日本國 2、
林田は、目の前の石田という男に、事の経緯を説明し始めた。しかし、それはこの世界の常識を遥かに超える物語だった。まず、彼らが別の並行世界から来たこと。その世界で「アーク」と呼ばれる組織に所属し、異次元での活動を行っていたこと。そして、次元転送の座標が掴めなくなりこの世界へと転移してきたことを伝えた。
「それには何が入っている?」石田は、警戒の色を滲ませながら、二人が背負っているサックを指さした。
中村の顔に一瞬ためらいの色が浮かんだ。彼は判断を仰ぐように、林田の方を見た。
(ここは、不必要な争いは避けるべきだ)林田はそう判断し、中村に視線を送った。そして、促すように軽く頷いた。二人は、ゆっくりとサックを下ろし、その口を開いた。
サックの中からは、保存食やボトルに入った水、そしてコンパクトな形状をした装置が現れた。
「小さいけれど、これが先程説明した次元転送装置の 小型タイプだ」林田は、手のひらに乗るほどの装置を石田に見せた。
石田は、その小さな装置を一瞥すると、「ここで、少し待て」と言い残し、部下たちに目配せをした。たちまち、風軍の兵士たちが、林田と中村を取り囲む。そして、石田は5m程度離れた場所で誰かと話し始めた。
林田と中村の聴覚は、離れた場所で話す石田の言葉を捉えた。それは、林田が彼に説明した内容を、そのまま伝えているようだった。
(一体、誰と話している?この距離で、気配を全く感じさせないとは……)林田も中村も警戒心を高めた。
その時、石田は空気中の微細な流れを操り、 風通信を行っていた。風を媒介とし、音声を乗せて遠隔地へ運ぶ。それが、風軍独特の通信手段だった。通信相手は第三大隊のトップである。しかし、 驚くことに、風軍のトップである大将も、その通信に同席しているという。
第三大隊のトップ、中将でさえ、 直接話をする機会はあまり無いのだ。その事実が、事態の異常さを物語っていた。
中将からの指示は、シンプルかつ絶対的だった。その二名を、第三大隊の中将の元まで連れてくるようにということだった。石田は、林田たちの元へ戻り、 「同行願おう。まずは、我が風軍第三大隊の長、中将閣下にお会いいただく」
「会って、一体何をする?」林田は、警戒の色を隠そうともせずに問い返した。
「貴殿が私に説明された内容を、もう一度、中将閣下にご説明いただく」石田の表情は、職務的だった。
「もし、嫌だと答えたら?」林田は、相手の出方を窺うように言った。
「その選択肢は、貴殿らには無い」石田の言葉には、断固たる意志が感じられた。
「ふ〜ん……つまり、力ずくということか」林田は、皮肉を浮かべた。
石田は、黙って林田を見つめ返した。
「多勢に無勢、か。仕方ない、中村。抵抗するな」林田は、苛立ちを滲ませながら、諦めたように言った。相手が常人なら中村と二人で切り抜けられるが、奇妙な技を使うようなので、ここは自重するしかない。
「で、大人しくついて行けばいいのか?」林田は、投げやりな口調で尋ねた。
「我々が、貴殿らを連れて行く」と、石田が答えた。
石田は、風軍の小隊を三つの班に分け、それぞれに地軍の兵士と林田、中村を配置した。
「全隊、帰投する!」石田の号令が響き渡った。
その命令と同時に、風軍兵士たちの間に、微かな風の流れが起こった。林田と中村、そして地軍兵士を包むように、一瞬、 吹き上げる風が吹いた。次の瞬間、彼らの体は引力から解放され、ふわりと宙に浮き上がった。風の流れに乗り、彼らは静かに、そして 空中へと舞い上がっていった。森の木々が、みるみる小さくなっていく。