暗殺 1、
あっという間に街頭演説の初日がやってきた。
渡辺少佐以下七人の兵士、そして林田と中村は、街頭演説前日まで、ひたすら討議と対処訓練を繰り返していた。しかし、想定外の事態が起こる可能性も常にあるため、皆の心には拭いきれない不安が残っていた。
首相の移動手段は、徒歩と馬車だ。今回は三台の馬車が用意された。どの馬車に首相が乗っているか明かさないようにし、また中に誰が乗っているか分からないように、窓にはカーテンが引かれている。
徒歩にしろ馬車にしろ、周囲は厳重に警官が固め、そのさらに外側を軍と林田、中村が警護した。
初日は特に問題もなく、一行は無事に街頭演説を行う広場に到着した。
広場には簡易的なステージが設営されており、その後方には平屋の建物が隣接していた。そこは、立候補者や首相の秘書、その他、街頭演説を支えるスタッフが詰められる場所だ。
初日は何事もなく、無事に終了した。
街頭演説は、同じ場所でも行われるが、首相は四回とも別の広場で行うことになっていた。
二回目の演説も、やはり何事も起こらなかった。
三回目の演説場所も、一回目と二回目と同様に、簡易的なステージが設置されていた。その後方には平屋の建物があり、スタッフが詰めている。
後方の平屋の建物以外はスタッフはいない。ステージから見て右側には二階建てと平屋の建物が連なり、左側には三階建ての建物がステージ横に一棟、その他は二階建てと平屋の建物が連なっている。
三階建ての三階部分は、狙撃するにはちょうど良い場所だった。そのため警官が配置されているが、たった二名だという。渡辺少佐は増員を申し入れたが、警戒場所はここだけでなく、人員配置については口を出すなと言われた。なお、ステージ正面の一五〇メートルほど先には、二階建てと平屋の建物が連なっている。
首相の演説が始まった。広場を埋め尽くす一般聴衆はかなりの人数になっていた。身動きが全く取れないほどではないが、素早く動けるような隙間もない。
林田と中村は、ステージ前、首相に最も近いところに陣取っていた。渡辺少佐以下七人の兵士は、一般聴衆の中に散らばっている。
ステージ上には、立候補者と首相の他、特別警護を任務とする私服警官が三名いた。並んで立っている立候補者と首相の左右と後方に一人ずつ、警護の任にあたっていた。
渡辺少佐は、警護の人数が少なすぎると感じていた。(今日はどこか他に人員を割いているのだろうか)そんなことを思っていた。
首相の演説が始まり、十分が過ぎた頃、演説に熱が入り、聴衆も皆、聞き入っていた。その刹那、中村がいきなりジャンプし、ステージ上に飛び乗った。首相に駆け寄り、その体を抱きかかえた直後、三階建ての建物から発砲音がした。
「シュッ」という音と同時に、中村の右耳の近くを銃弾が通過した。続けて二発目が発砲され、左肩甲骨あたりに鋭い痛みを感じ、中村は首相を落としそうになった。しかし、ぐっと痛みを我慢し、首相を抱えたまま、後方のスタッフのいる建物へと走っていった。