21話 リーンとシン ※一人称
イーリスは私にとって、ひとつ年上の親戚のお姉ちゃんだ。
勉強もできて博学で、年上の学生や学者の先生とも意見を交わしている姿は憧れの対象でもある。
体格は私とそう変わらないけれど、どんなに難しいお願いや困りごとにも力を貸してくれる、なんでもできる魔法使い。
私にとって頼りになるその姿は一般的な魔道具士のイメージからは程遠く、正しくイーリスは望みを叶えるお伽噺の魔法使いだ。
夢で見た不安の話や、私に起こった不思議なことも、きっとイーリスなら私を正しく導いてくれる。
そういう確信があったので、今朝は目が覚めてからずっとイーリスを探していた。
談話室でイーリスを待ち、その姿を見つけるまで私の中にあった不安は既にない。
ブランズ先輩がシンを傷つけて、私に敵意を向けていた恐怖は既にない。
ぎゅっとその背に寄り掛かりながら、イーリスを抱きしめる。
甘えん坊だねぇ。なんて言いながらされるがままになってくれている。
「リーンさん。先ほどは本当に申し訳ない。俺が、いや、私が短慮でした。心よりお詫び申し上げます。」
縄を解かれたブランズ先輩が、深々と頭を下げながら再び私に詫びる。
私はそれを見て少しの怒りはあったが、その行動も一部理解ができる。なのでもう気にしていない、頭を上げてほしいと伝えて謝罪を受け取る。
ブランズ先輩の言う魔王再臨の預言は有名なものだ。
特にブランズ先輩は騎士の家系、軍属なので、よく騎士の言う「王家の仇となるのなら私が打ち払って見せましょう」という、愛国心からのものだと理解できる。
私も、もし仮にブランズ先輩のように光の魔法を使えるようになっていた時、同じような行動をしないとは言えないのだ。
それにブランズ先輩には、今後こういった争いがあった時に力になってくれるのではないか、という利己的な考えもあった。
イーリスにも伝えたけれど、夢の中で黒い光と白い光が砕けて落ちた時、その破片は複数あった。
今後、もし同じように光の魔法を使う人が現れたとして。その人がブランズ先輩のように、私を魔王だと攻撃してくる可能性もある。その誤解を解いてくれるためには、複数人の証言が欲しいという思いがあったのだ。
シンには本当に悪いことをしてしまった。
私を庇い、何度も蹴られたのはシンなのだ。被害を受けたシンには、別の形でしっかりと感謝とお礼を伝えたい。
今回は偶々、シンがいてくれたおかげで助かった。
だけどシンは異世界のヒューマンなので、私は私が自衛するための手段を探す必要があった。
そのためにここでブランズ先輩を衛兵に引き渡し、学園から追いやってしまうのは避けたかった。そういう利己的な考えで、私はシンに無理を強いてしまった。
ブランズ先輩はシンにも丁寧に謝罪をし、シンは私に倣って謝罪を受け入れてくれた。
「リーン。あとイーリスも、少しいいかな。」
そのままシンが椅子から立ち上がり、こちらに目を向けながら声を掛けてくる。
「俺がもとの世界に帰ることが出来るのは、リーンの魔力が回復次第だよな。」
「うん。……シンも早く帰りたいよね、明日の朝かお昼ごろには送還の魔力が溜まる……かな。」
自身の魔力を意識すると、感覚的に今すぐには難しそうで、一晩は休む必要がありそうだと感じる。
送還の魔法の話をしてから、ずっと帰りたそうにしているシンには大変申し訳ない思いでいっぱいだ。
もっと私に魔力があれば、と考えてしまう。
「そのことなんだけどさ。今後もリーンが危険な目に遭うのなら、俺はリーンを護るために力をつけたい。だから帰りたいのは嘘じゃないんだけど、それ以上に俺、戦い方を知りたい。」
真剣な表情で私たちにそう告げる。
「家族とか友達に事情を説明してから、またこっちに来た時。俺に戦い方を教えてくれないかな。」
それを聞いて、シンがそんなことをする必要はないのだし、せっかくの異世界のお友達がそんな目に遭ってしまうことを許容できないと否定する。
「シンがそんなことをする必要ないよ。こういう誤解がないように私もうまく隠すから。シンは気にしないで、危ない目にはもう遭わなくていいの。」
「だけどリーンはブランズと違って、元々あった魔法は使えなくなったんだろ?」
言われて自分でも思い至らなかったことに気が付く。
そうだ、私はシンを召喚する以前の小精霊を呼び出すことができなくなってしまった。
「リーンの魔法はさ、俺が、召喚したものがいないと使えないんだろ?」
言葉を返せずに黙ると、だったらさ、とシンはそのまま続ける。
「だったら俺はリーンのために強くならないとダメなんだ。」
決意のこもった言葉だった。
それを向けられている私は、思わず息を飲む。
言葉を発せない。はいともいいえとも、私にはその覚悟がない。
「だから俺に戦い方を教えてくれないかな。」
「……僕に聞いてる?」
きょとんとした表情を浮かべているイーリスが、シンに聞き返す。
ああ、とシンが肯定を返す。
「僕は戦い方なんて知らないよ。」
「いやいや、さっきの見てそれは信じられねえって。」
「いや、本当なんだけど……。」
困ったようにイーリスが悩み、それならば、とブランズ先輩が言葉を発する。
「カプリコーンには劣るかもしれないが、お詫びに俺が、いえ私が力添えするのはいかがでしょうか。」
これでもある程度は戦い方をお伝えできるかと。なんて、ある程度なんかじゃない程に強い先輩が提案してくれた。
それを聞いてシンは釈然としない表情をしていたが、イーリスがそれがいいよ、と取りなして結局その提案を受け入れていた。
シンは、私に人生を捧げるという事なのだろうか。
私はずっと考えてしまう。
人生を背負う覚悟だ。
騎士が忠誠を誓うとき、それを預かる主君もまた強い決意が必要だ。
召喚士として、意思のない小精霊しか従えることのできなかった私には、その覚悟が重く感じられる。
そしてそう思う自分に暗い感情が芽生えるが、イーリスが私の頭にポンと手を置いて思考を中断された。
「今はまだ、深く考える必要はないよ。困ったら僕に相談して。できる範囲でなんとかしてみせるから。」
そういって、私の魔法使いは私の不安を晴らしてくれるのだ。




