第二十一話 フェドロ軍
助祭のディーンを下したバリッド・フェイターは、教会を乗っ取りそこを拠点にすると、更なる力をつけて勢力を伸ばしていた。
ダンロッソはシンのおかげでなんとか耐えていたものの、他の村々や抵抗軍、討伐隊は手も足も出なくなる。……いや、それどころか不用意に近付けばバリッドの持つ"魔剣フェロード"によって操られてしまうので、逃げるしかもうできなくなっていた。
「……勢力も強くなってきたし、そろそろこの地域も完全に俺のものにして……フェドロの城を攻めるとするか……ヒヒヒ」
バリッドが邪悪な笑いをこぼす。力を手に入れて完全に野心に支配されていた。
「しかっし、ワイバーンを倒した奴が気がかりだな。……もうワイバーンは10匹くらいいるし、あの時とは軍勢の規模も違うから大丈夫だと思うが……フェドロを倒してこのバリッド様が王になる前に憂いは少しでもなくしたいぜ」
バリッドが思案していると、教会の外から忠実な兵士の1人が急いで入ってくる。
「──バリッド様、フェドロ陛下から報告をするようにと命令が」
バリッドはフェドロ王国の騎士団長であり、元々フェドロの命令でこの地に攻め込んできた。なので、定時連絡をする約束になっている。
「……ちっ。面倒臭いが、まだ事を荒立てる時じゃねえな。できるだけギリギリまで俺の動きを知られたくない……」
野心に囚われてはいたが、バリッドは最低限の冷静さは保っていた。
そして、深呼吸をして気持ちを落ち着かせると、魔法の水晶に魔力を注いでフェドロと連絡をする。
「──陛下、バリッドです」
バリッドがそう声を発すると、水晶が淡く光っておどろどろしい低い声が返ってくる。
「……遅いぞ。謀反でも企んでいたか?」
その言葉にバリッドの背筋が凍り、全身から汗が吹き出す。
『気付かれたか? ……いや、まだ何もしていない。きっとカマをかけているだけだ!』
唾を飲んで動揺を押し殺し、バリッドはできるだけ平静を装って口を開く。
「……とんでもございません、陛下。リズンバークが討伐軍を送ってきたので、そやつらを片付けるのに時間がかかっただけです」
「…………」
何も言わないフェドロの反応に、バリッドは怒りと困惑と恐怖で気が狂いそうになりながら情報を付け加える。
「それに加えモンスターも傘下にし、勢力を伸ばして教会本部を攻める準備もしていたのです。……あと、素晴らしい情報も手に入れました!」
バリッドがそこまで言うと、ようやくフェドロも興味を示す。
「どんな情報だ?」
「教会の者を従えると、その分大幅に能力が強化されるのです。これは抵抗力が強い分、手に入れた時に経験や力が手に入っているのかもしれませんね?」
「……次からは遅れるな」
フェドロはそう言いながらも、バリッドの情報に満足したのか威圧感がほんのわずかに薄まる。
「ははっ! 陛下の仰せのままに……!」
そして、連絡が終わったバリッドはため息をつきながら水晶を部下に渡す。
「……フェドロの野郎、なめやがって……!
だが、これで少しは時間ができた。ワイバーンを倒したヤツを片付けつつ、もう少し力をつけるか……」
その時、別の兵士が慌てた様子で入ってくる。
「──ば、バリッド様! 洞窟の拠点が落とされました!!」
「なんだと!? あそこには兵士もエイドリアンもいたはずだろうが!
……もしかして、ワイバーンを倒したヤツか?」
バリッドは戦慄する。
「はい! なんでも、リズンバークが派遣した者とその一派だとか」
「……どんなやつだ?」
「ジョージ・ハレムンティアとのことです!」
その名前を聞いたバリッドは目が見開く。
「ジョージ・ハレムンティアだと?!
……いや、そんなまさか……しかし」
バリッドはしばらくうろたえて考え込むが、状況はそれを赦してくれなかった。
『ギャアギャア!!』
外で待機させていたモンスターの大群の叫び声が聞こえてくる。
「──ハレムンティアめ、もうせめこんできたのか!?」
バリッドが慌てて外に出ると、まだ遠くの方ではあるが確実に誰かがモンスターを倒していっている。しかも、ものすごい勢いで。
このままでは全滅するのも時間の問題だ。
「こしゃくな!
──魔剣フェロードよ! このバリッド・フェイター様に力を貸せぇ!!」
バリッドは腰から魔剣を抜いて地面に突き刺す。
すると、魔剣から邪悪なフェロモンがもくもくと溢れ出し、モンスターの大群を飲み込んだ。
「「「「グォオオオオオオオオオオオオオッッッ!!!!」」」」
邪悪なフェドロフェロモンを受けたモンスターたちは能力と凶暴性を増加させ、殺気立ちながら侵入者に襲いかかる。
「俺も戦う準備をする。貴様らはそれまでハレムンティアを食い止めろ!!」
部下に命令をすると、バリッドは憎しみにも似た感情を抱きながら教会の中へと姿を消した。
* * * * *
少し時間をさかのぼり、ジョージたちは虚な目をしたモンスターの大群が待つ平原に来ていた。
「ここまで居ると、壮観じゃな……!」
エリンが数千のモンスターを前にして驚く。
幸い、攻撃するように命令されていないからか、ジョージたちが近付いても反応を示さない。ただ、触れたり攻撃したらさすがに反撃してくるだろう。
「フェロモンエンチャントは正気に戻すだけじゃなく、邪悪なフェロモンに対して大ダメージを与えることもできる。目の前にいるモンスターは正気に戻っても俺たち人を攻撃するタイプの種類だから、容赦なく倒していってくれ。
少なければ俺が無力化できるが、今回は数も多いし目的は敵のボスを倒すことだ。しかも、ダンロッソが落とされる前に勝たなければならない。時間との勝負だ」
ジョージが3人の武器に善なるフェロモンを付与する。
「ジョージくん、大丈夫っ。あたしらも本気出すから、ジョージくんはボスに行って!」
「そうですよ。私がいれば、こちらが倒されることはまずありません」
「こんなに所狭しとモンスターが並んでいたら、いくらうちが矢をうまく敵に当てられないと言っても、否応なしに当てられるのじゃ!」
「みんな……!」
頼もしい3人の言葉にジョージが笑顔を見せる。
「ジョージくん、あたしらが道を開くから全力でボスを倒してっ!」
「……本当に、楽勝になっちまうじゃねえか!」
ジョージはニヤリと笑うと、モンスターの方へ向き直り声を上げた。
「行くぞォオオオ!!!!」
今ここにジョージたちとフェドロ軍の決戦が始まる。
「まずはうちが!」
最初に攻撃を開始したのはエリンだった。目にも止まらぬ早さで矢をつがえると、刹那のうちに狙いを定め──
「エンシェントロアー!!!」
その矢はエリンの元から離れると凄まじい魔力の奔流となり、風を巻き込んで咆哮のような轟音を伴ってモンスターに直撃する。
「……当たった! 矢が当たったぞみんな!」
エリンがあまりの嬉しさにジョージたちの方に向き直って飛び跳ねるが、その背後ではエゲツないことになっていた。
「「「グリョアアアア!!!?」」」
小鬼型モンスターのゴブリンも、人喰い鬼のオーガも、体高が2m近くあるカマキリのブラッドマンティスも、外皮が鋼鉄のように硬いイノシシのアイアンボアも、みんな等しくエンシェントロアーによって消し去られてしまった。
「エリン先輩……すごすぎにゃい?」
さすがのイリーナもこの威力に度肝を抜かれる。
「……エリンは見た目こそ20代後半くらいだが、実年齢は3万3千歳。しかもその人生のほとんどを弓矢に費やしてきたんだ。
実戦こそ初心者で動く者を相手にするのは苦手だったが、その威力と技術は本物。エリンの本領はこんなものじゃないぞ」
ジョージの言葉にイリーナは目を輝かせる。
「エリン先輩カッコイイ!
……先輩、あたしも手伝うにゃっ!」
イリーナはエリンに攻撃力と素早さを上げる魔法をかけて補助をする。
「イリーナ、ありがとう!
……それにしても、攻撃が当たる感覚……当てる時の感覚ってこんな感じなんじゃな……!」
エリンは弱点を克服しようとしていた。
「ギョォロロロォオオオ!!!」
そこに後ろ足が馬の邪悪なグリフォン、ヒッポグリフが急降下で攻撃を仕掛けてくる。
「──聖なる守りよ、今ここに!」
しかし、アメリアの神聖魔法が発動。出現した結界がヒッポグリフの攻撃を防ぐ。
「ファイアボール……!」
すかさずイリーナが炎の球を作り出し、それを爆発させてダガーを撃ち出した。
「ジェットスマッシュ!!」
イリーナの手から放たれたダガーはライフル弾の如く突き進み、ヒッポグリフの胴体を撃ち抜いた。
「キシャア!!」
ヒッポグリフを倒したのも束の間後ろから、巨大な蜘蛛モンスターのポイズンスパイダーが襲いかかる。
「あたしだって、修行してるんだよっ」
空中でひるがえり、イリーナは回転しながらポイズンスパイダーを切り裂いて倒す。
「イリーナ、ナイスじゃ!
それ、シューティングスター!!」
音速を優に超えるその所作で、その名の通り流星群のように矢を放ち敵をどんどん減らしていく。
「……問題なさそうだな」
ジョージはみんなの戦いぶりを見ると、出発を決意。ボスの待つ教会へ向かう。
「うぉおおお!!」
全速力で走り抜ける。
モンスターはそんなジョージを倒そうと飛びかかるが、ザコはジョージに轢かれ、耐久力があるものはエリンの矢によって貫かれて進行を許してしまう。
「「「「グォオオオオオオオオオオオオオッッッ!!!!」」」」
しかし、そこでモンスターの様子が一変する。
邪悪なフェロモンが大群を包み、モンスターたちが強化されてしまう。
「これは、気合いをいれねばならんな!」
エリンがニヤリと笑う。まだ余裕がありそうだ。
「あたし、ジョージくんのサポートしてくる!」
イリーナがジョージのつゆ払いのために駆け出した。
「私も負けてられませんね!」
活躍するみんなに感化されてアメリアも攻撃魔法の準備に入る。
「アメリアさん、大技を使う気じゃな? では、うちも大技を使うかの!」
今まで少し楽しげな雰囲気だったエリンの顔付きが真剣になる。そして、神妙な雰囲気を漂わせてその一撃を天に撃つ。
「──ドラゴニック・レイン……!!!」
エリンがその技名を口にした刹那。
『『『グルルォオオオオオオアアア』』』
無数の矢が魔力を帯びて龍の姿となり、豪雨のごとくモンスターに降り注いだ。
「「「グギャアアアア!!!!??」」」
ドラゴニック・レインの前では、いくらモンスターが強化されようと関係なかった。塵も残さず一気に数百ものモンスターを倒してしまう。
「素晴らしい攻撃ですね、エリン様」
聖歌を詠唱し終えたアメリアが一言声をかけると、次の瞬間その輝きを解放した。
「──セイクリッドブルーム!!!」
音も無くその輝きは広がる。
まるで花が咲くように、日が昇る様に。それは光の大爆発だった。
あまりの神々しさと美しさに仲間だけでなく、フェドロ軍もモンスターすらも見惚れてしまう。
──しかし、その輝きは圧倒的な威力で、慈悲深く、また容赦なく1000近い敵を消し飛ばしてしまった。
「……はぁ、はぁ……ど、どうですか! 私の神聖魔法は……!」
アメリアは息切れを起こして杖を支えにするほどの疲労を覚えるが、エリンとの攻撃によって教会までのみちが開いた。
「ジョージくん、今だよ!」
「おう!!」
ジョージがラストスパートを駆け抜けて、とうとう教会にたどり着いた。
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教会のドアが開かれる。
「──貴様が……ジョージ・ハレムンティアだな?」
邪悪なドス黒いフェロモンをまとった男が出迎える。
「……そうだ。お前は?」
ジョージは慎重に歩み寄る。
「フェドロ王国騎士団長……そして、貴様を倒し、フェドロを引きずり落とし、いずれフェドロ王国もリズンバークも統べる者。
フェドロフェロモンを操り、フェドロフェロモンに愛されし男……。
バリッド・フェイターだぁああ!!!」
その勇ましい咆哮とともに、ネッチョリ汚いドブみたいなエゲツない匂いが弾け飛んだ。
「なんて臭さだァッ!!? 目に染みる──」




