到着
深い緑に覆われた森の中、林田と中村は唐突にその姿を現した。空気は湿り気を帯び、土と草の匂いが鼻腔をくすぐる。木々の間から漏れる陽光はまだらに地面を照らし、静寂の中に時折、小鳥のさえずりが響いていた。
「広い平原を探そう」と、林田は周囲を警戒しながら中村に促した。
中村は無言で頷き、二人は足を踏み出した。強化人間である二人は人間をはるかに凌駕する、視覚、嗅覚、聴覚を駆使しながら。周囲を警戒し森の中を進んだ。
四基の次元転送装置を、ある程度の距離を保ちながら四角形を描くように設置することで、広大な領域を一瞬にして転送することが可能となる。気体状の物質の転送実験も既に成功しており、その技術の応用範囲は計り知れない。もちろん、各装置が互いの信号を確実に送受信できる範囲内であることが、その運用の絶対条件だ。
一時間ほど慎重に森を進むと、視界が開け、未舗装の林道が現れた。
「林道は人間の存在を示すものか…それとも、この森に住む別の何かの通り道か…」林田は低い声で呟いた。その声音には、僅かな疑念と警戒の色が滲んでいた。
林道をさらに二時間ほど歩き続けた先に、木々が途切れ、開けた場所に出た。しかし、二人が求める広大な平原には、まだ及ばない。
「もう少し開けた場所が欲しいですね」中村は、周囲を見渡しながら静かに言った。
「そうだな。向こうに見える高い山の頂からなら、見渡せるかもしれない」林田は、遠くの山影を指差した。
「そうですね」中村は同意した。
「移動スピードを上げるよ」林田はそう言うと、一歩踏み出そうとした。その瞬間だった。
静かに彼らは姿を現した。
(人間?)二人の脳裏に同じ疑問が浮かんだ。見回すとその数は二十五名に達する。
林田は内心で舌打ちをした。(信じられない。これほどの人数が、全く足音を立てずに近づいてくるなどありえない。たとえ風下から来たとしても、強化された私たちの感覚が、直前まで彼らの存在を捉えられなかったなどと…)彼女の警戒レベルは瞬く間に最高潮に達した。
二十四名は、一様に薄い緑色の、まるで森に溶け込むような装束を身につけていた。そして、ただ一人、その中にあって茶色の装束をまとった者がいる。全員が、腰に太刀を佩いている。
(茶色の服の男が、この集団のリーダーか…?)林田がそう思考を巡らせた瞬間、薄緑色の装束の男の一人が、静かに口を開いた。
「貴様らは、何者だ?どこから来た?この地での目的は何だ?我々の言葉は理解できるか?」男の声は、静かだが、どこか威圧感を漂わせていた。
中村が一歩踏み出したが、林田は素早く彼の腕を掴み、制止した。
「おとなしくしておけ」林田の声は強い警告を含んでいた。
「ほう…日本語を話せるのか」最初に話しかけてきた男は、僅かに目を細めて呟いた。その表情からは、驚きとも警戒ともつかない感情が読み取れた。
「改めて尋ねる。貴様らは、一体何者だ?」
「尋ねるのならば、まずは貴様が名を名乗るのが筋だろう」林田は、相手の目を真っ直ぐに見据え、毅然とした態度で答えた。
男は一瞬躊躇したが、やがて口を開いた。「わかった。私は日本國国家安全保障省風軍第三大隊治安部隊所属の石田だ」
「私の名は林田だ。そちらの質問は、何者で、どこから来たかと、目的だったな」
「そうだ」石田は頷いた。
「信じてもらえるかどうかは疑問だが…」林田は、相手の反応を窺いながら言った。
「構わん。まずは話してみろ。話を聞いた上で判断する」石田は、静かに、しかし強い口調で答えた。