。


「──くっ!? なんだ……今のは」


 バリッドは起き上がって体勢を立て直そうとするが、違和感を覚えて戦慄する。


「甘い良い匂いがする……。それに懐かしい……だと……?」


 昔かいだ故郷の花の甘い香りを思い出すバリッド。しかし、そのほかの情報は抜け落ちていて、底知れない喪失感と怒りを覚える。


「は、ハレムンティア……俺に何をしたァア!!?」


 バリッドは怒りに身を任せてジョージに斬りかかる。ただ、怒りによって攻撃が雑になるどころか鋭さが増し、フェドロフェロモンの斬撃も隙を完全に補う形で放たれるという、まさに見事なフェロモン剣術であった。


「……何もしてないさ。バリッド、それはあんたが勝手に思い出しただけだ……!」


 バリッドは強い。しかし、詰め襟を脱いだジョージはもっと強い!

 バリッドの攻撃を全てフェロモンフィストで受け止めるだけでなく、隙のないはずの攻撃の合間にマッハのパンチを的確にぶち込んでいく。ジョージからすれば、もはやバリッドの攻撃は0.25倍のスロー再生。隙など無いようでずっと在る状態だった。


 臭気ダメージは今も蓄積されているが、厚いフェロモンの層が侵食を妨げてくれているのでさっきの10分の1程度だ。


「お、押されているだと!? このバリッド様が……!?」


 バリッドは余裕がなくなっていた。

 ちょいちょいされるジョージのジャブで脇腹がすこぶる痛いし、本気を出しているはずなのに攻撃は全部止められる。


「おぉぉおおお俺は、フェドロから王座を奪うんだぁあ!!」


 ヤケクソ状態になったバリッドは、温存していた切り札を切った。


「何をする気だ?」


 何かを察したジョージはバックステップで扉を破壊しながら教会の外に出る。


 ──ゴゴゴゴゴ……!!


 すると、地響きと同時に教会が生きているみたいに動き出し、()()()()に変わっていく。


「これは……ゴーレムか!」


 教会はその姿を残しつつも、邪悪な威圧感を放つ巨大なゴーレムになった。

 バリッドは事前に教会をゴーレム化し、フェドロフェロモンで手中に収めていたのだ。そして、切り札とは……そのゴーレムと合体して更なる力を得ると言うことである。


「ケヒヒッッヒイ〜!

 さっきまでの俺とは違うッ! こうなったら止められんぞ? 後悔するがいい、ハレムンティアァア!」


 10mくらいあろうかという巨体は、歩くたびにその重さで地面を割り、地響きを起こして轟音を鳴らす。しかし、その巨体にもかかわらず動きは生身のバリッドを余裕で超える。まさに切り札であった。


「相手にとって不足なし! いくぞ──何っ!?」


 ジョージが身構えるも、バリッドゴーレムはジョージを無視して違う場所にまっすぐ進む。その場所にいたのは……。


「教会の人が危ない!」


 バリッドによって操り人形状態になった、リーズン教会の信者たちだった。しかも操られているので逃げることもできない。バリッドゴーレムはその拳を振り上げる。


「俺は目的を……達成するゥウ!!」


 もう走っても間に合わない。絶体絶命かと思われたその刹那──


()()()()ッ!!」


 ジョージは内に秘めるフェロモンを解放し、真夏の太陽のように無視できない存在になる。


「──な、何が起こった……!!?!?」


 バリッドゴーレムは困惑する。そのジョージの底知れない魅力に釘付けになり、教会の人どころか他のことすらどうでも良くなり、身体が無意識にジョージの方へ向かっていたのだ。


「バリッド、貴様の相手は俺だッ!!」


 草が生い茂り、花が咲きほこり、風が歌い、空は雲ひとつない快晴になる。しかも泣く子もときめくジョージの魅力を無視できるできるはずがなかった。


「ジョージくーん!」


 その時、モンスターとフェドロ軍との戦いを終えたイリーナたちが、フェロモンエンチャントの力を使って信者たちを解放。


「信者の皆様はもう大丈夫です!」


「避難させるから存分に戦うんじゃぞ!」


 3人は信者たちを連れて、ジョージの戦いの邪魔にならないように遠くへ離れた。バリッドゴーレムは少しイラ立ちを感じるがジョージから目が離せない。


「こしゃくな! お前なんか、今すぐ俺のものにしてや──はっ!?

 俺は何を言ってるんだ!?」


 バリッドゴーレムはもうジョージに夢中だ。しかしそれでも流石と言うべきか、バリッドの攻撃がゆるくなることはないようだ。


「早くなった……!」


 バリッドゴーレムはジョージを狙って的確に拳を撃ち下ろしていく。まるで弾丸のように、まるでハンマーのように、まるで爆弾のように、その拳は何度も何度もジョージを攻撃する。ジョージは素早くサンバのリズムで回避するが、紙一重といったところだ。


「さすが切り札と言ったところか。ならば、正面からぶっ潰してやるぜ!」


 ジョージは回避するのをやめて拳に力を込める。そして──


「ウォルァアアア!!」


 ──ドゴーンッ!!


 バリッドゴーレムと拳で打ち合い始めた。


「負けるかァア!!」


 拳と拳で語り合うふたり。

 体格と質量はバリッドゴーレムが上。一見ジョージが不利に見える……しかし、アツいフェロモンがそれをくつがえす!!


「デリャデリャデリャデリャァア!!」


 拳がぶつかる度に空気と地面が振動する。凄まじい質量だ。ひとときの間それは拮抗したように見えたが、それもほんの数瞬。

 しだいに戦況が目に見えてくる。


「ぐぬぬに……!? こ、拳が……腕が……崩壊していく!!」


 ジョージの拳とぶつかったゴーレムの拳が、その衝撃に耐えられず崩れていく。


「おっと、俺はまだ本気じゃないぜ……?」


 ジョージは余裕の笑みを見せる。


「な、何ぃ!?」


 そんなジョージの様子にバリッドゴーレムはたじろいでしまう。

 バリッドはもう理解していた。勝てる相手ではないと。

 今まで、恐怖こそないものの頭に『敗北』の2文字が浮かんでは見ないふりをしていた。しかし、もう無視できなかった。


「それじゃ、ここらで俺も隠してたやつ解放するぜ!」


 拳が眩く光る。


「やめっそれはッ!!?」


「──シャイニングフェロモンオブハレムンティア!!!!」



「──ぎゅぅぅううううあああううあおおああああ〜〜!!!!」


 拳から放たれた神々しいフェロモンの波動がバリッドゴーレム……いや、バリッド自身を浄化していく。

 ゴーレムの核になっていた魔剣フェロードはその邪気を失い、一輪の美しい花になってしまった。


「……ふっ。良い香りにしてやったぜ!」


 ジョージはその一輪の花を拾うと、それを咥えて不敵に笑う。


「こ、これは……良い気分だぁあ〜……!」


 癒されていくバリッドから放たれる香りは、もうネッチョリドブのような臭いではなく、深呼吸したくなるようなフローラルの香りになっていた。


 そして、柔らかい草の上に優しく落ちると、バリッドは穏やかな目でジョージを見る。


「……正気を失っていたようだ」


 バリッドが消え入りそうな声で呟く。


「…………」


 ジョージはバリッドに近付くと、何も言わず声に耳を傾ける。


「フェドロ……の手によって……15年近くも……」


 バリッドが伸ばした手をジョージは優しく掴む。


「15年近く……」


 ジョージの父親がいなくなったのも同じくらいの時期だ。

 ジョージが様々な思いを巡らせていると、バリッドは優しい顔つきで再び口を開く。




「……大きくなりましたね……()()()()()()()()──」




 そう言い残して、バリッドは意識を失うのだった。


 

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