第十七話 溶かしてくる恐ろしいスライム
これ以上暴走フェロモン大爆発で迷惑をかけないように一時的に町を離れることにしたジョージだったが、がむしゃらに駆け抜けた結果見知らぬ土地に来てしまっていた。
「──ここはどこだ?」
ジョージは涼を求め、目先の日陰を目印に風を受けながら全速力で走って来たので、ここがどこかなど知りもしない。
だが、ただここが"森"であるのは確かだった。
「迷いの森……ではなさそうだな。だが、もうひとつ森があるってのは少し小耳にはさんだことがあるな」
寄ってきた小鳥をなでてやりながらジョージは記憶をたぐり寄せる。
木が影を作り、そよ風が体を冷やしてくれるのでゆっくり考えても体力を奪われないのは良いことだ。
「確か……そうだ。ここに出現するスライムは迷いの森のスライムとは違い、下手な防具では攻撃を防げないとか……消化酵素を含んだ粘液を使って攻撃するとか、だったな。
……ま、俺なら問題ないな。ふぁあ〜」
オーガの渾身の攻撃で微動だにしない強靭なジョージにとってはとるに足らない敵。
もし不意打ちをくらってもちょっと強いスライムなんて無傷で返り討ちにできるだろう。
他に噂になるようなモンスターもいなかったはずなので、ひとまずここは安全な場所と判断して良さそうだ。
「風が気持ち良いぜ。眠くなってきたし、晩ごはんまでここで昼寝でもするか……。そのころにはきっと、あふれ出るフェロモンもちょっとはおさまっているだろう……」
ジョージは木漏れ日と柔らかい風を感じながらゆっくりと目を閉じた。
● ● ●
どれくらい時間が経っただろうか。
まだ太陽はそのアツい視線を地上に注ぎ込んでいるが、傾きから察するに2時間くらいは寝ていたのが分かる。
「……まだ明るいな。もうひと眠りできるか……」
フェロモンで動物が集まり過ぎてお釈迦さまの涅槃みたいな状態になっているのも知らず、のんきに2度寝をかまそうとするジョージを尻目に、どこからともなく静寂を打ち破るトラブルの気配が押し寄せてきた。
『きゃーっ!?』
女性の悲鳴だ。そう遠く無い場所から叫んでいるようだが、危機迫る様子からすぐにでも向かったほうが良さそうだ。
「世話が焼けるぜ。心地良い昼寝のためにも、さっさと助けてやるか……!」
頭の上で寝ているイノシシを地面におろし、ジョージはさっそく悲鳴の出どころに向かったのだった。
* * * * *
金喰いの森。
色々な噂があるものの、ヌシを倒したり動植物を調べたりとこの森を攻略しようとすれば、報酬の額がどうであれ基本的に赤字になるという。
「……理由を解明せずにはいられない。所長には止められましたが、それで辞めるようなら研究者はやっていませんよ。まあ、危険があると分かりつつも飛び込んでしまうのは研究者の悪いクセですね……」
ひとりごとをブツブツ言いながら川の水を採取している女性がいた。
研究に使う道具がぎっしり詰まったリュック、防水のオーバーオールと長靴、手にはルーペと、研究には便利だが戦うには向いてなさそうな服装であった。
「この森の何が原因でお金がなくなるのか……。う〜ん……水は今の所いたって普通の川の水ですね。
他の要素が原因でしょうか?
ヌシであるオオカミ型アンデッドモンスターの"ガルム"はナワバリ意識が強く鼻が効くといいますから、それでしょうか……。それとも、他のモンスターか。
植物と動物に着目してみるのもありですね。
いや、時間帯によって水質が変化する可能性も……」
試験管にとった川の成分を水を魔法のルーペを使って映し出し、細かな情報と気付いたこと、気になった疑問も含めてノートに書き込んでいく。
どんな些細なことでも放っておかないのは研究者として素晴らしい姿であろう。
だが、その姿はまさに無防備。人を襲うモンスターにとってはボーナスタイム。棚からぼたもち。
「…………ブルル」
この森に潜むアシッドスライムが、そんなエモノを見逃すはずがないのだ。
「……この水、よくみると上流の水と比べて少し酸性が強い気がしますね。気にし過ぎかもしれませんが、一応メモしておきま──」
研究者の女性がふたたびペンをふところから取り出そうとした、その時。
「ブルルァアア!!」
真っ黒なゲル状モンスター。アシッドスライムが飛び出してきた!
「きゃ!?」
女性はおどろきつまずいてしまう。
「逃げなきゃ……! うっ!? いっつつつ……」
立ちあがろうとするが足首に激痛が走って動けない。
どうやら先ほどつまづいた時に捻挫してしまったようだ。
「ブルルル……!」
エモノが動けないのを分かっているのか焦るような行動は見せず、アシッドスライムはおもむろに鳴き声を出して仲間を呼び出した。
「「「ブルッル……!」」」
女性は囲まれてしまった。1体なら隙を見て逃げることもあるいは可能だったかもしれないが、これでは万が一にでも不可能。絶体絶命だ。
迫り来る最悪のカウントダウン。
女性は震え上がり、ジリジリ詰め寄ってくるアシッドスライムを見ることさえままならない。
「ブルッファアアア!!」
「きゃーっ!?」
リーダー格の雄叫びを合図に、仲間のアシッドスライムが消化液を吐き出した。
身体をひねってなんとか1回は回避できたが、1回で攻撃をやめてくれるほどアシッドスライムは優しくない。
すぐに次の消化液を充填し、攻撃の準備を整える。……今度こそ避けきれない。
「ブルッファァアアイ!!」
「────っ!!」
飛んでくる消化液を前に、女性は目をつむって頭を守るしかできなかった。それで効果があるのかは分からない。しかし、少しでも生きたいと本能が願ったゆえの行動だった。
──バッシャーン!!
消化液が弾ける。何かを勢いよく溶かしたのだろう。だが……。
「…………あれ?」
無傷だった。それどころか、消化液が自分の所には届いてすらいなかった。
「じゃあ、さっきの音は……?」
女性が顔をあげるとそこには──
「あんたの声、届いてたぜ……!」
最近ウワサの詰め襟黒ロングコートの貴公子、大自然を感じる霊峰あらたかなセクシー筋肉の、ジョージ・ハレムンティアその人だった。
「ああ、ジョージきゅん!?」
ちなみにこの女性はジョージの熱狂的なフアンだった(ハーレムではない)。
だからこそ、ジョージの今の惨状を見てもドン引きするどころか歓喜した(暴走フェロモンも直撃したのでテンション10割増し)。
「おっと、この消化液のせいか? 服が溶けちまったぜ」
そう、アシッドスライムの消化液は布や防具を溶かす。しかも大量にいるからってことで金がかかる……金喰いの森なのだ。
そして、その消化液を受けて服を溶かされたジョージは生まれたまm……もとい、ダビデ像とだいたい同じような姿になってしまっていた。
「せっセクシー過ぎます……ブフっ」
女性は興奮で鼻血を吹き出してしまう。大洪水だ。
「女ァ! これ以上手間を増やすんじゃねえ。すぐに片付けるから待ってろ」
ジョージは怒りつつもアシッドスライムと交戦し始める。
さすがというべきか、ジョージは防具どころか衣類のひとつも身に付けていないのに、アシッドスライムの攻撃に無傷で受け切ってしまう。
それどころか、デコピンで真空波を発生させていつの間にか大量発生したアシッドスライムを次々に撃破していく。
「……ここは天国ですか!?
怪我はしましたが、ジョージきゅんの素肌を見られるならむしろプラス!
それどころか眼福すぎて今日が命日ですかーって思っちゃいマス!」
女性は楽しんでいた。
アシッドスライムはどんどん減っていくが、心情は『ようやく助かる』より『もう少し楽しみたいからねばって! スライムだけに』と危機感はどこへやらって感じだった。
「最初のポーズ的にはダビデ※ って感じでしたが、隠すところはしっかり葉っぱで隠されてて、ある種神聖さのような雰囲気も出しているところから、どちらかというとアダム※ といったおもむきでしょうか……!」
血が出ないように鼻にティッシュを詰めながらジョージを解説していく。
( ※ この世界に上記の名前の方はいないものの、類似した物語や神話等は存在しているので、今回は話の流れを遮らないよう便宜上の名前として拝借させて頂きました。意訳のようなものと解釈してそのままお楽しみ下さい )
「何をブツブツ言っている!? あんまり騒ぐと鼻血がまた出るぞ、敵は絶対に通さないから安静にしとけ!」
「ああ……! ジョージきゅんがわたしみたいな存在に御慈悲を!? 尊い……!
セクシー筋肉に愛情深さ……天は二物を与えずと言いますが、さすがの天もジョージきゅんには二物を与えちゃったか〜」
ジョージの心配もお構いなしにテンションはフルスロットル。
「最高を超えた究極なジョージきゅんを最前席のかぶりつきで見られるなんて♡
それにしても美しい……もしこんな姿を見ちゃったら、フアンであるわたしどころか……全人類がイブ※になりたくなっちゃうよ〜!!」
「うるせえっ!! せっかく敵のヘイト集めながら片付けてるのに、大声出して注目浴びちゃってんじゃねえ! そういうのは安全になってからやるもんだろ! 帰るぞ!?」
さすがに怒られてしまった。
「はい、ごめんなさい。調子に乗りすぎました。静かにしています」
怒られて冷静さを取り戻した女性は、怒られるのもいいもんだと思いつつ静かに気配を消すのだった。
「ったく、世話が焼けるぜ。……ま、俺のフェロモンが出過ぎちまってるのもあるから、あとでフォローはいれとくか」
そんなこんなでジョージはアシッドスライム数百匹をあっという間に倒し切ったのだった。
余談だが、アシッドスライムは数えきれないほどいるので、ここでジョージがこれだけ倒してもさほど影響は無いとか。
* * * * *
ハーレムに加わった女性からジョージは金喰いの森で人通りの無い穴場的スポットを教えてもらった。
そして、ジョージはエリンたちを連れて気分転換に水浴びにそこへ行ったのだが、エリンはもちろん、ぷるちまでドン引きしていた。なぜならばそこは──
「ジョージ様、ここはどう見ても毒の沼地です……」
アメリアの笑顔が引きつる。
毒素が含まれる微生物や人に害となる物質がたっぷり含まれた沼、みんな大好き(ある意味)毒の沼地であった。
「毒浴びで気分転換どころか、泡吹いて倒れるわ! ……穴場とはいえジョージ以外に水着姿を見られるのもイヤじゃし、水浴びはやっぱりやめておこうかの。そもそも毒の沼地じゃが……」
ジョージの全肯定マシーンであるエリンもさすがにダメみたいだ。
「ジョージくん、免疫力が高い獣人でも毒の沼地は荷が重いよぉ……」
「プルプル……」
イリーナとぷるちに至っては怯えてしまっている。
余談だが、先日家にお邪魔したウィステリアは業者との取引があるからと元の家に帰ったのでいない。
「それで、どうやって気分転換するんですか?」
アメリアが代表してジョージに詰め寄った。
こんな高濃度の毒でできた沼なんて、気に食わない相手を消す以外に理由なんてあるだろうか?
理由次第では聖女の本気の神聖魔法がここで発動する。
「……ったく、何を怒ってんだか。そもそもアメリアは神聖魔法で毒を浄化できるだろうに」
「それもそうですね……って、私のチカラを頼るつもりだったんですか!? せっかくの休みで使わないで済むと思っていたのに……」
毎日浄化と怪我の回復にとでアメリアはヘトヘト。そこへ急に神聖魔法を使えなんて、無償で休日出勤みたいなもんだ。悲しみに暮れて当然。
「息抜きに連れてきたのに、歩かせたあげく仕事をさせるわけないだろう。まあ見てろ」
意気消沈なみんなをよそに、ジョージは自信満々で沼地へ歩き出す。
「ま、待て! さすがのジョージといえど、その濃度の毒は無茶じゃ──!!」
エリンが絶望しかけたその刹那。
一同は、ジョージのフェロモンの底知れなさを目の当たりにするのだった──




