第十五話 ジョージの苦悩
今日はイリーナとの実力確認(イリーナの提案)をかねて、ジョージたちは町の近くにある鉱山でモンスター討伐クエストを受けていた。
「ジョージ様、ターゲットがそちらにいきました! 準備お願いします」
ターゲットを捕捉したアメリアがジョージに声を飛ばす。
天井に張りめぐらされた糸をたどり、そのモンスターはジョージの頭上を狙っていた。
「りょうかいだ」
倒すのは人ぐらい大きなクモ型モンスターのポイズンスパイダー。
名前の通り毒(麻痺効果)を持っている上に、隠密行動も得意なので、油断をすれば熟練した冒険者でも痛い目をみるこわいモンスターである。
ジョージたちつよつよ集団からすればたいしたことのない相手なのだが、だからこそ新入りであるイリーナの実力をはかるのに適したモンスターでもあった。
「ジョージが地上に落としてくれるから、イリーナさんはジョージの合図を確認して前に出るんじゃよ。武器も魔法の準備は大丈夫? 危ないと思ったらすぐに言うのじゃ。
すぐにうちが助け……助けられるかな? ああ……いや、矢は当たらなくてもイリーナさんを避難させるくらいはできるかの。アメリアさんもジョージもいるし、倒すのは問題ない、と思う。
まあ……そいうことだから、無理せず行くんじゃよ。わかった?」
言葉はともかく、今日のエリンはなんだか余裕の雰囲気を漂わせている。
ジョージと結婚の話をしたから心が満たされているのだ。
「はいっ! みんにゃの期待に応えられるようがんばります! ……それはそれとしてエリン先輩、ここは壁と天井にかこまれてるから、あの跳弾する矢が使えるんじゃないかにゃ?」
「それもそっか。じゃあ、もしイリーナさんがピンチの時はうちのカッコいいとこ見せるから、気軽に頼って良いからの! ふふっ」
面と向かってモンスターに攻撃を当てるのはまだ難しいが、壁を跳ね返りまくる矢を使えばいずれ敵に当たる。威力はジョージの折り紙つきなので、当たりさえすればポイズンスパイダーぐらいワケないのだ。
「はーい!
……ダガーは手入れしたし、攻撃強化魔法もかけたし、素早さも上げてるし、状態異常耐性はアメリアちゃんに上げてもらったし、水分補給もしたしトイレも行ったしお腹もすいてない……よしっがんばるぞ、がんばるぞっ!」
今まで集団戦のサポートと不意打ちでの攻撃はやったことあるが、ソロ(ひとりで戦う)は初めてなのでイリーナは緊張していた。だが、後ろにも前にも今までとは比べられないくらい頼もしい仲間がついてくれている。
だから、緊張はありつつも身体はホット。最高のコンディションだ。あとはジョージの合図を待つだけ。待つだけだったのだが──
「フェロモン砲!」
ジョージが首元からフェロモンでできた空気砲を放つ。オーガを倒したのがボタンひとつに対しこの技はボタンふたつ解放なのでなかなかの大技だ。
大技なのだ。大技のはずなのだが……。
──ぽへぇ〜
だが実際に放たれたのは、オナラのような音をともなった、ほんのり甘い香りのそよ風だった。
「キシャー!」
もちろんそんな威力でポイズンスパイダーに効くはずもない。ついでに、こんなカスみたいなフェロモン含有量では異種族であるポイズンスパイダーをトリコにできるはずもなく……。
「ぬぉあああ……!?」
フェロモンシールドを出すまでもなく、あれよあれよとジョージはポイズンスパイダーの糸でぐるぐる巻きにされてしまった。
「キッシャ!」
ポイズンスパイダーはミノムシみたいになったジョージをかじかじする。
「あぁあぁぁ……」
ジョージは強靭だった。
だから、ポイズンスパイダーの牙は通らないし、ジョージの耐性を持ってすれば毒も旨味成分みたいなもん(アミノ酸由来のため)。
だからダメージこそないのだが、ジョージはなぜか抜け出すどころか抵抗もできないでいた。
「ジョージ(様)(くん)……!!?」
そんなジョージの不甲斐ない姿を目の当たりにしてエリン、アメリア、イリーナが困惑した様子で同時に声をあげる。
「えっと……イリーナ様! 予定とは違いますが、チャンスですよ!」
ひと足先に冷静さを取り戻したアメリアが、ジョージに代わってイリーナに合図を送る。
完全に地上に降りたこの状態なら、仮にジョージをポイ捨てしても天井に戻るまで時間がかかる。絶好の地上戦日和だ。
「えっ? あ、はいっ! うにゃー!」
アメリアに声をかけられたイリーナは気を取り直して駆け出した。
「キシュァアア!」
ポイズンスパイダーはさっそくイリーナに気が付いて威嚇するが、小柄ゆえに侮っているのか前足に持っているジョージは掴んだまま。
「えい! ファイアーボール!」
イリーナは走りながらダガーを投げ、すかさず火の弾をぶち当てる。火の弾の爆発力を手に入れたダガーはライフル弾レベルのスピードでポイズンスパイダーに飛んでいった。
「──キッ!?」
ポイズンスパイダーはあわてて回避しようとするがあとの祭り。
数々のモンスターを仕留めてきたこの音速を超えるダガーが、そんなのんびり屋さんを逃すはずがない。
──ザシュ!
ジョージを持っていた前足ごと足数本を切り裂く。
予備動作が大きく軌道もまっすぐなので大きな隙がある時でしか使えないが、当たりさえすれば効果はバツグン。鉄のように硬いポイズンスパイダーの足も、ギコギコしなくてもこの通りスッパスパ。大根みたいに切れちゃうんです。
「ふべっ?」
解放されたジョージが地面にキッスする形で不時着。
「すぐ助けるから、ジョージくんちょっとだけ待っててにぇ……!」
「キッッシュッア?」
急に足を何本も失ったポイズンスパイダーは、バランスがうまく取れずよろめいてしまう。
「ちゃんす!」
予備のダガーを一瞬でふところから取り出したイリーナは、ポイズンスパイダーの首の関節を狙って攻撃した。
「ギシ!!」
「かたい!」
外骨格より柔らかいので傷こそ付いたが、攻撃強化をしていてもさっきの技ほどの威力はないので切るに至らなかったのだ。
「キシャー!」
「負けにゃい!」
ポイズンスパイダーの噛みつきをギリギリのところまで引きつけて回避。
「ふんんにゅぁああ!!」
イリーナは全体重をダガーに乗せて、ガラ空きの腹に体当たりした。
「ギャッシュァアア──!!?」
攻撃はみごと命中。今度は弾かれなかった。
渾身の一撃を受けたポイズンスパイダーの体力が底を尽き、維持できなくなった身体は煙のように消え去った。
──ころん……。
そしてその場には、モンスターの核であり倒した証とも言える魔石が散らばる。
「勝った……? ……魔石……そうだ勝った……うん、勝ったよー! やったーっ!」
イリーナは事実を飲み込むのに少し時間がかかったものの、魔石を手に取ると実感が湧いてきたのか、跳びはねながら大喜びをした。
「おめでどう゛〜!!」
なぜか感極まったエリンが泣きながらイリーナに駆け寄る。
「トドメに失敗した時は肝が冷えたが、倒し切れて本当に良かったのじゃ……!」
「最後の攻撃は美しい手際でした。魔法の熟練度も身体能力もある程度分かりましたし、お疲れのようですから今日のところはゆっくり見学してください」
「お疲れ……? ……おわっと、ほんとだ……」
イリーナは歩くのがおぼつかないくらい足が震えていた。
短い戦闘ではあったが、全力の一撃を放ったことと極度の緊張によって、想定以上の疲労が溜まってしまったのだろう。
「もぞもぞ…………イリーナは俺がささえよう」
蜘蛛の糸からようやく抜け出したジョージがイリーナに手を伸ばす。
「ありがとうジョージくん」
「……そうじゃな。目的は達成したし、他に脅威となるモンスターはいないはずだから、ジョージには帰るまでイリーナさんを任せようかの。
つゆ払いはうちとアメリアさんがやるから、ふたりはゆっくりついて来てくれるか」
「道中のモンスターは弱いですが、後衛である私たちでいけますか?」
弓使いと神聖魔法発動に時間のかかる聖女。
いくら坑道が狭くて跳弾する矢が使えたとしても、ヒットするまで時間は不規則。不安が残るのは仕方がない。
「……でも、やるしかないじゃろ」
そう、エリンの言う通りだった。
ジョージはここ数日病気なのか悩み事なのか調子が悪く、フェロモンはすかしっ屁レベルだし、女性に声をかけられてもうわの空、自分からハーレムを増やすこともしない。
ご飯は食べるし熱も無いし、どこか痛いわけでもないので風邪ではなさそうだが、あからさまに元気がなさそうなので先日病院に連れて行こうとしたが、本人が嫌がったので断念したのだった。
「……そうですね。このまま放置して悪化してもよくないですし、帰ったらお話ししましょうか」
「じゃの」
こうしてエリンとアメリアは、ジョージたちを守りながらリズンバークに帰ることになったのだった。
● ● ●
そしてクエスト完了させた翌日。
エリンはジョージのことについて話をするべく家にみんなを集めた。
「──それで? ジョージはなんで最近元気がないのじゃ? 体調不良でも、悩み事でも、分からないならフワッとした不快感とかでも、どんな些細なことでも良いから教えて欲しいのじゃ。
ここにいるみんなジョージの味方じゃし、笑ったりせん。少しでもジョージのチカラになりたくてここにいる。
うちらがイヤになったならそれでも良い。何かして欲しいならそうするし、ジョージが本気で言うなら…………イヤだけど、お別れも……する。
ジョージ…………なぜ元気がないのかの? ジョージが元気ないとうち、心配じゃ……」
エリンが目に涙を浮かべながらジョージに訴えかける。
その言葉に、アメリアもイリーナもぷるちも、そしてハーレムの皆さん総勢50人も共感していた。みんな心はひとつだ。
ちなみに、1階に入りきらなかった方は伝言ゲーム形式で後から伝えられたが、もちろん同じ気持ちだとのことであった。
「……そうだよ、ジョージくん。最近結婚にょお話をしてたけど、それと関係ある? もしかして、取り消したくにゃった?」
「もしマリッジブルーなら心配ありません。ハーレムではありませんが、大事なお友達であるジョージ様を見捨てたりしません。私も支えますから、どうかひとりで悩まないで」
「るるぷる……」
3人と1匹の言葉に周りのみんなも頷く。
そして、気持ちが伝わったのか、いくらかの沈黙が流れたあとにジョージはようやくその重い口を開いた。
「…………みんなの事がイヤになったんじゃない。むしろ……むしろ、大切に思っている」
少し安堵した顔をした者がいたが、まだこれで解決とはならない。みんな声を出さず、根気よくジョージの言葉に耳を傾けた。
「……体調は、悪くない。多分、俺の心がハッキリしないから、フェロモンも応えてくれないんだ」
ジョージは少しずつ打ち明ける。
ハーレムのみなさんはそんなジョージに『がんばれ』だとか『どんな答えでもジョージを支えるからね』とか『アンニュイなジョージきゅんも素敵』とか、色々とはげましの言葉を送った。
「……ありがとう。
マリッジブルー……そうなのかもな。後悔はしていないが、俺は俺の人生をこの先どう進めば良いか分からなくなってしまったんだ」
「進めば良いか?」
エリンが聞き返す。
「ああ。これまでは、ガムシャラにハーレムを増やしていたし、それが正しいと思っていた。
だが、結婚をするとなるとこれまで以上に責任がともなう。
その上で、またハーレムを増やして良いものかと、不誠実ではないだろうかと思ってな。
ここにいるみんなだけを見つめるべきだろうか?
それとも、まだ見ぬ俺を求める声にも応えるべきだろうか?
考えても考えても答えが出ないんだ……!」
つまり、ジョージはハーレムを増やすか否かで数日間悩み続けていたのだった。
そんな様子を見てハーレムの皆さんは悩んだり、その苦悩に涙したり、かける言葉に詰まったりして、ジョージの道標になるような言葉はかけられなかった。
しかし、ただひとりだけ……。
──コンコン……。
入り口がノックされる。
「誰でしょう? ……急用でも困りますし、私が対応してきます」
アメリアがそう言いながらドアを開けると、そこにはジョージとアメリアを見知った赤毛の女性が立っていた。
「……ウィステリア様!?」
黒いベルベット生地にプラチナの糸でできたフリルのドレスを着こなし、首には赤い宝石のネックレス、艶やかな赤のヒールをはき、手にはシルクのイブニンググローブを通し、その衣装に勝るほど美しいとぅるんとぅるんの赤いロングヘアー。赤ちゃんとバチバチに戦えるレベルのもちもち肌と、透き通るうるつやリップ。そしてイエローダイヤモンドも両手をあげて敗北宣言する程きらめく金色の瞳。
絢爛豪華という言葉をほしいままにするこの女性こそ、元ファルドーネ家貴族令嬢。
「ごめんあそばせ。……ジョージが人生の迷子と聞き、正妻(予定)であるこのウィステリア・ファルドーネが参上いたしましたわ!」
どこで情報を手に入れたか不明ではあるが、このタイミングでのウィステリアの登場はハーレムのみなさんにとって、まるで救世主が降臨したかのように見えたという。




