第十三話 親父に会ってどうしたい?
とある朝のこと、ジョージはふたたび迷いの森に来ていた。だが、今回の目的は依頼ではなかった。
「……植林か。当たり前と言えば当たり前か」
そう、ジョージの言った通り今回は植林で来ていたのだ。
多少木が減ったところで影響はないのだが、なぎ倒したのが数百本ともなるとさすがに生態系に影響が出そうだったので、教会側が植林活動を行うようにジョージに依頼したのだった。
普通なら環境破壊を行なった罰として、サポートくらいはしても報酬は出ないし協力者もいないのが普通だが、今回はジョージが『聖女アメリアの友人』ということで、モンスターが近付かないように一時的に結界を張り、2人だけだが実力のある冒険者が協力してくれることになった。
「──はぁい、ではまずこの苗をまんべんなく、ひろく植えてもらっていって……そのあと、ちょっと足りないのでこちらの種で隙間を埋めていってくださいね」
オーバーオールを着た熟練したお化粧テクをもったマダムがこの場をとり仕切る。
そのマダムの後ろには途方もない数の苗と種が控えており、改めてジョージが倒した木の多さを思い知らされる。
「お、多いにゃ〜……。でも、ジョージくんがあたしを助けるためにしてくれたんだもんね、頑張って植林して恩返ししちゃうぞっ!
……それにしても、ジョージくん……あたしたち、同じオーバーオール着ててペアルックみたいで、なんかドキドキしちゃう♡」
植林にはイリーナも参戦していた。
ちなみにアメリアは普通の魔法で治せない病気と怪我を治したり、呪いを解いたりと聖女の仕事をまっとうしていて、エリンとぷるちは気をきかせて? お留守番をしている。
「このくたびれたオーバーオールのペアルックは渋すぎるだろ。しかも、それを言うならあっちのマダムとこっちのハンサムもペアルックになっちまうぞ。……これが世に言うダブルデートってやつなのか?
……ああ、それはそれとして、植林の手伝いは感謝している。ありがとう」
ジョージもイリーナと同じオーバーオールだが、そもそも教会から支給された服であり使いまわされているモノ。
だから、ペアルックのように付き合いたての恋人同士でドキドキみたいなフレッシュさより、小さな穴や補修に使われた当て布、くたびれて色あせた様相から『歴史と伝統と努力とヴィンテージ』を感じるのだった。
「あら、おふたりさんは恋人どうし?」
イリーナのそわそわに気が付いたマダムが嬉しそうに声をかけてきた。人間経験が深いので幸せに目ざといのだ。
「そういうことになるな」
「はいっ! プロポーズもしてもらいましたっ」
「プロポーズ?」
ジョージは寝耳に水の言葉にイリーナを二度見してしまう。寝首をかくと定評な睡眠時ダダ漏れフェロモンが、今度は家の階層と扉を乗り越えてイリーナに結婚を申し込んだのだろうか?
「ジョージくん……あたしを助けてくれた時『本当の願いを叶えてやる』とか『俺のところに来ても良い』とか言ってくれたり、これからの話をしようって言ってくれたでしょ? えっと、そのもしかしてそれって……」
イリーナが不安そうな気まずそうな顔でジョージの顔をのぞく。
「え? …………ああ、いや」
間違いない。助ける時にそんな事を言った記憶が確かにあった。
言われてみればプロポーズの文句みたいな言葉であるし、そう捉えられてもおかしくない。
「……からかっただけだ」
まあいいか。
ハーレムを作る身であり、みんなに愛を注ぎ幸せにする使命がジョージにはある。
だからジョージは『今まではあまり考えてなかったが、結婚のことも考えておくべきなんだろうな。……でも、結婚という形じゃない方が良い人もいるのか? みんなに確認しないとな……』と思い、イリーナのプロポーズの件は訂正せず、事実として受け入れることにしたのだ。
「そっか! ちょっとフワッとした言い方だから、もしかしたら勘違いにゃのかなって思っちゃったけど……良かった! あたし、ジョージくんのことまだ知らない事だらけだけど、気に入ってるからさっ」
「勘違いじゃないさ。俺がイリーナを幸せにする」
「あらあらまあまあ! お熱いわねぇ! じゃあ、アタクシはこちらのハンサムボーイと組むから、ラブラブなおふたりさんは仲良く共同作業してちょうだいな! タフガイなお兄さん(ジョージのこと)、大変なことはあるでしょうけどそちらのお嬢さんを大切にしてあげてね」
マダムは嬉しそうに紫髪のハンサムボーイを連れて行こうとする。が、今まで沈黙を守っていたハンサムボーイが突如として口を開いた。
「ふんっ……貴様が仲良しごっこをしている間に、僕はマダムとのタッグでこの森を木々で埋め尽くす。
きっと、貴様らは理路整然と並べられた苗の列を見て己の無力を痛感するだろうね……フフ。
悔しかったら、そのラブラブパワーで僕たちを超えてみせろ……ジョージ・ハレムンティア! 並びにそっちのお嬢さん!」
「……ジョージくんの知ってるひと?」
「……いや。俺はなんか有名人らしくてな、たまにこういう感じのに張り合われるんだ。気にするな」
「……そっか」
「……ということでね、みんな頑張りましょうね! さ、ハンサムボーイも行くわよ!」
微妙な空気を己のハイテンションで力づくですべり芸に昇華させて、マダムがハンサムボーイをしょっぴく形で植林活動は開始したのだった。
「勝てるかな、ジョージハレムンティア〜? ……あ、そこ引っ張らないでくださいマダム! 服が伸びます!」
「いいから来なさいな!」
* * * * *
植林をはじめて2時間を越えた頃、おしゃべりもそこそこに作業していたイリーナが少し思い詰めたような様子で口を開いた。
「……ジョージくん、実はそんなつもりにゃかったでしょ?」
「何の話だ?」
苗を植えながらジョージは返事を返す。
「だから、プロポーズのこと。あの時……合わせてくれたんだよにぇ? 匂いでわかるよ」
イリーナの嗅覚は常人の数十万倍。感情によって発する汗や匂いの違いを嗅ぎ分けることができるのだ。
「…………確かに出会った時プロポーズする意思は無かった。結婚というものを真剣に考えたことがなかったからな、出会った瞬間プロポーズするという手は思いつきもしなかった」
「そうだよにぇ……。浮かれちゃってゴメン……イヤだった?」
イリーナは確信を得てしまいしょんぼりしてしまう。初対面だったとは言え、ジョージにプロポーズされて(たと思って)嬉しかったのだろう。
「……ある程度の感情を読み取れるんだろ? なら、答えはもう分かってるはずだぜ」
ジョージが顔をあげて得意げに笑う。
「え……? あ、もしかしてさっきの!? えっ……あ、ちょっと待ってっ。うふふふふっ」
イリーナはすでに答えをかいでいた。
ジョージがイリーナを幸せにすると言った時、嘘をついていないまっすぐな言葉であり匂いだったのだ。
「そういうことだ」
「そっか、そっか……。あっでも、先輩さんたちの方が先だろうし、正式にってにゃったらまだだからにゃ。
……それまでいっぱいジョージくんのこと知っていくから、ジョージくんもイリーナのこと知っていってねっ」
「もちろんだ」
「──仲睦まじいのは良いことだ。しかし、まだ150本程度とはのんきなものだねジョージ・ハレムンティア……とお嬢さん! 僕とマダムのタッグはそろそろ200を越えそうだぞ?」
「「ハンサムボーイ!?」
急に茂みから現れたハンサムボーイにふたりは驚きをあらわにする。
「………………シンだ。ハンサムボーイでハモるんじゃない」
紫髪で銀色の瞳の甘いイケボを持った細マッチョ系ハンサムボーイもとい、シンは某海外CGアニメーションみたいな、小気味の良いヤレヤレ顔で肩をすくめた。
「ええっと……すまん。シン……だったな、何か用か?」
「……そうだった。差し入れを頂いたから、貴様とお嬢さんにもと思ってな。はいこれ」
そう言いながらシンは、革製の水筒とサンドイッチの入ったバスケットをふたりに渡した。
「助かるな。ちょうど腹が減っていたんだ」
「やったー! あたし、この生ハムとチーズとレタスの食べていい?」
「いいぞ。じゃあ、俺はこのフルーツサンドを食べようかな」
「………………」
その様子を、いやジョージの様子をシンが真剣な表情で見つめる。
「ん? 一緒に食うか?」
「ああ、いや」
その様子に気が付いたジョージが声をかけるも、どうやら別件みたいだ。
「どうしたのかにゃ、ハンサムボ……シンさん?」
「…………そうだな、悩んでいても仕方ないか」
シンは悩んでいたようだが、なにやら覚悟を決めたみたいだ。
「──はっ!? もしやシン、俺に惚れたのか……! 気が付かなくてすまないっ!!」
その一連の流れを見たジョージが一筋の汗を垂らす。
「ち、違ぁぁぁあああう!!」
あまりのツッコミに驚いた小鳥たちが飛び去る。
「じゃあ、俺に何があるんだ! 俺にあるのはハーレムとフェロモンくらいなもんだ、そんな俺に声をかけるなんてハーレム入りしたいか親父探しの件くらいだろう」
「その親父さんの方だ!」
「……え。本当か……?」
ジョージは予想外の言葉に耳を疑う。
とうとう見つかったのか? そうでなくとも有益な情報を掴んだのか? ジョージに言うのを悩んでいたくらいだから、最悪の展開なのか?
フェドロ軍に捕まっている可能性もある。考えたくはないがフェドロ側についている可能性も捨てきれない。
なににせよ、ジョージは次の言葉が怖く感じてしまう。
「……きゅぅ」
そんな心情を察してか、イリーナがジョージの手を握ってくれる。
「助かる。……それで、親父がどうしたんだ?」
イリーナに勇気を分けてもらったジョージは、息を整えてシンに尋ねた。
「……先に問う。貴様は親父さんに会ってどうしたい?」
意図してか、シンの表情は動かない。
「どう言う意味だ? ……まあいい。助けが必要なら全力を尽くそう。もし亡くなっているのなら……花を添えたい。敵だと言うなら、俺が責任を持って倒す。俺のことを忘れているのなら、本人が嫌でなければ思いだす手伝いがしたい。
それで……もし……もし、会いたくないのなら、会わなくてもいい。
だが、顔だけ見させて欲しい。生きている実感だけでも持ちたいんだ。心のケジメをつけるために。……俺はな」
「俺は?」
「ああ。…………欲を言えば、寂しがっているお袋に会わせてやりたい。親父が行方不明になってから、まともに笑えていないんだ。年々気力を失っている。
……俺は顔こそほとんど覚えていないが、ただ……親父の言葉は心に残ってるし、親父とお袋はとても仲が良かったのを記憶している。貧しかったがあの笑顔は本物だった。できることならその笑顔を取り戻したい」
「そうか」
シンは静かにうなずく。
ジョージの言葉は正解だったのだろうか?
「それでシンさん、ジョージくんのお父さんは……?」
「まだ確実なことは言えない。しかし、教会が言うには貴様に似た人物の情報が入ったとのことだ」
ジョージはその言葉に喜びそうになるも、少し考えて平静を保つ。まだ『似た人物』というだけで本人と決まったわけじゃないし、会えるのかも分からない。
「期待はするなジョージ・ハレムンティア。ただ、貴様の親父さんとお袋さんが笑顔になれるのを僕も願っているよ。…………じゃあ、何か進展があればまたその時に」
それだけ言うと、シンは黙ってマダムのいる自分の持ち場に帰っていった。
「会えると、良いにゃ」
「だな。…………ふー、じゃあサンドイッチを食べたら植林の続きでもするか!」
ジョージはそのあと張り切りと笑顔を見せたが、どことなく切なさを帯びているのをイリーナは感じ取ってしまうのだった。




