密談 2、
渡辺少佐は、わずかに深く息を吐いた。その仕草から、林田は彼が気持ちを落ち着かせようとしているのだと感じ取った。
「現在、この国を内部から乗っ取ろうとする動きがあります。反政府勢力が規模を拡大し、組織的に政府を転覆させ、さらには主上をもその座から引きずり下ろし、新たな政府を樹立しようと企んでいます。しかも、その背後には外国勢力による工作活動が深く関与しているのです。情報によると、幸いまだ反政府勢力の人員は少ないようですが、警察組織の内部にそのメンバーが潜り込んでおり、警察組織がどの程度まで浸食されているか、それが大きな不安材料となっています」
渡辺少佐は、一旦言葉を切り、林田の反応を待った。
「いきなり大きな話になりましたね。私たちを、それほどまで信頼されているということですか?」
林田が問う。
「私としては、貴方たちに全幅の信頼を置いているわけではありません。しかし、これは主上からのご指示ですので」
「主上から、と?」
「ええ。さらに主上は、『貴方たちの世界に行って真偽を確かめてくれば、貴方たちのことも理解できるだろう』と仰せになりました。私たちも、そちらの世界へ行けるのですか?」
「連れて行くことは可能です。実際に来ていただければ、私たちが話したことが真実だと信じていただけると思いますが、そもそも、なぜ主上は私たちを信頼しようとされているのでしょうか?」
渡辺少佐は、林田の問いに静かに答えた。
「主上は、人の心を読むお力をお持ちなのです。貴方たちはまだ主上にお会いになっていませんが、主上は私の目を通して、すでに貴方たちのことを見ておられます」
「なるほど……」
林田は、短く言葉を区切って沈黙した。そして、少しの間考え込んだ後、顔を上げた。
「分かりました。ぜひ、おいでください。産業見学は後回しで構いません。私たちとしては、貴方たちに信頼していただくことが第一です」
渡辺少佐は、少し思案するそぶりを見せた後、
「では、林業の見学は中止し、すぐに引き返しましょう」と告げた。林田も異論なくそれを了承した。
帰路の途中、林田は馬車を降り、街中を歩いている最中に、ふと見覚えのある女性の姿を見つけた。それが誰だったかは思い出せない。しかし、間違いなく過去にどこかで見たことのある女性だった。
(どこで会ったのか。まさか、他人の空似ということではないだろうが……)
林田と中村はそれぞれ自室に戻った。渡辺少佐は、「報告してくる」と言い残し、すぐに彼らと別れた。
「急展開だな。しかし、良い方向に向かっている」
林田はそう呟き、渡辺少佐が戻ってくるのを待った。
陽が傾きかけた頃、渡辺少佐が再び姿を見せた。
「夕食後、私と上官を貴方たちの世界へ連れて行ってください」




