15話 シンとブランズ ※一人称
「そうだった、午後から約束があるんだ。少し失礼する。」
名前がわからないが洋ナシのようなフルーツまで頂いて、また少しの時間ゆっくりとお喋りを続けながら唐突にイーリスが席を立った。
さっきまで今日の俺の寝床について話をしていて、守衛室が借りれるからそこで寝泊りをすれば良いなんて結論が出たあとのことだった。
「椅子とテーブルはそのまま置いていくから、リーンたちはゆっくりしていると良い。用事が終わったら僕も戻るから、もし途中で寮に戻る場合はそのままにしていて構わない。」
言いながら、立てかけていた大きな杖を手に持ってアイシャを連れてイーリスが立ち去る。
時間をどうやって把握しているのかわからないが、腕時計らしきものは持っていないように見える。
イーリスを見送ってからも少し話をしている中で、俺も気になっていたことをリーンに聞いた。
「イーリスも魔法使いだよな、あんなに大きい杖持ってたんだし。その、さ。2人って、どういう関係?」
傍目にもわかる、美男美女だ。
正直、最初に見た時からそういう関係なのかと邪推していたし、今となってはもしそうだったらという失恋の恐怖があった。
「イーリスとは家が親戚みたいな、昔からの幼馴染っていうか。」
うーん、と改めて関係について考えているんだろう。リーンが悩みながら答えてくれる。
「へ、へえ~。仲良さそうだもんなぁ。それじゃあさ、あの、2人って婚約者みたいな関係じゃないの?」
貴族のイメージで思わず婚約者なんて聞いたが、直球に恋人いるの? なんて聞くのはなんだか気恥ずかしくてできなかった。
「わたしとイーリスが?」
リーンはきょとんとしていたが、その様子からどうやら違うようだと安堵する。
「そうそう、なんか良いところのお嬢様っぽいしさ。もしかして、そういうのいるのかなーっ、みたいな?」
はは、と渇いた笑いで誤魔化し誤魔化し聞いてみる。
慣れていないのだ。滑稽だと笑うなよ。
「学校を卒業するまでは、私の場合はそういうのはまだ無い、かなぁ。うちもイーリスの家も長子がいるから、私たちは自由にさせてもらっているかも。」
うーん、と悩みながらリーンが答えてくれて、おれはそれに安堵のため息を漏らした。
『まったく可能性がない』状況から、『もしかしたら、ワンチャン』くらいには可能性があると信じよう。
「シンの世界では婚約者は決められてしまうの?」
「ああ、いやこっちはそういうの全くないぜ。お互いに好き合ったもの同士が結婚してる。別の国とか、昔はそういうのがあったのかもしれないけど、俺には縁遠いかな。」
「へえ、いいなあ。」
年相応に笑顔を浮かべるリーンに内心で悶え、妹が好きな本とかも気に入ってくれるんじゃないかな、なんて次に来た時のことにもう想いを馳せている。
「そういう自由な恋愛の世界だからさ、漫画とかアニメでも恋愛のジャンルって人気あるんだよ。」
「そうなのね、まんがとかあにめ?っていうのは解らないのだけど、もし見れるのなら本とかも見てみたいわ。」
やっぱり年頃なのか、次に来るときには絶対にお土産をたくさん持ち込もうと決意する。
そういうとりとめのない話をして、少し下頃だろうか。
すこし離れたところから男子生徒がこちらに近づいてきているのが見えた。
ここは遊歩道なども兼ねているのだろうから、他の生徒だろうと気にせず話を続けていたが、その男子生徒が近づいてきながらこちらに声を掛けてきた。
「やあリーンさん。ごきげんよう。」
「ごきげんよう、ブランズ先輩。」
リーンが言葉を返す。
有名な人なのだろうか、リーンが椅子を立ってあいさつしたので俺も慌てて立ち上がってぺこりと頭を下げる。
「少し前にこっちで大きな音がしたからこちらに来たんだけど。その木が折れているのを見るに、倒れた音かな。」
穏やかに笑みさえ浮かべながらその男はたずねてきた。
俺よりも年上なのか、同い年くらいか。
クラスでは一番背が高い俺と同じくらいの長身に、細身だががっしりと引き締まった体つきをしている。
陸上競技をしていた俺だが、体つきはそういう教義的なものというより、格闘家のような雰囲気を感じられた。
黒髪に若干茶色がかかった目をしたブランズと呼ばれた男は、これもまたイケメンの類だ。
「はい、ええと。そうです。」
言葉少なにリーンが答える。
そう、どうもリーンは、かなりの人見知りなのだ。
俺は自分が召還した手前だからなのか、すぐに慣れてくれたが最初はしどろもどろだった。慣れるまで時間がかかるのか、どうも話をするのが苦手なように思える。
「すごいな、叩き折ったのか。 ええと、君は?」
「あ、すみません。俺は山本 新っていいます。あの、この子の召喚獣やってます。」
頭を掻きながら事実を述べる。
他になんて説明したらいいのかわからなかったし、相手の立場とかこっちの立場とかもわからないのでとりあえず敬語で。
「召喚……?」
「はい、えっと。めちゃくちゃ珍しいらしいんですけど、俺って異世界召喚されたみたいで。」
搔い摘んで、俺がわかっている状況だけを伝える。
その過程でもちろん、その木は俺が意図しなかったが折ってしまったこと、だからリーンはなにも悪くないと伝える。
「なるほどね。」
ふんふんと話を聞きながら興味深げにこちらを見られる。
若干不躾な視線だが、俺は明らかにこの学校の部外者だし精一杯怪しくないアピールをして引きつりながら笑顔を返す。
「今朝からなんだか予感があったんだよね。」
そういいながらブランズという男は視線をリーンに向ける。
「僕と同じように、目覚めた人が近くにいるって感じがしていてさ。」
言いながら、ブランズはこちらに近づいてくる。
普通に歩いてくるだけだ。それなのに俺は嫌な予感を感じて、リーンの前に立ちふさがって庇うように後ろに隠す。
「リーンさん。これはその予感に確信があって聞くんだけど、君は闇の魔法使いだね?」
途中、その様子をみて立ち止まったブランズがリーンに声を掛ける。
闇の魔法使い……?
聞き慣れない単語と、俺が持つ闇の魔法使いのイメージがリーンに全く似合わないものだかったから。
言葉の意味を理解する前に、後ろのリーンが驚いたように声を発した。
「え。……あの、ブランズ先輩。どうしてそれを?」
肯定とも取れるような疑問。
やはりか、とブランズがつぶやき肩を落とす。
「それじゃあ、仕方ないね。」
瞬間、俺は時間がゆっくりと間延びし自分の周囲が一気に開ける感覚を覚えた。
まるで今までは目が見えていなかったかのように周囲を観察でき、後ろにいるリーンの存在を強く感じる。
そして俺たちに跳びかかってくるブランズも、ゆっくり流れる映像を見ているように、俯瞰してそれを感じられた。
「……っ! やるね。」
蹴り足を右腕で払い、思わず突き出した手でブランズを後ろに飛ばす。
な、なにをしているんだコイツ……!
頭の中で警鐘が鳴り響く。
こいつ、攻撃してきたのか?
「なにしてんだよ、なんなんだ!」
暴力沙汰には縁の遠い生活をしてきた俺だ。
みっともなく手足が萎えている。
ただそれでも、リーンの事だけは絶対に守らなくちゃいけない。強く心を奮い立たせる。
「闇の魔法使い。魔王になる存在だ。」
意味が解らない。俺には全然意味が解らない。
「僕の使命に従って、君をまず無力化させてもらう。」
リーンはこの男になにかしたのか。
なにかしたからこういうことをしてくるのか。
理由を考える思考から、いいや今はそんなことどうでも良いと切り替える。
後ろの女の子の様子を伺う。
なにが起きたのか理解しておらず、きょとんと眼を見開いた紫の瞳と目が合った。
「あの、ブランズ先輩……?」
声を出してから、ようやく今襲われたのだと自覚したのか、小さな体が震え始める。
その様子を見て、俺の心に煮えたぎるような怒りが生まれた。
驚かせた。脅威を感じさせた。穏やかで無くさせた。
すべて。今まで感じたことのないような強烈な感情で、煮えたぎる怒りとは別に冷静に頭も冴えていく感覚もある。
守る。決めた。排除する。目の前の男を倒す。
理由はどうでも良い。もしかしたら誤解かもしれないが、まずはぶん殴って謝らせる。
右腕の入れ墨のある箇所が熱を帯び、自分の体が熱くなっていくのを感じる。
「謝れよ!」
叫び、俺のほうからブランズに飛び掛かる。
喧嘩なんてしたことがないが、さっきの木をへし折った時のように力任せで踏み込み、次は自分の意思で握った右こぶしを突き出した。
間違いなく捉えたかと思った拳は、しかしブランズに受け止められてそのまま俺は宙を舞う。
何をされたのか、理解は追いついていないが体が動くままに空中で体制を変える。地面に獣のように受け身をとると、そのまま勢いをつけて再度飛び掛かる。
ふっと次は短く息を吐き、体の回転も加えながら渾身の力で左拳を振るった。
ばちんとも、ごつんとも、嫌に鈍い音を立ててそれも受け止められたが、ブランズが殴られた方向に後ずさるのを見る。
「おい、お前なにしてんだよ! リーンに謝れ!」
興奮状態のまま、口から息を吐き出す。
体が熱く、加減や自制が効きそうにない。
ブランズは俺の拳を受け止めた腕を振り、まるで獣だな、と呟く。
「強いな。」
嫌に冷静な様子だった。
また飛び掛かろうとすると、ブランズからのプレッシャーが増したように思える。
「使ってみるか。」
光の魔法を。
そんなことを呟いているように聞こえた。




