16話 闇の召喚獣と光の魔装士 ※前半一人称
速い。強い。
気が付けばまた蹴り飛ばされて地面を転がり、素早く身を起こして眼光鋭くブランズを睨みつけた。
痛みは薄い。が、さすがに何度も殴られて蓄積してきた体を奮い起こす。
光の魔法。
そうブランズが呟いてからは一方的だった。
飛び掛かるも気が付けば蹴り飛ばされ、俺は地面を転がる。
ブランズのその足には、さっきまでは着けていなかった鎧の足みたいな物が付いていて、あれが出現してからは全く相手になっていない。
白い輝きを放つ芸術品のようなそれは、踵に羽の意匠が付いており、なるほど光の魔法だと納得できる見た目のものだった。
「しぶといな。」
言葉少なに、向こうもこちらを睨む。
戦況は明らかに俺に不利だ。
俺の反射神経が変に良くなっていても、知覚と体の動きがちぐはぐだ。
思ったように体は動かず、こんなことなら格闘技とかやっておけばよかったぜ、なんて思いながら再び地面を蹴る。
体中で押さえ込むつもりで飛び掛かる。そのままぶつかりに行くが、白のブーツが再び俺の腹をとらえ、勢いがそのまま俺の体に集中し、無様に吹き飛びむせ返る。
痛みが薄いというより、気にならない感覚なのは極度の興奮状態なのかもしれない。一部冷静な自分がこのままでは意味がないことを告げているが、それでも立ち上がり睨みつける。
ぺっと地面に唾を吐くと、赤色が混じっている。
ははは、漫画みたいだ。
「殺すつもりはない。が、手加減もできないぞ。」
声を掛けてくるそいつを無視して、力いっぱい息を吸い込む。
むんっと全身に力を入れ、萎えないように心を奮い立たせる。
言葉を交わすつもりはない。
また飛び掛かるが、次は直前に方向を変えてブランズの後ろを取るように回り込む。
しかしぴたりとそれに合わせるようにやつも動くので、後ろに回り込むこともできない。
再び鈍痛を感じ、気が付けば倒れ伏していた地面を噛みながら顔を上げる。
上げた頭にそのままサッカーボールを蹴るみたいな蹴りを受け、信じられないことだが俺はそれでも意識を保ち続ける。吹き飛んだ先で何度でも立ち上がり、やつを睨みつける。
強い。速い。
素人の高校生が勝てるような相手ではないんだ。
そういう冷静な自分が警鐘を鳴らすが、それを聞く自分は、そんな相手が無抵抗なリーンに手を上げようとした事実に怒りを湧かせている。
勝てるとか負けるとか、関係ない。
命に迫るような怪我だろうとか、せっかく治ったのに何してんだとか。
そういう自分も全部抱えながら、それでも体中総意で何度吹き飛ばされても立ち上がる。
獣のようだ、とあいつが言った。
獣で良い、と俺は思った。
打ち倒すものがいい。召喚された俺は召喚獣で良い。
リーンを脅かすものが許せなかった。
右腕が熱を帯びる。
体中にぬくもりを感じる。
ここで死んでもいいから、あいつを倒したい。
再び地面を転がりながら、悔しい気持ちを滲ませながら。
何度も立ち上がり、いい加減手足が動かしづらくなりながら。
それでも俺は顔を上げて、ブランズを睨みつけた。
――――
獣のようだな。と、ブランズは思った。
魔術師でありながら体術に優れているブランズは、自身の光の魔法を得てから、それを思う存分に振るいながら遣る瀬無さを感じてもいた。
まるっきりの素人だ。動きは早く、勢いは重いがそれだけだった。
鍛え抜かれた騎士が相手でもなければ、危険な魔獣が相手でもない。
それでも驚異的な身体能力でこちらを打ち倒して来ようとするそれは、獣のような威圧でもってブランズを脅かしていた。
ブランズの視点では、この相手はただの庶民か、戦い方を知らない貴族が不相応な力を得て振り回されているようにも見えていた。
自身の光の魔法。光の魔装を足元に感じる。
ブランズは3属性魔術師だが、不思議な夢を見てから自身に宿る別の力を知覚した。
確信があって魔装術を展開し、自身に訪れた運命的な出会いに、全身を興奮が駆け抜けたのを覚えている。
魔装士の一族で、兄弟の中では自分だけが魔術師の適性をもって生まれた。
珍しいことではない。魔法は4種類あり、適性は遺伝の要素もあるが、基本的には本人の魂の気質で決まってくる。
父も、兄も、弟も、魔装士だった。自分は魔術師だった。ただそれだけ。
誰も気にしなかったし、それならばと魔術を使う騎士になろうとした。
憧れは心の奥底に封じていた。
それが、どういった奇跡か。
ブランズは光の魔装士になり、遠い日に憧れた姿で、より強い形で思いを遂げた。
これは運命だったんだ。ブランズがそう思うのも無理はなかった。
ならばその運命は、乗り越えるべき敵が用意されているものだろう。
光の相手だ。闇の魔法使い。魔王が敵だ。
そう、預言は本当のことだったのだ。己がそれを打ち倒す存在になるのだ。
ブランズは騎士として、この国を守る剣になろうと決めた。
そして光の魔装士としての知覚を得てから、不思議な感覚でこの学校内に存在するもうひとつの特別な力を感じていた。
同じく光の魔法使いか、もしくは闇の魔法なのか。
特別な魔力を感じる、それは相手ももしかしたら同じだろう。
引力のように惹かれあうものを感じる。
それはリーン・パイシースという後輩に行きついて、この状況を作り上げていた。
獣のようだな。とブランズは思った。
そして難敵ではあるが、自分の相手にならない程度の、小さな脅威でしかないとも感じていた。
正直に心の内を開けるのならば、ブランズは落胆していた。
これが魔王。これが運命の相手。
心中の落胆は隠しながら、複雑に動きながら迫る獣を蹴り飛ばす。
なるべく早く意識を失ってくれるように祈りながら、容赦なく頭を蹴り飛ばしていく。
これは既にブランズの中では戦いでもない。命に迫る危険も感じず、ただの作業として、これ以上リーンを驚かせないように配慮を持ってさえいた。
と、すこし離れた場所から誰かが駆けてくるのを感じてそちらにちらりと目をやる。
特徴的な白のような、青のような頭髪の小さな体躯が見える。
そして食堂で交わした約束に思い至り、ああ、約束を忘れていた。と使命感から失念してしまった自分を恥じた。
まずはこの獣を駆除しなければ、と向き合って、再びそれを蹴り飛ばしてから、ようやく少し静かになった様子を確認する。
そのあとにイーリスのほうへ向き直る。
まだ遠かった姿が、傍に控えていたメイドに抱えられて、ものすごい速度で近寄ってくる。それを目にして若干驚くが、なんでそんなに急いでいるのかには思い至らない。
背後から物音を聞き、振り返りながら再び廻し蹴りで獣を打ち払う。
何度目だ。落胆をいよいよ隠せなくなってきたが、頑丈すぎるそれにある意味では敬意すら覚える。
この少年はリーンを守ろうとした。そして勝てないと解っていながら何度も己に挑んでくる。
これでは自分が悪役だ、と自嘲しながら、しかしその手は止めずに再び飛び掛かってきた少年を蹴り飛ばす。
「ブランズ先輩っ!」
イーリスが珍しく、ブランズは聞いたことがないような大声で呼びかける。
「……っ!」
振り返って応えようとしたブランズだが、イーリスの方から突然発生した極光に目を眩ませた。
驚く間もなく、それは後ろの少年ごと自分たちの視界を塗り潰した。




