18話 イーリスと魔道具士の戦い方 ※一人称
ハンカチがブランズに触れると、ブランズは体ごと、振るわれたハンカチの先に持っていかれてしまっているようだった。
なにが起こっているのか理解が追い付いていないが、立ち上がれな体で顔だけ起こして様子を見ていた俺には、それだけ見えていた。
「な、なにが……。」
ブランズが呆然とつぶやく。
地面を転がったが素早く身を起こし、振り返ってイーリスを見ている。
イーリスはなにも答えず、再びハンカチと杖を構えるだけだった。
動画で見たことがある、合気道のようなイメージが浮かんだ。
再び飛び掛かったブランズが、次は振るわれた中空にびゅーんと吹き飛ばされる。
ハンカチが触れただけだ。
たったそれだけなのに、さっきまでの俺とあいつの状況が、イーリスを相手に入れ替わってしまったようだった。
ブランズは宙で体制を整えて地面に降り立つと、奇妙なものを見るような目でイーリスを見る。
俺もまったく同じ思いで、イーリスを見る。
「僕は魔道具士なので。」
イーリスが何でもないことのように言いながら再びハンカチをひらひらと遊ばせている。
「荒事は得意じゃありません。」
嘘だ。と思いたい。
「それでも僕一人も倒せないなら、なにが特別なのでしょうか。」
ブランズが初めて脅威を覚えたような、驚愕を顔に浮かべる。
「君も、闇の魔法使いなのか?」
呟くその言葉にはイーリスは答えなかった。
ぐっと奥歯を噛みながら、再びブランズは飛び掛かる。
フェイントを交えながら、イーリスの背後に回る。
俺にはできないような芸当に見えたし、精一杯の配慮なのか、蹴り足ではなく手刀が振るわれたがそれもまた不自然に体制を崩してしまう。
すぐに体制を変えながら、踵がイーリスに向かう。
しかしそれすらも、ただのハンカチにしか見えないそれを振るうイーリスにはかすりもせず。
結果は変わらない。
地面に倒れ伏すブランズと、棒立ちのイーリスがいた。
「なにが起こっているんだ……。」
呆然とつぶやく。
痛みは随分と良くなり、また立ち上がることができるだろう。
だけど俺は、あまりに場違いな自分がその場に混じることは出来なかった。
すこし距離を置いたブランズが、地面に突っ込んだ時にできたであろう額の傷を拭いながら様子を伺っている。
「そのハンカチはなんなんだ。」
そう、あのハンカチだ。あれに触れてブランズは滑稽な動きをしている。
「これは僕の魔道具です。ただ反らすだけの布です。」
ひらひらと左手でつまみながら、風に遊ばせたままイーリスが言う。
「ブランズ先輩。あなたの特別は、このなんて事のない魔道具ひとつも打ち破れない。」
あれがなんて事のない道具だっていうのか……?
対峙しているブランズの様子から、そんなはずは無いと思いながら異世界の様々な出来事に俺は唯々おどろいて言葉をなくしていた。
「耳が痛い話だな。」
自嘲気味に笑うブランズだが、それならばと構え直した。
「それは剣も反らせるのかな。」
言いながらブランズは、中空から光を集めたような剣を作り出す。
シンプルなつくりだが、間違いなく凶器だ。
コンビニ強盗が持っていた包丁なんか、目じゃないほどの。
思わず加勢しようと体を上げようとするが、イーリスと目が合って留め置かれた気分になった。
「試してみますか?」
やや挑発的な言い方だったが、イーリスはハンカチを握りながら両手で杖を構えている。
「この剣は斬りたいものだけを切ることが出来る。そういう能力のものだ。」
ひゅんひゅんと2、3回素振りして、片手にそれを構える。
「間違っても命を奪いはしない。ただそのハンカチだけ切らせてもらって、すこし静かにしていてもらうよ。」
わかっていたことだが、ブランズは俺を蹴っているときも全く本気ではなかった。
あいつが殺す気だったら、最初からあの剣を出して俺に突き立てればすぐに終わっていたし、俺はそれに抵抗する力がない。
どうしようもない力の差を改めて感じる、そしてそれに対峙しているイーリスへの心配が生まれる。
「ありがたい配慮ですね。」
相変わらず平坦に、イーリスはそれに答えた。
「では、僕はその剣を叩き折って差し上げます。それくらいしたほうが頭も冷えると思いますし。」
そんな挑発的な物言いで、相変わらず感情を感じずらい平坦な声で。
「いいね。やれるものなら。」
言って、ブーツのような輝く魔法と、右手にこちらも輝く魔法の剣を持ってブランズは油断なく飛び掛かっていった。
俺だから見えている。それくらいの速さ。
対してイーリスも素早い方ではあるものの、比べるべくもない遅さで魔法の剣を杖で受ける。
2度、3度。
ハンカチを持つ手を狙うように振るわれた剣を、ぎりぎりの中でイーリスが杖で受ける。
その剣戟の最中、イーリスが腰につけていたベルトからガラスの瓶が地面に転がり、ブランズがそれを踏み潰した。
その瓶の中に入っていた液体からなのか、ものすごい勢いで煙を発したそれはあっという間に2人の姿を隠してしまう。
イーリスが危ない。
煙の中でも輝く剣とブーツが、何度か振るわれているのを見て俺は慌てて立ち上がって駆け付ける。
見えない時間は数秒程度だった。
交わされた剣は数合だった。
しかし煙の先で俺が見たのは、剣を真っ二つに叩き折られて仰向けに倒れるブランズと、少し肩で息をして整えているイーリスの姿だった。




