第十六話 ジョージの苦悩とはじまる夏
第十五話を先に上げてしまっていたので、第十六話を上げ直ししています。(順番を入れ替えるため)お騒がせしました
ジョージが人生の岐路(ハーレムをこれからも増やすかどうか)に立たされ、悩みすぎたあまり身体能力も低下し、フェロモンもまともに出なくなってしまう。
そんなしょぼしょぼジョージを見かねたエリンは、ハーレムの皆さんを集めて家族会議に乗り出したのだった。
しかし、事情を聞いたみんなはどう声をかけていいか分からず。ジョージは人生の行き先も定まらぬままただ立ち尽くし、お家には重苦しい空気だけが流れてしまう。
何の成果もあげられないまま家族会議が終わるかと思ったその時──
「ごめんあそばせ。……ジョージが人生の迷子と聞き、正妻であるこのウィステリア・ファルドーネが参上いたしましたわ!」
正妻(予定)のウィステリアが家に新しい空気を運んだのだった。
ちなみに、たびたび食卓にのぼる美味しい野菜はウィステリアが送ってくれたものである。
──いつもちょうど欲しい量が送られてくるので助かってます。とはアメリアの言葉。
「ウィジーか……。そうだ、迷子なんだ」
しょぼくれた情けない顔のジョージがチラリとウィステリアを見るが、元気がないようで、すぐにうつむいてしまう。
「仕方の無い方ですわね。
……ひとつ質問ですが、誰かにもうハーレムを増やさないでと言われましたの?」
こんな慈母のように優しい微笑みを見せるウィステリアだが、没落貴族なのに贅沢三昧かつ大暴れをした結果ファルドーネ家から追放され、許婚である家からも婚約破棄を通告された過去をもつ暴れん坊である。
──未練はありませんわ。ただ、そのおかげでジョージとの出会えたのですから、その点はファルドーネ家には感謝しています。許婚? 顔も見た事ないですわ。とは本人談。
「いや……言われてないが、婚約して増やすのは不誠実だろうかと……」
「不誠実? それはこれ以上側妻が増えたら愛しきれないとういうことですか? ……助かりますわ」
ハーレムのひとりが用意してくれた椅子にウィステリアが座る。もちろん、ジョージの横。
「そういうわけじゃない。だが……」
「煮えきりませんわね。ではでは、ここでこの資料を読んでくださいませ」
ウィステリアはこれ好機と事前に用意していた紙をジョージ、アメリア、エリン、イリーナ、ぷるち、そしてハーレムのみなさんに配っていく。
「これって昨日の?」「貴女も回答したの?」「私もした」
どうやら、ハーレムの皆さんに向けたアンケートが昨日とりおこなわれていたようで、今配られた紙にはその結果が書かれているようだ。
「これは?」
ジョージがうつろな目で紙を見る。
「読めばわかりますわ」
ジョージはウィステリアに言われるがまま紙に目を通す。
するとそこには『第一問、ジョージがハーレムの規模を大きくするのに賛成か』『第二問、愛が足りているか』『第三問、ハーレムどうしの仲は保たれているか』という質問の答えが記されていた。
「…………第一問、賛成30%、どちらかといえば賛成50%、どちらでもない20%……。反対とどちらかといえば反対は0%」
「皆様に聞かず自分だけで悩んでいるだろうと思いまして、アンケートをとりましたの。
補足ですが、どちらでもないと答えた方は、ジョージが『もう増やしたくない』と考えるのであれば、無理をしてまで大きくしなくても良いのではないかとおっしゃってましたわね」
ウィステリアもジョージのことを心配して動いてくれていいたようだ。
「……そう、だったのか」
「第二問、見ました? すごいですわよね。全員『足りている』と回答していますわ」
「……気を遣ってウソの回答をした、ってわけじゃないんだよな?」
「ジョージへの愛を語った長文の回答がありましたので、ひとまず50枚ほどあとでお渡ししますわ」
ジョージの疑念をウィステリアは圧倒的パワー(LOVE)でねじ伏せる。全員が全員長文ではなかったものの、多くの皆さんが長文メッセージを書き記し、全部でB5用紙200枚近くにまで登っている。
「第三問ですが……『ハーレムに入ったことでよき友人を手に入れた』とか『好きな方を語っても引かれることがない』とか『困った時にみんなが助けてくれる』『みんなの心が満たされているから余裕があって優しい』といったような回答ばかりでしたわ。
不満点は『みんなすぐに助けてくれるから恩を返しきれない』や『みんなのご飯が美味しいから体重が増えた』など、平和なものばかり。
体重は……食物繊維が多く含まれたお野菜を食べましょう。また送るお野菜のラインナップを見直しておきますわ」
「ウィジーの送ってくれる野菜は美味すぎるからな。食べてしまうのはしかたない」
「最高峰の味を記録したわたくしの舌と、ご近所さんの長年つちかわれた農業のノウハウがあればのくらい造作もありませんわ!」
ウィステリアは褒められて嬉しいようで、言葉とは裏腹にキラキラした笑顔を浮かべている。
「……それはそれとして!
皆様はそもそもハーレムにひた向きなジョージしか知りませんし、その事を受け入れた上で仲間入りを果たしていますの。わたくしは少し驚きましたが、ジョージの選択ですし正妻のわたくしは尊重しますわ。
それにジョージ、貴方なりのハーレムは見つかりましたの? その答えを探すって前にお手紙に書いてましたわよね」
ウィステリアとジョージは手紙でのやり取りをしているのだが、そこでよく近況報告とか相談ごととかちょっとした冗談なんかを交わしているのだ。
「俺だけの道……分からない」
「辞めるにしても、進むにしても、何かジョージなりの答えを……納得のできる終着点にたどり着いてくださいませ。
モヤモヤを抱えたまま、道なかばで諦めるなんてジョージらしくありませんし、魅力も半減、フェロモンも9割引、頼もしさも皆無で皆様を心配させるだけですわ」
「…………!」
ウィステリアの言葉がジョージの胸に刺さる。
「……ですが、そんなジョージ様でも一度好きになった相手ですもの。どこまでも着いていきますわ。わたくしも皆様も見捨てて去ったりはしません。
それは皆がそれぞれが考えた上で出した『答え』です。代弁ではなく代表……わたくしの想像で言ってるのではなく、ひとりひとりの口から聞いたものですわ。
そう……皆考えてここにいるのです。次の一歩を進めなくなった時はひとりで悩まないでくださいませ。相談に乗りますわ。
こんなにいるのですから、たとえ答え自体は無くても、一歩を踏み出す勇気くらいはきっと貰えるはずですわ」
「……このアンケートのようにか」
「ええ。
今回はわたくしが動く番だっただけで、次回は別の誰かがジョージを助けるかもしれません。それはここにいる誰かかもしれませんし、これから出会う誰かかも」
「そうかもな」
「一度交わった道。わたくしたちは一蓮托生。ジョージの歩む道をわたくしたちも通ります。そろそろ前を歩く覚悟をしてくださいませ」
「その通りじゃよジョージ。引っ張って欲しい時はうちらが手を引っ張るから、背中を押して欲しい時は押すから、ジョージはジョージの思う道を進むんじゃ」
エリンがジョージの手を優しく手にとる。
「ジョージくんがイヤなら辞めちゃっても良いと思うけど、それでジョージくんが笑顔になれないなら……それこそあたしたちに不誠実だと思うな。だって、ジョージくんが魅力的だと思ってここにいるのに、その魅力を隠しちゃうってことだもん」
「プルルリ」
続いてイリーナ、ぷるちも言葉をそえる。
「ジョージ様、辞めるとなると……私に『オーケー』と言わせる約束はどうするんですか?
私にことわりも入れずに無かったことになるんですか?
理性をつかさどるリーズン様につかえる聖女をどう落とすのか、少し楽しみだったんですけど。まあ、辞めるならしかたありませんね」
もうひと息だと察したアメリアはジョージを挑発する。
「へへっ……。みんな、俺のことをこんなに想ってくれてるんだな。ありがとう……腹は決まったぜ!」
頬にひと滴の涙が伝う。だが、ジョージの顔にもう迷いはなかった。
「進むも道、退がるも道……。どう進んでも相応の責任がともなう。
なら……俺は!
みんなのハートを熱くする、最高のハーレムをつくるぜ!!!」
ウィステリアとみんなのおかげで、ジョージの胸にふたたびアツい情熱が宿ったのだった。
──そして、ジョージの情熱に負けないくらいのアツい夏が来た。
* * * * *
「……アツい。アツすぎるぜぇ……」
場所はオシャレなカフェテラス。口に運ぶのはキンキンに冷えたソーダ。
パラソルが日陰をつくり、風も吹いていたが……夏の日差しは冷えることを許してくれなかった。
「もう耐えられん……!」
ジョージは詰め襟の黒ロングを無造作に脱ぎ、ワイシャツのボタンをいくつか開け放つ。
「汗でビショビショだぜ……!」
したたる汗がシャツをほんのり透けさせる。だが風が吹き、熱を奪ってくれるおかげで少しはアツさもマシになるだろう。
…………だが、それにしてもセクシーすぎる。
「ワァオ……!」
シャツの上からでも分かるワイルドな筋肉と、フレッシュな汗、そしてマイナスイオンでも出ているんではないかと疑いたくなるほど心地の良いフェロモンに魅了されてしまう。
「なんだ……?」
ジョージは未だに気が付いていないが、このカフェテラスは既にジョージ色。
詰め襟黒ロングコートの状態でも惹きつけるってのに、クールビズのためだからって胸元開けてセクシーを解き放つなんて暴力的。
それに加えて、汗で張り付いて透け感まで出してきたら犯罪級。直視しようものならセクシー特急でランデブー駅に直行案件。
店員さんもお客さんも、道ゆく人だってそのセクシーさに思わず『ワァーオ♡』
夏のアツさの前に、ジョージの魅力で頭が沸騰しちゃう。──そんな状態だった。
「なんだかアツさが増したか?」
増したのはアツい視線だ。
それはそれとして、なんでこんなことになったかというとクールビズのせいもあるが……ずばり、お悩み中に抑制されたフェロモンが先の一件で解放され、ジョージでもコントロールが難しいくらい絶好調になってしまったのだった。
今日はクエストお休みデー(家族で決めた休日)なのと、フェロモン大放出するジョージが家にいたら家事にならないので、アツい中こうして外出することになったのだった。(まさここまでの状況になるとは本人もエリンたちも思っていなかったが)
「お客様……♡」
店員さんが困った様子でジョージに声をかける。
「ん? まだ何か注文していたっけか?
……オムライスとアイスも食べたし、アイスコーヒーも届いたから無いとおもうが……」
アツさで忘れているだけで何か注文していたのかと思案していると、店員さんがなけなしの理性をふりしぼってジョージに言った。
「まことに申し訳ありません…………他のお客様と、私を含め店員全員に迷惑がかかっていますので、お早めに退店お願いします……♡」
語尾のハートは誰にも取り払うことはできない。
木から離れたリンゴが地上に落ちるように、夜が来ても太陽がふたたび昇るように、離れている時間が恋心を燃え上がらせるように、それはジョージにすらどうしようもない自然の摂理なのだ。
「迷惑……? もしかして、長く居座りすぎたか!」
ジョージが申し訳なさそうにしながら、頭が痛くなるのもかまわず急いでコーヒーを飲んでいく。
「ぅおっ!? 頭が……!」
「違います! むしろ、気持ちとしてはずっと居て欲しいのですが……♡
あなたがここにいると、全身がアツくなってしまうんです。太陽がふたつあるみたいに!!」
「太陽が……?!」
「だからお客様……私たちの理性が残っているうちに……ぐぅ!?
人である、うちに……モンスターになる……まえに、退店……お願いしますっ!! このままだと、みんな……あなたを襲っちゃう!! グルルル……!!!」
切実な願いだった。まるでゾンビになる前にトドメを願うような切実さだった。
「…………どうやら、今の俺は人里にいてはならない存在のようだ。
分かった、立ち去るとしよう」
ジョージは店員さんを見て、周囲のギャラリーを見渡し、己の持つ影響力を思い知る。そして、しばらく(晩ごはんまで)リズンバークから離れることをここに誓う。
「フッ……太陽はふたつもいらないよな。今日のところは勝ちを譲るぜ、太陽さんッ!」
ジョージは快活な笑顔を太陽に向け、リズンバークをあとにしたのだった。




