第十九話 フェロモン砲
「お父様らしき方の居場所、それは……ダンロッソです!」
「ダンロッソ……!?」
ジョージの首筋に汗が伝う。
フェドロ軍が陣取って周辺地域の人から搾取しているという場所そのものだ。ただ、その情報はシンから聞いたばかりでまだ裏は取れていない。嘘を言っているとは思えないが、せめて何かの間違いだと願う。
……しかし、そんなジョージの焦りをよそにアメリアが言葉を続ける。
「そして、フェドロ軍がその近辺で略奪や搾取をしているようです。現在、抵抗勢力が出現して戦っているようですが戦況不利。ダンロッソを含む周辺地域に侵攻しているようです」
聖女であるアメリアからの裏が取れてしまった。
父親は無事だろうか? 十数年ぶりにせっかく会えると思っていたのに、また別れることになるのか?
もし今度失えば、二度と会えないかもしれない。そうジョージが悩んでいると、真剣な面持ちでアメリアが聞いた。
「ジョージ様のお父様の方、つまり『ダンロッソ防衛戦』に行きますか?
それとも『フェドロ軍討伐戦』に向かいますか?
今回の件は事情が事情なのでその選択はジョージ様に任せます」
「俺が決める……」
ジョージは悩んだ。
どちらも行きたいが、気持ちとしてはダンロッソに行きたい。しかし、決めきれない。
そう悩んでいると、ジョージはとある言葉を思い出す。
──『お前のチカラは世界にとって毒にも薬にもなる。心根が優しいジョージだから世界は喜んでいるが、心が腐ればネッチョリ汚いドブのようなフェロモンになる。精進しなさい』父親の言葉だ。
なぜ今思い出したのかはわからない。だが、ジョージに優しい言葉をかけ、まっすぐ育つように願ってくれた父親ならきっと……自身に会うよりも、多くの人を助けるように言うはずだ。
「──俺は……俺は『フェドロ軍討伐戦』に参加する! そして、民を苦しめるフェドロ軍を倒す!!」
「ジョージ様、お父様の方は良いですか?」
アメリアが確認をとる。
「会いたいのは山々だが、フェドロ軍を放置して欲望に負けて父親に会いにきた……なんて言ったら失望させちまう。だから俺は、フェドロ軍を倒して、胸を張って会いに行く……!」
ジョージはそう決心した。
「……ジョージ・ハレムンティア、見直したぞ。では、僕はダンロッソへ向かう。先にリーズン教会お抱え冒険者と兵士が救援しているらしいからね。それに参加するよ」
シンはそう言うと早々に立ち去る。すぐに出発するつもりだろう。
「……では、わたくしもご近所さんを守るために帰りますわね。ジョージ、くれぐれも気をつけてくださいませ」
ウィステリアは転移魔法で帰っていく。
「……では、ジョージ様」
「ああ。エリンとイリーナを連れてすぐに向かおう」
そして、ジョージは仲間を連れてフェドロ軍がいるという地域に向かった。
* * * * *
ダンロッソのある地域にたどり着いたジョージたちは、その悲惨さを目の当たりにする。
「ジョージくん……フェドロ軍はほとんどやられてにゃいのに、兵士さんたちがこんにゃに……」
イリーナが惨状を見てネコ耳を垂らす。
元々フェドロ軍が拠点にしていたという洞窟近くには、何十人もの兵士と冒険者が倒れていた。しかし、対するフェドロ軍兵士はたったの数人。
命こそ落としていないが、みんな戦闘不能であった。しかも、残った者もその治療に専念しなければならず、討伐隊は壊滅状態にあった。
「……選りすぐりの方達を送り出したのに、フェドロ軍はそれ程までに強力なんでしょうか?」
アメリアが神聖魔法で兵士たちを回復していく。
「不意打ちにあったか……? いや、背中に傷があるものは少ないな。
……なにか理由があるのか?」
ジョージが倒れた討伐隊の様子を観察する。
「ジョージ、何かわかったか? ……あれ、そう言えばみんな盾に傷がないのじゃな」
エリンがジョージと共に観察していると、そんなことに気が付いた。
「盾に? 本当だ……!
おい、アメリア……この人たちはみんな普段盾を使わないわけじゃないよな?」
ジョージはこの状況の歪さに気が付く。
「……はい。冒険者の方は知りませんが、リーズン教兵士は盾は基本装備なので使わないはずはありません」
「……盾を使う前に倒されたってことにゃのかにゃ……? でも、ちょっと……」
「これだけ人数がいて、誰も盾を使わないのはおかしいのじゃ」
他の者もその異変に気が付いたようだ。
「つまり、何か……魔法か何かを使って盾を使えない状況にしたのか……?」
「ジョージ様、フェドロ軍の兵士がいますし、聞いてみましょう」
「そうだな」
ジョージは倒れているフェドロ軍のひとりを縄で縛った後に、回復ポーションをかけて目を覚まさせた。
「……んあ?」
兵士が目を覚ましたようだ。
「……聞いてみますね」
目を覚ましたフェドロ兵士にアメリアが尋ねる。
「フェドロ軍はどんな作戦でこのような戦況に持ち込んだのですか? ──"真実を語りなさい"」
聖女の能力のひとつ『真告』は、アメリアの問いには決して嘘がつけなくなると言うもの。強力であるため普段は使わないが、状況が状況なので使わざるを得ない。
「……知らない」
しかし、フェドロ兵士はそう答えた。
「…………」
アメリアがその答えに驚いてみんなの方を見る。
「兵士すら知らないのか、それとも記憶を消されているのか……」
何にしてもフェドロ兵士は戦闘中の記憶が存在しないようだ。
「討伐軍の人は何か見てないかの?」
次にエリンが回復が終わった討伐軍のひとりに尋ねた。すると……。
「──自分も戦ってる時の記憶がありません。しかし、戦いに入る直前不思議な感覚に包まれたんです」
「不思議な感覚? それはどんな感覚じゃ?」
「嫌悪感がある程の臭さなんですけど、その匂いを嗅ぐと頭がぼーっとして力が抜けて……自分自身の身体が上手く動かせなくなったんです。それなのになぜか、夢見心地で……。そんな感覚です」
「匂い……?」
ジョージが兵士の言葉を聞いて何かに気が付いたようだ。
「ジョージくん、何かわかったの?」
イリーナが首を傾げる。
「さっきからネッチョリ汚ねえゴミみたいな匂いがすると思ったが、このせいか……」
「匂い?」
どうやら、この匂いはジョージだけが分かるようで、人間よりも遥かに嗅覚が優れているネコ型獣人のイリーナも気が付いていないようだ。
「……そうか。じゃあ、これは俺が倒すしかないみたいだな」
「ど、どう言うことですかジョージ様!? 何かわかったんですね?」
「そうだ……」
アメリア、イリーナ、エリン、そして回復した討伐隊のみんなの注目が集まる。
そして、みんなが聞いているのを確認するとジョージは口を開いた。
「──この匂い、ネッチョリ腐って鼻をつん裂くような醜悪さだが、間違いない。
これは……フェロモンだ!!」
「「「フェロモン……!!?」」」
ジョージの言葉に3人は目を見開いて驚いた。
討伐隊のみんなもジョージの能力は耳に挟んでいたのか、ザワザワし始めている。
「そうだ。本質的にフェロモンは善でも悪でもない。使う者の心で決まる。
……俺が子供の頃、親父が言っていた。このチカラは毒にも薬にもなると。そして、心が腐ればネッチョリ汚いドブのようなフェロモンになるとな」
「じゃあ、フェドロ軍は腐ったフェロモンを使っていたのかにゃ?」
「そうだ」
「……つまり、ネッチョリフェロモンで心を無理やり奪い、兵士や討伐軍を操り人形のようにしていたということですね?」
アメリアも状況を把握したようだ。
「だからジョージが倒すしかないってことか。でも、うちらはどうしたら良いのじゃ? ジョージひとりだけを危険にさらすなんて……」
エリンが心配そうにジョージの袖を掴む。
「考えがないわけではない。
……やったことは無いが、俺のフェロモンを武器に効果付与するんだ」
「エンチャント?」
「武器を俺の善なるフェロモンでコーティングすれば、上手くいけば腐ったヘドが出るようなフェロモンを消し去れるはずだ。……ま、あまり薄めると戦力が落ちたり効果がなくなるかもしれないから、せいぜいできて2人だがな」
フェドロ軍の戦力は未知数。あまりこちらの戦力分散はできない。少数精鋭で挑む必要がありそうだ。
「しかし朗報もある。
今までの経験から分かったんだが、聖女ほどの神聖力ならフェロモンに対抗できる。だから、俺、エリン、イリーナ、アメリアでフェドロ軍討伐に向かう」
ジョージのその言葉にエリンは少し不安そうな顔になる。
命中率は少し上がったものの、まだ矢を敵に当てられないのだ。そんな様子を知ってか、ジョージが言葉を続ける。
「エリンはもし敵が大軍で来た時の切り札だ。それまでは矢を温存しろ。……密集していたら否応なしに当たるし、威力は元からエゲツないからな」
ジョージがエリンを見てニヤリと笑う。
「……っ!
そうじゃのっ!」
「では私はみなさんを神聖魔法で守りつつ手が空いたら攻撃します」
「あたしは補助魔法でサポートしつつ、瞬発力と隠密スキルを活かして隠密攻撃するにぇ!」
そしてジョージがメインアタッカー兼、敵の注目を集めての砦の役割だ。
そんなこんなで方針が決まったところで兵士が言った。
「……では、力添えできない分、自分たちは近隣住民の避難を進めます。聖女様、ジョージ様、ならびに仲間のお二方……どうかご武運を!」
「はい。皆様もどうか、お気をつけ──」
アメリアがそう言い終わる直前、急に空が暗くなる。
──グォオオオオオオオオオ!!!
耳をつん裂く咆哮。灼熱の熱波をまとう空の覇者……。
「これは、ワイバーンです!!」
その巨体は10mを超え、灼熱を吐き、空を自在に飛ぶ翼竜ワイバーン。その口から放たれる灼熱の火焔弾は、鋼も溶かす威力もさることながら、数km先の羽虫すらも狙い撃ちできるほどの精度を誇る。
「くっせえ!? このまとわりつくようなドブみたいな匂い……フェドロフェロモンに操られているな!」
ワイバーンは赤い体躯を持っているが、目の前のワイバーンはその赤さにヘドロのような汚さがプラスされている。
「ああ、さすがにここまで遠いと神聖魔法で攻撃できません……!」
ワイバーンが飛翔して上空3kmまで離れてしまう。
「普通の魔法も届かにゃいよ、どうするにょ!?」
ワイバーンに攻撃する手段はないのか? そう考えているうちに、ワイバーンは攻撃準備を完了してしまう。
「みんな、火焔弾が飛んでくるのじゃ!!」
ひとつ2mもの大きさの炎の弾がマシンガンのように撃ち出され、討伐隊の元へ雨のように降り注ぐ。
もし直撃すれば討伐隊は全滅。絶体絶命かと思われた──その時。
「──フェロモンシールドォオオオッ!!!」
フェロモンでできた広範囲シールドが瞬時に展開、みんなを包み込んで火焔弾を防ぎ切る。縄張りフェロモンの寄せ付けない性質が火焔すらも弾いたのだ。
「ジョージ!」
「……ワイバーン。相手にとって不足なし……」
ジョージがボタン2つを開け放つ。
「前回(第十五話参照)は調子が悪くて失敗したが、今日の俺は夏を乗り越えて絶好調!
ぶっ放してやるぜ!!」
解放された首筋からフェロモンが溢れ出す。
「グォオオオオオオオオオ!!」
ワイバーンはまた火焔弾の雨を降らせてくる。が、この夏最もホットな漢にはもう……灼熱はぬるかった。
「うぉおおおおおおお!!
──フェロモン砲ゥゥォオオ!!!」
凄まじき空気砲がジョージの首筋から放出される。──本気のボタン2個。
その威力は、みんなの想像を絶した。
ジェット噴射の如き爆音を轟かせて、ワイバーンに向かってまっすぐ飛んだ。
「グワっ!!?」
その奔流を目の当たりにしたワイバーンは情けない鳴き声を出しながら逃走を図るも時すでに遅し。
「グギャアアアア────!!!?」
ワイバーンを上回る大きさのそのブラストショット、フェロモン砲はまるで生きているかのように動いて的確に直撃し、敵を空の彼方までぶっ飛ばしてしまうのだった。
フェロモン対フェロモンの戦いが、今始まる────
「……みんな、行くぞ──」




