見学
道の両側には、軒を連ねるように様々な商店が並んでいた。
新鮮な野菜や果物を並べた八百屋、上質な肉を扱う精肉店、活きの良い魚介類が並ぶ鮮魚店、流行の衣料品を扱う店、日用雑貨を所狭しと並べた店、そして湯気を上げる料理の匂いが食欲をそそる飲食店など、歩いているだけで活気が伝わってくるようだった。
夕暮れ時の商店街は、多くの人々で賑わっていた。夕食の食材を買い求める主婦や会社帰りの人々、学校帰りの学生たちが、思い思いの時間を過ごしている。そこには、ゆったりとした、しかし確かに存在する平和な日常が広がっていた。
「いい雰囲気だな、中村」
と、林田はいつもよりも穏やかな表情で、隣を歩く中村の肩を軽く叩きながら言った。
「ええ、本当に。このような世界に住めたら、どんなに素晴らしいでしょう」
と、中村もまた、心からの笑顔で答えた。
二人の会話を聞いていた渡辺少佐は、
「我々は、このような平和な状態を永遠に続けたいと、心から願っています」
と、力強い口調で言った。
渡辺少佐は、通り沿いの店一軒一軒に顔を出し、「変わりはないか」「何か困ったことはないか」と、親しげに声をかけていた。どの店の人間とも顔なじみのようだ。どの店でも、ほとんどが「今日は何かあったのか」と尋ねてきた。そのたびに渡辺少佐は、「客人を案内しているのだ」と答えていた。中には、商店街内部の人間関係について不満を漏らす者もいたが、それに対して渡辺少佐は、「今度時間を作るから、その時にゆっくり話を聞くよ」と答えて店を出た。
小一時間ほど商店街を歩いた後、一行は来た道を引き返すことにした。
「農業や工業、林業、漁業、畜産業など、様々な産業に従事している人たちの働く様子も見てみたいのですが、それは難しいでしょうか?」
と、戻る道すがら、林田は渡辺少佐に尋ねた。
「それぞれの現場を訪れるとなると、どうしても時間がかかってしまいます。夕方ですので見学は明日以降になりますが、上官の許可を得てからとなります」
と、渡辺少佐は丁寧に答えた。
「期待しています」
と、林田は言った。
その日の夜、日が完全に暮れて間もなく、渡辺少佐から連絡があった。上官の許可が下り、翌日から農業、工業、林業、漁業、畜産業など、様々な産業に従事している人々の働く現場を見学できることになったという。
今夜は、元の世界に戻り、レジスタンスのリーダーにこちらの世界で得た情報を報告しなければならない日だ。渡辺少佐には、一時的に元の世界に戻って報告する必要があると、 伝えてある。中村も同行することになっている。次元転送装置のバッテリーも充電が必要だ。この世界には、電気が存在しないのだから。
林田は、次元転送装置の目標座標をセットした(元々設定していたので、念のため確認しただけだが)。
そして、静かに転送が始まった。