第十四話 エリンに花を
とある朝。リズンバークでの生活も慣れてきて、ジョージたちにも日課というものができつつあった。
「ジョージ〜毎朝ありがとうな〜……ふぁ〜」
「気にするな。俺はこの時間がどうも気に入っている。なんというか……最近はエリンの髪をとかすと朝が来たって感じがするんだ」
毎朝エリンのことをジョージが起こしているのだが、そのふにゃふにゃのエリンをドレッサーの前に座らせて、髪をとかしヘアオイルをつけてトゥルントゥルンに整えているのだ。
「うちも朝が来たってかんじがする」
「それはよかった」
お世話上手のジョージだが、エリンと出会う前、みごとなロールっぷりを誇るウィステリアの髪でさんざんトレーニングを積んでいることもあり、まっすぐさらさらヘアなんてお手のもの。
余談だが、さすがに顔を洗うまではやってないが、エリンは朝食まで目をつむって移動したりするくらい朝に弱いので、じきにそれもジョージの仕事になるかもしれない。
「そういえば、こうやって髪をとかしてもらうのも日課になりつつあるな……。ジョージが早起きさんで良かった。うち、早起き苦手じゃもん。
……それにしても今日はジョージも眠そうじゃの。目の覇気が控えめじゃ」
おねむなので薄目しかあけていなかったエリンだが、さすがに毎日顔を見ているだけあってジョージのコンディションは一目でわかる。
「そういうエリンだって。肌の調子が良くないし、クマもあるな。髪もパサついてるし……寝不足だろ」
「うん……」
寝不足なのはおたがいさまだった。
「……ほどほどにな。魅力こそ落ちねえが、体調を崩すと心配しちまう」
ツヤツヤきれいにとぅるんとぅるんになった茶髪を、ジョージは話しながら慣れた手つきでいつものポニーテールにしたてあげる。
「……ジョージはうちのこと魅力があるっていつも言ってるが、どこに魅力を感じて勧誘したのじゃ?」
ジョージの言葉に引っかかったのか、エリンは少し口を尖らせながら言った。
「……たまたまそこにいたから?
それとも、里でよく褒められてたんじゃが、見た目はいいから?」
仲間内でこそこうやって甘えているが、確かにエリンはキリッとした整った顔立ちをしていて、身長も高くほどよく筋肉もついてスタイルも良く、傍目から見てもかっこいい美人さんなのだ。
「確かにエリンは魅力的だ。あの宿屋で1番輝いて見えたからな。
このライトブラウンの髪は風になびくと木漏れ日が差し込んだみたいにキラキラしてて綺麗だし、
ヘーゼルナッツ色をしたこの宝石みたいな目は、普段は強く頼もしいのに、こうして気を許している時は愛らしい目つきをする。
身体も体幹がしっかりしているからスラっとしてて生命の美しさを感じるし、弓慣れしてるこの指先はクセになる弾力があって触りたくなる。エルフ耳もツンとしているが実は柔らかくて──」
「──あ、ありがとう! もう良いぞ」
エリンは恥ずかしくなってジョージの言葉をあわてて止める。当のジョージは『これから良い所だったのに』と言わんばかりの不満顔だったが。
「……でも、後悔しなかった?」
褒められてばかりいるが、エリンだって自分が完璧ではないことくらい知っている。
「後悔?」
「33000歳のお姉さんなのに、冒険者として頼りないし、
ジョージのお世話をするどころかこうして髪のお手入れしてもらってるし、
苦手な料理を作れなかったし、唯一の取り柄の矢もまともに当てられないし……いや、前にいるジョージにも当てちゃうし。
せめて見た目は綺麗でいようとしてたけど最近はできてないし。っとまあ……うち、我ながら頼りないからね……」
自分で言っておいてなんだが、『もしジョージが肯定したら傷ついちゃうんだろうな』とエリンは思う。
「ふふっ……。それで後悔なんてするわけねーだろ」
そんな杞憂を裏切るかのようにジョージは笑った。笑ってくれた。
「いや、でも!」
少し嬉しくなって笑顔になりそうになるが、エリンはぐっと堪えて質問を続ける。自分にとってジョージは必要な存在だが、ジョージにとっても自分が必要なのか知りたいのだ。
「……ジョージが誘ってくれる前、何人かに誘われたんじゃ。
でも、1クエスト終わる頃には後悔したとか幻滅したとかって外されたし、うちの噂も広がって……居ても立っても居られないから街のハズレのあの宿屋に──」
少し寂しいエピソードだった。
エリンは頼りにされるどころか、足手まといだと突きつけられてギルド追放された身だったのだ。
エリンは実践初心者であり、他のアーチャーに比べてもフレンドリィファイアが多い方ではあったが、エリンだって確実に当たってしまいそうな時は控えたし、冒険者の先輩の邪魔にならないよう自分なりに努めた。
エリンが多めとはいえ、乱戦になれば攻撃が味方に当たること自体は少なくないのだが、熟練者風の見た目が印象に拍車をかけて、実際以上に幻滅されてしまっていたのだ。
「……そのお陰でエリンに会えたわけか。エリンをあの場所に行くキッカケを作ってくれたことに感謝しないとな」
ただ、ジョージはそんなこと一切気にしていないが。
「ちゃかさないで! ……あ」
エリンは思った以上に強くなってしまった自分の語気に驚く。
「ちゃかしてないさ。確かに並の冒険者ならエリンみたいな大波を乗りこなすのは不可能だろうな。
……だが、俺は違う」
ジョージはエリンの真剣さに応えるよう、笑顔をしまい、落ち着いた表情で鏡に映るエリンの目を見つめる。
「敵に当てるどころか俺の背中を撃ったり、朝起きられなかったり、料理は俺と変わらないくらいだったりするが、俺はそんなエリンのちゃめっけが好きだ。
ハーレムでも俺をサポートしようと努力してくれたり、迷子のアメリアを探してきてくれたり、ムードメーカーになってくれたりする頼もしいところも好きだ。
むしろ俺はあの時、無茶苦茶な方法でもエリンを仲間にできて良かったと思ってる。
前は前衛に……なんて言ったが、エリンが望むならずっと後衛でいい。上手く当てられるまで俺の背中に構わず撃て。俺は頑丈だし、エリンのためなら背中のひとつくらい貸すさ」
ジョージはぽんぽんと優しくエリンの肩をたたく。
「……なんでそこまでしてくれるのじゃ?」
ここまで褒められ、苦手分野も受け入れられ、頼もしい言葉をかけられれば、さすがのエリンもときめかずにはいられなかった。
「……ジョージは良いように言ってくれるけど、うち、口では色々言っててもジョージになにもできてない。それでも良いの?」
「知ってるぜ」
ジョージは知っていた。エリンの陰の努力を。
「……夜更かししてるの、俺のために弓の練習してんだろ?
料理も習ってるって聞いた。
美容だって、今でこそ少し手が回らないみたいだが、俺の反応を見つつ化粧とか香水を変えたり、スキンケアにこだわったりしてくれてる。
クエストだってあるのに、俺のことを想ってそこまでしてくれてるんだ。できてないなんて天地がひっくり返っても思わないよ。
まあ、頑張りすぎてて心配になるが」
「えっ、ぜんぶ気付いて……?」
隠したつもりだった。
もし伝えていれば、もしうまくいかなかった時にガッカリさせてしまうだろうし、ジョージのことだから手伝ってくれてしまう。自分の力でできるようになりたいと思ったエリンは、あえてジョージに伝えずに頑張っていたのだ。
「当たり前だ」
ジョージはそうだと察していたから、こうして今まで触れずに陰で応援することを選んだのだった。
「……誰がなんと言おうとエリンは魅力的な女性だ。異論は認めない、それが例え本人であってもだ。分かったな?」
ジョージは冗談っぽく言った。ただ、本気で言っているのは確かだった。
「う、うん……。うん……!」
鏡に映る自分の顔が赤いことに気が付いたエリン。
ジョージの言葉にドキドキしている事実を突きつけられているように感じて、それが刺激的で、目をそらして顔を下に向けずにはいられなかった。
「じゃないと……朝早く起きて、こんなもの用意しないだろ?」
ジョージはスッと後ろから腕を伸ばし、その贈り物をエリンの目の前に出した。
「これって!?」
エリンはその贈り物に驚きを隠せない。
「そうだ。エルフの里に伝わる、ピンクのユリの花だ」
ジョージの手に握られているのはエルフの里に伝わる珍しい"魔法ユリ"で、普通のユリよりひとまわり小さく、魔法で花びらが優しくキラキラ光っている。
「リズンバークに来て間もないころだったかな。
この花の存在を知って、エリンに贈りたいと思って花屋に行ったんだ。しかし、1000年に一度しか咲かない花だし希少だから取り扱ってないって言われてな。
ただ、そこで諦めるのも嫌だったから、花屋から花の情報に明るい商人を紹介してもらって、そこから色々ツテをたどって、ようやく今日の早朝この街の近くを通る行商人が、この百合を持ってるって情報を手に入れたんだ。
多少骨が折れたが…………今のエリンの笑顔を見たら、チャラどころか俺の方が得したみたいだな」
「笑顔?」
エリンはジョージに指摘されるが、何を言ってるかわからない様子で首を傾げる。
「ああ。今までで1番眩しい笑顔をしてるぞ」
「そ、そんなことっ…………あるかも」
エリンはもらったユリの花と、鏡に映る自分の笑顔を交互に確認しながら喜びを噛みしめる。
「喜んでもらえてよかった」
「じょ、ジョージ……!」
ジョージに後ろからハグをされて、エリンが思わずドギマギしてしまう。
「……結婚について真剣に考えてる。エリンはどうだ?」
突然の質問。
「うち? ……うちは、えっとその──」
エリンは頭が追いつかず、呼吸もままならない。嬉しいが、何をどう言ったらいいかまとまらず、時間ばかり過ぎていってしまう。だが、そうこうしていると……。
──ガチャ。
扉が開く。
「ジョージくん、エリンお姉ちゃん、そろそろ朝ごはんできるよー!」
ジョージとエリンを呼びにイリーナが来てしまったようだ。
「……ああ。分かった」
ジョージは短く返事をする。
「……って、タイミングが悪かったみたい。ごめんにゃさ〜い」
イリーナはあせあせしながら去っていくが、エリンは『時間ぎれか……』としょんぼりしてしまう。
「じゃ、ふたりも待ってるだろうしそろそろ行こうかの……」
ぎこちない笑いを浮かべてエリンが立ち上がる。
日常の雰囲気に戻ってしまった手前、また話を戻すのはエリンにとって難しかった。だからこそ。
「ユリ、似合ってるぜ。
エリンさえよければ、その……ご飯ができるまでもう少しあるし、花瓶を用意しないか?」
ジョージのこの言葉は嬉しかった。
「あっえっと……うん」
あと少しだけ。花瓶にユリを差すまでの時間。でも、ジョージがせっかく用意してくれた時間。
エリンは緊張していた。でも、言うことは決まっている。
深呼吸。効いているのか分からないからもう一度深呼吸。そして意を決して──
「──うちも……! うちも真剣じゃから!
何をしたら良いか分からんが、それはこれから埋めて…………ええっと、その時、うちが自分に自信を持てた時じゃな。その時、ジョージが同じ気持ちでいてくれたら……!
その……ふつつかものですが、それでも良ければよろしくお願いしますっ。……なんて、へへへ……」
エリンの勢いにジョージは少し驚いた表情をするが、すぐに優しい顔でくすりと笑い、そして。
「ふぇっ?
なっ、なにをするんじゃ?!」
急におとずれる浮遊感。
エリンはお姫様抱っこをされていた。
「──頑張り屋さんなマイプリンセスを支えたくなっちまってな」
「もう、ジョージったらっ。このまま下まで行っちゃうのかの?」
突然のことだったが、エリンはまんざらでもない。
「嫌だったか?」
ジョージは冗談っぽく言った。
エリンの気持ちが伝わっていることは、しっかり支えるその両腕が物語っている。
今度は本当に冗談だ。
「分かってるクセに。
……じゃあ、ダイニングまでお願いします。うちのプリンス様!」




