10話 ヤマモトシンとイーリス ※一人称
「ヤマモトシン。僕の言葉もわかるかな。」
青髪の少年がそう言って声を掛けてくれて、なんだかもじもじとした金髪の少女と俺の間の気恥ずかしい時間が遮られた。いや、リーン・パイシースというらしい、この少女との。
「わかる。……えっと。」
「僕はイーリス、気軽に読んで。君のファーストネームはヤマモト? シン? それともヤマモトシンが名前?」
「ああ、えっと、俺はシンだ。呼び方は何でもいい。」
「ありがとう、シン。リーンも、よく頑張ったね。」
無表情なイーリスが、若干目元をほころばせてリーンに声を掛ける。
声を掛けられてリーンは緊張している様子を隠すこともなく、ふぅーっと長い息を吐いてから顔を上げた。
「ありがと、えっと、シンって私も呼ぶね。あの、シンは異世界のっヒューマン……なのかな?」
おっと、やっぱり来たか。
そしてヒューマンとな。人間だよな。
「たぶんそうだと思う。あのさ、俺も全然わかってないんだよ。さっきまでコンビニで大変な目に遭ってたんだけど、気づけば広場みたいなところにいて、あんたらの前にいたんだ。ここってどこなんだ? 日本には帰れるのか? それに……!」
言葉が通じたことから、一気に自分の中の疑問が溢れて止まらなくなりそうになる。
目下、一番気になるのは帰ることができるのかどうかだ。
「シン。落ち着いて。」
平坦な声で先を遮られる。
見ると、詰め寄るようにしてしまったリーンは怯えた様子だった。こんな妹より小さい子供相手に、いくら余裕がないとは言え、反省する。イーリスは相変わらず表情がわかりづらいが。
「おっと、ごめん。俺もなにがなんだか、わかってないんだ。その……多分、君たちが言っている異世界のヒューマンってことだと思う。」
いつの間にかテーブルに身を乗り出していた。
ソファーに座り直し、落ち着いて怖がらせてしまっただろう二人に頭を下げる。
「ごめん、俺も日本に帰りたいんだ。なんだかわからない状況で混乱している。けど、こんな聞き方は悪いよな。本当に申し訳ない、ごめん!」
ぐっと頭を下げると、おずおずとリーンから声を掛けられる。
「こちらこそ……その、申し訳ないのだわ。そちらの事情も知らずに呼び出してしまって。」
言いながら、リーンが右手の入れ墨をさする。
それを見て、一層気を使わせている事に自分が情けなくなった。
「うん、シンの精神性は好ましく思うよ。」
そう言いながら俺を留め置いたイーリスは、自分の茶器を手にして、まずは落ち着いて話をしよう。と紅茶を口にした。
「まずはシンの疑問を先に答えよう。そのあとに僕たちの話も聞いてくれるかな?」
「ああ、いいのか?」
先ほどから感情の読めないような平坦な声色で、淡々とイーリスは進めてくれる。
平坦な印象なのに、不思議と事務的な印象とか冷たさ、冷淡さは受けないし、本人の気質なのだろうと思う。
「まず、ここってどこなんだ?」
「ここは多分、シンにとっては異世界だよ。ヒューマン最大の国家であるゾディアック王国のステラ魔法学校というところだけど、聞いたことはないだろう?」
「うん、聞いたことない。……地球にある?」
「地球というものを僕たちは知らない。だから多分、ないのだろうね。」
「そうなのか。」
早速頭の痛みを覚えながら、せっかく先に答えてくれるので自分の疑問をどんどんと吐き出していく。
「呼び出したって……なんだ?」
「リーンが君を召還したんだ。」
「召喚?」
「ああ。僕たちは魔法使いと呼ばれるもので、リーンは召喚士だ。異世界の生物や現象を呼び出すことができる。」
ちらりと先ほどから答えてくれているイーリスの隣で、回答を任せきりにしているリーンを見る。
相変わらず緊張と恐怖が混ざったような表情でこちらを見ている。
この少女がそんな大層なものなのか、とても信じられないがさっきまでの状況から疑うべきもないんだろうな。
「俺は……帰れるのか?」
正直、一番聞きたかったことがこれだ。
オタク文化に詳しい俺だ、こういうアニメや漫画もたくさん見てきた。
こういう状況では、もう日本に帰ることができないというものが多い。
ただそれは困るのだ、俺には未練があるし、死んだわけでもないだろうから家族を悲しませたくない。
イーリスが横のリーンを見る。
リーンは相変わらずの様子だが、机のほうに目を落としながら代わりに答えた。
「うん。帰れるよ。」
「ああ、そうだよな……。これからどうしたら……。ってえぇぇえ?!」
予想だにしていない答えに、思わず声を裏返らせる。
「か、帰れるの⁉」
「う、うん。……召喚と送還は召還術の基本だし、召喚士は自分が死なない限りはあなたたちを行き来させることができるよ……。」
おずおずと、しかし何でもないことのように答えるリーン。机から目を上げてこちらを見ている目は相変わらず自信なさげに揺れているが、本当に何でもないことのように言っている様子から嘘ではなさそうだと感じる。
それを聞いて、俺の体に張り詰めていた緊張と恐怖がどっと音を立てて流れていくのを感じた。
な、なんだー。帰れるのかよ!
肩をがっくりと落として安心している俺を見て、イーリスがほかに質問はないの? と声を掛けてきた。
俺は大半の心配事がなくなったことから緊張感がなくなり、安堵と今更ながらの異世界への興奮を覚え始めている。
「帰れるんだったら話は別だ! いいぜ、一旦そっちの話を聞きたいしな。」
「ありがとう。それじゃあ、リーンはなにか聞きたいことある?」
「あ、うん。えっと、シンはどういう異世界にいたの? それに、私の召還にどうやって応えたの?」
どういう異世界、という風に聞かれるのは予想していたが、どうやってこたえたものか。応えた方法だとかも、正直俺もわからないし知りたいのだが。とりあえず搔い摘みながら自分が召還された時の状況を説明してみた。
途中、コンビニについての説明なんかも交えながらだったが、俺にとっては状況を聞いて判断してもらいたいものだったので、なるべく詳細に話をした。
強盗に襲われかけて逃げ込んだトイレで、窓の外に身を乗り出したら異世界だった。
自分で話をしながら、そういうタイトルのラノベとかありそうだな、なんて現実逃避気味に考える。
「なるほどね。じゃあ、シンは自分の意思でこちらに呼ばれたわけではない、と。」
「ああ、そういうことならそうだと思うぜ。勇者を呼ぶ声も、転生の前にチートをくれる女神もいなかった。」
「ちーと……?」
「ああごめん、こっちの話。」
きょとんと首をかしげるイーリスとリーンに笑いがこみあげ、帰ることができると分かった途端に随分余裕だな、と思う。
ラノベやアニメにありがちな、家に帰るための葛藤、みたいなものはこちらでは考える必要がないみたいだ。
それによる安堵と、どうせならこの不思議な体験をより楽しみたいと思う心が生まれている。
「ちなみに、帰ることができるのって、すぐに帰れるのか?」
なんとなしにリーンに声を掛けると、リーンはすこし申し訳なさそうに眉を下げながら答える。
「すぐには魔力が回復しきっていないから難しいけど、夕方か夜には魔力も戻ってるはずだから送還できる……かな。」
「ああ、全然それくらい良いって! じゃあ、しばらくはここにいられるんだな!」
さっきまでと違ってウキウキと心を跳ねさせながら、さっそくこの今までにない現象を楽しむ。
「っていうか、異世界召喚ってことはなんか魔王とかそういう系の話なのかな。」
何気なく口に出した言葉で、リーンがぎょっとしたように目を見開いてこちらを見た。
思ってもみない反応だったので、俺も驚いていると相変わらず表情の読めないイーリスがそれに答える。
「魔王についてはもしかしたらそうかもしれない、としか答えられないね。ちなみにシンが言うその魔王って言うのは、そちらの世界にもそういう存在がいるのかな?」
隣でぎょっとしているリーンとあまりにギャップがあるものだから、リーンのほうを気にしながらにはなるがイーリスの様子があまりに平坦だから何に驚いているのかわからず、俺も答える。
「あー、えっと、ラノベとか……小説? 創作の話の中で、異世界召喚された勇者は魔王を倒すものだっていうのがあって……。」
しどろもどろに、もしこの話がきっかけで魔王討伐を依頼されたらとんでもないぞ、とか思いながら、話を返す。
「なるほど、そちらでも似たような創作は生まれるんだねぇ。」
興味深そうにイーリスが言う。ただ、なんでか隣のリーンはイーリスを何か言いたそうに見ていた。
そういう様子を見て、そういえば、と疑問が浮かんでくる。
「そういえばこの言葉が通じるようになったのも魔法、ってことだよな。」
リーンが言葉なく頷き、肯定を返してくれる。
「この魔法で言葉が通じる前に、イーリスが日本語を少し理解してるように思ったんだけど。こっちの世界にも日本語はあるのか?」
改めて考えるが、イーリスが俺に日本語で話しかけてくれたから幾分落ち着いたのだ。
拙く単語の羅列だったが、意味を理解しながら使っているように思えて疑問が浮かぶ。
「ニホンゴという言語はないよ。」
さらりとなんでもない事のように答えて、紅茶を一口。
リーンもそれには俺と同じように気になっていたようで、次いで口を開く。
「そういえばそうだわ。イーリスはどうしてシンとお話しできたの? 現代語でも、現代エルフ語でも、魔族語でもないように思えたのだけど。」
「僕の知っている言葉に似ていたからかな、偶々だよ。」
さらりとなんでもないように言っているが、エルフとか魔族とか、心躍る単語がどんどん出てきた。
すげえ、やっぱ異世界なんだ。
「ちなみに人間、あー……ヒューマンが呼び出されることって珍しいのか?」
異世界の生き物とか、現象を呼び出すのが召喚士って言っていたっけ。
なんとなく違和感を感じたことに今更思い至り、俺が初めて二人を見たときの状況を考えながら質問をする。
「僕が知る限り、ヒューマンが召還されたことはないね。」
なんでもない事のように、息を吹きかけながら紅茶を冷ましているイーリスが答えた。
「私も、初めて聞いたかも……。」
リーンも自信なさそうではあったがそれを支持し、また目線をテーブルに落とした。
「そ、そうなのか……。その、それでもちゃんと俺の事送り返せるんだよね?」
「それは大丈夫。」
おっかなびっくりリーンに尋ねるが、凛と自信があるようにそれに答えたリーンの目は揺れておらず、確かな自信が感じられた。
再び安堵の息を漏らし、はて、と思う。
じゃあ、なんで俺って召喚されたんだ?
「こちらも、聞きたいことがあるんだけど。」
カップをソーサーに戻しながらイーリスが口を開く。
「これから並べる単語に、聞き覚えがあるもの。もしくは直近で聞いたものがあれば教えてくれないかな。」




