19話 甘えん坊と怪我人 ※一人称
これは反らす布。
力の方向を捩じって反らす魔道具で、現在は作ることのできない古代のアーティファクトのひとつだよ。
なんて、至って普通の事だというようにイーリスが説明するので、俺は頭が痛くなる思いだった。
「魔道具は魔道具士が魔力を通すことでその能力を発揮するから、シンがそれを振っていてもなんの意味もないけどね。」
貸してもらったそれをフルフルと風に遊ばせていると、ぎゅーっとリーンに抱き着かれながらイーリスが補足してくれた。
くそ、羨ましいなぁ……!
イーリスはあっという間にリーンを助け、ブランズを昏倒させて制圧した。
しかも宣言通りに剣を叩き折って。土まみれ怪我だらけの俺と比較すると、全く怪我無く汚れもついていない。めちゃくちゃ格好よく見える。
「イーリス様、お怪我はございませんか?」
メイドのアイシャさんがテキパキとどこからか取り出した縄でブランズを縛り上げ、抵抗できないように転がしてからイーリスに尋ねる。
このメイドさんも謎すぎるんだよな。
イーリス担ぎながらものすごい速さで走ってきたし、その割にあんまり汗とかも掻いてないし。
「大丈夫だよ、ありがとうアイシャ。ねえ、リーンそろそろ離してくれない?」
「いやっ!!」
2人で話していた時には聞いたことのないような大声で、リーンはますますイーリスに抱き着いた。
幼馴染だからこそなのか、リーンはイーリスに甘えているように見える。
まだ二人とも幼いからだろうが、男女の仲にしてはべたべたしすぎじゃないだろうか……!
恨めし気にイーリスを見るが、本人は気が付いていない様子だし相変わらず表情が読めない。
「ふたりとも無事でよかったよ。シンはボロボロだけどね。」
「俺は平気だけどな。なんかどんどん傷も治っていくし。」
見た目には血の跡も残っているかもしれないが、既に体は痛みを訴えていない。
改めて、異常な状態だったと思う。
争いごとを避けてきた俺があんなに好戦的で強い相手に挑むなんて。
もし同じ状況になったら、何度も同じように繰り返すのだろうけど。
「すごいね、それもリーンの召還術の特性なのかな。」
「私は少なくとも、聞いたことないんだけど……。」
目元を濡らしながら、目を赤くして抱き着いていたリーンがイーリスの背中から顔を上げてこちらを見る。
やっぱり泣いていた。心が締め付けられるように、俺も悲しい思いが溢れてくる。
泣かせてしまった。守りたかったのに、俺は力不足だった。
「ごめんな、リーン。全然守れなかった、俺。」
「シンはいっぱい私の事、守ってくれたよ!」
ぐすぐすとぐずりながら、こちらを気遣ってくれる。
「そうだね、立派だった。さすが男の子だ。」
言って、ふわりとイーリスが笑った。
解りづらいイーリスの、初めてそれとわかる表情の変化を目にして俺は驚愕してドギマギしてしまう。
「あ、ああ。そりゃ……ありがとう。」
俺がやったことなんて全然、イーリスが来るまでの時間稼ぎぐらいにしかなっていなかったんだけど。
なんだかその言い方も恥ずかしいし、照れ臭く感じる。
若干挙動不審になりながらなんとか言葉を返して、改めてブランズのほうを見る。
「それにしても、どうやってコイツの事倒したんだよ。」
改めて不思議に思う。
ブランズのほうが早く動けた。ブランズのほうが武器を持っていた。
それでもイーリスが勝った。
「イーリスはね、なんでもできる凄い魔法使いなの。」
イーリスの代わりに、笑みを浮かべながらリーンが答えた。
「僕は只の魔道具士だよ。あんまり期待しないでね。」
リーンの頭を撫でながら、また表情の読めない顔でイーリスが言う。
「魔法使いかぁ……。」
今日一日で色々なことがあった。
そのどれもが刺激的で、非日常にある興奮と同じだけの恐怖を受け取った。
それでも、俺はこの異世界が既に気に入っていたのだ。
リーンがいる。イーリスも、翼の生えた人やまだ見ていないがエルフとかもいるらしい。
危険な目にも遭ったけど、今まで俺が抱えていた怪我が治ったし体験したことのないような身体能力も得た。
思い返していると、そういえばブランズが言っていたことが気になった。
「なあ。闇の魔法って、なんなんだ?」
「今は喪失して、無くなった魔法属性のひとつだよ。」
相変わらず何でもないことのように、イーリスは答えてくれた。
「火・水・風・土・木の5属性が魔術の基本。だけど、大昔には光と闇も併せて合計7属性があったそうだよ。どうやら今はその属性が、また出てきたみたいなんだけど。」
言って、イーリスがリーンの頭にポンと手を置く。
「うん、黙っているつもりはなかったんだけど。私が闇の魔法でシンのことを召喚したの。」
そう言っているが、あまりに俺が持っている闇の魔法使いのイメージとリーンが合わないので、違和感が凄い。
「いや、逆じゃない? あいつが闇だろ、どう考えても。」
簀巻きにされて動けないブランズを指さす。
「光とか闇とか、あくまで属性のひとつだよ。穏やかな人だけが水の魔法を使うわけじゃない。」
諭すように話すイーリスの言葉を聞いて、そりゃそうかと納得する。
「……っう」
簀巻きにされているブランズからうめき声が上がり、ゆっくりとその目を覚ました。
俺は思わずまた体を強張らせてふたりの間に立つが、イーリスが俺の肩にポンと手を置いて落ち着かせてくれる。
「ここは、……俺は。そうか、負けたのか。」
焦点が虚ろな目で地面に転がっているブランズがイーリスを見て、力なく呟く。
「おはようございます、先輩。」
イーリスがそれに近づき、しゃがみ込んでその目の前に指を立てて見せる。
「何本に見えますか?」
「……3。」
「よかった、意識も問題なさそうですね。」
言ってから改めて簀巻きにしたブランズに向き直ると、変わらず平坦にイーリスは告げるのだ。
「さ、謝りましょう先輩。それから、話をしましょう。」




