密談 3、
林田たちの元の世界へ転送された渡辺少佐は、酸素ボンベから供給される空気を深く吸い込んだ。隣には、彼と同じく防護服に身を包み、酸素ボンベを背負った上官の一宮大佐が立っている。会談相手である林田と中村は、そうした装備を一切必要としていない。彼らは、この世界の過酷な環境をものともしない強化人間なのだ。
二人が案内されたのは、無機質な空間だった。座る椅子も、目の前のテーブルも、木材ではなかった。何の素材でできているのか皆目見当もつかない。装飾品は一切なく、天井は低く、ひどく圧迫感を感じさせる。
テーブルには、渡辺少佐を含め六人が着いていた。渡辺少佐の右隣には一宮大佐。そして、向かい側には四人。林田と中村は、こちらの世界へ来る前に一宮大佐にはすでに紹介済みだった。
残りの二人は、渡辺たちにとって初めて会う人物だった。互いに簡単な自己紹介を交わす。
「こちらは、レジスタンスリーダーの村上です。そしてこちらがサブリーダーの田中です」
と、林田が二人の素性を明かした。
それに対し、渡辺少佐が自身の立場と同行者を紹介する。
「私は防衛軍統合参謀本部情報局所属、陽光軍少佐の渡辺です。そしてこちらは、同じく統合参謀本部情報局所属、月光軍大佐の一宮です」
和やかな雰囲気はすぐに消え、村上リーダーがこの世界の現状について説明を始めた。その内容は、すでに林田から聞いていたものと概ね同じだったが、一宮大佐にとって、衝撃的なものだった。
村上リーダーの話を要約すると、次の通りだ。地球では気候変動が極限まで進み、人間はもはや外に出ることができなくなっていた。分厚いガスが地球全体を覆い尽くし、地表の気温は摂氏200度にも達しているという。
人間は、かろうじて地下に生存の場を築き上げていた。彼らの他に、わずかな種類の動植物だけが地下深くへと潜り、命を繋いでいたのだ。
地下空間は広がり続けたが、徐々に地表に近い層から、有害物質が侵食し始めた。
オゾン層は完全に消失し、大気の組成も変わり、地球には有害物質が絶え間なく降り注いでいた。科学技術は驚くほど発展していたにもかかわらず、それらの有害物質を除去することは不可能だった。しかし、人類は自らの肉体を改造することで、抵抗力を高め、かろうじて生き長らえてきた。それは四つの階級に分かれていたが、人間はついに地下世界に適応しきれなくなり、最近絶滅したという。そして、今動いているのは、レジスタンスの抵抗によって機能停止状態にあるヘビーマシンクラスを除く、二つのクラス。ライトマシンクラス(いわゆるサイボーグ)とバイオクラス(強化人間)だ。だが、その地下世界も限界に達している。地中深くへ進むほど温度が上がり、圧力も強くなる。これ以上深く潜れば、たとえ温度に耐えられても、圧力には耐えきれず、地下施設は圧壊してしまうだろうと。
「話は簡単に聞いていましたが、実際こちらに来ると想像を絶する環境ですな」
と、一宮大佐は言葉を選びながら言った。
村上リーダーは、悲痛な面持ちで続けた。
「この地下空間も、もはや後がありません。地球は生きており、現段階において、この施設がいつまで耐えられるか…。予測を上回る速度で、施設は圧壊に向かっています。強化人間は現在、約750名が生存しています。どうか、日本國への移住を認めていただけないでしょうか」
一宮大佐は、その真剣な訴えを受け止め、慎重に言葉を選んだ。
「この場で即答はできません。本国へ報告し、相談した上で返答させていただきます。しかし、一つご相談があります。それがうまくいけば、移住許可を後押しすることになるでしょう」