移住
林田は新聞の取材に応じ、強化人間がいた世界の惨状を訴えた。また、移住後は迷惑をかけることなく慎ましく暮らしていくこと、そして自分たちの能力が必要であれば、日本國のために働く覚悟があることも話した。
世論は一部で移住に反対する声もあったが、大半は移住賛成に傾いていた。
国会では、世論の後押しもあり、ついに移住法案が可決された。
林田は直ちに元の世界に戻り、レジスタンスリーダーの村上に報告した。その瞬間、周りにいた者たち全員から歓声があがった。
「よくやってくれた!十五区画あった施設も、六区画は昨日圧潰して、どうなることかと心配していたんだ。早急に移住準備を進めよう。引き続き中村と向こうの世界で受け入れ準備を行ってくれ」
村上はにこやかに言った。
「はい!」
林田と中村は力強く答えた。
林田と中村は早速、次元転送装置を使って移住の受け入れ準備に向かった。
移住先は瀬戸内海の無人島だった。生活に必要なものを全て揃える必要があったが、とりあえず現在の地下施設をそのまま転送できれば当面は問題ないはずだった。しかし、施設をそのまま転送することはできない。なぜなら、施設の外部に転送装置を設置する必要があるのだが、それは不可能なことだった。だが、各種機械類は持ち込める。その中には発電装置も含まれている。
この世界の人々に電気の存在を知られるのは良くない。争いの種になる可能性があったため、持ち込んだ施設内部は非公開とすることにした。
居住施設を急ピッチで建設する必要があったが、人手が必要だ。政府との交渉の結果、必要な人手の転送については了承を得た。しかし、木造建築については、林田たちには知識も技術もない。そこで無理を承知でお願いし、棟梁を紹介してもらうことができた。ただし、後日、政府のために無償奉仕が必要だという条件付きだった。
棟梁をはじめとする大工一行は、船で東京から瀬戸内海まで向かうことになった。一般の帆船では日数がかかりすぎるため、水軍の協力を得て、水軍の船で高速移動が実現した。高速移動は、海流を自在に操る水軍の神術と協力乗船する風軍が操る風の神術によるものだった。
仮設住宅は急ピッチで作り上げられ、とりあえず強化人間全員を転送することができた。あとは、生活基盤を整えていくだけだ。澄み切った空気を吸い込み、皆が希望に満ちた顔をしていた。
林田は、受けた恩に報いるため、国家安全保障省で国防の任に着くこととなった。選抜された他の三人と共に、国家安全保障省の庁舎へ向かう。移動は大工一行が帰る船に同乗させてもらった。選抜された中には、中村もいた。
移動中、大任を果たした後のリラックスした気分でいた林田は、産業見学で農業見学に行った際、渡辺少佐と密談した帰りの道で見かけた女性の姿をふと思い出した。
(あいつは、青島孝を追いかけていた時、北海道で一瞬だけ見た女に違いない。確認したいが……国家安全保障省が把握しているかもしれない。訊いてみるか)
四石Ⅱ-もう一つの世界へ 第二部に続きます。