第九話 フェロモンはもちろんスライムにも効く
リズンタワー……通称白の塔。
正面入り口は1階につながっており、そこには教会への通常訪問の受け付けと案内がある。
その裏側の入り口は地下1階につながっており、土地に発生した瘴気の浄化、モンスターの対処、怪我や病気の治療などの依頼を教会に託せたり、信徒もしくは教会公認の冒険者が受注したりできる。
そして、本日ジョージたちは依頼を受けるために白の塔地下1階に来ていた。
「──これ、受け取ってください!」
受け付けの女性がジョージの姿を見るや否や、ふところから便箋を取り出して渡してきた。
「なんだ、急を要する依頼か? ……ああ」
ジョージは一瞬身構えるも、受け取ったのが可愛らしいハートのマークが描かれている便箋だと気付くと、それが自分宛てのラブレターだと気付く。
「前に塔に来られたときに見かけた時にひとめぼれしました! いきなりで驚かれたかもしれませんが、どうか手紙を読んでください!」
意を決したといった感じの表情で、受け付けのお姉さんが頭を下げてジョージにお願いする。きっと検査のために来た時にジョージを見かけたのだろう。
「読んでみるか……」
教会の依頼を受けるのは今日が初めてなので、時間に余裕を持って出発したいものの、ここまで必死な姿を見て気持ちを無碍にしたくないとジョージはラブレターを読んでみることにした。
「………………ふむ」
広く頼もしい背中、勇ましい顔つき、あたたかみのある低い声など、見た目だけではあるものの、お姉さんがジョージに感じた魅力を詩にしたもの(長文)から手紙は始まり、
中盤では、ジョージが道ゆく人に声をかけていること、ハーレムを作っていること、数日の間ですでに2桁の人数が集まっているという噂を耳にし、もし入るための条件があるなら教えて欲しいと、
そして最後には、ジョージのハーレムに入りたいという旨を書き記し、全20枚にもおよぶ長文ラブレターはようやく幕を閉じたのだった。
「ど、どうでしょうか? 必須スキルとか応募条件があるなら、いくらでも努力します」
お姉さんは緊張で手が震えている。
お互いに性格も知らない間柄ではあるが、からかったり冗談で告白しているわけではないようだ。
「…………スキルとか条件か。ハーレムについても知ってるみたいだから問題ないだろうけど。……強いていうなら、そうだな。
お互いに性格も知らない仲だから、今後『違うな』と思ったらすぐに言って欲しい。
去るにしても、俺とあんたですり合わせるでも、早めに知っておいた方が対処しやすいからな」
「ああ……はい!」
「それと、やりたいこととか、ハーレムについての要望、相談事とかもなんでも言ってくれ。最後に、仲間と自分を大切にしてくれ。それが受け入れられるならハーレムに入って欲しい」
ジョージのハーレムもまだ形とか方向性が確立したわけじゃない。だから、少しでも意見が欲しいのだ。
そして、その質問に対し、受け付けのお姉さんの答えはもちろん。
「はい、よろしくお願いします!!」
快諾したのだった。
* * * * *
それから改めて自己紹介と次に会う約束などを取り付けたあと、ジョージは後ろで待っていてくれたアメリアとエリンと合流。
本来の目的である依頼を受けることになった。
「アメリアです。昨日伝えた依頼なんですが……」
事前に受ける依頼を決めていたのか、アメリアがそのことを受け付けに伝える。
「え〜っと……はい、こちらですかね。場所が"迷いの森"で内容が『行方不明の冒険者捜索および、発生した瘴気の浄化』で間違い無いでしょうか?」
「そうです──」
「それにしても、可愛らしい女子じゃったな。頬を赤らめておったし、手も声も震えてて、思わず大声で応援したくなったわ!」
アメリアが依頼を受注してくれている間、エリンとジョージは先ほどの告白について話をしていた。
「だが、手紙のおかげでしっかり思いは伝わった。俺は素晴らしいと思った人に自分から声をかけてハーレムに入ってもらう主義だったんだが、受け入れる側もなかなか良いもんだな」
ジョージは今まで攻めの姿勢だったが、今回初めて告白される側に回ったのだ。
「好意を寄せられるのも良いもんじゃろ〜」
「ああ」
ジョージは手紙をサッと読み直し、幸せを噛み締めフッと微笑みをこぼす。
「思えばジョージのハーレムも順調に増えていっておるの。ハーレムNo.01である身として鼻高々じゃ!」
「今でちょうど15人に達したところだな。全員を愛せているかあまり自信はないが、ハーレムのみんなに恥じないようしっかり向き合って今後も増やしていく予定だ」
「良い心がけじゃな。でも、困ったら古参としてサポートするから言うのじゃぞ?」
エリンがNo.1である余裕なのか、エリンは得意げに語る。
「何をサポートして貰えば良いのか分からねーが、その時は頼むぜ」
「うん」
そうこうしているうちに、受注完了したアメリアがふたりの元に帰ってきた。
「お待たせしました。今回は急を要する依頼があったのでそちらを優先しましたが、次回は依頼を選ぶところからやってもらいますね」
アメリアが依頼の詳細が書かれている紙をジョージとエリンに手渡す。
「おう。……冒険者が行方不明か。瘴気も出ているし、抜け出せずに立ち往生しているのかもな」
瘴気とは毒素を含んだ魔力であり、紫色の霧状で地面から湧き出ることが多い。
人が吸い取ってしまうと体調を崩したり、魔法が使えなくなったり、最悪の場合モンスター化してしまう恐ろしいものである。
なので、瘴気が出た場合は瘴気をあまり吸い込まないようにガスマスクをつけるのはもちろん、魔力の一種でもあるため魔法を使わないようにしなければならない。
ただ、モンスターにとっては美しい滝から放たれるマイナスイオンが含まれた美味しい空気みたいなものなので、瘴気が出る場所ではモンスターが活発化するという。
「濃い瘴気は一面紫色に染まって、霧以上に前が見えなくなるからの〜。ガスマスクも消耗品だし、早めに助けてやらんと」
「初心者冒険者に瘴気で活発化したモンスターは荷が重いはずですからね。別件で特に用事がなければこのまま出発しますが、よろしいですか?」
「準備は終わっておる」
「いいぜ」
エリンは弓と矢筒を見せ、ジョージは襟を開いて首元を見せることで、準備万端であることをアメリアに伝えた。
「では出発です!」
* * * * *
この森は似た種の樹木が密集して生え、まっすぐ進めず方向を見失いやすい事から『迷いの森』と呼ばれるようになった。
ただ、迷いやすいとはいえ出現するモンスター自体は強くなく、深入りしなければ初心者にもオススメできるスポットである。
ただ、瘴気が出ている今は、神聖魔法が使えなければほとんどの者が門前払いされるだろう。
「なかなか濃い瘴気だな。全然前が見えねえ……!」
「人間には毒ですから、浄化するまで少し待っ…………ジョージ様!?」
アメリアは金色の聖杖をかかげて聖歌を歌おうとするも、瘴気はびこる森に迷いもなくズイズイ突撃するジョージに度肝を抜かれてしまう。
冒険者の居場所どころか、そもそも前が見えていないのにジョージはどこへ進もうと言うのか。
「大丈夫だ。フェロモンが守ってくれる」
「ほれ、アメリアさんも来てみるといい。なんか、ジョージのフェロモンが瘴気を弾いてくれるぞ」
ジョージのフェロモンは魔法のような性質を持っているため、どうやら魔力由来の毒ガスである瘴気を防いでくれるらしい。
「すごい……じゃなくて! ふたりとも瘴気の怖いところは毒だけではないんですよ!」
「ったく、アメリアは心配性だな。俺なら大丈……ブフォ!?」
「どうしたの……ジャファっ!?」
アメリアが慌てて忠告するがひと足遅かったようだ。
瘴気で悪くなった視界のせいで目前に迫る木に気が付かず、そのままふたりとも正面衝突してしまった。
「ほら〜……言わんこっちゃないってやつですよ。それでなくとも足元が悪いんですから、浄化するまで待っていてください!」
「「は〜い」」
アメリアに怒られてしょんぼりしてしまった2人は、聖歌で瘴気が消えるまで大人しく正座して待つのだった。
● ● ●
「う〜ん……思ったより広範囲ですね」
入り口近くの瘴気は消えたものの、いたる所で瘴気が発生しており一行は少し進むたびに瘴気に足止めされていた。
「……やっぱり、急ぎなんだしそのまま突っ切ったほうが良いんじゃねえか?」
そんな状況にジョージはやきもきしてしまう。
「でも、ジョージ。そうしたらまた木にぶつかってしまうかもしれんぞ」
「いくら無傷だったとは言え、ぶつかるたびに木をなぎ倒していては、冒険者を見つける頃には森がさら地になってしまいますよ」
アメリアの言う通り、さっきジョージがぶつかった木はジョージの質量に負けて倒れてしまった。それどころか、吹き飛んだ衝撃で後ろにあった木も数本折れ曲がっていた。
「じゃあ…………やったことはねえが、フェロモンを前に出してセンサーみたいにすればどうだ? 瘴気で多少精度は落ちるかもしれねえが木にぶつかることはないだろ」
ジョージは首元を出し、フェロモンをスプレーのように噴射しはじめた。
「そんなことできるのか!? さすがジョージじゃなあ〜」
「上手くいけば、瘴気内探索に革命がおきますが……」
ふたりはジョージのフェロモンセンサーが成功するか固唾を飲んで見守る。すると──
「お!? 生体反応が近くにあるぜ! ……ちょっと木を避ける必要はあるが、だいたい50mくらい先だ!」
ジョージのセンサーに反応があったようだ。
「じゃあ、さっそく行ってみるぞ!」
「素晴らしい! ジョージ様のフェロモンは『第三の魔法』と言われるだけありますね!」
希望が見えた3人は、生体反応があったその場所へ意気揚々と向かっていった。が、そこに待っていたのは…………。
「プルルルルルルリリリリィィイイイ!!!」
ゲル状のモンスター"スライム"だった。
「「ジョージ(様)!!?」」
『うぼっふぉぁ(苦しい)!?』
しかもそのスライムは狡猾にも木陰で待ち伏せして、ジョージが来た途端素早く飛び出して頭におおいかぶさり、呼吸ができないようにしてきたのだ。
「ああ、なんてことです!?」
「このままじゃ……」
アメリアとエリンが目の前の光景を見て心配してしまう。
もちろん、ジョージではなくスライムに対してである。
『ぶふぉあ、ぶふぇぼぶ(喰らえ、フェロモン)!!』
そう、遠くからでもオーガをイチコロにしてしまうフェロモンを、下位モンスターであるスライムがこんな至近距離で喰らってしまえば当然……。
「──プルルルルルルリリリリィィイイイ♡♡♡」
あらがうことも、なす術もなく完全にノックアウト。邪悪なモンスターが、盲目的で一生一途な恋愛モンスターになってしまった。
ひとたびこうなってしまえば、いくら人をエモノとしてしか見ていない狡猾なスライムと言えど、ジョージを運命のヒトとしか見られず、(恋に)落とすためならどんな手でもいとわない狡猾なスライムになり変わってしまうのである。
「…………ハーレムNo.16番は、まさかのスライムじゃな」
「…………人とモンスター、まこと珍しい異種族間の恋愛。人型モンスターはともかく、スライムは聞いたことがありません。ああ、おふたりの未来に幸せがある事を願います……!」
そんなふたりの奇想天外な運命を目の当たりにし、思わず憂いてしまうアメリアなのだった。
「こいつ、フェロモンを喰らわせたのに頭から離れやしねえ! どうなってんだ!?」
「プルルルリリィ〜♡」




