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12話 シンと異世界転移チート

 石造りの建物を出た俺たちは、広場に向かう遊歩道を歩いていた。

 リーンが先導し、俺がそのあとを着いていく。

 会話はない。


「あーっと、リーン。だよな。その、こっちって今は季節で言うと何になるんだ?」


 なんとなく気まずい雰囲気を感じながら、声を掛けてみるとわかりやすく肩を跳ねさせて驚きながらリーンが答えてくれる。


「うっ。……今は、春、ですよ?」

「あ、そうなんだ。こっちも四季はあるんだな。俺がいた場所は夏真っ盛りでさ、こっちに来た時には過ごしやすい気温ですごい助かったんだよ。」

「そ、……そうなんだ。あの……夏は好き?」


 かなりぎこちないが、全然慣れていない様子でもリーンは言葉を返してくれる。

 同性のイーリスとはまだ話ができていたが、そういえば妹と母ちゃん以外に女子と話す機会なんて全然なかった。

 今更ながらものすごい美少女と一緒にいる緊張感が生まれるが、変に思われたくないので精一杯話題を振って、ぽつりぽつりと会話を重ねてみる。

 ぎこちない会話を重ねながら広場にたどり着くと、いくつかある木の中で、一番大きなものの陰に着いた。


「へえ、シンって17歳なんだ。意外、かも。」

「そりゃこっちの人たちに比べたら日本人って童顔だって言われてるけど、俺くらいは全然普通だぜ。なんなら背は高い方なんだけど。そういえばこっちには巨人とかもいるのか?」

「巨人……。えっと、トールマンっていう亜人なら。」

「へえ、亜人っていっぱいいるんだなぁ。」


 少し慣れてくると、お互いに異常な状況下だったので気になることが多すぎた。

 するすると言葉が出てくるし、リーンも最初より随分と落ち着いたように見える。

 俺は木陰の中で地べたに腰を掛けて話を続け、リーンは大きな木の根が出ている部分に自分のハンカチを引いてお行儀よくそれに座っている。


「シンは、そっちでは学生だったんだよね。そっちの学生はどういう事をお勉強しているの?」

「あー、こっちはどうか知らないけど、至って普通の普通科だったんだよなぁ。日本語の勉強とか、古文とか数学とか。一般教養っていうのかな、そういうもの。俺の周りは学校の勉強より、部活とかバイトに精を出している奴のほうが多かったかなぁ。」

「部活っていうのはなぁに?」

「部活ってのはなぁ、なんていうんだろう。スポーツとかで他の学校と競い合ったりするんだよ、だいたいのスポーツに大会があるんだけど。それで良い成績をとるために、その学校の人たちが一緒に鍛えたり、サポートしたり。」

「へえ、シンはなんの部活をしていたの?」

「俺は、陸上……をやっていたなぁ。」


 そんな話をしながら、俺は知らず自分の右膝に触れる。

 膝は去年、故障してしまって今は日常の動作には問題ないが、走ることが出来ない。

 小学生の頃から走ることが好きだったので、それを奪われた当初は穏やかでいられなかった。だが一年経って既に心の整理は出来ている。


「走ることが好きだったから、何も考えずに走ってたよ。結構良い成績とかも取ってたんだけど、今は膝が故障して走れなくなった。」


 自嘲気味に話すと、俺の様子から聞いてはいけないことだったのかと思ったのか、リーンが気遣わし気にこちらを見ている。


「今は帰宅部でオタクライフを満喫してるよ、これはこれで楽しくってさ。友達も増えたし良いもんだよ。」


 未練は全くないと言えば嘘になるが、そんなこと言っていても仕方ない。

 歩くことが出来るだけまだ良いのだ。そういう風に思うようにしている。


「その……、もし走れるようになるなら走りたい?」

「そりゃそうだけど、もう大丈夫。親にも心配掛けちゃうし、考えないようにしてる。」

「もしかしたらだけど、また走れるようになるかもしれない、よ。」


 そういわれて、はっとした。

 そうだ、こういう異世界だったら回復魔法とかもあるかもしれないし、向こうの医療より進んでいるのかもしれない!


「そ、そうか! え、もしかして、そういうこと? うわ、マジか!」


 思ってもみなかった、降って湧いた希望に飛びつく。

 リーンのほうを見ると、若干遠慮がちにこちらを見ていたのでばちっと目が合った。


「え、もしかして治るの!?」

「う、うん……。もしかしたらだけど、高度な医療魔術なら可能性はあるのかも。腕とか、生えるし……。」


 腕も生やせるの!?

 そりゃあ凄い、明らかに地球の技術よりも上だ!


「まじかぁ……。うわ、嬉しいぃ~……!」


 心が震える。また、走れるのかもしれない。

 心配をかけた家族や友達にも、部活の仲間や顧問にも。

 俺は降って湧いた希望に心を躍らせていた。


「それって、めちゃめちゃ高額なのかな! 俺お金とか持ってないけど、どうしたらいいんだ!? おっと、……ごめん。」


 興奮して語気が若干強くなってしまった。少しおびえた様子のリーンを見て、反省する。


「……う、うん。大丈夫。……あとね、私は召喚士で、あなたのことを召喚したんだけど。召喚士は召還したものに魔力を分けて、特性の強化とか、怪我の治療とかもできるの。」


 それでね……、と一生懸命伝えてくれるリーンの言葉をじっくりと反芻する。

 よかった! 俺、召喚獣になって良かった!!


「この世界にシンを召喚したとき、私の魔力のほとんどが持っていかれたんだけど、もしかしたら怪我とかも治ってるんじゃないかなって思って。」


 言われて自分の膝を見る。

 また動くのか。今も膝を曲げていると既に慣れてしまった痛みを感じる。


「その……リーン、一生のお願いなんだけど。」

「うん、良いよ。すこしだけ帰る時間が遅くなっちゃうと思うけど、治そう?」


 全部言い切る前にリーンは優しく俺の願いを聞き届けてくれていた。

 め、女神なのか……?

 思わず目頭が熱くなり、すがるようにリーンの手を取った。


「あ、ありがとう……! ありがとうっ!」


 思わず手を取ってしまった。

 はっと気が付いて慌てたが、リーンは笑ってくれた。


「大丈夫よ。シンにとって、すごく大事なことだったんだもんね。」


 力になれて嬉しい。とほほ笑む彼女に、俺は意識ごと持っていかれそうになった。

 こんなの、好きにならない方がおかしいだろ。


「ご、ごめんな! ありがとう……!」


 照れも混じるが、この女神のような女性に精一杯感謝を伝えたい。

 こんな出会ったばかりの、見ず知らずの俺を助けてくれるなんて。

 思えばイーリスもそうだ。二人は俺に最初から、とても良くしてくれている。


「それじゃ、魔力を分けてみるね。」

「あ、ああ。お願いしたい。」


 リーンが右腕の入れ墨に手を当てる。

 同時に俺の右腕の入れ墨にも熱が走るが、熱いというよりは暖かな、じんわりとした感覚で俺の中の何かが満たされていくように感じる。体中にその熱が広がっていくような感覚を覚え、不快ではないその感覚に身を委ねる。


 これが魔力なのだろうか。リーンのそれは、とても暖かく心地の良いものだった。

 しばらくその感覚に浸りながらリーンを見つめ、リーンは真剣な表情で自分の入れ墨を見つめている。


 無言の時間が流れた。

 そしてリーンが顔を上げ、俺を見ながら「どうかな……?」と聞いてくる。


 気が付けば慣れてしまった痛みがない。

 恐る恐る立ち上がり、その場で軽くジャンプしてみる。

 痛みは全くない。


 これは……!


「すこし、走ってみる。」


 リーンがこくりと頷いて、固唾をのんで見守ってくれる。

 俺は確信していた。走れる。また走ることが出来る!

 両足で地面を踏みしめ、すこし左足を引いて腕を右腕を前に、左ひじを後ろに上げ、体制を整える。

 体中を満たしていたリーンの暖かさが、まだ残っている。

 それは俺に力を与えてくれている。なにより心に希望が宿っている。

 右足を踏ん張り、左足を力強く踏み出す。

 痛みはない。

 やった……!

 思わず声を出しそうになったが声は間延びして、俺の視界はぐんにゃりとゆがんだ。


「へっ?」


 間抜けな声だったと思う。

 声以上に大きな音を立てて、俺は向こう側に見えていた木の一本をへし折りながら、自分がその木にぶつかったことに気が付いた。


「……え?」


 体に痛みはない。

 へし折られた木が地面に落ち、バサバサと枝が音を立てる。

 太い木ではなかったが、これは俺がへし折ってしまった。

 そういう自覚があったけれど、信じられないことに自分の感覚が着いていかない。


「……えぇ?」


 後ろを見ると、少し遠くでリーンが口元を両手で押さえ、目を真ん丸にしてこちらを見ていた。


「なにこれ……?」


 呆然とつぶやいて、自分の体を見下ろす。

 軽く走ったつもりだった。

 なんなら、一歩踏み出しただけだった。

 リーンがいる場所まで、20メートルはあるだろう。

 一瞬でその距離を詰めて、まさかぶつかると思っていなかったような、目の前の若木にぶつかって、しかもそれをへし折ってしまうなんて。


「ま、魔力分け過ぎちゃったのかな……。」


 辛うじて聞き取れるくらいの声量でリーンが呆然としながら呟く。

 治すだけのつもりで、まさか強化もされたってことか?


 おれの異世界チート、つよすぎぃ……。

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